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中国「真珠の首飾り戦略」と日本、インド(5):スリランカ政権交代

February 27, 2015

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

1月8日に投票されたスリランカの大統領選挙で、前保健相のマイトリパラ・シリセーナ氏(63) が現職のマヒンダ・ラージャパクサ氏(69)に勝利し、新しい大統領に就任した。ラージャパクサ氏は中国の支援で大型のインフラ建設を進め、内戦後の復興と開発に豪腕を奮ったが、汚職や縁故主義に批判票が集中した。中国一辺倒だった外交にも早速、変化が兆し、インド重視の方向性がうかがえる。

汚職、縁故主義に国民の批判票

1月9日に発表された選挙結果(投票率81.52%)は、サプライズだった。ラージャパクサ氏の得票率が47.58%だったのに対し、シリセーナ氏は51.28%と僅差で勝利をもぎ取った。 シリセーナ新大統領は、野党、統一国民党(UNP)との連立により、挙国一致内閣を樹立した。

シリセーナ氏はラージャパクサ政権の閣僚で、与党スリランカ自由党(SLFP)の幹事長だった。昨年11月に政権を離脱し、野党統一候補として立候補を表明するまでは、だれもがラージャパクサ氏の続投を予想していた。

2005年に大統領に就任したラージャパクサ氏は、26年も続いた内戦を2009年に終結させ、国民の人気を獲得した。少数派のタミル人が多い北部・東部も、コロンボからバスで行けるようになった。彼は、人口の75%を占めるシンハラ人のナショナリズムに強く支えられ、憲法の3選禁止条項を撤廃するなど、長期政権に向けた地盤固めを進めていた。

その一方、汚職が蔓延し、さらに人権活動家やジャーナリストに対する軍や警察の弾圧が増え、政府の暴力的な振る舞いが広がった。物価高も深刻で、食品やガソリンなどの値上がりは家計を圧迫した。「内戦が終わったのに、こんなはずではなかった」と漏らす人は多かった。

ところが、政界では野党が弱く、同政権の独裁的な手法に国民の不満が高まっても、有力な候補者がいなかった。

そうした選挙の構図を一変させたシリセーナ氏は、選挙戦でラージャパクサ氏の汚職体質や中国偏重の姿勢を批判し、有権者の支持を集めた。「道路建設事業の外国からの融資が一部の政治家のポケットに入り、国民は孫の世代になっても返済が出来ず、土地が外国に奪われるといった『援助の罠』が仕掛けられている」と、暗に中国と前政権の癒着ぶりを指摘した。

前政権では、血縁者を政府幹部に起用するネポティズム(縁故主義)もひどかった。ラージャパクサ氏は兄チャマル氏を灌漑水管理相、農業開発相、港湾航空相に、弟ゴタバヤ氏を国防次官や都市開発省次官に、もう一人の弟バシル氏を経済開発相にそれぞれ任命した。シリセーナ氏は、目に余る大統領ファミリーの振る舞いを厳しく批判する一方、「自分は当選しても2期目の出馬はしない」と清廉さを強調した。

「前大統領がクーデター未遂」の報道も

シリセーナ氏には、チャンドリカ・クマラトゥンガ元大統領の支持も追い風になった。彼女は世界初の女性首相だったシリマヴォ・バンダラナイケの娘。インドで言えば、ネール・ガンディー家のような名門だ。もともとラージャパクサ氏を後継者として育てたが、彼のやり方に失望し、シリセーナ氏についた。保守層や高齢者に人気がある彼女の存在は大きかった。

以前はラージャパクサ氏を支えた仏教至上主義の団体も分裂し、シリセーナ氏の支持に回る動きもあった。人口の15%を占めるタミル人、イスラム教徒の多くもシリセーナ氏を支持したとみられる。

日本の報道では、ラージャパクサ氏は9日に潔く敗北を認める宣言をしたと伝えられたが、現地からの報道によると、彼は8日夜に開票の傾向が自分に不利だと知り、軍事クーデターを企てた、とされる。(*1)  弟のゴタバヤ国防次官と共謀し、軍を開票所に突入させて選挙を無効にしようとしたが、陸軍参謀長から「民主主義に反することをしたくない」と拒否された、という。ラージャパクサ氏は報道を否定したが、シリセーナ新政権のサマラウィーラ外相は「政権移行は決してスムーズではなかった」と述べ、クーデター未遂を非難した。

ラージャパクサ氏は今後、半分近い得票率をテコに、執念深く政争を仕掛けて来る可能性がある。これに対し、シリセーナ新大統領はラージャパクサ氏の汚職を暴くなど追い討ちをかけるかも知れない。また、100日以内に大統領権限の縮小など分権化を図る政治改革を進め、4月にも予定される総選挙を乗り切る構えだ。

バランス重視の外交に転換か

ラージャパクサ氏は中国の援助を得て、出身地である南部のハンバントタで港湾と空港を建設するなど、中国偏重の外交と開発を進めた。(*2) 外国からスリランカへの経済援助で、中国は2009年に日本を追い抜き、最大のドナー国になった。スリランカは「真珠の首飾り」といわれる中国の海洋戦略の重要な橋頭堡になったのである。

