タイプ
論考
日付
2018/10/16

アジア系有権者票をめぐる共和党の思惑

 ハーバード・スクエアでデモに参加する学生たち(2018年10月14日)          写真提供 Getty Images

 

杏林大学総合政策学部専任講師

松井孝太

 

1. アジア系差別論争とアファーマティブ・アクション

今年8月30日、トランプ政権の司法省は、ハーバード大学を相手にアジア系差別是正を求めて訴訟中の学生団体[1]を支持する声明を発表した[2]。ハーバード大学をはじめとするアメリカのエリート大学の入学選抜では、アジア系出願者に対して、他の人種集団(黒人・ヒスパニック・白人)よりも不当に厳しい選考基準を課しているという疑いが長年持たれてきた。ハーバード大学当局はアジア系差別の存在を強く否定しているが、出願者データの分析によって原告と被告の双方から相対立する証拠が示されており、結論はまだ出ていない。4年間の審理前手続を経て、今月15日、本事件の審理(trial)がボストンの連邦地方裁判所で開始された。

 

日本の大学の一般入試とは異なり、アメリカの大学の多くでは、SATなどの統一試験の点数に加えて、エッセーや課外活動などを総合的に考慮して入学者選抜を行うホリスティック入試(holistic admission)が採用されている。アジア系学生は、統一試験の点数において平均的に高いパフォーマンスを示すが、パーソナリティ(好感度、親切さ、度胸がある、尊敬を集めている、など)に関して低い評価を付けられる傾向があるという。このような評価が正当なものなのか、大学側の人種的偏見に起因するものなのかを判別することは容易ではない。ちなみに、ホリスティック入試の仕組みは、もともと、20世紀前半にユダヤ系等の学生割合が上昇することを防ぐために導入されたという説もある[3]

 

この論争の中で注目される点のひとつは、アジア系差別疑惑を足掛かりとして、アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置、以下AA)の廃止を加速しようとする動きが見られることである。AAとは、もともと、奴隷制や人種差別など歴史的に不利な立場に置かれてきたマイノリティ集団(主として黒人)が、白人と同等の社会進出を実現できるように、高等教育等の選抜過程において積極的な配慮を行うという政策である。20世紀半ばの公民権運動を経て、広く用いられるようになった。

 

これに対して、AAが白人を逆差別する政策であり、人種を考慮した政策は憲法上許容されないとする訴えも、繰り返し最高裁で争われてきた。現時点では、2013年と2016年の最高裁判決によって、極めて厳しい要件のもとで、人種を一要素として考慮することが許容されている[4]。そこでは、歴史的な抑圧の償いという位置づけではなく、AAによる多様性(diversity)の向上が、白人も含めて社会全体に恩恵をもたらすという解釈によって正当化されている。ただしカリフォルニア州のように、住民投票によって州憲法が改正され、AAを禁止している州もある。

 

黒人をはじめとするマイノリティ集団を重要な支持層とする民主党は、伝統的にAAに対して積極的な立場を維持してきた。それに対し、白人有権者層の支持が厚い共和党は、AAに対して否定的な傾向にある。

 

後述のように、近年の選挙ではアジア系有権者票の獲得競争において民主党が優位に立っている。しかしアジア系有権者の中には、人種的にはマイノリティでありながら、AAによって不当なハードルを課されているという不満を持つ者もいる。トランプ政権を筆頭に共和党がアジア系差別の訴えを肯定的に受け入れる背景には、AA廃止論を加速させつつ、AAに不満を抱くアジア系有権者からの支持を獲得するという二重の目標があるという見方もできる。

 

そのような議論は、実際に共和党系の有識者からも提示されている。その代表例が、共和党のG.W.ブッシュ政権で法律顧問を務めたジョン・ユー氏(カリフォルニア大学バークレー校教授)である。ユー氏は今年6月、『アジア系アメリカ人は目を覚まして民主党への盲目の忠誠を終わらせる必要がある』及び『裏切られたアジア系アメリカ人は民主党に背を向けるべきだ』と題する論説をロサンゼルス・タイムズ紙とシカゴ・トリビューン紙に掲載した[5]。いずれも、アジア系有権者に対して、AAによってアジア系を蔑ろにする民主党に対する支持を再考し、自分たちの利益を真に促進する政治家(すなわち共和党)を支持するよう呼びかけるものである。 

2. 共和党はなぜアジア系有権者票を獲得できないのか?

