【書評】逢坂巌著『日本政治とメディア』(中公新書、2014年) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

【書評】逢坂巌著『日本政治とメディア』(中公新書、2014年)

May 30, 2017

評者:村井 哲也(明治大学法学部非常勤講師)

1.はじめに ―「メディア論」のバロメーター―

近年、「メディア論」のニーズは高まる一方である。

小泉純一郎政権が駆使した劇場型政治、民主党政権による一連のメディア改革構想、硬軟のメディア統制が指摘される安倍晋三政権、そして台頭するネットメディア。近年の動向を見わたせば、「メディア論」のニーズが高まる理由がよく分かる。

本書は、これに十二分に応えてくれる好著である。その目的は、鳩山一郎から安倍晋三まで、「戦後日本の政治コミュニケーションを歴史的に振り返ろうとする試み」(まえがきⅰ頁)にある。まず読者は、この「戦後メディア史」と言うべき軌跡から紡ぎだされるストーリーの数々に魅了されるに違いない。

ただし、本書はこのニーズにとどまる代物でない。むしろ、話題性ばかり先行する近年の「メディア論」の風潮をあぶり出す、バロメーターのごとき存在である。もう一つの、しかし極めて重要な本書の目的は、次のようにさりげなく記されている。

「他方、本書では、政党や個人後援会といった政治と有権者を結ぶ組織や仕組みもメディアとして捉え、それらが戦後という時代において、どのように成長(または変容)してきたのかということも考えていきたい」(まえがきⅱ頁)

この視点から導きだされるのは、国民主権のもとで政治権力が有権者(大衆)とどう対峙してきたかという、戦後新憲法における普遍的な政治課題である。つまり、本書はメディアという補助線を用いた正面からの「戦後政治史」でもある。

読者は、この重層構造を汲みとってこそ、本書から紡ぎだされる様々な示唆に魅了されるに違いない(以後、新聞やテレビなど外部から政治権力と有権者を結ぶ媒介体をマスメディア、政党や派閥など内部から政治権力と有権者を結ぶ媒介体を組織メディアと記す)。

2.本書の構成と概要

まえがき(ⅰ-ⅲ頁)

第1章 テレビの登場と自民党の成長(1-78頁)

第2章 派閥政治のコミュニケーション(79-136頁)

第3章 「テレビ政治」の時代へ(137-198頁)

第4章 政権交代と無党派層の急増(199-264頁)

第5章 小泉の熱狂からネット時代へ(265-339頁)

終章  政治コミュニケーションのいま(341-350頁)

第1~5の本章は、戦前からの動向も踏まえつつ、占領終結後から近年までの60年間を時系列で綴る構成となっている。第1章では自民党政権の確立期、第2章では派閥政治の展開期、第3章では1980年代の爛熟期、第4章では1990年代の改革の季節、第5章では小泉政権から民主党政権と、それぞれの時代が描かれる。これらの軌跡を踏まえ、終章では第2次安倍政権後の動向で締めくくられる。

以下、各章の構成と概要を注目すべきポイントに絞って記したい。

第1章は、占領終結後のテレビ政治の攻防が描かれる。興味深いのは、当時の鳩山派や改進党など、選挙基盤の弱い政党が「空中戦」で直接大衆へアピールするという普遍的な現象との指摘である(6頁)。もっとも保守合同した自民党でも、新聞でなくテレビが決定づけた60年安保、所得倍増論のPRに腐心した池田勇人政権、圧力じみたネガティブ統制も辞さない佐藤栄作政権と、マスメディア対策の苦心は続く。

一方で1960年代には、「地上戦」を担うべく、自民党政権と大衆を結ぶ媒介体としての組織メディアが整備された。本書の中核となるポイントである(52-53頁)。経済成長の波に乗って機能したのは、内閣や政党によるフォーマルなそれでなく、中選挙区制に支えられた派閥や個人後援会などインフォーマルな組織メディアであった。

第2章は、派閥政治のマスメディア支配に焦点があたる。その象徴が、「身内意識」のポジティブ統制もまじえた田中角栄の大衆政治であった。だが、それは同時に膨張する都市有権者による派閥金権批判を呼びおこした。これを克服すべく導入された総裁予備選という党改革も失敗に終わる。この過程で、地方を系列化した派閥や個人後援会などのインフォーマルな組織メディアが自民党を「飲み込んだ」からである(115頁)。

第3章は、本格化したテレビ政治への対応と暗雲が浮かびあがる。日米同盟事件で「甘さ」を露呈した鈴木善幸政権と、中曽根康弘政権のマスメディア対策は対照的であった。都市無党派層を意識したポピュリズムを「時代の要請」と言い切り、田中派から解放されて高い支持率を誇ったのである(166-167頁)。だが、この長期政権の後に噴出したのは、ニュースの娯楽化とないまぜになった派閥汚職批判の報道であった。