だが、中国の事業は透明性に欠け、工事に労働者を大勢連れて来た。現地紙では、中国人労働者が全国で約3万人働いていることを指摘し、スリランカ国民にとっては「雇用なき成長」が続いている、との報道もある。

シリセーナ氏は日本やインドを含めて多国間のバランスを重視し、中国寄りの姿勢を見直す考えを示している。中国のプレゼンス拡大を苦々しく感じていた日本政府にとっては、してやったり、の気分だろう。と言って、すでに調印した中国のプロジェクトを急にキャンセルできるわけでもないだろう。実際にどう変わっていくか、見きわめるには時間がかかる。

もちろん、中国も黙ってはいない。昨秋にスリランカを訪問した習近平・国家主席は1月10日、シリセーナ新大統領に対し、「中国・スリランカの戦略協力パートナーシップのさらなる発展を促していきたい」との祝電を送った。(*3)

また、シリセーナ氏が米欧との関係をどう再構築するかも、注目点だ。ラージャパクサ政権はタミル人に対する人権弾圧を米欧から批判されて孤立し、中国に接近した。新政権のラニル・ウィクラマシンハ首相らは人権問題の改善を図り、内戦後の国民和解を進めることが課題だ。それが進めば、自ずと米欧との関係も改善するだろう。

インドのコロンボ工作員「追放処分」に

今回の選挙結果による国際社会で最大の受益者は、隣国インドだ。インドは、スリランカの政治や治安維持に水面下で深く関わって来た。

選挙後、それをうかがわせる報道があった。インド政府の諜報機関であるRAW(Research and Analysis Wing)のコロンボ支局長が「追放処分に遭った」という記事だ。(*4) RAWの工作員がラージャパクサ氏を追い落すためにシリセーナ氏を支援した疑いが浮上していたという。具体的には、シリセーナ氏らに前政権からの離脱を促したり、候補者擁立の一本化を働きかけたりしたというのだ。RAWは1962年の中印紛争の教訓から、インテリジェンス強化のために1968年に設立された機関で、インド首相府に属する。

インド外務省報道官は追放処分を否定し、「単なる人事異動」で帰国した、と説明した。果たしてRAWがどの程度の工作をしたのか、藪の中だが、インドは歴史的にスリランカとの間で深い利害を共有して来た。

1987年、インドは内戦下のスリランカに平和維持軍を派遣したが、タミル武装勢力との戦いが泥沼化し、インド兵1200人の犠牲者が出た。1991年にはラジブ・ガンディー首相の暗殺まで招いた苦い歴史がある。そのスリランカで近年、中国が勢力を急拡大した状況は、気が気でないはずだ。とりわけ、2014年9月に習近平主席のスリランカ訪問と同じタイミングで中国の潜水艦がコロンボ港に寄港し、インドを刺激していた。

インド・スリランカ原子力協定に合意

シリセーナ大統領は「私の最大の関心はインドだ」と言う親印派で、2月中旬、就任後初の外国訪問としてニューデリーを訪れた。

モディ首相との首脳会談では、二国間の原子力協力協定に合意したほか、インド洋の安全保障協力の拡大に合意した。スリランカにまだ原発はなく、外国との原子力協定は初めてだ。すぐさま原発建設が進むわけでないが、当面、放射線医療を含めた技術交流を進める。インドはラージャパクサ政権時代に中国がスリランカと原子力協力を進めるのではないかと心配していただけに、将来の原発建設協力に向けた布石を打った形だ。

これに対し、中国外務省の華春瑩報道官は「インドとスリランカの関係強化は喜ばしい。中国を含めた三カ国の関係強化は、地域全体にとって有用だ」と歓迎の意を示した。(*5) その一方、中国は2月末にサマラウィーラ外相を北京に招き、シリセーナ大統領の訪中を3月下旬にも実現させる構えを見せている。

人口2000万人の小さな島国、スリランカをめぐり、中印両国が綱引きをする構図は今後も続きそうだ。

  • (*1) BBC News Asia,2015年1月11日,Sri Lanka to investigate 'Rajapaksa coup plot’ http://www.bbc.com/news/world-asia-30769188?print=true
  • (*2) 東京財団ユーラシア情報ネットワーク,2014年4月23日,「中国『真珠の首飾り』戦略と日本、インド(1)」 http://www.tkfd.or.jp/eurasia/india/report.php?id=419
  • (*3)新華社,2015年1月10日,http://jp.xinhuanet.com/2015-01/10/c_133909420.htm
  • (*4)The Hindu, 2015年1月18日, Indian spy's role alleged in Sri Lankan President's election defeat http://www.thehindu.com/news/international/south-asia/indian-spys-role-alleged-in-sri-lankan-presidents-election-defeat/article6799075.ece?ref=relatedNews
  • (*5) The Hindu, 2015年2月18日,China proposes triangular partnership with India, Sri Lanka http://www.thehindu.com/news/international/world/china-proposes-triangular-partnership-with-india-sri-lanka/article6908867.ece
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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