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オーストラリアから学ぶ日本の漁業の将来

April 5, 2018

1.日本の漁業衰退の現状と背景

日本の漁業・養殖業は、1984年の漁獲高1,282万トンをピークに、2016年には436万トンにまで減少した。実に850万トンを失ったこととなる。衰退したのは200カイリ排他的経済水域内の沖合漁業、沿岸小型漁業と養殖業である。この間に、わが国は、資源の回復と収入の安定には取り組まず、旧態の漁業法制度の下で対応してきた。その典型が、所得補償の補助金を提供したことである。

2001年(平成13年)に水産基本法が制定されてから17年が経過した。2017年には新たな「水産基本計画」が閣議決定された。しかし、水産基本計画の諸政策が功を奏した様子もなく、日本の漁業は凋落の一途をたどってきた。一方、世界に目を向けると、漁業が回復し、活性化した国々もある。日本の漁業の悪化の原因を究明するため、私たちはこうした諸外国から真摯に学ぶ必要がある。

2.オーストラリアから学ぶ

筆者は、2月、オーストラリアを訪問した。漁業資源の回復を達成し、養殖業の振興が見られ、グレートバリアリーフ(GBR)の陸海生態系保全研究に優れるオーストラリアの漁業と海洋保護政策を学ぶことが目的である。

具体的な調査の視点は3点である。まず1つ目は、漁業や水産資源の管理の根幹制度を定める漁業制度と個別の漁業者に譲渡もできる漁獲割当(ITQ: Individual Transferable Quota)制度の導入が、オーストラリアの漁業の資源回復や経営状況にどのように反映されたのか。そして、2つ目としては、養殖に関する日本の制度が漁業協同組合員のみに免許が交付されるという旧態依然とした状況にある中、オーストラリアにおける許可制度と養殖業の現状はいかなる状況にあるのか、を把握すること。また、3つ目としては、陸地と海洋生態系の関係について調査することである。こうした点について、意見交換と現地調査を実施した。そして、これら3点を包括的に関連付ける視点も重視した。いずれも相互に関係した課題であるためである。

3.調査の結果

(1) 漁業とITQ導入の効果

漁業法制度の導入

オーストラリア政府は、海洋の利用と保全を定めた海の憲法である1982年国連海洋法の発効(1994年)に先立ち、1991年に漁業管理の基本を定めた漁業管理法(Fisheries Management Act)、翌1992年に漁業管理の運営は本省とは切り離した漁業管轄法(Fisheries Administration Act)を制定し、その実施機関としてオーストラリア漁業管理局(AFMA:Australian Fisheries Management Authority)を設置した。

1984年、オーストリア初のITQをミナミマグロで導入したが、その後、連邦政府管轄下のほぼ全漁業にITQを導入している。

ITQの導入には、従前のオーストラリア政府の漁業政策が多額の税金を投入しながら、経済的な成果を全く上げていないのとの批判があった中、ITQは経済学者が率先して導入を主張したこと、ケリン農業漁業大臣(当時)が導入促進のリーダーシップを発揮したこと等が背景にあり、前述のとおり、現在は、ほとんどの連邦政府の許可漁業にITQが導入されている。

ところで、オーストラリアは94魚種・系統群の資源の状況を評価(2016年)しており、その結果を毎年発表している。オーストラリア政府によると、筆者が2009年と2012年に訪問した際より、評価対象となっている漁業資源の漁獲状況(漁獲量が資源に対して取り過ぎていないか)と資源状況(海中の資源量が過剰漁獲水準以下かどうか)の指標に対して、それぞれ回復が著しく進んでいると公表している[i]。政府[ii]は「科学的根拠を尊重し、ITQを政策として導入した漁業政策は成功である」と断定している。

ITQ の経済効果

オーストラリアの漁業関係者[iii]は、「ミナミマグロの餌であるイワシの巻き網漁業は、南オーストラリア州政府の許可漁業である。オーストラリアで最も漁獲量が大きい漁業で、資源も健全で安定し、経営も安定している。2000年に約2,000トンの年間漁獲総量(TAC)の設定から始まり、資源が安定しているので現在では20倍以上の47,500トンにまで漁獲枠が増えた」と語る。また、「絶え間ない経営の再編成とコスト縮減が大切と考える。ミナミマグロ巻き網漁船数とイワシ巻き網漁船を統合して経費を節減し、大型化も図った。また、冷凍の輸入餌に100%依存していたが、昨年の漁期では75%が生エサで冷凍餌を使わなかった。ミナミマグロが生エサを好むし、イワシを冷凍するには、陸上に運ぶコスト、また陸上から生け簀に運搬するコスト、冷蔵庫建設や保管コストを要するからだ」と語る[iv]

