タイプ
論考
日付
2018/6/19

白人労働者のトランプ支持理由は「経済的苦境」ではなく「地位への脅威意識」?

 

杏林大学総合政策学部専任講師

松井孝太

白人労働者のトランプ支持理由は「経済的苦境」ではなく「地位への脅威意識」?

トランプが事前予想を覆して勝利した2016年大統領選挙から約1年半が経過し、アメリカ政治の主な関心は、トランプの政権運営や今年11月に実施される中間選挙に向けられている。そのような中で2016年選挙を振り返るのは、いささか時機を逸しているように思われるかもしれない。しかし中間選挙(さらには2020年大領領選挙)に向けた二大政党の選挙戦略や人々の関心が、前回選挙での教訓に大きく影響されることも確かである。

 

そこで本コラムでは、2016年選挙でのトランプの勝因をめぐって最近専門家の間で繰り広げられているひとつの論争を紹介したい。そこで具体的に争われているのは、2012年選挙で民主党に投票した有権者の一部が、なぜ2016年にトランプ投票に至ったのか、その「動機」は何であったのかという問題である。トランプ支持の背景にある有権者像のより良い理解は、今後のアメリカ政治を考えるうえでも大いに助けとなろう。

 

論争のきっかけとなったのは、ペンシルベニア大学政治学部のダイアナ・マッツ教授が今年4月に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載した論文「経済的苦境ではなく地位への脅威が2016年大統領選挙を説明する」である [1]。後で再度触れるように、この論文はその論争的内容からメディアでも大きな注目を集めた。そこでまず、マッツ論文の概要について簡単に紹介しよう。

「白人男性の地位への脅威」仮説

マッツ教授によれば、2016年大統領選挙を説明する現在の支配的な言説は、失業や賃金停滞などによって経済的繁栄から「取り残された(left behind)」白人労働者層がトランプ支持に回ったというものである。しかしマッツ論文はこの「経済的苦境(economic hardship)」論を否定する。マッツ教授によれば、2016年選挙で一部の有権者がトランプ支持に回った真の要因は、これまでアメリカ社会で高い地位にあった集団(典型的には白人・キリスト教・男性)が、移民・黒人の地位上昇や国際社会におけるアメリカの相対的地位の低下によって、将来的に「地位が脅かされる(status threat)」という意識を強めたためである。すなわち、白人労働者の過去や現在の経済的苦境ではなく、「将来」への不安こそが、トランプの勝利を生み出したのだという。

 

マッツ論文の中心をなすのは、2012年と2016年のそれぞれの選挙直前に実施された意識調査データを用いた分析である[2]。回答者のトランプ支持を説明しうる基本的な変数としては、教育程度等の人口統計学的属性や支持政党があり、統計的な分析を行うと、学歴の低さとトランプ支持にはやはり関係があることが示された。そこにさらに「経済状況」変数を加えても、学歴変数の予測力は強いままである。しかし、さらに「地位脅威」変数を加えると、学歴の予測力は消えてしまう。つまり、白人労働者層が置かれた経済的状況の変化は、候補者選択にほとんど影響を与えておらず、「地位への脅威」意識こそが、白人労働者層による2016年のトランプ支持を説明するのだという。

 

マッツ論文は、経済的繁栄から取り残された労働者の支持がトランプ勝利の勝因であるという「神話」を打ち壊す科学的研究として、今年4月以降、ニューヨーク・タイムズをはじめとする主要メディアの多くで大々的に取り上げられた。表1はマッツ論文が紹介されたメディア報道の例である。たとえばCNNの紹介は次のような言葉で始まる。「経済的不安が2016年選挙でドナルド・トランプ大統領の支持を加速したという通念に大部分のメディアは固執してきた。その唯一の問題は何か? それが正しくないということだ」[3]

 

表1 マッツ論文を紹介したメディア報道の例

社会学者からの反論

このように研究者コミュニティを超えて注目を集めたマッツ論文に対して、極めて厳しい批判を浴びせているのが、ジョンズ・ホプキンス大学社会学部のスティーブン・モーガン教授である[4]。モーガン教授が今年5月に発表した未公刊論文「フェイク・ニュース:地位への脅威は2016年大統領選挙を説明しない」は、マッツ論文が先行研究による知見の蓄積を無視しているだけでなく、分析上も重大な過ちを犯しており、社会に誤った認識を広げるものであると厳しく批判する[5]。そこで次に、モーガン教授による批判のポイントを、可能な限りテクニカルな議論を避けつつ紹介しよう。

 

