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アメリカと中国(3)書き換えられたプレイブック

December 18, 2018


2018年12月1日、ブエノスアイレスで会談に臨むトランプ大統領と習近平国家主席  写真提供 Kyodonews
 

神奈川大学法学部教授

佐橋 亮

ドナルド・トランプ政権のアメリカで、中国をみる視線が厳しさを増している。

米中対立の激化は、すでに貿易摩擦という言葉では十分に表現できないほどの広がりと深みを持ちつつある。

ブエノスアイレスG-20にあわせて実施された米中首脳会談において、90日間の交渉を開始させることで新たな関税賦与を当面猶予する「休戦」が宣言された(すでに実施済みの関税は維持)が、それも一時的なものに過ぎないというのが大方の見方だ。中間選挙で民主党が下院を押えたが、中国への厳しい視線はすでに超党派的であり、トランプ政権と異なる中国に甘い方針を採ることはなかなかあり得そうにない。元政府高官を含む政策サークルでも、かつて関与路線に与していた人物が強硬論に接近しつつあるなど、中国政策を取り巻く状況はすっかり新しい段階に突入している。

あるアメリカ人ジャーナリストは、アメリカの対中政策の「プレイブック(注:規則や戦略・戦術が書き込まれたもの)」が書き換えられたと筆者に適切に表現した。1972年のニクソン大統領訪中と外交関係の樹立以降に引き継がれてきた「関与」と2国間関係の適切な管理を基軸とするプレイブックから、中国との対立を恐れず、圧力をつかってでも相手の行動に対峙しようというプレイブックに変わった、と言うことだ。

しかし、経済分野においてワシントンの競争意識があからさまな一方で、安全保障分野(技術を除く)では政策関係者が慎重に言葉を選び、中国との緊張を避けるように発言していること、そして大統領の判断次第では再び逆行する可能性も決して否定できないと、彼は付け加えていた。

雰囲気の悪化は底なしのようだ。12月には、ファーウェイ最高幹部がカナダで拘束されたことも話題をさらったが、ホテルチェーン「マリオット」から最大5億人の個人情報が流出したことも発覚した。このなかには3億人以上のパスポート情報も含まれており、2014年に連邦政府人事局(OPM)より流出した2千万人を越えるアメリカ政府関係者の情報と組み合わせ、アメリカ政府の情報関係者の動きや中国での協力者の特定にも活用されるとニューヨーク・タイムズは報道している。(“Marriott Data Breach Is Traced to Chinese Hackers as U.S. Readies Crackdown on Beijing,” The New York Times, 11th of December, 2018 <https://www.nytimes.com/2018/12/11/us/politics/trump-china-trade.html>)

トランプ大統領による政策決定が読みづらく、全人代を前に習近平政権がひねり出してくる譲歩も読み切れないので、2カ国間関係の先行きは不確なままだ。しかし対中認識悪化が官僚機構を含む政府全体を勢いづかせ、アメリカの対中政策がすでに競争を前提にしたものに変化しつつあることも事実であろう。

過去の連載でも明らかにしてきたように対中認識はこの1年ほどかけて悪化してきたが、10月以降にはそれが一般的にもよく知られるようになった。トランプ大統領に代わりアジア歴訪を行うことになっていたペンス副大統領が、保守系のシンクタンク、ハドソン研究所で包括的な対中強硬演説を行ったことが注目されたからだろう。

じつは、その数日前にも、国慶節を祝した中国大使館のレセプションの場で、マット・ポッティンジャー国家安全保障会議アジア担当上級部長が「トランプ政権は競争という概念を前面に押し出したものに中国政策を修正したところだ」、「競争は口に出してはいけない言葉ではありません」と述べて、いわば露払いの役を買って出ていた。2017年末に公表された国家安全保障戦略も中国をロシアと並ぶ競争相手と指摘していたが、本格的な政策方針がついに副大統領の口から語られるのかと、この週のワシントンには戦慄が走っていた。

そしてペンス副大統領演説は、予想以上に対中警戒心が強い内容であった。彼は、貿易赤字だけではなく、技術窃取、強制的な技術移転、安全保障、「債務の罠」と呼ばれる途上国への借金外交、信仰の自由、民主主義社会への介入といったあらゆる側面で、中国政府がアメリカと国際社会に挑戦をしかけていると叩き続けた。

ペンス演説にあるこの一文は、対中強硬派の典型的な批判をよくまとめている。「アメリカは(中国のWTO加盟によって)経済、政治面で中国が自由になり、私有財産権、宗教の自由、あらゆる人権の擁護につながることを望んでいました。しかし、そのような希望がかなうことはありませんでした。中国の人々にとって自由は未だ届かぬ夢で、鄧小平の『改革・開放』は口先の約束にすぎなかったのです。」

2001年における中国のWTO加盟から過ちは始まったのだ、という強い表現には、それ以降に中国がアメリカはじめ世界と通商関係を深めてきた歴史を全否定するほどの重みがある。(なお現在USTR代表を務めるライトハイザーが2010年に米中経済安全保障再評価委員会で行った証言も同様の内容で、今日の対中政策を彷彿とさせる内容だ。

ペンス演説によって米中新冷戦の号砲が放たれた、という解説が直後から多くのアメリカ人専門家からなされることになる。中間選挙を意識したものだ、トランプとペンスで「良い警察官」と「悪い警察官」を使い分けているなどと、過大な評価を諫める声も多少はあった。2ヶ月後の今、先述の通り経済・技術面での競争姿勢が突出しているものの、グローバリストと呼ばれる対中ビジネス重視派や、従来、対中関係の管理を担ってきた専門家たちが圧倒的な劣勢となり、強硬論が支配的になっていることは事実だろう。

