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中国「真珠の首飾り」戦略と日本、インド(2)

May 13, 2014

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

インド洋諸国で中国が展開するインフラ建設などの協力に対し、最も警戒心を強めているのが、インドである。

とりわけインドの裏庭のようなところにあるスリランカでは、中国と自由貿易協定を結ぶ話が進んでいるのに加え、軍事協力の構想まで浮上している。インドは中国と対抗するうえで、スリランカに経済協力を進めながらも、内戦中の人権問題などでは厳しい対応をする「硬軟両面」外交をとってきた。ところが、3月下旬、国連人権理事会で行われた決議でインドは投票を棄権し、スリランカに歩み寄りを見せた。この決議では、日本も国益重視の立場から棄権を選び、結果として日印が共同歩調をとる展開になった。

インドは北部、東部の支援に力点

スリランカ南部の拠点都市、ハンバントタの視察については前回、報告したが、インドがこの町に2010年、総領事館を開設したと聞き、驚いた。ハンバントタには最近まで塩田と漁業くらいしかなく、インド人在住者も多くない。そこにわざわざ領事施設を開いたのは、ライバル中国の動向について情報収集するのが目的だろう。中国は、この地域で港湾と空港の建設をする「真珠の首飾り」戦略を展開している。

インドも負けじと、スリランカにおける経済協力に動いている。2012年には日本を抜き、中国に次いで二番目に大きな支援国に躍進した。支援の重点は、スリランカ北部、東部である。インドに起源を持つタミル人が多い地域だからだ。

スリランカに住むタミル人は、南インドから紀元前に海を渡った移住者や、英国の植民地時代に紅茶やゴムのプランテーション栽培で移住した労働者が多い。

ところが、人口の73%を占める多数派のシンハラ人に対し、タミル人は13%しかいない少数派だ。スリランカ独立後、極端なシンハラ人優遇政策によって、対立が深まった。これが1983年、武装組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」と政府軍の戦争に発展。2009年に終結するまで7万人以上の犠牲を出した。

とりわけ北部、東部は内戦の激戦地になり、多くの住民が住まいを失った。筆者は新聞社のニューデリー支局長だった2001年~04年、この地域に何度も入り、戦闘で破壊された町や農村、国連が支援する避難民キャンプを訪ね歩いた。ヤシの木の森は、燃え尽きたマッチ棒のように焼け焦げて丸坊主になっていた。

インドはこれらの避難民が故郷に帰還できるよう、数万戸の住宅や病院、学校の建設を支援している。さらに北部の鉄道や、東部の都市、トリンコマリで石炭火力発電所の建設などの支援も進めている。これらは、中国が南部の鉄道や西部の石炭火力発電所の建設を支援していることへの対抗策でもある。スリランカ沖のアラビア海では、インドとの天然ガス共同開発の構想も出ている。

中国とスリランカの軍事協力構想が浮上

スリランカ情勢はインドの安全保障と内政に複雑な影響を及ぼしてきた。インド国内には7000万人以上のタミル人がいて、多くが南部のタミルナドゥ州に住んでいる。彼らは、インド政府がスリランカ政府にタミル人問題の改善を働きかけるよう、強い政治的圧力をかけている。

インドは1987年、スリランカ内戦終結を目的に平和維持軍(ピーク時で約8万人)を派遣したが、逆にLTTEとの戦いが泥沼化した。インド軍が1990年に撤兵するまでインド兵約1200人の犠牲者を出したうえ、LTTEによるラジブ・ガンディー首相の暗殺事件(1991年)まで引き起こした。こんな苦い教訓があるため、インドの対スリランカ政策は常に微妙な舵取りにならざるを得ない。

スリランカ政府は内戦の末期、軍などによる一般市民への攻撃や人権弾圧など戦争犯罪行為があったと、米欧など国際社会から厳しく非難されている。ジュネーブの国連人権理事会では2012年以降、国連による調査とスリランカに対する責任追及の決議があり、インドは米欧とともに2012、2013年に決議に賛成する投票をした。スリランカに厳しいインド国内の世論を反映したものだった。 今年は3月27日、決議の投票が行われた。

ところが、そこでインドは昨年までの方針を変更して棄権に転じ、スリランカに歩み寄る姿勢を見せた。ちなみに賛成は米欧を中心に23、反対は中国など12、棄権はインドのほか、日本、インドネシア、サウジアラビアなど12だった。