先に結論を述べてしまうと、経済的苦境と地位脅威意識は「どちらも」白人労働者のトランプ支持に影響を与えており、マッツ論文のように両者を明確に区別したうえで、どちらか一方の排他的重要性を主張することは(少なくともマッツ教授のデータからは)不可能であるというのがモーガン教授の見解である。

 

両者の大きな違いを生み出しているのは、意識調査に用いられた質問項目のどれが「経済的苦境」でどれが「地位への脅威」なのかという解釈の違いである。モーガン教授による再分析では、マッツ論文の「地位への脅威」変数には、かなりの程度、経済的利益と解釈できる項目が含まれていた。そして、それらの変数を投入しただけでも、「学歴」変数の予測力は消えてしまうのである。またマッツ論文では、同一対象者への継続的調査の分析によって、個々の回答者がもつさまざまな要因の影響が排除できると主張されていた。しかし、実際にはマッツ教授の説明とは異なる分析がされていた部分があり、結果的に人種などの重要な変数の影響が見過ごされていたことも、モーガン教授の検証により明らかになった。

 

もっとも、モーガン教授の懸念は、このようなマッツ論文の技術的な問題点というよりはむしろ、マッツ論文が大々的にメディアで報じられ、「地位への脅威」論こそがあたかも科学的に証明された真実であるかのように世論に印象付けられた点にあるようである。自らの経済的停滞を認識したうえで、救済者としてトランプに投票した有権者が実際に存在していたとすれば、その存在を完全に否定してしまうのは大きな誤りであるし、今後の政治の針路に影響を与える可能性を考えると危険ですらある。

ソーシャル・メディア時代の社会科学研究

ただし、モーガン論文の批判によって、マッツ論文の知見がすべて誤りであったと結論付けるのも拙速である。2016年選挙の結果に関して誰もが合意できる「正解」は未だ存在しないし、今後も様々なデータや分析手法によって新たな解釈が提示されていくであろう。重要なのは、そのような検証と再検証の繰り返しによって真実を探求していくというプロセスへの理解である。

 

もちろん、社会科学の研究成果が、専門家の狭い世界だけに留まらず、広く社会に還元されることは喜ばしいことである。近年では、非専門家の関心も惹くような「キャッチー」な内容の研究が、大手メディアの報道だけでなく、ツイッターなどのソーシャル・メディアを通して急激に拡散されることも珍しくない。そのような中では、研究者側も、厳密で曖昧さを残すような研究よりも、断定的でわかりやすい結論を示すインセンティブをもつかもしれない。しかし、偏った(あるいはときに明確に誤った)理解が、あたかも科学的真実として社会に受け止められてしまう危険性が高まっていることも確かである。

 

モーガン教授は論文の結論部分で次のように述べている。「社会科学がしばしば十分に科学的でないと―そして政治学の場合には左寄りで党派的過ぎるので国立科学財団(NSF)の研究費を与えるべきでないと―非難されている時代に、マッツ論文のような研究は、社会科学者に対して、一般市民の注目を集める研究をどのように行うべきかを再検討させる深刻な脅威であると私は結論付ける」

 

トランプ大統領は、これまでの歴代大統領とは異色の存在であり、政権の誕生背景から政権運営のあり方、日米関係に与える影響まで、人々の関心は尽きない。中間選挙を控えた候補者やトランプ大統領自身も、自らの支持者がどのような人々で、どのような期待や不安をもっているのかを常に探っているはずである。そこで研究者に求められているのは、時に曖昧な結論であったとしても、やはり冷静かつ厳密な研究を進めていくことなのではないだろうか。

 

 

[1] Diana C. Mutz, “Status Threat, Not Economic Hardship, Explains the 2016 Presidential Vote,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 2018, 201718155.

[2] 論文前半では、同一対象者への継続意識調査によるパネルデータ分析、後半では2016年選挙前に行われた別の意識調査によるクロスセクション分析が行われている。

[3] Julia Waldow, “What Journalists Got Wrong about Voters in the 2016 Election,” April 27, 2018. (http://money.cnn.com/2018/04/27/media/status-threat-diana-mutz-reliable-sources/index.html)

[4] モーガン教授は社会学者であるが、著書Counterfactuals and Causal Inference: Methods and Principles for Social Research(Cambridge University Press, 2014)は、因果推論に関する優れた教科書として政治学部大学院でも広く利用されている。

[5] Stephen L. Morgan, “Fake News: Status Threat Does Not Explain the 2016 Presidential Vote,” working paper. (https://osf.io/preprints/socarxiv/7r9fj/)