ところで、ペンス演説は中国の科学技術政策を厳しく批判している。「『中国製造2025』のもと、中国共産党は世界の先端技術の90%を牛耳ろうとしています。ロボット、バイオ、AIが含まれます。21世紀の経済をしきるために、中国政府は官僚機構にも産業界にも、アメリカの知的財産権を何としてでも獲得しろと指導しています。」

もとより、「中国製造2025」は中国が中進国の罠を回避し、付加価値の高い製造業へとシフトするものであり、その目的は否定されるものではない。しかし、米欧の政府や産業界は、その過程において、これまで以上に中国進出企業への技術の強制移転要求や知的財産権の侵害が行われ、中国企業に公正な競争を阻害するほど補助金が投入され、さらに米欧にある研究室から成果が窃取される、研究者が引き抜かれるのではないかと恐れを高めてきた。[1]

11月下旬に公表された米中経済安全保障再評価委員会の年次報告書も、IoTと5Gにおける中国政府の技術への関心とサプライチェーンの一体化を強く警戒し、次のように分析していた。「IoTデバイスと5Gネットワークの数量、能力における急速な伸長は、中国の戦略抑止、戦争遂行、諜報能力を強化し、アメリカが地域に於いて自由に作戦を遂行する能力を削ぐ結果になる」。[2]

対応策として、8月に成立した国防授権法により対米投資委員会(CFIUS)の権限が強化されたことに加え、輸出管理強化もされており、留学生受け入れの制限も計られている。他方で、アメリカの研究開発に「外国人人材」は不可欠であり限界があるとの指摘もある。(たとえば、Andrew B. Kennedy, The Conflicted Superpower: America’s Collaboration with China and India in Global Innovation, New York: Columbia University Press, 2018.)

また先端技術の生産・利用における中国排除がどの水準まで可能なのかは、議論が分かれている。10月には超小型マイクロチップがアメリカ企業のサプライチェーンの中で挿入されたようだ、との報道が耳目を集めた。(Jordan Robertson and Michael Riley, “The Big Hack: How China Used a Tiny Chip to Infiltrate U.S. Companies,” Bloomberg Businessweek, 4th of October, 2018. <https://www.bloomberg.com/news/features/2018-10-04/the-big-hack-how-china-used-a-tiny-chip-to-infiltrate-america-s-top-companies>)実のところソフトウェア・アップデートなどを通じた方法もあり得る。現実に情報窃取が起きているのか検証も十分にされていないなかで、疑惑の目が強まっているのが現状だろう。

12月12日のウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、中国政府が「中国製造2025」を見直す検討を始めたことを報道している。("China Prepares Policy to Increase Access for Foreign Companies,” Wall Street Journal, 12th of December, 2018. <https://www.wsj.com/articles/china-is-preparing-to-increase-access-for-foreign-companies-11544622331>)アメリカ政府では技術をめぐる対中不信感が醸成されてきたため、どの程度まで踏み込んだ内容になるのか、注目される。  


[1] 「中国製造2025」と米中関係については、木内登英『トランプ貿易戦争 日本を揺るがす米中衝突』(日本経済新聞社、2018年)も詳しく、一読を勧める。2008年から始まった「千人計画」への国防総省、情報コミュニティの警戒に関しては本年6月の下院公聴会等でも示されている。“U.S. Faces ‘Unprecedented Threat’ From China on Tech Takeover,” Bloomberg, 22nd of June, 2018. <https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-06-22/china-s-thousand-talents-called-key-in-seizing-u-s-expertise>「中国製造2025」の内容と問題点、対応については以下も基礎的な内容をまとめている。 “Is ‘Made in China 2025’ a Threat to Global Trade?” Council on Foreign Relations, 2nd of August, 2018. < https://www.cfr.org/backgrounder/made-china-2025-threat-global-trade>

[2] “2018 Annual Report to Congress,” U.S.-China Economic and Security Review Commission, 14th of November, 2018. <https://www.uscc.gov/Annual_Reports/2018-annual-report> 本年9月には国防総省が中心となり、「アメリカの製造・防衛産業基盤とサプライチェーンのレジリエンスに関する評価と強化策」と題する報告書が作られている。これらの背景には、中国にサプライチェーンを握られる結果への恐怖が存在している。“Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States: Report to President Donald J. Trump by the Interagency Task Force in Fulfillment of Executive Order 13806,” September, 2018. <https://media.defense.gov/2018/Oct/05/2002048904/-1/-1/1/ASSESSING-AND-STRENGTHENING-THE-MANUFACTURING-AND%20DEFENSE-INDUSTRIAL-BASE-AND-SUPPLY-CHAIN-RESILIENCY.PDF>

 

 【連載記事】

アメリカと中国(11)バイデン政権に継承される米中対立、そして日本の課題(2021/3/15)

アメリカと中国(10)トランプ政権末期の中国政策を振り返る(2021/1/26)

アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <下>(2020/6/4)

アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <上>(2020/5/29)

アメリカと中国(8)新型コロナウイルス感染症と米中関係(2020/4/23)

アメリカと中国(7)スモール・ディールに終わった貿易協議後の米中関係(2019/12/17)

アメリカと中国(6)トランプ政権と台湾(2019/6/12)

アメリカと中国(5)一枚岩ではない対中強硬論(2019/4/26)

アメリカと中国(4)官・議会主導の規制強化と大統領の役割(2019/2/13)

アメリカと中国(2)圧力一辺倒になりつつあるアメリカの対中姿勢 (2018/10/2)

アメリカと中国(1)悪化するアメリカの対中認識(2018/8/1)

    • 東京大学東洋文化研究所准教授
    • 佐橋 亮
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