インド政府は棄権の理由について、スジャータ・シン外務次官が「スリランカにおけるタミル人問題についてインドの交渉力を強化できる」と説明した。さらに踏み込んだコメントをしたのは、タミルナドゥ州選出のスダルサナ・ナチアパン国務相だった。棄権に転じたのは、「スリランカに橋頭堡を築こうとしている中国の影響力を相殺することが目的だった」「もし、インドが非難決議に賛成すれば、既にインフラ建設で進出している中国がさらに勢力を拡げるだろう」と、中国ファクターが大きな要因だったことを認めた。(*1)

スリランカでは、中国と二国間の自由貿易協定の締結交渉が大詰めに来ている。こうして両国の蜜月関係がさらに深まる気配であることが、インドの対スリランカ政策を軟化させたようだ。

さらに最近になって、スリランカと中国が軍事協力を進める意見も浮上している。与党系の日刊英語紙「The Island」は3月中旬、「なぜスリランカは中国と防衛協定が必要なのか」という記事を掲載した。(*2) 社論のような形をとっているが、書いたのは、ラジャパクサ大統領の弟、ゴタバヤ・ラジャパクサ国防次官に近いジャーナリストだといわれる。

この記事によると、5月のインド総選挙ではヒンドゥー至上主義の人民党(BJP)への政権交代と、現在のグジャラート州首相、ナレンドラ・モディのインド首相就任が予想される。モディは「強いインド」を目指すナショナリストだ。中国やパキスタン、そしてスリランカに対するインドの外交政策が強硬姿勢に転じる可能性があるため、「スリランカは中国との防衛協定を結んで対抗策を講じるべきだ」と、この記事は主張している。  頭に入れておきたいのは、スリランカと中国がともに独立直後の苦難の時代からの盟友であることだ。その関係は1952年、中国のコメ、スリランカのゴムを相互に供給する協定を結んだことに始まる。当時、米国は中国を敵視して戦略物資のゴムについて対中禁輸措置を発したが、中国は食糧難のスリランカにコメを輸出する代わりに、ゴムの供給を受けた。これによってスリランカも米国から経済制裁を課されたが、こうした長い関係があるからこそ、軍事協力という発想も出て来るようだ。

だが、この記事が掲載されたタイミングは、国連人権理事会の直前であり、インドに対する牽制の意味があったと考えられる。

その一方、スリランカ国防省の関係者によると、同国政府はこれまでのところ、ハンバントタ港に中国海軍の艦船が定期的に寄港することに合意したわけではない。これを見ると、メディア上の主張とは裏腹に、現実の政策ではインドを強く刺激しないよう配慮しているようだ。スリランカにとって「中国カード」はインドに対する巧妙な外交の手札だが、使い方は極めて慎重である。

インドが支援する火力発電所建設に日本が協力

すでに述べたように、国連人権理事会の決議では、日本も投票を棄権し、スリランカ政府に一定の配慮を見せた。日本の外交筋によると、「日本の命綱であるシーレーンに位置するこの国が繁栄し、安定し、落ち着いていてくれることが日本の大きな国益だ」という。かりに人権問題で米欧に同調した結果、スリランカ政権を不安定化させては得策でない、という判断である。さらには、スリランカを孤立化させ、中国との関係強化の方向に追い込んでしまう懸念も働いただろう。

とはいえ、非難決議に反対投票した中国とは異なる立場であることは明確にしておく必要がある。日本は内戦中も明石康特使をスリランカに派遣して平和構築へ努力し、2004年にインド洋地震に伴う津波が襲った時も、最大限の支援をした。

そうして培った信頼関係を通じ、日本はスリランカ政府に対して「良き苦言者」の役割を果たすべきだろう。2013年9月にはタミル人が多く住むスリランカ北部州で初めての州議会選挙が実現したが、これは日本など国際社会が内戦後の民主化を促して来た結果でもある。

また、スリランカでは日本とインドがエネルギー協力を進める話も浮上している。インドが東部のトリンコマリで支援する石炭火力発電所の建設に、日本がクリーンコールの技術を提供する可能性がある。日印両国は、今年1月の首脳会談で南アジアにおける第三国で日印協力を進め、地域の底上げに努めることに合意したが、この発電所はその先例になり得る。中国による大規模なインフラ建設に刺激されて援助競争に邁進するより、他国との協力で質の高い援助を目指すことが賢明である。

  • (*1) The Hindu, 2014年3月30日, “India’s abstention only to neutralize Chinese influence” http://www.samachar.com/india-s-abstention-only-to-neutralise-chinese-influence-od4lMOdiagf.html
  • (*2) The Island, 2014年3月15日, “Why SL needs a defense pact with China” http://www.island.lk/index.php?page_cat=article-details&page=article-details&code_title=99831
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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