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米放送界のイコールタイム・ルールとトランプ氏の「ねじれた関係」

November 1, 2018

  コメディー番組「サタデー・ナイト・ライブ」の一場面(2016年10月22日)    写真提供 GettyImages

 

朝日新聞編集委員
山脇岳志

 

前回まで2回にわたり、米連邦通信委員会(FCC)が1948年に制定した「フェアネス・ドクトリン(公平原則)」の中身や、そのルールが1987年に廃止された影響について報告した。

一方、フェアネス・ドクトリンとは別に、選挙における「公平性」を求めている別のルールがあり、そちらは現在も有効だ。「イコールタイム・ルール」と呼ばれるもので、今回は、そのルールの中身や影響について取り上げたい。

米国で暮らしたときに感じたのは、政治的な風刺番組の人気と影響力である。日本では、少数の例外を除き、お笑い芸人が政治家の批判や政策の批判を避ける傾向がみられるが、米国では、コメディアンが政治家の問題点を積極的に取り上げ、ユーモアを交えて批判することが定着している。米国では、若い世代を中心に、ニュース番組をみない人も増える一方、政治に関する情報を、娯楽番組を通じて得る人が増えている。

代表的なトーク番組としては、スティーブン・コルベアの「ザ・レイト・ショー」、ジョン・オリバーの「ラスト・ウイーク・トゥナイト」などがあるが、2016年の選挙期間中、人気を集めたコメディー番組に、NBCの「サタデー・ナイト・ライブ」がある。同番組は、1975年に始まり、日本のテレビのさまざまなバラエティー番組も参考にしたといわれる長寿番組だ。俳優のアレック・ボールドウィンが共和党候補のドナルド・トランプ役に、女優のケイト・マッキノンがヒラリー・クリントン役にそれぞれ扮して、人気を博した。同番組としては、23年ぶりの高視聴率で、平均して1100万人以上が見たという。ヒラリーに甘かったわけではないが、トランプをからかったり批判したりする内容が多かった。

大統領選直後の2016年11月、次期大統領に選出されたドナルド・トランプ氏は、「サタデー・ナイト・ライブ」の偏向ぶりを批判し、「(私や共和党は)イコールタイムを与えられるべきなのでは?」という趣旨のツイートが注目を集めた。これに対し、ボールドウィンは「イコールタイムだって?選挙は終わったんだから、もうイコールタイムなんてないよ」と応じた。[1]

その後、2017年10月にもトランプ大統領は深夜番組ホストによる「反トランプ」の発言を批判し、「イコールタイム」に関して同様のツイートを繰り返した。[2]

一部で指摘されたように、トランプ氏は「イコールタイム」と「フェアネス・ドクトリン」を混同していた可能性がある。

ここで話題になった「イコールタイム」とは、放送事業者に対し、公職選挙においてすべての候補者に関して平等な取り扱いを要求する1934年通信法の規定のことである。

一方で、2016年大統領選挙戦において、トランプ氏こそ、他の候補者との明らかにバランスを欠く形でメディアに取り上げられていた。2015年に始まった選挙戦の特に前半、センセーショナルな発言を含め、トランプ氏のスピーチを長々と流すなど、無批判にトランプ氏を「露出」するケースも目についた。人気テレビ番組のホスト役だったトランプ氏がテレビに出れば、視聴率を稼げる。視聴率が上がれば、広告収入も増えるという循環があるからだ。

3大ネットワークの一つ、CBSのレスリー・ムーンベス会長は、2016年2月末、メディアやIT関係者が集まるイベントで、トランプ現象について「こんなのは見たことがない。我々にとっては良い年になる。ドナルド、このままの調子で行け」と発言した。「米国にとって良くないかもしれないが、CBSにとっては全くすばらしい」とも話した。

調査会社メディアクオントの集計では、トランプ氏についての報道は、2016年2月までで約19億ドル相当の宣伝効果があり、共和党の大統領候補の中で抜きんでていた。ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事や、マルコ・ルビオ上院議員といった、当初有力とされた候補は、すっかりかすんでしまったのである。

このような明らかな不均衡は、「イコールタイム」を定めた法律に抵触しないのだろうか。

本稿では、イコールタイム・ルールの内容について整理した上で、立法の背景とその後の改正についてまとめ、改正に関してどのような問題が指摘されているのかを紹介する。

1. イコールタイム・ルールとは?

