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レポート
プロジェクト
日付
2008/5/26

代表部便り7「国連平和構築委員会の現地訪問団印象記」

国連代表部大使 小寺次郎


 4月7日より11日までの国連平和構築委員会(以下PBC)のギニアビサウ(以下GB)訪問団に参加した。これは、GBの特殊事情に深入りすることなく、できるだけいずれの国への訪問団にも共通する事項に重点を置きつつ、PBCの活動の様子を紹介することを目的として記した印象記である。

はじめに

 PBCは、紛争終結後の国づくりに協力し、もって、開発段階への円滑な移行を促進する目的で2005年9月の国連首脳会合で創設が決まり、2006年6月から実質的な活動を始めた機関である。現在、GBのほかにブルンジとシエラレオネの合計3か国がPBCの検討対象国となっている。
 PBCの対象国になるためには、同国情勢が安全保障理事会の議題である場合、まず、希望する国が安保理に対して要請し、安保理がこれを審議の上、PBCに付託することが慣例である。GBの場合も同様で、昨年7月から12月にかけてこのプロセスが行われた。
 次に、PBCにおいて対象国についての国別会合が設置され、同会合の議長が任命されて、対象国の審議が本格化する。GBの場合は、昨年12月に国別会合が設置され、ブラジルのヴィオッティ大使(国連常駐代表)が議長に選出された。ブラジルとGBは同じポルトガル語圏に属し、歴史的につながりが深く、また、近年ブラジルからの援助が増大していることから、順当な結果といえる。
 今回のGB訪問団は、ヴィオッティ大使の発案によるものである。

訪問団の構成

 PBCは検討対象国に対して訪問団を派遣することができる。予算上の手当もある。議長、対象国の大使(国連常駐代表)、国連事務局員(平和構築支援事務局)のほか、国連の各地域グループ(国連では世界は、アジア、アフリカ、ラ米、東欧、西欧その他の5地域にグループ分けされている。)の代表1名ずつは国連の予算で出張できるのである。これに加え、受け入れ体制上問題がなければ、ニューヨークからの自前または現地の各国大使館関係者(原則大使レベル)の参加も認められる。かくして、今回は総勢20名を超える訪問団となった。
【会議の模様】


























訪問団の目的

 訪問団の派遣に当たっては、事前に国別会合の場で訪問の目的、先方政府へ伝達すべき主要事項等について議論する。今回も例外ではなかった。大まかに言えば、以下の点が今回の訪問の目的及び伝達すべき主要事項として了解されたものといえよう。(ちなみに、以下はGBに特殊なものと言うより、対象国への最初の訪問団にほぼ共通のものといえよう。)
 まずは、PBCとは何であるか、何ができて、何はできないのかを先方にはっきりと理解してもらうことである。PBCは、国づくりを真剣に実施しようとしている当事国政府の活動を全世界に広く宣伝し、現在の国際社会の種々の支援をよりよく調整し、さらに多くの支援を呼びかける一助となることがその役割であり、それ自体が資金援助をする能力は極めて限定されている。対象国は、得てして、この点の理解が足りず、PBCを新規の援助機関と誤解する傾向にあるのでこの点は極めて重要である。
 次に、対象国が直面している多くの問題点、今後の国づくりにおける優先順位を把握し、これらを踏まえて、国際社会との協力のあり方についても議論することである。この際に、政府とだけ話し合うのではなく、市民社会団体、民間企業関係者等、多くの関係者と話し合い、国づくりのプロセスに関与させるよう努力することも重要である。
 更に、我々は、平和構築には政治的安定の確保が重要であるとのいわば当たり前のメッセージを伝えるとともに、政治的安定と改革に対する政府の揺るぎなきコミットメントが国際社会の関心と支援を獲得し続ける所以である旨も伝達することとした。
ちなみに、以上の目的、先方への伝達すべき主要事項は、多くの会談を通じて全体としてつつがなく達成された。

いくつかの気づきの点

(極めて高い関心)
 今回の訪問中、大統領、首相、国会議会議長、参謀総長、各閣僚との個別会談を含む10回以上の個別会談が行われた。また、主要産業であるカシュー工場視察、軍施設、発電所視察等にも常に複数の閣僚が同行して、説明に当たってくれた。特に、10日の地方都市視察の際には、朝8時の出発から夜7時に首都に戻るまでの間、首相以下5名ないし6名の閣僚が全行程同行してくれたことは、正直に言って、驚いた。ここまで厚遇してくれる理由は何なのだろうか。それだけ困っていると言うことなのだろう。実際に、いずれの会談でも熱心に窮状を訴え、国際社会の協力がなければ改革案は実現しないとの陳情を受けた。視察の際も、同様の陳情が大半であった。
【軍施設】

