アジア系有権者が有権者人口全体に占める割合は2015年推計で4.1%に過ぎないが、アジア系移民の流入によって、近年その存在感を急速に増しつつある。アジア系人口は、1,190万人(2000年)から2,040万人(2015年)と、15年間で約72%増加した[6]。特にカリフォルニア州では、アジア系有権者が州の有権者全体の13.5%を占めるに至っている。シリコンバレーが位置する連邦議会下院の第17選挙区のように、半数近くがアジア系という選挙区も存在する[7]

 

近年の選挙におけるアジア系有権者の民主党への投票割合は、民主党の固い地盤である黒人有権者には及ばないものの、白人有権者と比較して顕著に高い。表1は、2012年と2016年の大統領選挙における人種別の投票結果を示している。民主党はアジア系有権者票において、2012年は47ポイント、2016年も38ポイントのリードを獲得している。それに対して、白人有権者票では、共和党がそれぞれ20ポイントのリードを得ている。

 

表 1:大統領選挙における人種別の得票率(単位:%) 

 

実はこのようなアジア系有権者の投票行動は、アメリカにおける投票行動研究の伝統的な知見からは理解しにくい現象である。というのは、一般的に有権者の所得の高さと共和党支持には正の相関が存在してきたため、所得水準が比較的高いアジア系有権者は、共和党支持により傾いていてもおかしくないと予想されるからである(図1)[8]

 

図 1:人種別の個人所得(2016年) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アジア系有権者を民主党支持に向かわせている要因は何であろうか。この疑問に対するひとつの答えを提示しているのが、アレクサンダー・クオ教授(オックスフォード大学)らによる興味深い研究である[9]。クオ教授らが大規模意識調査データの分析と無作為化比較試験を通して示したのは、人種や民族を理由として、ある政党が自分たちをアメリカ社会から排除しようとしていると感じる有権者ほど、その政党に対する支持を弱めるという結果である。すなわち、所得にかかわらず「本当のアメリカ人」として認められていないというアジア系有権者の疎外感が、相対的にマイノリティ集団に好意的な民主党への支持を強める役割を果たしているのだという。

 

アジア系が疎外感を感じる要因は、意図的ないし明示的な差別だけではない。アジア系アメリカ人は、アメリカ生まれにもかかわらず、「君は本当はどこの国の出身か」や「英語がうまいね」といった言葉をかけられたり、外国人であるかのような扱いを受けることが少なくない。そのような、行為者が必ずしも意図せず行う差別行為は「マイクロアグレッション」と呼ばれ、アメリカでは近年社会的な関心を集めている[10]

 

クオ教授らの実験では、アジア系アメリカ人の学生に対して政治に関する意識調査を行った。その際、無作為に選んだ処置群の学生には、白人女性の実験助手が「すみません。この調査はアメリカ市民だけが対象ということを忘れていました。あなたはアメリカ市民ですか。私にはわかりません」と声をかけた。このような言葉を聞かされただけで、アジア系被験者の共和党に対する見方が、統制群と比べて有意に否定的に変化したのである[11]

 

クオ教授らの知見が正しいとすれば、共和党がアジア系アメリカ人の差別是正に寄り添う姿勢を見せることは、アジア系有権者票の獲得に向けた有効な戦略となる可能性はある。ただし、アメリカ社会におけるマイノリティの地位向上というより広い観点から、AAを支持するアジア系有権者が少なくないことも確かである[12]。AAに対する攻撃は、マイノリティに冷淡な共和党という印象を逆に強める結果となるかもしれない。また、上記の実験が示唆するように、特定の政策的立場よりもむしろ、政治家の日常的な態度や発言が、政党のイメージ形成に重要な役割を果たしている可能性もある[13]。差別的発言が度々取りざたされてきたトランプ大統領を党の顔として選挙を戦う共和党が、アジア系有権者の疎外感を克服することは、そう容易ではないだろう。