1934年通信法315条[3]は、米国の放送免許事業者に対し、公職選挙の法的に適格な政治候補者に関する機会均等を求めている。放送免許事業者がある候補者に放送局の使用を許可する場合、同じ公職に立候補している他のすべての候補者に対して均等な機会を提供しなければならない。また、この場合、放送免許事業者は放送内容を検閲する権限をもたない。 

ただし、下記の4つのカテゴリーに該当する場合には、イコールタイム・ルールの適用が免除される。

  • ニュース放送
  • ニュースインタビュー
  • ニュースドキュメンタリー(ドキュメンタリーの主題の提示に付随する形で候補者が出演する場合)
  • ニュースイベントの実況放送(党大会や付随する活動を含む)

罰則は、放送免許の取消である。候補者による放送局の使用や放送時間の購入について、放送事業者が故意に許可しなかったり、許可を出さないことを繰り返す場合には、連邦通信委員会(FCC)は放送事業者の免許を取り消すことができる。[4] 

2. イコールタイム・ルールの制定と免除対象の拡大

(1)ルール制定の背景

政治候補者に関する機会均等について最初に定めたのは、1927年無線法18条である。[5]立法の背景にあったのは、放送事業者がある候補者を取り上げ、他の候補者について全く取り上げなければ、選挙の結果が容易に操作されてしまうという懸念であった。対立候補に同等の時間を提供する際の放送事業者による検閲の禁止は、政治候補者の有権者に向けた言論の自由が、放送をコントロールする放送局の権利に優先するという考え方に基づいている。イコールタイム・ルールは、すべての政治候補者を平等に取り扱うことによって、より活発な政治討論を確保し、公共の利益を実現するのに役立つと考えられていた。

1927年無線法は1934年通信法に吸収される形で廃止されたが、1934年通信法315条に同様の規定が置かれた。

 

(2)4つの免除条項の創設

その後20年以上の間、イコールタイム・ルールの運用に大きな問題はなかったが、1959年に新たな展開があり、連邦議会は315条に上記のような4つのカテゴリーから成る免除条項を加えた。

きっかけは、シカゴ市長選に出馬したラー・デイリー(Lar Daly)候補が、再選を目指すリチャード・デイリー(Richard Daley)現職市長のニュース出演を受け、シカゴのテレビ局に対し自分にも無償で放送時間を提供するよう要求したことである。ニュースは市長選に直接関連するものではなく、現職市長が出席したセレモニーを報道したものであったが、FCCは、この件に関しイコールタイム・ルールが適用されるとの見解を示した。

これに対し、連邦議会は迅速に動いた。イコールタイム・ルールの適用を心配することなく候補者の活動について報道する自由を放送事業者に与えることが公共の利益になると強調し、免除条項を創設したのである。この頃には選挙に関するニュース報道が増え、泡沫候補を含むすべての候補者に放送時間を提供するのは実質的に不可能に近いことから、放送事業者の負担を減らす狙いもあったとみられる。

 

(3)免除対象の拡大

1970年代以降、免除条項に定められた4つのカテゴリーについて、FCCによる解釈が示されるたびに、免除対象の範囲が広がってきた。

(i)「ニュースイベントの実況放送」

1975年、FCCは、大統領の記者会見は「ニュースイベントの実況放送」に該当するとして、イコールタイム・ルールの適用を免除した。大統領が記者会見の中で再選に関するコメントをしたとしても、イコールタイム・ルールは適用されない。(ちなみに、この裁定以前、フォード大統領の記者会見はカメラなしで行われていた。イコールタイム・ルールの適用により他の候補者に同等の時間を与えるのを恐れたためである。)[6]

候補者による討論については、FCCは当初、免除条項の4つのカテゴリーに該当するとは認識しておらず、1960年にケネディとニクソンの大統領候補者討論を実現させるにあたり、議会はイコールタイム・ルールを一時停止するという措置を取らねばならなかった。しかし、1975年には、法的に適格な候補者による討論は「ニュースイベントの実況放送」にあたるとして、イコールタイム・ルールの適用免除の対象にした。

ただし、討論の主催者は放送事業者以外の団体であること、討論の一部ではなく全体を放送することが条件とされた。しかし、FCCは1983年にはこの条件を緩和し、放送事業者による討論の主催を認めた。