第4章は、マスメディアも前のめりとなった政治改革のうねりが描かれる。非自民連立の細川護熙政権は小選挙区制の導入をもたらしたが、自社さ連立の村山富市政権は無党派層の第一党化をもたらした。有権者への「裏切り」は、後に残る「深い傷」となったのである(240-241頁)。自民党内では従来の「組織と地方」と無党派層を意識した「広報と都市」との間に葛藤が生まれたが、やがて後者の優勢は全党的な認知を得た。

第5章は、小選挙区制下で派閥政治が弱体化したことの帰結が分析される。「広報と都市」を前面にだす小泉劇場は、思考より情緒が勝るキャラクター政治で高い支持率を得たが、組織メディアの不全と「空中戦」の依存を生みだした。その後の自民党は不安定化し、民主党政権もこの弊害に陥る。その間に台頭したネットメディアは、マスメディアへの批判も相まち、政治権力が直接大衆と結ぶ契機を与えていった(337頁)。

終章は、その後の動向と簡潔な総括がなされる。橋下徹や安倍が編みだしたのは、ソーシャルメディアで直接大衆にアピールしてマスメディアを強烈に牽制する手法であった(344頁)。翻れば無党派層の拡大は、都市有権者への脆弱性という課題につけ込んだマスメディアの悪ノリを招いてきた。この傾向は、一応は落ち着いたかもしれない。

だが、日本政治は変わらず不安定な状況にある。派閥政治に代わる組織メディアは見いだせず、その間隙を埋めているマスメディアもまた硬軟の統制や大衆世論に右往左往している。これを克服するためには、「やはり政党を強くしていくしかない」と本書は訴える(350頁)。本来、国民主権のもと政治権力と有権者と結ぶ組織メディアとは、政党こそがフォーマルな存在に他ならないからである。

3.意義と論点 ―戦後政治史の視点から―

本書の意義

以上を踏まえ、本書の意義を記してみたい。

まず、「戦後メディア史」と「戦後政治史」をそれぞれ成立させていることである。一定の水準を保って60年間の軌跡を首尾一貫させることは、ただでさえ容易でない。それを可能としたのは、注記や主要参考文献(355-371頁)で一目瞭然な膨大な情報を、政治メディア研究の第一人者ならではの絶妙な筆致で練りこんでいることにある。

「戦後メディア史」としては、新聞、雑誌、ラジオはじめ、戦後に勃興したテレビ、ネットと、マスメディアの変遷とその影響が的確に描かれている。許認可に絡んだクロス・オーナーシップ、番記者を巻き込んだ派閥抗争、苛烈化するニュース報道のワイドショー化など、政治権力との関わりの叙述は生々しく興味深い。

「戦後政治史」としては、マスメディアのスコープを通すことで、60年安保と所得倍増、列島改造と派閥政治、社会党の野党体質、政治改革から民主党政権などのトピックに、従来にない知見をもたらしている。なかでも、「組織政党化」(60頁)という自民党の長年の課題は最先端の内政史研究を踏まえたものであり、日米同盟事件の報道をめぐる「官僚主導の外交」(147頁)との指摘も外交史研究に新たな解釈をもたらすものである。

そのうえで本書の最大の意義は、「戦後メディア史」と「戦後政治史」を有機的に融合させていることにある。この重層構造を可能としたのは、冒頭で述べたように、政治権力と有権者を結ぶ媒介体という意味で、新聞やテレビなどのマスメディアも政党や派閥などの組織メディアも同じくメディアである、との視点を打ち出したことにある。

現在、長年の派閥批判や近年の「マスゴミ」批判で大衆との媒介機能は低下し、いたずらな「空中戦」ばかり展開される不安定な状況に陥っている。一つの解決策は戸別訪問の解禁なのだろうが(336頁)、自民党に限らず民進党など野党も政党支持率に苦しんでいる。今こそ基本に帰り「地上戦」を担う組織メディアとしての政党の強化を、との提言には本書ならではの重い説得力がある。

これは、W・リップマンやプラトンが危惧したデモクラシーの「古典的な問い」と指摘されるように(あとがき351-352頁)、時代をこえ、国境をこえた普遍的な政治課題である。世界各国では共通して、ポピュリズムの猛威で既存の政党政治やマスメディアの弱体化が叫ばれている。そんな時代こそ、本書の重層的な「メディア論」から紡ぎだされる様々な示唆を、読者にはぜひ噛みしめて欲しい。

惜しまれる問題点

ただし、そのような本書の意図は少しばかり汲みとりにくい。それゆえ惜しまれることに、話題性ばかり先行する表層的な「メディア論」として読まれてしまう向きも多い。その問題点は、本書自身にも含まれているように思われる。

