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中国の大規模海上演習実施と防空識別圏設定から見える思想上の問題点

December 10, 2013

[特別投稿]川中敬一氏/東京財団上席アソシエイト

演習の概要

中国人民解放軍海軍(以下、中国海軍)は、10月18日から11月1日までの期間、“機動-5号”と呼称される大規模な演習を実施した。演習実施海域は、渤海、黄海、南シナ海、そして、琉球諸島南方海域という、ほぼ東アジア海域全体にわたっていた。また中国報道から判明している演習参加兵力は、次表のとおりである。

本演習では、北海、東海、南海の3大艦隊所属の水上艦艇、潜水艦、航空機を包括する兵力が紅と藍の部隊に分けられ、双方の“対抗形式”が重視されたことは注目されよう。  本演習は、実質的には10月17日から開始されていたと見なすことができる。この日を含めた演習構成は、4つの段階に分けられた。演習内容も実弾射撃を含む多様な分野に及んだ。そこでは、洋上目標捜索、情報伝達、通信系運用などのC4ISR(*2)が重視されていた。

演習構成と主要演練項目

総じて、今回の演習は、総合的、立体的、近代的、そして、実際的な構成と内容であったと評価することができよう。これは、中国海軍が、いよいよ遠海における近代的機能を果たすことが可能になった兆候を示していると言えよう。 この中国海軍の成長は、いったいどのような計画に従い、何を目指している結果であるのかを事項で分析する。

中国の21世紀国防戦略における演習の意義

中国では、20世紀末から21世紀初頭にかけて、21世紀前半における長期軍事力建設戦略が策定された。その目指すところは、自己の防衛能力向上に努力し、防衛作戦の需要に適応し潜在的な敵へ抑制作用を引き起こさせることのできる軍事力を建設(*4)することである。具体的には、積極防御型の兵力規模に属し、中国の海疆(かいきょう)、空疆(くうきょう)および国家の主権と安全環境の維持擁護(*5)が可能な軍事的能力の保有を目指すということである。
こうした目標を達成するために、中国では下表に示す過程に従う海軍建設の方向が考えられている。

21世紀の中国海軍建設の方向性
近年の中国海軍の動向を上表と照合すると、以下のような推察が可能となる。

第1に、現段階における中国海軍の兵力建造や行動は、局部戦争や偶発的軍事衝突を抑制し、生起した場合にはこれに勝利できる水準に達していると中国海軍自らの評価に基づいているのであろう。

そうであれば、今回の演習は、第一列島線内海域における制海権を掌握し、ハイテク局部戦争(*7)に勝利するための段階へ移行するのに必要な事項を検証することが、主たる目的であったと見なすことができる。 第2に、今回の演習海域が沖縄諸島南方海域に設定されたことは、上表の第一列島線上の“水道・海峡支配能力確立”に中国海軍が乗り出した可能性を示唆している。

今回の演習における各艦隊の進出・帰投において、バシー海峡、宮古水道、そして、与那国島周辺(*8)という水道・海峡が選ばれていた。これは、沖縄諸島南方海域へ進出するための経路上の水文調査を兼ねていたのである。(*9)

第3に、上述した一連の動向が、最終的には西太平洋制海権の獲得に収斂していく可能性があるということである。そして、それは“覇権主義”、すなわちアメリカによる進攻阻止という問題に帰結することである。

「機動-5号」演習実施海域とアメリカ巡航ミサイル射界
今回の演習に関し、本演習紅部隊指揮グループ長を務めた林海は、ここ数年来の第一列島線突破を、「装備発展の結果であり、また観念上の突破の結果でもある。」(*11)と評している。また、南海艦隊司令員である蒋偉烈は、「本日(10月25日)の演習こそが未来の戦争のリハーサルである。戦争をどのように戦い、戦争をデザインするという思想に基づいて、兵力をどのように鍛錬するかである。」(*12)、と本演習の意義を解説している。

中国海軍高官によるこれら発言は、今回の演習が将来の戦争ドクトリン確立の端緒であることを明らかにしている。同時に、中国海軍が、従来の局部戦争や軍事衝突の抑止と勝利という軍事戦略目標から、北太平洋の制海権を掌握することを見据えた新しい段階に移行したことを示唆しているとも見なせるのである。 それは事実上、アメリカの太平洋からの攻撃を阻止することが中国海軍の究極的な目的であることを意味する。具体的には、中国にとり最も脅威となるのが、緒戦におけるアメリカ潜水艦や水上艦艇に搭載された巡航ミサイルによる“戦争指導システム”への攻撃なのである。そのことは、上図に示した今回の演習海域の地理的位置からもうかがい知ることができよう。

