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ウイグルを巡る米中対立(1)――米政府による批判と問題の背景

December 17, 2018


ウイグル自治区カシュガルの街並み                    写真提供 Getty Images

 同志社大学法科大学院嘱託講師

村上政俊

沸き起こり始めたウイグルについての対中批判

ポンペオ国務長官は、2018年7月、「信教の自由を推進する閣僚会合(Ministerial to Advance Religious Freedom)」を初めて主催した。

ペンス副大統領も26日に演説[1]し、「トランプ大統領が繰り返し述べているように、アメリカは信仰の国(nation of faith)であり、信教の自由は政権の最優先課題だ。」とした上で、「中国政府は数十万あるいは数百万人規模でイスラム教徒のウイグル人をいわゆる『再教育施設(re-education camp)』に収容している。」と中国を批判した。ゴールはウイグル人に信仰と文化的アイデンティティを失わせることだと述べたのだから、批判は激烈だった。

閣僚会合では特定の国(ミャンマー、中国、イラン)についての声明も発出された。新疆でのモスクの破壊や未曾有の水準での監視、表向きは“政治的再教育 ”という名目での拘留などを批判し、恣意的に拘留されている全ての人を直ちに解放するよう中国政府に要求した。この声明[2]には、カナダ、コソボ、米国、英国の4か国が署名している。

これ以降もペンス及びポンペオのウイグルに関する中国批判は続いている。9月に開かれた「社会的価値観を重視する有権者サミット(Values Voter Summit)」では、ペンスが中国によるキリスト教徒、仏教徒、イスラム教徒に対する凶悪な抑圧を非難[3]した。ポンペオは、教会の閉鎖や聖書の焼却といったキリスト教への弾圧よりも先にウイグルの再教育施設に言及[4]し、ウイグル問題を重視する姿勢を見せた。なお昨年の同会合には、トランプが大統領として初めて出席して国家の宗教的遺産(nation’s religious heritage)を守ると発言[5]しており、政権と保守的有権者を繋ぐ重要な場となっている。

日本でも注目を集めたハドソン研究所での10月4日のペンス演説[6]は、対中国政策を包括的に示したが、この中でも「24時間ぶっとおしの洗脳(around-the-clock brainwashing)」といった強い言葉が用いられた。

そして11月、米側からポンペオ、マティス国防長官が、中国側から楊潔篪中国共産党政治局委員、魏鳳和国務委員兼国防部長が出席し、ワシントンで開催された第2回米中外交安全保障対話では、北朝鮮や南シナ海、台湾と並んで議論が交わされたことで、ウイグル問題がいまや米中関係の主要な争点の一つとなっていることが印象付けられた。共同記者会見の場で、すなわち楊と魏の面前でも、ポンペオは人権そして信教の自由という文脈でウイグルについて言及した[7]。また地域の安全保障を損なう(undermine)との認識が米側から示されたことは、ウイグル問題を普遍的な価値や二国間関係といった文脈だけではなく、安全保障問題として提起しようという米国の意図が示されたといえよう。

拘束されている人数は一説では百万人といわれ、アメリカ政府もこの数字に言及している。人口約20万人のある地域では、施設が8か所ありそれぞれで約3千人が収容されているという[8]

ウイグルでの悲惨な現状が明らかとなったのは、本年5月、カザフスタン人のオミル・ベカリ(Omir Bekali)氏がAP通信のインタビュー[9]に答え、自身の収容体験を証言したことが大きなきっかけだった。ベカリ氏は、ウイグル族とカザフ族の両親の間に中国で生まれ、のちにカザフスタンに帰化している。昨年3月から約7か月に及んだ拘束では、身体的拷問だけでなくイスラム教の否定や政治的スローガンの強要といった精神的圧迫も受けたという。

こうした現状をジョージタウン大学のジェームズ・ミルワード(James Millward)教授は、文化浄化(cultural cleansing)だと厳しく批判している[10]。ウイグル人の中で知識人にも狙いが定められていることは、こうした非難を裏付けていそうだ。例えば新疆大学学長だったタシポラット・ティップ教授は、東京理科大学で博士号を取得した知日派だが、執行猶予付きながら死刑判決が言い渡されている。インテリ層を殲滅して、ウイグル独立の芽を将来にわたって完全に摘んでしまおうという狙いが推認される。

またNew York Timesを始め米欧メディアで大きく取り上げられたこともウイグル問題への注目を飛躍的に高めたといえるだろう。 

ウイグル問題の背景

ここでウイグル問題の背景を読み解いてみたい。

トルコ系イスラム教徒であるウイグル族が人口の約半数を占める新疆ウイグル自治区は、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンといった旧ソ連諸国に加えてモンゴル、アフガニスタン、パキスタン、インドという8か国と隣接しており、地政学的に重要な場所に位置している。

