タイプ
論考
日付
2008/5/26

私のグローバル化論「21世紀の持続的経営モデルとは(1)」

舩橋晴雄
シリウス・インスティテュート代表取締役、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授

アメリカ金融危機の「真犯人」

アメリカ発のファイナンシャル・ツナミがいよいよ実体経済に甚大な影響を及ぼしつつある。先進国、新興国を問わず、今年の経済成長率は軒並みマイナスもしくは前年割れとなることが予想されている。これからしばらくの間、各国政府は雇用の確保、財政の悪化、保護主義的な産業政策などへの対応に忙殺されることになるだろう。一方で、このような金融危機を引き起こした、様々な仕組みや制度についても見直しを余儀なくされるだろう。サブプライム問題でその無能かつ無定見ぶりをさらけ出した格付会社に対する規制の強化、投資銀行等の簿外資産にまで監視の眼が行き届かなかった規制当局の対応のあり方、あるいは監査法人や会計制度のあり方など、震源地のアメリカだけでなくグローバルに議論が進められていくに違いない。 

しかしながら、実は問題はそこに止まらない。それらを生み出した根っ子には何があるのかについても、袂り出し解析しなければならないと思われる。いわばアメリカ金融・資本主義を支えている価値観や行動原理というものが何で、それらが今回の問題にどう作用したかということである。 これについても様々な見方があろうかと思われるが、私は次の二つ、即ち成功ないし金銭信仰と、新自由主義ないし市場原理主義というものが最も大きな要素ではなかったかと考えている。 

成功ないし金銭信仰というのは、アメリカでは人間の評価は成功者か否かということに尽き、その具体的な物差しは金銭で測られてきたということである。このような世の中では、人々は絶えず何かに追われているかのように成功を渇仰する。よくアメリカのCEOの年収が一般社員平均の400倍だといわれるが、今回問題を起した投資銀行のCEO達も、天文学的な報酬を当然のことのように受け取って恥じることがない。以前、エンロン事件などでこのことが世間を騒がせた時に、当時のFRBグリーンスパン総裁が、これを「伝染性の貪欲」と呼んだが、それはもともとアメリカの社会にビルト・インされているという意味で、「構造的な貪欲」と呼ぶべきであっただろう。 

このような厳しい優勝劣敗を社会的ダーウィニズムというが、この思想がアメリカにいかに根付き、人々の行動を規制しているかということを解明し、それをどう是正していくかを考えない限り、同じことはこれからも起こるであろう。 

第二は、よくいわれることだが、新自由主義そしてその鬼っ子というべき市場原理主義である。自由は善で規制は悪である。すべての問題は市場に委ねれば、最も効率的に解決できる。従って政府の介入などは少なければ少いほどよいという考え方である。 

どうもこういう考え方を持っている人は、世の中を試験管で実験しているように見ていて、人間の生きる条件というものまで、自分で勝手に設定できると思っているようなのである。 

例えば、学校を優秀な成績で卒業して投資銀行のエリート行員として採用されたような人である。彼らをそこまで育て上げるのに、どれほどの人が力を尽したであろうか。母親、家族、学校の先生、地域のリーダー、そういう人達が彼を一人前に育て上げたのである。こういうものを市場化できるのだろうか。むしろ市場原理が貫徹していくと、こういった人間社会に自然に形成される共同体を、分断させ破壊してしまうのではないだろうか。倫理というようなものも、人はこのような共同体の中でこそ身につけていけるものなのである。 

このようなことをすこし考えてみるだけでも市場原理主義者の未熟さがわかるが、そもそも彼らが前提としている、完全競争の下では、市場への参加者は等しく情報を共有しているとか、相互に影響を与えていない砂のような個人の参加を前提するとかいった条件自体が、ある精緻な理論を構築するためには有用であっても、現実社会を反映するものでは毛頭ない。そのことは、数学理論で固めた金融工学を駆使した金融商品も、実際の参加者が相互に影響され合うような環境ではその本来の機能を発揮できなかった現実からみても明らかである。 

ここでもまた問題は、そのような新自由主義や市場原理主義をフランケンシュタインのように増長させたものは何かがつき止められなければならない。その犯人を私は今探索中だが、中世以降培われたアングロサクソンの「個人主義」と、「自由」を求めて新大陸にやってきたピューリタン達の持っていたいわゆる「予定説」にその嫌疑が濃厚である。 

◆関連記事◆
[14] 21世紀の持続的経営モデルとは(2)
[15] 21世紀の持続的経営モデルとは(3)


【略歴】シリウス・インスティテュート代表取締役、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授。 1969年 東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。2003年経済倫理・企業倫理などを分野にシンクタンク活動を行うシリウス・インスティテュート株式会社を設立。 『イカロスの墜落のある風景』『日本経済の故郷を歩く』『新日本永代蔵』『「企業倫理力」を鍛える』『古典に学ぶ経営術三十六計』Timeless Ventures [『新日本永代蔵』英語版](Tata McGraw Hill, 2009) などの著書がある。