本書の中核となる「メディア」概念の記述は、第1章の池田政権の文脈から何気なく登場する。これがどう展開されるかの説明が不十分なまま、続く第2章から第5章まで、マスメディアの変遷のなかにポイントが織りこまれる形である。そこで終章の最後で政党政治の強化が謳われるのだが、やや唐突の感が否めない。

政治権力によるメディア統制のイメージで、政党政治の強化=マスメディアへの圧力と結びつける風潮は根強い。したがって、アカデミズムの立場でこのような短絡的な解釈は論外としても、一般読者には誤解を受けやすい。各章で小括をつけるなり、終章で丁寧な総括をするなりした方が、意図がより正確に伝わったのではないだろうか。

そもそも政党政治(組織メディア)の強さとマスメディアの強さとは、必ずしもトレード・オフの関係にあるわけでない。マスメディアが環境監視と権力批判という役割を蔑ろにすれば、独善的な思考が政党政治を不健康にさせていく。政党政治が地に足の着いた活動を怠れば、浮足立ったポピュリズムがマスメディアをも振りまわす。国民主権に不可欠な、車の両輪のごとき関係なのである。

もう一つ惜しまれるのは、ネットメディアの考察が時間切れで駆け足になってしまったことである。これだけの水準の内容を詰めこんだ新書に対して、酷な要求かもしれない。だが、派閥や個人後援会の衰退とポピュリズムの台頭に大きな影響を与えたのは、近年では明らかにネットメディアであろう。小選挙区制の導入だけが主犯ではない。

特に決定的だったのは、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアの登場であった(330頁)。ここからマスメディアが独占していた発言権と発信力をもった大衆は、時として「ネット世論」で政局や論調を左右しはじめた。本書の意図からして、この位置づけは締めくくりとして重要だったのではないだろうか。

同質的な不特定多数が集まり極端で排他的な行動をとるサイバー・カスケードや集団分極化の性質は、世論にどのような影響を与えているのか。現在の政治権力(組織メディア)や既存のマスメディアと、どのような緊張関係ないし補完関係にあるのか。その全体像に及んだ考察も読んでみたかったところである。

戦後与件の喪失とジャーナリズム

些末な指摘はさておき、思いを巡らされるのは、いまや方々で見聞きする既存のマスメディアの意気消沈した姿である。政治権力やネット世論からの風当たりは、確かに厳しい。だが、それは過去の戦後与件にすがり続けてきたツケのようにも思える。

本書に沿えば戦後与件とは、悲惨な戦争体験に基づく改憲路線の封印と様々な利益政治を可能とさせる経済成長である(48頁)。特に後者の経済成長は、派閥や個人後援会といった組織メディアの維持発展に不可欠の資源であった。これゆえ自民党政権は、歪ながらも有権者との媒介機能を果たし得た。

同時に、リベラル系を中心としたマスメディアもまた、戦後与件の受益者である。自民党政権への有権者の不満は、ひたすらな批判報道に不可欠の資源であった。これゆえマスメディアは、歪ながらも有権者との媒介機能を果たし得た。

1990年代に入ると、冷戦終結による国際環境の変化とバブル崩壊による経済成長の行き止まりで、戦後与件は喪失されたはずであった。ところが、受益者から既得者になったマスメディアは、弱体化した自民党政権への批判報道をエスカレートさせていく。政治改革や政権交代を渇望する有権者の期待を不可欠の資源に、時に政治家の絆創膏や漢字の読み間違えにお祭り騒ぎとなる悪ノリも厭わなかった。

その結果、強制的に延長された戦後与件は、テンプレートな批判報道をマスメディアに染みつかせてしまった。民主党政権の失敗で戦後与件が完全に喪失されると、政治権力はネットメディアとともに大衆世論に対応して風向きは変わる。そこに残されたのが、マスメディアの意気消沈した姿であった。

それでも、既存のマスメディアが果たすべき役割は依然として大きい。ネットメディアは、批判野党としてはすでに存在感を発揮している。だが、そのタダ乗り文化や情報の信憑性にはしばしば疑問符がつけられる。綿密な取材に基づく環境監視と権力批判というジャーナリズムを担う責任与党としては、多くの課題を抱えているのである。

新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、そしてネットと、マスメディアは時代とともに変遷してきた。そこで重要なのは、どの媒介体が主役になるかではなかった。それぞれの時代に対応して、総体としてどのようなジャーナリズムが確立されるかであった。

既存のマスメディアが考えるべきことは、ネットメディアをどのように責任与党へと引きこむかであろう。その模索のなかから、戦後与件の喪失後におけるジャーナリズムの姿がみえてくるに違いない。少なくとも、過去の歴史はそのように示唆している。

    • 政治外交検証研究会メンバー/明治大学非常勤講師
    • 村井 哲也
    • 村井 哲也

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム