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外資買収に見る、日本の甘過ぎる土地制度

September 6, 2012

「消えた土地所有者」の解明を急げ


平野 秀樹 東京財団上席研究員
吉原 祥子 東京財団研究員


「外資が森林を買収すると、何が問題となるのか? 外資であることか、実態がわからないことか、それともルールがないことか?」

先日、ある新聞社の論説委員から質問を受けた。

外資の森林買収が社会的関心を集めるようになって約3年。ここに至る各界のリアクションを辿っていくと、問題の所在が透けて見えてくる。

自治体からの国への意見書は全国から届き、これまでおおよそ100件に上っている。「もっと規制強化を」という声だ。2011年、世論の高まりを受け、国はあらゆる森林売買の「事後報告」を義務づける改正森林法を制定した。だが、これで十分というわけではなかった。

しびれを切らしたのか、2012年以降、北海道と埼玉県、群馬県が水源地域の土地売買の事前届出を義務づける条例を成立させた *1 。あと10県以上はこれに続くと見られる。市町村でも地下水保全条例の制定が続いている。6月には長野県佐久市、小諸市、立科町などが地下水を「公水」と位置づける条例を相次いで成立させた。

一方、土地売買に関連して、石原慎太郎・東京都知事の突然の買い上げ発言をきっかけに、尖閣諸島の所有権問題が注目を集めている。一連の報道で、「わが国では安全保障の要所である国境離島が実は個人の所有であること」や「たとえ相手が政府であろうと土地の売買が所有者個人の意向に大きく左右されること」 が、多くの人々の知るところとなった。

こうした森・水・土地をめぐる動きの根底にある問題は何なのか。「外資の森林買収」という事象を契機に我々が考えるべき根本課題は何なのか。改めて整理してみたい。

無人の奥山が国際商品に

2011年11月の北海道北部。林道さえ入っていない奥地の天然林200ヘクタールを求め、不動産関係者が現地を訪れた。

「この辺鄙な地を選んだのは、水源地の売買規制が始まった道央・道南を避けるためだ。不在村地主の山を中心に購入したい」

仲介したこの業者は、道央の山を中国資本に売却した実績を持つ。

狙われた山はかつて70数戸の集落があったが、1962(昭和37)年の台風災害で全戸離村し、以来、無人になっている奥山だ。林業が成り立つ場所ではない。同行した関係者が、目的不明の買収話を不審に思って役場に連絡したことにより、その地は地元篤志家が私財を投じて購入することで決着した。

仮に、現地視察に同行した関係者が役場に情報を伝えなければ、どうなっていただろうか。恐らくこの無人の土地は、役場も地元住民も知らない間に、仲介者 を通じて売却され、将来的に役場は所有者情報を追いきれなくなっていた可能性が高い。無人の奥山が知らぬ間に国際商品になりかけていた事実に衝撃を受けて、役場はこの4月から不在地主所有の森林についての実態把握に乗り出した。

土地の所有実態が追えない

なぜ役場が土地所有の実態を正確に把握できないのか。そこにこの国の特異性がある。

日本の土地制度は、

(1)地籍調査(一筆ごとの面積、境界、所有者などの確定)が未だ50%しか完了していない
(2)不動産登記簿の仕組みが旧態依然で、土地売買届出などの捕捉率も不明
(3)農地以外の売買規制はなく、利用規制も緩く、国境離島、防衛施設周辺など、安全保障上重要なエリアの土地売買・利用にかかる法整備も不十分
である一方、
(4)土地は占有者のもので「時効取得」(民法第162条)もある *2
(5)土地所有権(私権)が現象的には行政に対抗し得るほど強い *3

という点に特徴がある。「土地は公のもの」という理解が社会の基底にある先進諸外国では類を見ないものだ。中でも(2)における行政基盤、行政精度の問題は大きい。

現在、我が国の土地情報は不動産登記簿(法務省)のほか、土地売買届出(国土交通省)、固定資産課税台帳(総務省)、外為法に基づく取引報告(財務省)、さらに森林調査簿(林野庁)や農地基本台帳(農林水産省)など、目的別に作成・管理されている。だが、その内容や精度はばらばらで、国土の所有・利用についての情報を国が一元的に把握できるシステムは整っていない。

通常、土地を相続すれば登記簿の名義変更を行うが、変更手続きのコストの方が高くつくケース *4 では、差し迫った必要性がなければ元の名義のまま放置されることも少なくない。そもそも不動産登記(権利登記)は義務ではなく、登記後に転居した場合の住所変更も通知義務はない。

国土利用計画法による届出情報も万全ではない。売買契約締結後、2週間以内に届出することを義務づけているが、実際の取引現場での認識は低い。国はその全国情報を毎年集計し公表しているものの、届出の捕捉率は把握できていない。この届出業務が自治体の仕事(自治事務)であるからだ。