翌年にはワシントンDC地方裁判所もこの条件緩和を認め、放送事業者はイコールタイム・ルールに縛られることなく、政治的討論を主催することができると裁定した。

(ⅱ)「ニュース放送」と「ニュースインタビュー」 

FCCは当初、イコールタイム・ルールの適用免除の対象となるのは、伝統的なニュース番組やニュースインタビュー番組(例:Meet the PressやFace the Nationなど)のみだと見做していた。しかし、1990年代に、娯楽番組やトーク番組において政治的な議論や選挙戦の報道が取り入れられようになると、FCCは免除の対象を拡大する必要を感じた。

もしこのような場合にもイコールタイム・ルールが適用されるとなれば、放送局側は対立候補者の放送内容をコントロールできないため、対立候補者はインタビュー等の形式にこだわらず、自分の好きなように演説・宣伝することもできる。その結果、放送局側が用意した質問に回答した候補者よりも有利になるという場合もあるだろう。よって、ジャンルとしては娯楽番組やトーク番組であっても、定期的に時事問題や政治問題を取り上げ、インタビューを行い、特定の候補者や政党を全面的に支持するような構成をとっていない番組に対しては、イコールタイム・ルールの適用を免除しようということになったのである。この動きはまず昼のトークショーから始まり、朝の番組、深夜番組へと広がっていった。

「ニュースインタビュー」として免除される条件としては、下記のようなものが挙げられている。

  • ニュースになっている人物や政治家をインタビューしてきた実績があること
  • 候補者にインタビューする際の議題は、放送局(または放送局が番組制作を委託したプロデューサー(ネットワーク、シンジケーターなど))が選択し、番組プロデューサーが管理すること
  • インタビュー対象の候補者が報道価値あるいはジャーナリスティックな裁量に基づき選択されていること

この結果、政治候補者は娯楽番組やトーク番組に積極的に出演するようになった。これまでにFCCが「ニュース放送」あるいは「ニュースインタビュー」に該当するとして免除の対象になるという見解を示した番組には、Today、Politically Incorrect、Access Hollywood、Entertainment Tonightなど多数にのぼる。

3. テレビ局の道義的責任を問う意見も

イコールタイム・ルールについては、いくつもの問題点が指摘されている。たとえば、大統領の記者会見は、「ニュースイベントの実況放送」に該当するとした解釈については、現職の大統領が自らの選挙戦にかかわる発言をした場合でも問題がないことになり、現職の大統領を著しく優位にするので不適切であるとLeague of Women Votersなどの団体が主張している。

また、討論会による討論は「ニュースイベントの実況放送」に該当し、放送局が討論会を主催してもよいという解釈については、放送局などの主催者が候補者を選ぶことになることから、放送局が選挙に対して過大な影響力を与えることになるのが問題だという指摘もある。

また、候補者の資金力が露出の差に直結しうる。つまり、ある候補者が放送時間を購入したときに、他のすべての候補者は同じ価格で放送時間を購入「できる」のであって、購入する経済的余裕がない場合には、無償で放送時間を提供してもらえるわけではない。 結局は、潤沢な資金をもつ候補者が有利になってしまうわけで、これが本当に「機会均等」なのかという問題もある。

何より、前項でみたように、娯楽番組や適用免除の範囲が大きく広がったことにより、イコールタイム・ルールは事実上、骨抜きにされている。放送事業者もイコールタイム・ルールの遵守を実質的な負担とは考えていないようである。だからこそ、「イコールタイム・ルールは合衆国憲法の修正第1条に抵触する」という主張も存在してはいたが、廃止を求める大きな動きにはなってはこなかった。

さらに、インターネット等の新興メディアの重要性が増すにつれ、すでに形骸化しているイコールタイム・ルールの意味はさらに薄れてきている。

ちなみに、本稿の冒頭で触れたトランプ氏とクリントン氏のモノマネが人気を博した「サタデー・ナイト・ライブ」に関しては、イコールタイム・ルールが適用されている。クリントン氏が2015年10月に3分12秒出演した際には、ラリー・レシッグ氏がNBCに対して同等の放送時間を要求した。(が、レシッグ候補はそれから間もなく選挙戦から離脱。)

また、トランプ氏が2015年11月にゲスト司会者として12分5秒出演した際にも、ジョン・ケーシック、マイク・ハッカービー、リンジー・グラハム、ジョージ・パタキ、ジム・ギルモアの各候補がNBCに同等の放送時間を要求した。NBCはこの要求に応じ、ネットワークコマーシャルと、候補者指名の党員集会を早期に開く3州(アイオワ州、ニューハンプシャー州、サウスカロライナ州)における放送時間を提供した。(パタキ氏は、有権者に向けた「スペシャルメッセージ」を発信しようと計画していたものの、最終的にはNBCから提供された放送時間を使って選挙戦からの離脱を表明するという結果になってしまった。)

