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ヘリテージ財団とAEIの所長人事

December 12, 2018


ヘリテージ財団の新所長に就任したケイ・コールズ・ジェームズ氏       写真提供 Getty Images

帝京大学法学部専任講師

宮田智之

本年1月に、ヘリテージ財団の新所長にケイ・コールズ・ジェームズが就任し、その2ヶ月後にアーサー・ブルックス・アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)所長の2019年夏の退任が発表された。いずれも長年保守派の政治インフラの知的司令塔として機能してきたシンクタンクである。そこで、本稿ではまずシンクタンク所長に求められる条件を指摘した上で、ヘリテージ財団とAEIの動きについて紹介したい。 

シンクタンク所長に求められる条件

どのような人物がシンクタンクの所長に選ばれるのか。いくつかの条件が考えられるが、特に以下の三点は重要であろう。言うまでもなく、第一に政策研究機関のトップとして政策に精通していなければならず、政策に関する深い知識や情報を有する人物でなければならない。第二に、組織運営面での経験も当然必要である。そして、第三に政界や財界において豊富なネットワークを有していることも求められる。シンクタンクの第一義的な目的とは政策過程に影響を及ぼすことであり、政府や議会などにおいて広くその名を知られた存在でなければならない。また、アメリカのシンクタンクは非営利団体であり、そのほとんどは寄付金に依存している。そのため、資金調達はシンクタンク関係者にとって重要な業務の一つであり、所長は著名な実業家や大富豪といった「資金源」を確保できる人物でなければならない[1]

主要なシンクタンクの所長を見ると、政府高官経験者や議員経験者が少なくないが、それは政府高官経験者らの間で上記の条件を満たす人材が多いからであろう。これに対して、学界関係者がシンクタンク所長に選ばれるケースは少ない。政府高官経験者らと比べると、政界などでの人脈や組織運営の経験が乏しいからかもしれない。その意味では、後述する通り、大学教授からAEI所長に転身したアーサー・ブルックスの例は珍しいと言える。

なお、アメリカの主要なシンクタンクの所長は高額な報酬を得ていることでも知られる。実際、年間の報酬額は数十万ドルに及び、中には100万ドル以上に達しているところもある。ただし、一部ではそうした待遇面の良さを厳しく問う声があり、「非営利団体であるのに、そこまで高額な報酬をもらってよいのか」といった批判は以前より存在する。 

ヘリテージ財団の動向

昨年5月、2013年よりヘリテージ財団所長を務めてきたジム・デミントが突然解任され、ワシントン政界に激震が走った。トランプ政権誕生を受けて、ヘリテージ財団がさらなる成長を遂げると見られていた矢先だっただけに、デミントの解任は大きな衝撃をもって受け止められたのである。

2016年の春先から、デミントの号令のもとヘリテージ財団はトランプの事実上の応援団となり、政権発足後も新政権寄りの姿勢を堅持した。トランプ大統領もヘリテージ財団の貢献を賞賛し、あるスピーチの中で「彼らは素晴らしい。真の友人である」と述べるほどであった[2]。こうして、「新政権に大きな影響力をもつシンクタンク」として、ヘリテージ財団が脚光を集めていた時に、デミントは解任された。解任の理由をめぐっては様々な説が飛び交ったが、最も指摘されたのは、デミントのマネージメント能力の低さであり、財団内部で不満が蓄積し、姉妹団体のヘリテージ・アクションのマイク・ニーダムらと衝突した結果、追い出されたという説であった[3]

いずれにせよ、デミント解任を受けて、創設者で前所長のエドウィン・フルナーが暫定的に所長に復帰するとともに、後任の選考が始まった。シカゴ・カブス共同オーナーで商務副長官候補にもなったトッド・リケッツ、元大統領補佐官(立法問題担当)のマーク・ショート、アメリカ立法交流評議会のリサ・ネルソン、ロッキード・マーティンのデビッド・トゥルリオ、下院共和党フリーダム・コーカス会長のマーク・メドウズ下院議員、『ヒルビリー・エレジー』著者のJ・D・ヴァンスら実に多くの人物が候補として挙がった[4]。そして、最終的に新所長には黒人女性のケイ・コールズ・ジェームズが選出され、本年1月に就任した。ジェームズは、G.W.ブッシュ政権で5年間連邦人事管理局局長を務めた経歴をもつほか、キリスト教保守派の家族問題評議会の幹部を務めていたこともある。ヘリテージ財団では、これまで理事を務めフルナーの厚い信頼を確保していた[5]

上記の選考過程について一点付言すると、ベン・サス上院議員(共和党・ネブラスカ)にも接触を図ったようである。サスはすぐに断ったとされるが、ヘリテージ財団がこの人物にも接触した事実は興味深い[6]。サスは、2016年大統領選で共和党内の反トランプの急先鋒であった人物であり、現在もトランプ政権に対して批判的である。ショート、メドウズ、リケッツといったトランプに近い人物が数多く候補に浮上する一方で、サスのような人物が一時であっても検討されたことは、ヘリテージ財団内部がトランプ支持で必ずしも一枚岩ではないことを示しているのかもしれない。 

AEIの動向

本年3月、アーサー・ブルックスAEI所長が2019年夏をもって退任することが発表された。ブルックスがシラキュース大学教授の職を離れ、AEI所長に就任したのは2009年のことである。民主党政権の発足により、AEIの存在感が急速に低下していた時期での所長就任であった。また、前年の秋には金融危機が発生した。ブルックスは、このような難しい状況の中で所長に就任したが、AEIを再び成長路線に乗せることに成功する。その象徴がAEIの本部移転である。AEIは、2016年夏にブルッキングス研究所やカーネギー国際平和財団などが並ぶ首都ワシントンのマサチューセッツ通りに移転している。