幸い、現政権は改革への意欲は十分だ。PBCとしては、この政権を盛り立て、できるだけ早く、国際社会に頼らず自立できる国家が建設できるよう必要な協力をしていくことが任務となるのだ。


(国際社会の関与の大きさ)
 ところで、国連の人間開発指数によれば、GBは世界第3位の最貧国である。どんな悲惨なところかと覚悟してGBを訪問した。勿論、貧しい。しかし、想像していたほどの悲惨さを見る機会はなかった。想像が大げさになりがちだからか、観察力が足りなかったからかもしれない。しかし、アジアや南米の一部の地域ではもっと悲惨な状況を見たことがあるのもまた事実だ。 
 なぜだろうか。この関連で、GBでの国連諸機関の存在感の大きさも驚いたことの一つだ。おそらく、国連諸機関の活動が悲惨さを表面から見えにくくしているのだろう。UNDPは勿論、UNFPA、UNICEF、FAO、WHO等も種々の活動を行っている。また、ECも多くの支援を行っている。更に、最近は、ECOWAS、ポルトガル語圏諸国の協力も増大している。
 財務大臣によれば、債務はGNPの4倍を超え、その利払いは年間4000万ドルにも上っているそうである。そして、国家予算の40%は外国からの支援に支えられている。この国は、外国に支えられなければ成り立っていかないのだ。これが何年続くのであろうか。やはり、国際社会は、GBができるだけ早く経済的に自立できるように、何と言っても経済成長を目的とした支援をしていくべきなのであろう。

(PBCの支援方針)
 以上の関連でPBCの支援方針についても一言述べたい。PBC設立時に平和構築基金(PBF)も創設された。この基金は各国からの任意拠出による。我が国はこれまでに2千万ドル拠出し、現在までに総額で約2億5千万ドルの拠出を得ている。現在、PBCにおいてこの基金による支援のあり方とPBCとの関係について議論が行われている。緊急性、重要性及び付加価値度を基準とすべしとの考えが主流であり、これはもっともだと思われる。但し、開発には安定が不可欠なこと、仕事があり、生活が向上することが安定の要であることから、安定に資すること、富を作り出すこと、職を生むことという観点も取り入れるべきと思われる。そして、中長期的には外国からの援助に頼らない経済を作り上げるべきだ。

(中国のアフリカ進出)
 ところで、アフリカにおける中国の援助が急増している。資源の獲得と政治的影響力の増大(中国政府への承認の促進を含む)が二大理由である。GBにおいて中国の支援で目立ったものは、何と言っても、議会の建物である。これは2005年に中国が丸ごと援助したものである。ちなみに、GBはその年に台湾の承認を取りやめ中国を承認している。中国は翌年GBに大使館を開設している。これで中国が大使館を開設していないアフリカの国は4カ国のみとなり、これらはいずれも台湾を承認している国である。 

おわりに

 今回のGB訪問は20数年ぶりのアフリカ訪問であった。行きはニューヨークから南アフリカ航空でダカールに入り、カーボヴェルデ航空に乗り換えてGBに到着した。ところが、チェックイン荷物が紛失し、4日間見つからず閉口した。一行の4名が同じ目にあった。結局、GBの空港で見つかったのだが、原因は、到着の際に荷物を取りに行った国連の現地スタッフが荷物タッグを真剣に確認せずに「ダカールから荷物が到着しなかった」と報告したことにあった。見つけるのに4日もかかった理由は、国連関係者も、空港関係者も、航空会社関係者も、いわば予想、希望的観測をあたかも事実であるかのように発言し、混乱を来したことにある。もっともらしいことをとうとうと述べ、「翌日には必ず届けられる」と3日間も言い続けた者もあれば、ダカールの空港に荷物が置き去りにされているのを自分の目で見たという職員の言葉を信じて疑わない高官もいた。
 今回の教訓は、困ったときは何事も他人に頼らず自分でやれということだ。これは、荷物を紛失したうちの一人のアフリカ出身の同僚が繰り返し教えてくれたことである。いずれにしても、こういうときは日本人の責任感の強さと真面目さに感激し、日本人として生まれたことを有り難く思うのである。