この地が新疆と呼ばれるようになったのは、清朝の支配が及ぶようになってからだ。19世紀に英国とロシアの間で巻き起こったグレート・ゲームでは、アフガンを巡って激しい綱引きが展開されたが、同じくロシアの南下という観点から隣の新疆にも注目が集まっていた。

2009年7月、最大都市ウルムチでウイグル人と当局間の大規模な衝突が発生し、中国政府の発表によれば197人が死亡したという。イタリア・ラクイラでのG8サミットの関連会合に出席中だった胡錦濤国家主席は、事件を受けて急遽帰国の途に就き、会合出席は戴秉国国務委員が代行した。サミットという外交の晴れ舞台を途中放棄しての異例の緊急帰国は、新彊統治の脆弱性を世界に知らしめ、民族問題が共産党のアキレス腱であることをまざまざと見せつける形となった。

北京が譲歩する余地がないことを表す「核心的利益(core interests)」という表現は、それまでは主に台湾問題について使用されていたが、対象が拡大して新疆について用いられるようになったのも、同じく胡錦濤政権下でだった[11]

習近平政権の下でウイグル人を巡る状況が悪化している背景の一つには、陳全国の存在が挙げられる。中国においては政府の職よりも共産党の職の方が実権を有しており、新疆ウイグル自治区においても同様の状況だ。自治区政府のトップである主席にはウイグル族が歴代あてられているが、党組織のトップである党委員会書記には漢族が就いている。なおウルムチ市長から自治区主席となり、その後ウイグル族としては異例の中央省庁幹部(国家発展改革委員会副主任)に抜擢されていたヌル・ベクリが、2018年9月に監察調査を受けていることが明らかとなったが、これもウイグル弾圧強化の一環なのだろう。

現在の党委書記である陳は、2016年8月に新疆に転任するまではチベットで党委書記を務め、再教育を大々的に展開した。チベットでの手口を新疆にも持ち込んでウイグル族への弾圧をあからさまに強めているのだ。その”功績”を買われてか、2017年10月の第19回中国共産党大会を受けて、党中央の政治局委員に昇格を果たした。少数民族をいかに抑圧したかが昇進のポイントになったのだとすれば、俄かには信じ難い話だ。

構造的な要因として考えられるのが、習近平政権が重要戦略と位置付ける一帯一路だ。陳は、李克強首相が河南省で省長そして党委書記を務めていた時の直接の部下であったこともあり、陳の施策には党中央の意向がダイレクトに反映されているとみてよいだろう。

陸路で中国と欧州を結ぶ主要ルートのハブにあたるのが新疆だ。また新疆西部の最大都市タシュクルガンからパキスタンのグワダル港までのインフラ整備計画を中国パキスタン経済回廊(CPEC)と銘打つのは、マラッカ海峡を経由せずにインド洋にアクセスしようという思惑からだ。このように一帯一路は新疆を抜きにして語ることはできず、極端な強圧策の背景には、新疆の安定を何とか確保して一帯一路を前進させたいという狙いがあるものと思われる。


[1] White House, “Remarks by Vice President Pence at Ministerial To Advance Religious Freedom,”Jul 26, 2018 (https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-vice-president-pence-ministerial-advance-religious-freedom/)

[2] https://www.state.gov/j/drl/irf/religiousfreedom/284557.htm

[3] http://magafirstnews.com/value-voters-summit/family-research-council-13th-annual-values-voter-summit-remarks-by-vice-president-mike-pence/

[4] http://magafirstnews.com/value-voters-summit/family-research-council-13th-annual-values-voter-summit-remarks-by-secretary-of-state-mike-pompeo/

[5] White House, “Remarks by President Trump at the 2017 Values Voter Summit,” Oct 13, 2017

https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-2017-values-voter-summit/

[6] https://www.hudson.org/events/1610-vice-president-mike-pence-s-remarks-on-the-administration-s-policy-towards-china102018

[7] https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/11/287279.htm

[8] 「新疆に強制的な教育施設 中国治安当局、存在認める」産経新聞 2018年9月16日(https://www.sankei.com/world/news/180916/wor1809160004-n1.html)

[9] Gerry Shih, “China’s mass indoctrination camps evoke Cultural Revolution,” AP News, May 18, 2018 (https://apnews.com/6e151296fb194f85ba69a8babd972e4b)

[10] Kate Lyons, “Uighur leaders warn China's actions could be 'precursors to genocide',” The Guardian, Dec 7, 2018 (https://www.theguardian.com/world/2018/dec/07/uighur-leaders-warn-chinas-actions-could-be-precursors-to-genocide)

[11] 2006年11月、胡錦濤がパキスタン訪問時の演説で言及。

 

【関連記事】

ウイグルを巡る米中対立(2)――連邦議会での動き、トランプ外交におけるウイグル問題(2019/03/19)

    • 皇學館大学准教授
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