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金正恩をうならせたか? トランプ「予測不能」外交

May 30, 2018

白鴎大学経営学部教授
高畑 昭男

アンプレディクタブル(予測不能)外交といえば、これまで北朝鮮のお家芸とされてきたが、トランプ米大統領はその一枚上手を金正恩朝鮮労働者党委員長に食わせてみせた。シンガポールで予定された史上初の米朝首脳会談について、トランプ氏が一方的に「中止する」という書簡を金正恩氏に送りつけたことである。

トランプ氏が米朝首脳会談の受け入れを即断したのは約2カ月半前の3月8日。平壌で金正恩氏と会談した韓国特使団をホワイトハウスに招き、直接報告を聞いた当日のことだった。その後、板門店で開かれた南北首脳会談(4月27日)で金正恩氏が文在寅・韓国大統領に「朝鮮半島の非核化」について親しく語ったとされたこともあって、トランプ氏は「5月末から6月に開きたい」と前向きな姿勢を示し続けた。二度にわたるポンペオ国務長官の訪朝や、北朝鮮に拘束されていた米国人3人の釈放(5月9日)といった展開を受けて、5月10日にはトランプ氏自ら「6月12日にシンガポールで開催」と発表した。「史上初の米朝首脳会談を成功させたい」とする意欲が前面にあらわれ、内外メディアからは「開催に向けて前のめりすぎないか」との危惧も浮上し始めていた。

ところが、金正恩氏が5月7~8日にかけて中国の大連を訪問し、習近平・中国国家主席と今年2度目の会談を行って以後、北朝鮮側の対応に微妙な変化が生じたという。16日には、予定された南北閣僚級会談を北朝鮮が一方的に中止したのに加え、容認したはずの米韓合同軍事演習にも強い敵意をみせた。対米交渉のベテランで知られる金桂官第一外務次官が表に登場し、「一方的な核放棄を強要するなら、首脳会談に応じるかを再考するしかない」と、会談中止を示唆して揺さぶる内容の談話も発表した。米国や日本が求める「完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄」(CVID; Complete, Verifiable, and Irreversible Dismantlement)や、その前例ともなっている「リビア方式」には容易に応じない強硬姿勢をはっきりと見せ始めたのだ。

さらに24日には、北朝鮮外務省の崔善姫次官が「米国が我々と会談場で会うか、核対核の対決で会うかは、米国の決心と行動にかかっている」と、核恫喝に等しい好戦的談話を発表したことが最後の引き金となったという。「会談中止」を通告したトランプ氏の書簡には「直近の声明(崔善姫次官談話を指す)に示された激烈な怒りと露骨な敵意」が直接の理由に挙げられている。

熾烈な駆け引き

だがふり返ってみると、トランプ氏も金正恩氏も、敵対者に対する暴言では、互いに負けず劣らずの似た者同士だ。2017年9月、国連総会で初の一般討論演説に立ったトランプ氏は、金正恩氏を「ちっぽけなロケットマン」とこきおろしただけでなく、「アメリカや同盟国を守る必要に迫られたら、北朝鮮を完璧に破壊する以外の選択肢はなくなる」と、北朝鮮国家の破壊を公言して議場をどよめかせた。その前の8月8日には「北朝鮮はこれ以上米国を脅さないほうがいい。世界が見たこともない炎と怒りで対抗する」とも語っている。

一方、金正恩氏もトランプ氏を「老いぼれ」と罵倒するなど、負けてはいなかった。今回のように、たかが外務次官談話ぐらいで史上初の首脳会談という劇的なイベントを一方的にキャンセルしてしまうのは、どこか解せない。

もともとトランプ氏は2016年大統領選当時から「予測不能」の行動を売り物にしてきた面がある。片や、金正恩氏も核や弾道ミサイル実験を繰り返したかと思えば、2月に韓国で開かれた平昌冬季五輪に向けて唐突に融和的態度を示すなどの豹変ぶりで国際社会を振り回してきた。予測不能外交は、父親の金正日氏譲りのお家芸といってもよい。互いに一見、予測不能で思いつきの言動のようにみえても、その背後には周到な計算や熾烈な駆け引きがひそんでいるとみるべきだろう。