  


[1] 訴訟の原告には、実際にはアジア系学生だけではなく、これまでもAAに反対する活動を行ってきた団体が関与していることが指摘されている。Alvin Chan. “Asians are being used to make the case against affirmative action. Again.” Vox. August 30, 2018. (https://www.vox.com/2018/3/28/17031460/affirmative-action-asian-discrimination-admissions)

[2] https://www.justice.gov/opa/pr/justice-department-files-statement-interest-harvard-discrimination-case-defending-claim-0

[3] ホリスティック入試については、アキ・ロバーツ・竹内洋『アメリカの大学の裏側 :「世界最高水準」は危機にあるのか』(朝日新聞出版、2017年)に詳しい紹介がある。

[4] Fisher v. University of Texas, 570 U.S. __(2013)及びFisher v. University of Texas, 579 U.S. __(2016). 具体的には、学生集団の多様性を必要とする理路整然とした(reasoned, principled)説明ができること、目標達成のために限定的に策定された(narrowly tailored, or specifically designed)プログラムであること、AAが多様性目標達成のための唯一の方法であると大学が証明できる(厳格審査基準をクリアできる)こと、が要求されている。

[5] John Yoo. “Asian Americans need to wise up and end our blind loyalty to the Democratic Party.” Los Angeles Times. June 24, 2018.; John Yoo. “Betrayed Asian-Americans should turn their backs on Democrats.” Chicago Tribune. June 26, 2018.

[6] Gustavo Lopez, Neil G. Ruiz and Eileen Patten. “Key Facts about Asian Americans, a divers and growing population.” Pew Research Center, September 8, 2017. (http://www.pewresearch.org/fact-tank/2017/09/08/key-facts-about-asian-americans/)

[7] いずれの数値もアメリカ国勢調査局のElectorate Profiles: Selected Characteristics of the Citizen, 18 and Older Population(https://www.census.gov/data/tables/time-series/demo/voting-and-registration/electorate-profiles-2016.html)に基づく。

[8] ただし、アジア系内部には巨大な所得格差が存在することには注意する必要がある。

[9] Alexander Kuo, Neil Malhotra and Cecilia Hyunjun Mo. 2016. “Social Exclusion and Political Identity: The Case of Asian American Partisanship.” The Journal of Politics. 79(1): 17-32.

[10] もっとも、マイクロアグレッションの対象となるのはアジア系だけではない。女性や他のマイノリティについても同様な現象はしばしば見られる。e.g. Rachel Premack. “14 things people think are fine to say at work — but are actually racist, sexist, or offensive.” Business Insider. September 10, 2018. (https://www.businessinsider.com/microaggression-unconscious-bias-at-work-2018-6)

[11] 正確には、白人学生に対しても同様の実験を行って処置効果を測定し、アジア系被験者で見られた処置効果との差分の差(DID)を取ることで、実験助手によるマイクロアグレッションが意識変化の原因であることを確かめた。

[12] Karthick Ramakrishnan and Janelle Wong. “Survey Roundup: Asian American Attitudes on Affirmative Action.” June 18, 2018. (http://aapidata.com/blog/asianam-affirmative-action-surveys/)

[13] トランプ氏が大統領選挙に向けたキャンペーンを行っていた2015年10月、韓国に関する質問をしたテキサス出身の韓国系アメリカ人の大学生に対し、トランプ氏は「君は韓国から来たのか?」と質問を遮った。このシーンは、アジア系アメリカ人が直面する人種的偏見を象徴する出来事として、メディアでも大きく取り上げられた。Asma Khalid. “South Korea? Trump's 'Where Are You From' Moment.” October 15, 2015. NPR. (https://www.npr.org/sections/itsallpolitics/2015/10/15/448718726/south-korea-trumps-where-are-you-from-moment)