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《時評》代理懐胎の法規制は必要ないか--「何もしない」ことの功罪を考える

June 4, 2009

1.日本における代理懐胎の現状

日本は、生殖補助医療に関する立法をしていない。日本産科婦人科学会の会告が、会員である産婦人科医に対するガイドラインとしての役割を果たしている。これらの会告において、体外受精は夫婦間に限定すべきであること、提供精子を用いる人工授精は容認されること、代理懐胎は認めないことが決められている。また、分娩した女性が母親であるという最高裁判例 1 により、分娩していない女性(=代理懐胎の依頼者)が母親として届け出ることは容認されないとみなされている。
代理懐胎に関する現状としては、国内に実施を公言しているクリニックが一件存在し、そこでは、依頼夫婦が生まれてきた子を特別養子縁組したと発表されている 2 。代理懐胎が合法である米国の州で実施した二組の日本人依頼夫婦が、代理懐胎により生まれた子の実の親として出生届を受理してもらうことは最高裁により否定された 3 が、そのうちの一組は、特別養子縁組したと発表した 4
このように日本では、法規制をせずに、代理懐胎を限定的に黙認する方向に向かっているようにみえる。このような状況をどのように考えればよいのだろうか。代理懐胎に対して「何もしない」という選択肢をとった場合のメリット・デメリットについて、広く社会的な議論を行うべきではないだろうか。
そのようななか、2009年5月9日に都内で、「代理出産の制度化に疑問を抱く研究者の会」が開催された。「制度」とは?制定された法規、国のおきて、?社会的に定められているしくみやきまりである 5 。「代理出産の制度化に疑問を抱く」とは、代理出産に関わる法律や社会的な決まりをつくることに懐疑的であるという立場を表しているのだろうか。本研究会は、日本における「何もしない」現状をよいと考えているのだろうか。そこに報告者は興味を持ち、参加した。

2.「制度化への疑問」は「何もしない」という選択肢になるのか

研究会での発表は、どちらも何らかの「妊娠に関する制度」に価値を見いだしているように思われた。一件目の発表は、妊娠期間により線引きを行う期間モデルや、妊娠の続行が母体の健康に及ぼす影響などを理由とする適応モデルではなく、妊婦の当事者性に寄りそえるものとして「妊娠葛藤相談」という制度を評価している。二件目の発表は、各人のリプロダクティブライツを保護し、子どもの福祉を優先するためには、違反者への厳格な対処を伴う法律という制度が必要であると結論づけている。
生殖補助医療の立法について、生殖はカップル(夫婦)のプライベートな事柄なので「何もしない」方がよい、という意見は存在する 6 。日本の現状は、立法に向けた動きが活発でなく、ガイドラインは守られている、すなわち専門家集団の自律が機能しているように見えるため、「何もしない」状態は、現状維持といえるだろう。

3.代理懐胎に対し法規制を「何もしない」選択のメリットとデメリット

ここであらためて、代理懐胎に対し法規制を何も行わないことのメリットとデメリットを、考えてみたい。

【メリット】

・立法作業をしなくてよいので、政策コストは最小ですむ。
・社会が、金銭により「子宮を貸す」女性の存在や、女性の「母性」をどう考えるかなど、自分の夫以外のために育てるわけではない子を妊娠するという状態について悩まなくてすむ。つまり、「妊娠・出産」は、常に、「女性が母性豊かに、夫の子を育む」行為であるという認識の変更を、社会は迫られない。
・当事者間に合意があれば、代理懐胎により生まれた子は、代理懐胎者の子として出生届を出した後に、依頼夫婦が特別養子縁組をすることが、既成事実として認められる。
金銭的な余裕のある依頼者は、代理懐胎が合法である外国で実施してもらい、生まれた子を特別養子にすることができる。
また、依頼夫婦妻の実母が健康であれば、国内のクリニックでも実施できる可能性がある。


【デメリット】

・代理懐胎による子を、依頼夫婦が特別養子縁組することを、家裁が常に認めるとは限らない。そのため、子の身分は不安定である。
・金銭的な余裕がなければ海外での実施は困難である。
・分娩者が母親であるとされている現状では、代理懐胎者が子の出産後に翻意した場合(子を渡したくなくなった場合)、依頼者は子を得られなくなる。
・特に、国内で実施する場合、ほとんどが親族内での実施である。子の出生後、家族関係がうまくいかなかったケースが報告されている。
・民法に定められた親子関係を超えた親子を生み出しかねない技術の管理について、枠組みを決めずに産婦人科学会のガイドラインのみに任されている現状は本末転倒であるという意見が、当の産婦人科医 7 から出されている。
・当事者間に問題が生じたとしても、日本産科婦人科学会会告で認められていないため、言い出しにくい可能性がある。つまり、禁止しているわけではないが、よくない行為とみなされているという現状では、問題が可視化しにくい。


報告者は、「何もしない」という選択肢には、上記のようなメリットとデメリットがあると考える。大きな問題は、現状では、子の身分が不安定であることだと思う。国は、どのような施術を誰に認めるのか、親子関係はどうするのか、といった問題を直視し、国としての姿勢を定めるべきであると考える。

小門穂 プロジェクト・メンバー


1 最高裁昭和37年4月27日第二小法廷判決 民集16巻7号1147頁
2 朝日新聞2009年4月23日、依頼夫婦の妻の実母が出産し、実子として登録した後、依頼夫婦(娘夫婦)が家庭裁判所に特別養子縁組を申請し、認められた
3 最高裁判決平成17年11月24日判例集未登載。最高裁判決平成19年3月23日民集61巻第2号619頁
4 向井亜紀ブログ、2009年4月22日付「やっと、やっと言えます!!!!!」 http://www.mukaiaki.com/akiblog/?id=1240412011 (2009年4月28日確認)
5 岩波書店広辞苑第五版「制度」
6 「東京財団 生命倫理の土台づくり研究」では、島田裕巳氏がこの立場をとる
7 日本学術会議生殖補助医療の在り方検討委員会第6回(平成19年6月22日)における吉村慶應大学教授の発言など

    • 元「生命倫理の土台づくり研究」 プロジェクト・メンバー
    • 小門 穂
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