タイプ
論考
日付
2018/10/2

アメリカと中国(2) 圧力一辺倒になりつつあるアメリカの対中姿勢

 

 

神奈川大学法学部教授

佐橋 亮

 

9月9日、ニューヨーク・タイムズ(日曜版)の1面中央に写真付きで掲載された記事は、少なくとも中国政府関係者には衝撃的なものだったにちがいない。新疆ウイグル自治区において多数派を占めるイスラム教徒のウイグル人の思想改造(再教育)を専ら目的とした「収容所」について、同紙北京特派員の手による長文記事が掲載されたのだ。(Chris Buckley, “Anti-Islam Detention Camps in China” the New York Times, 9th of September, 2018, A1.)  

 

新疆ウイグル自治区の共産党幹部交代後に大規模な収容施設が設けられていると、昨年よりラジオ・フリー・アジアや英紙ガーディアンなどが報道を始めていたが、国際世論の中核にある高級紙の1面となると政治的インパクトは大きく異なる。中国政府は取材活動を妨害していたという噂もあった。しかし記事は、格別の扱いを伴って世に出たのである。今夏よりウイグル問題を本格的に取り上げていた連邦議会の後押しにもなり、記事の翌週には中国政府当局でかかわっているとみられる人物たちへの制裁を検討していると米国務省高官は発言する。国連総会における米中両政府の舌戦でもウイグルでの人権問題は重要なトピックとなった。

 

台湾に関連しても新たな動きがみられる。9月下旬、国務省は台湾への新たな武器売却を議会に通知した。(“U.S. approves possible $330 million military sale to Taiwan -Pentagon” Reuters, 25th of September, 2018.)今年に入ってから、たとえば中国政府が台湾の表記を巡り中国に乗り入れている外国航空会社に修正を求めた際に、ホワイトハウスはその試みを強い言葉で非難したように、台湾への圧力を強める中国政府の動きに、アメリカ政府の強めの対応がみられた。台湾が現状を維持できるように防衛に関与すべきとの議論は根強くなっている。

 

人権問題や民主主義といった価値観にもかかわる、ウイグルや台湾をめぐる動きの背景には連邦議会と政府、さらにアメリカ社会の連携がみられる。しかし、トランプ大統領の思考のなかにどれほど組み込まれているのかは依然として不明だ。米中関係のカードに終わるのか、それとも米中関係の断裂をさらに進めることになるのか、それは今後数ヶ月でも多く判明してくるのかもしれない。

 

中国への厳しい視線は経済、安全保障から政治にいたる、あらゆる分野でみられるようになっている。

 

この夏には、議会主導で興味深い動きがみられた。すなわち、例外的に早い8月に議会を通過した2019年度国防授権法は、中国に関して多くの注文を政府に迫るものとなった。

 

多くのメディアは対米外国投資委員会(CFIUS)の権限強化(1701条)(9月、外国投資リスク審査近代化法の成立により権限強化が実現した)に注目した。これはアメリカへの投資を厳しい監視のもとにおくことから、米中関係にくわえ日米経済関係にも大きな意味があるため当然だ。また米軍はじめ多くの国が参加するリムパック(環太平洋合同演習)に中国を参加させない(1259条)、中国の情報通信設備等を政府調達から排除する(889条)、孔子学院関連の中国語教育施設への助成禁止(1091条)、台湾との安全保障協力強化(1257-8条)は政府との平仄をあわせることになる重要な動きだ。

 

筆者が注目したのは1261条だ。それは、「中国共産党による以下の諸活動について戦略的評価と対応策」が求められるとした上で、真っ先に「政治的影響力、情報操作、検閲、プロパガンダなど民主主義の制度と過程、そして言論と学問の自由を弱めるもの」を挙げている。そういった政治干渉に続き、研究開発に関わる諜報活動、重要技術をもつ米企業への経済手段を駆使したアクセス、サイバー攻撃、一帯一路構想、軍事技術開発などが、戦略的な対応を求めていると条文は続けている。

 