ここで重要なことは、中国の海軍力増強は、あくまでも“積極防御戦略”に立脚している点である。つまり、中国の海軍力増強は、少なくとも彼らの思考においては、海洋覇権の獲得や、特定の国家への侵略を意図しているわけではないのである。 ただし、こうした中国の思考には、重大な問題が包摂されていることを看過することはできない。

中国的思想と防空識別圏(ADIZ)設定

“機動-5号”海軍演習が終了して約3週間後の11月23日、中国政府は東シナ海にADIZを設定することを宣言した。

ADIZの設定自体は、国際法上あるいは国際慣例上、必ずしも不当な行為であるとは言い難い。問題なのは、その運用方針である。

中国国防部が公布した「中華人民共和国東シナ海防空識別区航空器識別規則公告」において、同空域を「飛行する航空器は、中華人民共和国外交部あるいは民用航空局に飛行計画を通報しなければならない」と規定している。その上で、「識別に合致しないあるいは指令に従わない航空器に対して、中国の武装力量は防御的緊急措置を採るであろう」としている。(*13)

同規定が、国際法あるいは国際慣例上、正当なものであるか否かを拙稿では論じない。

ただし、本規定では、“航空機”ではなく“航空器”と表記している点は特徴的であると言える。それは、有人機のみならず無人機をも包含していると解釈できるからである。

また、その範囲が、上図に示したように、概ね東シナ海の200m等深線および沖縄トラフの大陸側縁辺に沿っていることも特徴的である。これは、大陸の領海外縁から概ね450~500海里の距離である。
中国防空識別圏の地理的概念図

中国がこうしたADIZを設定したのには、3つの大きな理由があったと推察される。

第1は、軍事的理由である。 近年のアメリカの無人偵察機および無人攻撃機は、大きな威力をイラク戦争やアフガン戦争で発揮している。また、上述したように洋上から発射されるアメリカの巡航ミサイルは、中国にとっての大きな脅威を構成している。上図からも、今回のADIZが概ね巡航ミサイル飛来コースを覆うように描かれていることから、中国側は、無人の長航続経空脅威に対処することを目的としてADIZを設定した可能性がうかがい知れる。

他方、中国自身が現代防空戦闘機の戦闘行動半径内(概ね300~400海里)における早期警戒および防空能力に一定の自信を持つに至っている。その自信の一端は、西太平洋における水上・空中・海中を舞台とした「機動-5号」海軍演習の成果によって得られたと思われる。特に、同演習における航空機の遠距離管制が一定の実用段階に達したことは、この時機にADIZを設定する有力な動機を構成したものと推察される。

第2は、東シナ海における領有権の主張である。

上述した中国ADIZの外縁は、中国が主張する大陸棚延長線論に依拠したものと推察することができる。それゆえ、中国は今回、一定の自信を持てるに至った航空戦力をも使用して、彼らの主張する排他的経済水域(EEZ)内における権益を立体的に維持する意志を改めて内外に示すことを目的としたと理解できるのである。

第3は、悪化した日中関係修復である。

国防部スポークスマンの楊于軍上校は、11月28日の記者会見において、「日中両国は互いに海を隔てて臨んでおり、東シナ海の独特な地理的環境が両国の防空識別圏を重複させざるを得なくしている。防空識別圏内で、双方は意思疎通を強化し、飛行の安全を共同で維持擁護しなければならない、と我々は考えている。」(*15)と発言した。中国は、本年6月のシャングリラ会議における戚副総参謀長の発言を初め、頻繁に日中関係修復のメッセージを発してきている。日本やアメリカに対する強硬な言動と裏腹に、混迷する日中および米中関係修復のための条件提示の場を作為したい、との希望を上記発言からは感知することが可能なのである。

“機動-5号”演習・ADIZ設定と中国の思想

いずれにせよ、今回の中国によるADIZ設定プロセスには、国際常識を大きく逸脱した部分が散見される。鄧小平は、1988年9月以降、「世界政治経済新秩序」の建立を提唱し始め、江沢民体制がこれを継承し、胡錦濤体制では「和諧世界」の建立という表現を使用した。これらの観念は、いずれも「不合理、不公正な国際経済関係を改革すべき」(*16)であり、「覇権主義と強権政治に反対することを以て前提とするものである」(*17)という一つの核心思想が存在する。換言するならば、覇権主義(アメリカ)と強権政治(G7加盟国)が制定し強制する規範や規則は、不公平で不合理であるがゆえに変更しなくてはならないというのが中国共産党の思考の一面なのである。したがって、ADIZ設定と運用における中国の非常識な思考を当の中国人は非常識とは思っていない可能性がある。それどころか、中国共産党が世界を改善するための行為と信じている可能性すらある。そうであれば、当面は、中国政府の措置における非常識を譴責することは非効率的であるのかもしれない。