海外からの投資という面で見ると、外資による投機的な土地買収は全国で約3700ヘクタール(2007年度~2010年度)である *5 。ただ、外為 法で規定されたこの報告ルールも、その捕捉率は不明だ。しかも外為法の体系では、非居住者(外国に住む人)が他の非居住者から不動産を取得した場合は、報 告義務の対象外である(外国為替の取引等に関する省令第5条第2項10)。

国交省・農水省は外資による森林買収情報を集めており、これまで全国で約800ヘクタールが買収されたと公表した。定義がそれぞれ異なるため、数値は一致しないが、北海道は独自調査を進めており、道内で57件、1039ヘクタールが外資に買収されたと公表している。今後、こうした物件がさらに外資へ転売 された場合、所有者情報は追えなくなるだろう。

国土の所有実態を行政が把握しきれない――。「外資の森林買収」で露呈した根本問題はここにある。

固定資産税の不納欠損処理

全国で過疎化が進みゆく中、今後は土地所有者が村外、県外、さらに国外在住というケースも増えていくだろう。鳥根県の旧匹見町(人口約1400人)では、固定資産税の納税義務者の所在が全国26都府県にわたる *6 。このうち、林地の約7%(面積比率)、農地の約3%(同)は納税義務者の居所が不明と見られる。かつては当たり前だった「土地所有者=在村住民=管理者」や「納税義務者=在村住民」という図式が成り立たなくなってきている。

固定資産課税台帳は登記簿情報を元に更新されていくが、前述のとおり、その登記簿が十分ではない。所有権者の転居や金融商品としてグローバル化していくことを想定した設計にもなっていない。制度にひずみが出はじめている。

不思議なのは、こうした時代の変化と制度上の問題があるにもかかわらず、固定資産税の徴税が表立って大きな問題にならないことだ。総務省によると固定資 産税を含む市町村税の徴税率は93.3%(2010年度)。固定資産税は市町村税収の43.7%(同)を占めるが、土地所有者の不在化、不明化によって、 課税・徴税に支障が出ていないのだろうか。

探っていくと、徴税率の高さの背景には、実は「不納欠損処理」という数字のマジックがあることがわかる。地方税法では、所有者の居所不明などで徴税ができなくなった場合、徴税が無理だとわかった時点での即時欠損処理(第15条の7第5項)や5年の時効(第18条)などによって消滅させる仕組みがある。本来なら滞納繰越額は毎年雪だるま式に膨らみ続けるはずだが、この不納欠損処理によって滞納事案が「消滅」していく。つまり、徴税率計算の際の分母(課税対象)から滞納事案の大部分を消すことで、計算上の高い徴税率を保っている。

市町村税総額の中の「不納欠損処理」は、全国で1103億円(2010年度)。全体の0.5%程度で、一見少ないようにも見える。だが、徴税すべき対象から外した「1年間」の額がそれである。固定資産税は累積していく。税がとれずに債権放棄した額は、いわば再生産されていく負債である。

加速していく土地所有者の不明化は納税義務者の不明化でもある。不納欠損処理によって、徴税不可能な事案を「消滅」させることで、その問題もまた表面上見えなくしている。一見高い徴税率の陰で、土地所有者の不明化により、地方財源の重要な柱である固定資産税の税収が漸減していく恐れがあることを我々は直視すべきだろう。

行政基盤や行政精度の劣化を示す事象として「消えた年金」「消えた高齢者」が大きな問題になったが、「消えた土地所有者」は、それらに続く可能性がある。

「消えた土地所有者」こそ日本の危機

今後、日本では団塊の世代が相続する時代を迎えていく。資産価値が低く管理が難しい土地は、子供たちから敬遠される。子供に負担をかけまいと、「相続の前に土地を手放したい」「買ってくれるなら誰でもいい」と苦渋の思いで仲介ブローカーに売却し、その後どう転売されたか、地元では誰も知らない――。そうした事例が、今後じわじわと増えていくだろう。国境の離島や奥山の水源地など、安全保障や国土資源保全上、重要でありながら、人の目や手入れの行き届かない地域が増加していく恐れもある *7

グローバル化時代の開かれた経済活動の中、国レベル、自治体レベルそれぞれにおいて、土地情報の風通しをよくしていくルールを早急に整える必要がある。

国レベルでは、まず安全保障の観点から国が「重要国土」(防衛施設周辺、国境離島、空港・港湾、水源地など)の指定を行い、対象地域の所有実態の調査や、売買・利用にかかる法整備を行うことである。長崎県五島市は、福江港沖の無人島が不動産会社のホームページで売りに出された問題をきっかけに、市内全52の無人島について所有状況の確認作業を行い、2011年12月、結果を公表した。