漁業の生産量とスケジュールの予定を立てられない、すなわちITQが導入されていない漁業では、漁業者は我先にと漁獲することとなる。「Race for Fish」(乱獲競争)と呼ばれるが、日本は正にこの状態にある。構造改善も会社統合もITQがないので進まない。こうした状況を維持するために、補助金を投入するか(悪い漁業の経営体質を先送りするか)、漁業者と漁業会社の倒産を待つかである。

日本への助言

ミナミマグロ漁業会社の複数社の関係者[v]は更に語る。「日本の漁業の衰退と漁獲の減少を見るに、ITQの導入以外に手がないのではないか。漁獲量が減少する時には、ITQは漁業者の再編と統合に最適である。ITQを漁協にも配分し、漁協も誰かを雇い、ITQを消化してもらうか、譲渡して収入を得てもよい。」

別の沿岸漁業者[vi]は、「訪日して岩手県を訪ねた。アワビは毎年11月と12月の口空き(アワビ漁の解禁)は早朝から漁獲競争し危険でもある。また、資源の把握がなされていない。アワビの孵化放流も効果が減少しており、オーストラリアのアワビ漁業の経験を踏まえると、日本にもITQによる漁業縮小再編を図る必要がある」と語る。

ITQ 配分の公平性

オーストラリア連邦政府[vii]は、「例えば、第1世代と第2世代の間、大型船主と小型船主の間、また、リースする者とリースされる側の間における、それぞれの公平性の確保の観点を入れてしまうと、持続的な漁業を達成するという政策目的が実現できなくなる」との考えを有している。アメリカ、カナダと異なり、公平性の確保については、オーストラリアではまだ本格的な問題とはなっていない。

(2) 養殖業と許可制度

タスマニア州における養殖業は、1995年海洋養殖計画法に基づいて、政府による許可の方針が定められている。すなわち、法に基づき養殖できる海域を設定し、その海域での具体的な養殖業が定められている。また、漁業など他の活動との関連を定める。許可される海域の最大の養殖量を定める。

さらに、天然資源の持続的開発と生態学的要素と遺伝資源の多様性を維持しなければならないとされる。この点、タスマニア州以外に南オーストラリア州政府もほぼ同様の許可政策を採択している。

養殖場に関しては、環境汚染や景観を巡って、環境団体と住民、ジャーナリストが反対運動を展開しているため、沿岸域の養殖の禁止海域を設定し、沖に漁場を設置して、住民が少ない西海岸に養殖場を移行する政策を実施している。

なお、タスマニア州政府の方針として、サケは産業としても雇用の機会としても経済に大きく貢献していることから、今後とも推進するものとされている。

養殖における後発国として、営業許可とゾーン許可制を組み合わせた新たな視点は、日本の養殖制度の近代化する上で参考になるものと思われる。

(3)生態系保全と海洋の管理

オーストラリアGBR の環境政策

GBRを巡っては、1975年にグレートバリアリーフ海洋公園法が成立し、1981年には世界遺産に登録された。

GBR保護は、主に陸上からの流入水と土壌の流失対策である。これらの問題の原因としては、後述するとおり、放牧の利用草地の拡大、サトウキビ畑における過剰な肥料と農薬の使用などが挙げられる。

オーストラリア政府は、2015年に「リーフ2050年」という長期計画を作成し、2050年までに水流の中に含まれる汚染物質を2018年時点の50%を削減し、そのうち窒素化合物の流失を80%削減する目標を掲げている。

なお、2015年と2016年の2年間でサンゴの50~60%を失っている。2017年には更に20%を喪失し、残っているサンゴは以前の約20~30%の状態である。2050年に残されるのは、たった3%との予測がある。