2016年の大統領選では、放送各社がすべての候補者を平等に取り扱おうとしなかったのは明らかだ。しかし、大統領候補者や選挙戦に関するニュース報道やインタビューのほとんどが、イコールタイム・ルール適用を免除される4つのカテゴリーに収まるため、このような不均衡が、1934年通信法315条に抵触することはない。

だが、トランプ氏の躍進を支えた地上波やケーブルテレビ局のバランスを欠いた報道についての「道義的」な責任を問う声は強い。

大統領選の分析で知られるバージニア大政治センター所長のラリー・サバト氏は、2016年春、筆者に対して「昨年夏、トランプ氏の人気がまだ低かったころ、大量にテレビが報道したことで、国民の間でトランプ支持の幅広い基盤ができた。一度基盤ができるとなかなか崩れない」と話した。

また、ペンシルバニア州立大学のマシュー・ジョーダン准教授は、トランプが大統領選に勝利したあと筆者の電話インタビューで、「(テレビがトランプ氏の勝利に)非常に貢献したと思う。たとえば、ケーブルテレビのMSNBCは、2015年は17%もの増益でしたし、CNNも14%程度の増益だった。テレビ業界にとって選挙はまさにドル箱で、もっとも利益率の高いショーだった」と述べた。トランプとテレビはWin Winの関係だったという指摘である。

選挙戦も後半になると、新聞を中心に伝統メディアは、トランプ財団や税金の申告の問題などについての調査報道を行ったが、ジョーダン准教授は、これについては「遅かった。メディアは、『共和党の候補に当確となった○○氏は、こう言いました』と引用するが、そのことによって人々が候補者の発言を受け入やすくなったり、候補者を正当化したりする機能を果たす。彼らは、トランプ氏が公的な討論の主役になるまえに、調査報道ができなかったので、トランプ氏は自らの基盤を確立してしまった」と話した。

そもそも、イコールタイム・ルールが創設されたのは、放送事業者の取り上げ方によって選挙の結果が左右されることを恐れたためであった。それが今では、ニュース、インタビュー、記者会見、討論、党大会などの実況放送といった選挙の行方に大きな影響を与える出演は野放しにする一方で、サタデー・ナイト・ライブのようなコメディー番組への出演には適用されるという皮肉な状況が生じている。

トランプは、イコールタイム・ルールを批判した。だが、イコールタイムの「形骸化」によって、選挙戦で最も得をしたのは、実はトランプ氏だろう。Post-truth Politics(真実が重要ではない政治)の一つの例がここにもある。

 

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[1] Pamela Kruger, “Donald Trump Attacks 'Biased' SNL and Calls for 'Equal Time'”, Fortune, November 20, 2016, http://fortune.com/2016/11/20/donald-trump-snl-baldwin-bias/

[2] Ted Johnson, “Trump Asks if He Should Get Equal Time for Late-Night’s ‘Anti-Trump’ Humor”, Variety, October 7, 2017, https://variety.com/2017/politics/news/trump-late-night-talk-shows-equal-time-1202583423/,

Brent D. Griffiths, “Trump cites FCC equal time rule in dig at 'unfunny' late-night comedians”, Politico, October 7, 2017, https://www.politico.com/story/2017/10/07/trump-tv-equal-time-late-night-comedians-243561

[3] 47 U.S. Code, Section 315, https://www.law.cornell.edu/uscode/text/47/315

Communications Act of 1934, Section 315, https://transition.fcc.gov/Reports/1934new.pdf

[4] 47 U.S.C. §312, Administrative sanctions. https://www.fcc.gov/media/policy/statutes-and-rules-candidate-appearances-advertising

[5] Radio Act of 1927, Section 18,  https://web.archive.org/web/20051206030104/http://showcase.netins.net/web/akline/pdf/1927act.pdf

[6] Christopher Lydon, “Equal-Time Rule On Political News Reversed by F.C.0.”, September 26, 1975, New York Times, https://www.nytimes.com/1975/09/26/archives/equaltime-rule-on-political-news-reversed-by-fcc-equaltime-rule.html

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