国は「重要国土」について、こうした基礎調査を進め、一定の売買・利用規制を講ずるべきである。国益上、とくに金融商品とすべきでない土地については、国有化や公有化のための財政措置も検討すべきであろう *8

また、民間のインターネット入札などを利用した国公有地の売却が進められているが、日本の土地法制の特異性を再認識する必要がある。収入確保のための拙速な国有地売却など、顔の見えないインターネット入札を無差別に進めていくことには、慎重であるべきだろう。

自治体レベルでは、上記の「重要国土」に準じた保全対象地域(環境、水源、生態系、景観、文化財など)を指定し、所有実態調査と条例による売買・利用ルールの整備を図っていくことが必要だ。

昨今、「当県(当市)では外資による買収事例は確認されておらず、今のところ特段の措置をとる予定はない」という自治体が少なくない。だが、行政が知らないだけではないか。土地売買・所有の実態を行政が十分に把握できていないことこそが問題なのである。

土地所有者の不在化、不明化の問題は、固定資産税の徴税のみならず、防災・治安、地域づくりのための合意形成、公共事業のための用地取得など、日常の 様々な活動に問題が波及していく。北海道のある自治体は、外資が所有する水源地2カ所を公有化するため、一昨年秋から交渉を行っているが、未だ決着していない。地域の「守るべきところ」「守るべきこと」を明確化し、問題を未然に防ぐことが何より重要だ。

諸外国を見ると、欧米では厳格な利用規制などによって個人の土地所有権に一定の制約を課している。ドイツのB-planが最もわかりやすい。英国も土地 所有者は保有権(hold)は持つものの、それは土地利用権に近く最終処分権までは持たない。フランスでは公的機関による強い先買権が存在する。

海外からの投資という観点では、米国では農業外国投資開示法(1978年制定)や外国投資国家安全保障法(2007年制定)など、国の重要なインフラや 基幹産業に対する投資について、政府がいつでも情報把握や公的介入ができる制度を整えている。オーストラリア、ニュージーランドを含めた近隣アジア太平洋14カ国において、土地売買における外資規制が皆無なのは日本だけである。

*   *   *


こうした現行制度の無防備さを直視せず、「外資による森林買収事例はまだごくわずかだ」「規制強化はグローバル時代に逆行するものだ」と不作為を続ければ、自らの国土でありながら、行政が所有者を把握できず、土地の適正利用も公平な徴税もままならないことになろう。大きな負の遺産を次世代に渡すことになる。

土地とは、暮らしの土台であり、生産基盤であり、国の主権を行使すべき国土そのものである。経済のグローバル化と地域の高齢化・人口減少が同時進行する時代だからこそ、開かれた経済活動の前提として国内法制度をしっかりと整え、「守るべきところは守る」ことが不可欠であろう。

土地所有者の不明化対策に乗り出し、制度の見直しと底上げを図ることが急務である。



*1 2012年3月に北海道県と埼玉県で、5月に群馬県でそれぞれ成立した。同様の条例の検討や対策協議会設置が、山形県、福井県、茨城県、山梨県、長野県、静岡県、岐阜県、宮崎県、鹿児島県などでも進んでいる。
*2 民法第162条は、20年間、所有の意思をもって平穏かつ公然に他人の物を占有することによって(占有を始めた時に善意・無過失であった場合は10年で)、所有権を時効により取得したと主張できると定めている。
*3 首都圏の外環道(東京外かく環状道路)は、計画樹立以来40年以上経過しているが、未だ一部の地権者の合意が得られず完成していない。成田空港も、地権者の合意が得られず、滑走路が1本のままである。
*4 山林価格は実勢で1ヘクタール20万円以下になるケースも少なくない。評価額が免税点30万円に届かなければ固定資産税も請求されないため、山林所有者の所有意識は弱まる一方だ。
*5 外為法に基づく非居住者による本邦不動産の取得に関する報告実績(財務省資料、2011年2月)。
*6 島根県中山間地域研究センター「中山間地域の現状・課題と今後の展開戦略(抄)」(2006年)。国土交通省は、森林所有者数約324万人のうち、所在の把握が難しい所有者を約16万人(約5%)と推計している(国土交通省「農地・森林の不在村所有者に対するインターネットアンケート調査結果概要」2012年)。
*7 国土交通省は、日本の国土のうち、人が居住する地域は全体の約48%、1800万ヘクタール(2010年)だが、2050年には国土の約4割、約1400万ヘクタールまで減少すると予想している(国土交通省国土計画局「国土の長期展望に向けた方 向性について(2010年12月)」)。
*8 東京財団 「国土資源保全プロジェクト」提言書 。

「日経ビジネスONLINE」 (2012年9月5日掲載記事)より転載

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