中国は、歴史的に「瀬戸際軍事行動」をしばしば実行に移してきた。その際、中国は、特異な思考に従いながらも、自らの理念を達成するために獲得すべき利益と避けるべき不利益とを冷静に分析してきた。今回の「機動-5号」海軍演習にせよ、ADIZ設定にせよ、その脅威や危険性を中国に感得させるためには、むしろ利害得失を相互に提示し合いながら、その過程で世界の規範や常識を彼らに感得させる方が、外部世界と中国の相互にとって得るものが大きいのかもしれない。

(了)

  • (*1)「機動-5号演習:我南海艦隊艦艇進行海上補給」『中国海軍網』2013.10.23。 http://mil.huanqiu.com/china/2013-10/4478894.html 「四大関鍵詞解読海軍“機動-5号”実兵演習」『新華網』2013年10月23日。 http://news.xinhuanet.com/mil/2013-10/23/c.125588093.htm 「三大艦隊派出兵力 大洋深処紅藍対決」『解放軍報』2013年10月26日。 「這一仗,寧要貼近実戦的低分」『解放軍報』2013年10月26日。 「遠海作戦,贏在戦場聚合力」『解放軍報』2013年10月27日。 「我軍三大艦隊在西太第2輪開戦 附近有外軍艦機」『新華網』2013年10月27日。 http://mil.hudanqiu.com/china/2013-10/4494692.htm 「海軍西太平洋演習克服外来干攪演練合同打撃」『新華網』2013年10月28日。 http://mil.msn.xinhuanet.com/2013-10/28/c_125607041.htm 「中国艦艇の動向について」統合幕僚監部、平成25年10月24日、29日、30日。 「中国機の東シナ海における飛行について」統合幕僚監部、10月25日、26日、27日。 http://www.mod.go.jp//Press/press2013.htm などから作成。
  • (*2)C4ISR:Command(指揮),Control(統制),Communication(通信),Computer(コンピューター),Intelligence(情報),Surveillance(監視)& Reconnaissance(偵察)の略。
  • (*3)(*1)に同じ。
  • (*4)王文栄主編『戦略学』(国防大学出版社、1999年)341頁。
  • (*5)霍小勇『軍種戦略学』(国防大学出版社、2006年)489頁。
  • (*6)劉一建『制海権輿海軍戦略』(国防大学出版社、2000年)、王立東『国家海上利益論』(国防大学出版社、2007年)、管濤・姚立『中国戦区軍事地理』(解放軍出版社、2005年)、同上『戦略学』、同上『軍種戦略学』などから作成。
  • (*7)「局部戦争とは、局部的地域において限定された武装力量を使用して行う限定的目的の戦争」(前掲『戦略学』246頁)のことである。ただし、局部戦争はあくまでも“平和時期”の武力闘争であり、覇権主義(アメリカ)との全面戦争、あるいは、台湾独立阻止戦争といった“戦争時期”の武力闘争と明確に区分される。
  • (*8)「中国軍艦、接続水域を航行」『朝日新聞』2013年10月30日。
  • (*9)「八年礪剣,今朝豪邁向深藍」『解放軍報』2013年11月5日。
  • (*10)海上保安庁航行警報から作成。 http://www1.kaiho.mlit.go.jp/TUHO/nmj.html (*11)「四大関鍵詞解読海軍“機動-5号”実兵演習」『新華網』2013年10月23日。 http://news.xinhuanet.com/mil/2013-10/23/c.125588093.htm
  • (*12)「遠海対抗“背靠背”」『新華網』2013年10月25日。 http://news.xinhuanet.com/mil/2013-10/25/content_5618674.htm
  • (*13)「中華人民共和国東海防空識別区航空器識別規則公告」『国防部網』2013.11.23。 http://news.mod.gov.cn/headlines/2013-11/23/content_4476113.htm
  • (*14)「中国政府依法?設東海防空識別区」『国防部網』2013年11月23日から作図。 http://chn.chinamil.com.cn/title/2013-11/23/content_5661254.htm
  • (*15)「在防空識別区重疊空域内中日双方応加強溝通」『国防部網』2013年11月28日。 http://www.mod.gov.cn/video/2013-11/28/content_4476936.htm
  • (*16)宮力『中国面向21世紀的若干戦略問題』(中共中央党校出版社、2000年)283頁。
  • (*17)同上『中国面的21世紀的若干戦略問題』282頁。
    • 元東京財団上席アソシエイト
    • 川中 敬一
    • 川中 敬一

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