ブルックスは、トランプに対してかなり批判的であると言われている。事実、2016年大統領選でAEIはヘリテージ財団とは異なる対応をとった。AEI所属の研究員はトランプへの批判的な言動を公然と行い、ダニエル・ブルーメンソール、トーマス・ドネリー、ゲイリー・シュミットら外交専門家は、「ネバー・トランプ派」のメンバーとして、トランプへの反対書簡に署名した。ヘリテージ財団所属の専門家が反対書簡に一人も署名しなかったのとは対照的であった。確かに、政権発足以降、研究員の間からはトランプ政権への厳しい批判はさほど見られなくなったし、トランプ政権にはケビン・ハセット大統領経済諮問委員会委員長をはじめAEI出身者が数名いる。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)もその一人である。しかし、ヘリテージ財団のように親トランプ路線を掲げているわけではなく、一定の距離を置いていることは確かである[7]。なお、ブルックスが退任を決めた理由は不明であるが、トランプ政権の誕生が少なからず影響しているのかもしれない。

ところで、ブルックスの後任については、来年1月に議員を引退するポール・ライアン下院議長(共和党・ウィスコンシン)の可能性が一部で取り沙汰されている。議会共和党内からもこれを支持する声があり、たとえば、フレッド・アプトン下院議員(ミシガン)は「ポールが辿り着く先になると考えている」と語り、トム・コール下院議員(オクラホマ)も「適任である。正しく彼の場所だ」と述べている[8]

ライアンのAEI所長就任が噂される理由としては、影響力の大きさやAEIとの関係の深さなどに加えて、元々保守系シンクタンクが輩出した人材であるという点も重要である。若い頃、ライアンはジャック・ケンプ、ビル・ベネット、ジーン・カークパトリックらによって設立されたエンパワー・アメリカという保守系シンクタンクで徹底的に鍛え上げられた。なかでも、ケンプから多くを学んだことは有名な話であり、ケンプのもとで政策について学び、財政通として成長を遂げた[9]。このような経歴もあり、ライアンが保守系シンクタンクの所長に転身することは決して不自然ではないと見られている。

もっとも、ブルックスの後任にライアンが確定しているわけではなく、別の人物が選ばれる可能性はある。いずれにせよ、ヘリテージ財団がトランプ政権との関係強化を推進する中で、同じく保守系シンクタンクを代表するAEIの新所長にどのような人物が選ばれるのか、すなわちブルックスの方針を引き継ぎ、トランプ政権から一定の距離をとる人物か、あるいはこれまでの方針を転換させるような人物か、いずれが選ばれるのかまず注目される。 


[1] さらに、保守系やリベラル系といったイデオロギー系シンクタンクの場合、掲げるイデオロギーや政治原則を推進できる人物でなければならない。

[2] Jonathan Mahler, “How One Conservative Think Tank Is Stocking Trump’s Government,” The New York Times, June 20, 2018  <https://www.nytimes.com/2018/06/20/magazine/trump-government-heritage-foundation-think-tank.html>.

[3] Phillip Wegmann, “Coup at the Heritage Foundation? Jim DeMint said to be out after tangling with Heritage Action CEO Mike Needham,” Washington Examiner, April 28, 2017  <https://www.washingtonexaminer.com/coup-at-the-heritage-foundation-jim-demint-said-to-be-out-after-tangling-with-heritage-action-ceo-mike-needham>;

Daniel Drezner, “What in the world is happening at the Heritage Foundation,” The Washington Post, May 1, 2017 <https://www.washingtonpost.com/posteverything/wp/2017/05/01/what-in-the-world-is-happening-at-the-heritage-foundation/?utm_term=.5f1020e13171>.

[4] Robert Costa, Ashley Parker and John Wagner, “Heritage Foundation considers top White House aide, Cubs co-owner as next leader,” The Washington Post, October 17, 2017  <https://www.washingtonpost.com/politics/heritage-foundation-considers-top-white-house-aide-cubs-co-owner-as-next-leader/2017/10/17/0bfa32a0-b358-11e7-be94-fabb0f1e9ffb_story.html?utm_term=.56dc7e078cb7>.

[5] Jeremy W. Peters, “Heritage Foundation Names New President After Turmoil Under DeMint,” The New York Times, December 19, 2017 <https://www.nytimes.com/2017/12/19/us/politics/heritage-foundation-kay-cole-james.html>.

[6] Eliana Johnson, “Sasse rebuffs Heritage for top job,” Politico, August 1, 2017 <https://www.politico.com/story/2017/08/01/ben-sasse-republicans-heritage-241215>.

[7] Melissa Quinn and Joseph Lawler, “AEI President Arthur Brooks to leave think tank,” Washington Examiner, March 14, 2018 <https://www.washingtonexaminer.com/news/aei-president-arthur-brooks-to-leave-think-tank>.

[8] Scott Wong and Melanie Zanona, “Paul Ryan would be ‘perfect fit’ to lead AEI, Republicans say” The Hill, July 24, 2018 <https://thehill.com/homenews/house/398477-paul-ryan-would-be-perfect-fit-to-lead-aei-republicans-say>.

[9] Ryan Lizza, “Fussbudget: How Paul Ryan captured the G.O.P,” The New Yorker, August 6, 2012 <https://www.newyorker.com/magazine/2012/08/06/fussbudget>.

    • 帝京大学法学部准教授
    • 宮田 智之
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