米メディアによれば、トランプ氏が会談中止を決めた理由は「一連の約束不履行のため」(米高官)である。とりわけ、①南北首脳会談などで容認したはずの米韓合同軍事演習に一転して反対した、②南北閣僚級会談を一方的に中止した、③核実験場の廃棄では事前に約束した米国など外部の専門家による立会いと検証を認めなかった、④シンガポールで開く筈の米朝実務者による事前協議に要員を派遣せず、協議も開かれなかった、⑤度重なる米国側の連絡や問い合わせにも一切の反応がなかった――などの点が挙げられ、トランプ氏、ペンス副大統領、ボルトン補佐官、ポンペオ国務長官の4者による検討の結果、「北朝鮮側に(首脳会談を成功させるための)誠意が認められない」との結論になったという。

だが、この時点でトランプ氏を中止決定に追いやった最大の動機は「先に北朝鮮に首脳会談をキャンセルされたら、米国のメンツが丸つぶれになる」とするボルトン氏の意見だったようだ。歴代の前任者をひたすら批判し、「過去の誤りは犯さない」と断言してきたトランプ氏だけに、北朝鮮から中止を突きつけられては大統領自身はもちろん、超大国のメンツも丸つぶれになる。ボルトン氏の見方に同意したトランプ氏が急遽中止を決断したという。(米NBC)。

金正恩氏の計算ミス

一方的に「会談中止」を突きつけられた北朝鮮側の衝撃は大きかったに違いない。トランプ氏の書簡の内容と会談中止の発表が北朝鮮に伝えられたのは、豊渓里の核実験場爆破が終了した直後で、まさに寝耳に水だった。しかも、核実験場爆破に加えて、先に米国人3人も釈放してしまっている。金正恩氏にとっては米側にまんまと成果をただ取りされた形でもある。

この種の交渉や会談では、開催間際になって無理難題を持ち出して相手の妥協を引き出そうとするのが過去の北朝鮮外交の常套手段だった。今回も、金桂官第一外務次官や崔善姫次官の強硬発言には、段階的な核放棄とそれに伴う見返りの供与といった新たな譲歩を米側から引き出そうとする狙いがあったとの見方が多い。だが、そうだとすれば、北朝鮮は大きな計算違いをしたとしか言いようがない。金正恩流の「予測不能」戦術に対し、トランプ流の「予測不能」の決断が先手を奪ったようにみえる。

トランプ書簡に対して北朝鮮は翌25日、異例の速さで「予想外のことで、きわめて残念に思わざるを得ない」とする金桂官第一外務次官の談話を発表し、手のひらを返すように、首脳会談を当初受け入れたトランプ氏の「勇断」を高く評価する文言も目立った。また、26日には、板門店に文在寅大統領を招いて2度目の南北首脳会談を行った。会談は金正恩氏が文在寅氏に急遽申し入れて実現した(韓国政府発表)ことからも、金正恩氏が恥もメンツも投げ打って、米朝首脳会談の再設定に奔走した様子が想像できる。

「非核化」の焦点は変わらず

一方、トランプ大統領もこうしたあわただしい流れの中で、米朝首脳会談の期日通りの開催を含む再設定に前向きな姿勢だ。トランプ書簡がもたらしたショックによって、北朝鮮は実務者協議に真剣な対応を示すようになったと評価しているという。

だが、協議に臨む北朝鮮側の姿勢が改善されるとしても、首脳会談の成否が一にかかって非核化をめぐるプロセスの中身にある現実は変わらない。リビアで用いられたように、米国は完全な査察・検証体制の下で核兵器や関連施設、装備・資材、原料物資等を廃棄または撤去するという「リビア方式」もしくは「完全かつ査察可能で、不可逆的な廃棄(CVID)」の原則を貫くよう求めている。

これに対し、北朝鮮はこれらを拒否した上で、段階的かつ相互的な核廃棄と各段階ごとに制裁緩和などの見返りを要求する姿勢を崩していない。非核化の具体的手順やプロセスに関して、米朝双方の立場は水と油の違いがあり、予定通りに首脳会談が開かれたとしても、この違いを埋め合わせる合意を達成できるか否かは極めて不透明だ。

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