GBR 海洋公園研究所における研究

1890年代におけるクイーンズランド州の土地の状況、森林と熱帯雨林や海岸と汽水域の状況は、現在とは全く異なる。森林の伐採がなく、サトウキビ畑や牛の放牧草地ないしは沿岸域の居住地も土地利用もなく、熱帯雨林や森林と自然の草地があり、自然の生態系が維持されていた。GBRは、こうした陸上の生態系と海洋の間のバランスで形成されてきた。

1940年代に入ると、熱帯雨林と原生林が伐採されはじめ、また、平地には居住地や道路が出来て沿岸域が開発され始めた。森林伐採後の土地がサトウキビと牛の放牧の農業などに利用され、沿岸地区での停泊地、倉庫と居住地の開発が進んだ。2018年現在では、多くの土地が過去とは全く違った形で利用されている。

当該研究所における研究成果は、基本的な情報を提供し、歴史的にみて土地の生態系と利用が変化したことを把握し、その結果としてのGBR喪失への影響に関する研究を進めたことを突き止めたことである。

身近な生態系の変化について、科学的に説明することは、科学者のみならず、行政や政治家と一般の人々にとっても、何が起きているのかを理解するために極めて重要な手段となる。

日本への助言

全体像を示し、包括的に専門的な分野を結びつけることが大切である。

GBR海洋公園研究所の専門家は、「陸上生態系の変化と海洋生態系・資源への影響に関する研究について述べるなら―陸前高田と気仙川流域の大堤防や盛り土と嵩上げの土壌がどこから持ち込まれたものか、その土壌に重金属・水銀やカドミウムなどが含まれていないか、また、人間が大幅に手を加える前の100年前の生態系、土地利用を調べて、現在と比較する作業が極めて重要となる」と語る。

4.総評

オーストラリアにおいて、政策と科学と経済研究は密接に結びついている。ITQによる資源管理と漁業管理の成功、陸域・海洋生態系の包括的な調査などは、長年にわたる基礎的なデータの収集とそれをベースとすることによって可能となった。この点、わが国のように、漁業データが欠如していることにより、研究と政策がおろそかになって、その結果、漁業の衰退や陸域・海洋の生態系の悪化を招いている状況とは異なる。今回の意見交換を通じて分かったことは、オーストラリアの関係者が、日本がITQを導入して、漁業の再生を果たすことを期待していることである。

オーストラリアの漁業政策は1990年代から約30年間、また、GBRの対応は1970年代から約50年に及ぶ。こうして見ると、わが国の海洋・漁業政策は、オーストラリアから30~50年もの遅れをとっていると考えられる。

道程は長い。しかし、地道な対応の姿勢からは、日本が学ぶべきところは多い。

謝辞

オーストラリアでの調査はオーストラリア政府農業水資源省と環境省、連邦科学研究所(CSRIO)、オーストラリア海洋科学産業所、GBR海洋公園研究所、オーストラリア南極研究所、タスマニア州第一次産業公園水環境省、南オーストラリア第一次産業地方省、ミナミマグロ漁業協会、南オーストラリア・アワビ漁業者協会、Billundオーストラリア支社、シドニーフィシュマーケット株式会社と在日オーストラリア大使館には、本調査の実施に際し多大のご協力とご指導を賜り心より御礼を申し上げる。


[i] オーストラリア連邦政府Fishery Status Report 2017

[ii] オーストラリア漁業管理局ジェームズ・フィンドレー局長(2月9日インタビュー)

[iii] ミナミマグロ漁業協会長とイワシ漁業協会事務局長(2月7日インタビュー)

[iv] 南オーストラリア・アワビ漁業協会長(2月6日インタビュー)

[v] サリン・グループ役員、トニーズ・ツナ・インターナショナル部長(2月7日インタビュー)

[vi] 南オーストラリア・アワビ漁業協会長(2月6日インタビュー)

[vii] オーストラリア漁業管理局ジェームズ・フィンドレー局長(2月9日インタビュー)

    • 小松 正之/Masayuki Komatsu
    • 元東京財団政策研究所上席研究員
    • 小松 正之
    • 小松 正之
    研究分野・主な関心領域
    • 水産業
    • 捕鯨
    • 海洋
    • 地球生態系及びリーダシップと交渉論

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