国防授権法は数百頁にわたり膨大な内容が書き込まれるものであり、これらの内容も政府の動きを強く拘束するものではないが、政治的雰囲気の所在を示す重要な指標であることはたしかだ。米中関係はアメリカの対中貿易赤字解消をめざす強硬な動きがことさらに注目されるが、問題意識の広がりはもはや政治秩序、安全保障秩序のあり方をめぐるものになっている。

 

ワシントンでは、中国に対する交渉力を回復すべき、圧力重視への転換こそが必要だと、強いうねりのようなものが出来上がっている。9月24日付けのインターネットメディアAxiosの記事は、トランプ政権が政府を挙げて、中国がアメリカの官民両セクターに行っているサイバー攻撃、選挙干渉、技術窃取等の敵対的攻撃を公にしていく方針と伝えていた。(“The Trump administration's secret anti-China plans” Axios, 24th of September, 2018.)実のところ、その原初的な雰囲気は昨年6月頃にはワシントンの政策サークルには生まれつつあった。しかし、昨年末から今夏にかけて政府や議会の報告書や立法を通じて急速に形になってきた。

 

習近平氏への個人的な批判を避けるなど、トランプ大統領の動きは別と考えられてきた。だが、国連総会において中国による選挙干渉について触れたのは、一歩踏み込んだ感がある(地方紙への広告記事を取り上げているが、主張を支える材料が十分ではないとの批判はある)。Axiosの記事で興味深いのは、大統領に毎朝届けられる日報(President's Daily Brief)にサイバー攻撃を通した中国の情報窃取が頻繁に届けられているという一文だ。中国に厳しい内容を(安全保障を重視する)情報コミュニティが連日打ち込んでいる、ということになる。

 

中国政府は夏を越えてアメリカの懐柔には消極的になったという見方が多く、米中関係の緊張は当面継続するとみるべきだろう。10月に予定されている、ポンペオ国務長官、マティス国防長官の訪中による米中対話は延期される見込みとの報道もある。(“'Turbulence' in ties threatens U.S.-China security meeting” Reuters, 29th of September, 2018.) またアメリカ内政への干渉など中国政府による工作の実態をペンス副大統領が演説で明らかにする予定とニューヨークタイムズ紙は報じている。(“China Cancels High-Level Security Talks With the U.S.” The New York Times, 30th of September, 2018.) 対中認識の悪化はアメリカの安全保障政策、さらに対外広報にまで結びつくようになった。

 

とはいえ、不安材料は依然として多い。第一に、トランプ政権のインド太平洋戦略は、軍事的、経済的に成長を続ける中国の影響力の高まりに対応した秩序構築を目的にしたものであるべきであり、国務省、国防総省はそのような方針を打ち出しているが、トランプ大統領が秩序構築という抽象的な目標を理解できているとは言い難い。それゆえ、北朝鮮問題や貿易赤字、さらには同盟国への前方展開や軍事演習経費など目に見える側面から政策判断がされる可能性は依然として高い。中国に対する多くの懸念が経済交渉へのカードと化してしまう懸念は消えていない。アジア政策は2つあるという言説はいまだ説得的に響く。(Zack Cooper, “Tale of Two Asia Policies,” War on the Rock, 7th of September, 2018.)

 

第二に、経済ナショナリストの発言力は大きくなっている。彼らの脳裏には、米中貿易戦争の終着点としてサプライチェーンの見直しを実現しようとする、いわゆるディカップリング論(経済切り離し論)が存在していると指摘するものもいる。

 

アメリカの対中政策には利益と価値観を踏まえた問題設定と、交渉を通じた解決に必要な高度なバランス感覚がともに求められてきた。トランプ政権が徐々に中国に関して厳しい状況認識を持ち始めてきたことを、日本にとっての安心材料とみるむきもあるかもしれない。しかし、政権の政策決定の本質は変わらず、「アメリカ第一」という世界観は消え去ったわけではない。

 

 

 【連載記事】

アメリカと中国(1) 悪化するアメリカの対中認識(2018/8/1)