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東京財団政策研究所 研究プロジェクト(2018年度)のテーマは「『働き方改革』と税・社会保障のあり方」

May 11, 2018

今や働き方改革は、安倍政権最大の課題となっている。少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少の続く中、育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化に対応することが経済の再生につながるという問題意識である。

総理自らが議長を務める「働き方改革実現会議」の「働き方実行計画(2017年3月28日公表、以下、「実行計画」)」には、「日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革。働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行い、企業文化や風土も含めて変えようとするもの。働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにする。働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段。生産性向上の成果を働く人に分配することで、賃金の上昇、需要の拡大を通じた成長を図る『成長と分配の好循環』が構築される。社会問題であるとともに経済問題。雇用情勢が好転している今こそ、政労使が3本の矢となって一体となって取り組んでいくことが必要。これにより、人々が人生を豊かに生きていく、中間層が厚みを増し、消費を押し上げ、より多くの方が心豊かな家庭を持てるようになる。」と書かれている。具体的な課題として、「非正規雇用の処遇改善(同一労働・同一賃金)」「賃金引上げと労働生産性向上」「長時間労働の是正」「柔軟な働き方がしやすい環境整備」など9つの分野が議論される。

一方、働き方改革でスポッと抜け落ちているのが、社会保障や税制の議論である。一例として、柔軟な働き方の重要性として取り上げられている「テレワーク」を取り上げてみたい。テレワークは、「時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるテレワークは、子育て、介護と仕事の両立、多様な人材の能力発揮が可能となり、副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段や第2の人生の準備として有効である」と指摘している。その上で、事業者と雇用契約を結んだ場合を「雇用型テレワーク」、請負契約で働く場合を「非雇用型テレワーク」と区分し、後者について、インターネットを通じたクラウドソーシングの拡大により、仕事の機会が増加している、と述べている。さらに「非雇用型テレワーク」は、過重労働、不当に低い報酬・遅延など様々なトラブルに直面している、とする一方で、その法的保護については、「非雇用型テレワークを始めとする雇用類似の働き方が拡大している現状に鑑み、その実態を把握し、政府は有識者会議を設置し法的保護の必要性を中長期的課題として検討する。」と先送りしている。

また、複数の事業所で働く「マルチジョブワーカー」についても、「雇用保険及び社会保険の公平な制度の在り方、労働時間管理 及び健康管理の在り方、労災保険給付の在り方について、検討を進める。」とあり、これも先送りである。

産業構造審議会でも、「企業との雇用関係に基づかない働き手が増えることが見込まれる。 国民健康保険・国民年金への加入者増加が見込まれ、 事業主負担がないこと等により本人負担が相対的に重いことや給付が少ないことを懸念する声がある。兼業・副業の増加が見込まれるとの指摘がある。兼業・副業による副収入等が把握できていないことが多く、個人の負担能力に応じた負担となっていないことに加え、本来受けるべき給付が受けられないと指摘する声もある」と指摘されている。テレワークで現実に働く人々に、どのような税制を適用し、またセフティーネットを張っていくのか、その責任の所在はどこに求めるのかといった点については全く触れられていないのである。

雇用が流動化・多様化するのであれば、あわせて、それを支えるセフティーネットである社会保障が必要で、そのためには正確な所得の把握や税と社会保障の情報連携などの社会インフラの構築がセットで議論する必要がある。その検討が後回しになれば、「働き方改革」もその分遅れてしまう。欧米では、「ギグ・エコノミー」とも称される「クラウドソーシング」「非雇用型テレワーク」、「マルチジョブワーカー」の問題に対して、政府が率先して税・社会保障の課題に取り組んでおり、それと比べて、日本は遅れた対応であるといえよう。

そこで、東京財団政策研究所税・社会保障調査会では、税・社会保障一体改革のグランドデザインプロジェクトの2018年度のテーマとして、「『働き方改革』と税・社会保障」を取り上げ、税制・社会保障・年金・教育などさまざまな観点からの具体的な政策提言やシミュレーションを行うこととした。

プロジェクトメンバーの問題意識は以下のとおりである。

小塩隆士教授は、働き方の中で高齢者の貧困問題に焦点を当て、高齢者就業をどのように促進するかを問いかける。高齢社会政策大綱」(2018年2月16日閣議決定)では,公的年金の受給開始を70歳以降でも選択可能にするほか,在職老齢年金の見直しも提唱している。とりわけ60歳台後半層の就業促進は,経済全体における経済供給能力の引き上げ,社会保障財源の確保,そして,「貧困の高齢化」対策という観点から見ても,重要な政策課題となっている。

具体的には、厚生労働省「国民生活基礎調査」等を用いて,高齢者就業を潜在的にどこまで拡充できるか(work capacity)を高齢者の健康状態とリンクしたうえで試算する。次に、厚生労働省「中高年者縦断調査」等を用いて,公的年金の就業抑制効果を検証し,在職老齢年金や繰下げ支給の見直しなど制度改革による就業促進効果の試算を行う。さらに,可能であれば,そうした高齢者就業の促進策の結果,高齢層の貧困率上昇をどこまで抑制できるかを試算する。以上の検討により,「働き方改革」の推進に資する社会保障・税制の在り方に対する政策的示唆を得る。

佐藤主光教授は、未だに残っている課題として給与所得と事業所得等との区分がある。具体的には被用者と認められれば、その所得は給与所得であり、「所得計算上」概算控除として手厚い給与所得控除が認められる一方、個人事業主であれば、所得は実費控除しか認められない事業所得となり、フリーランス等「新しい」個人事業主にとって税制が不利に働いているという批判がある。ただ、事業所得の場合には、必ずしも事業目的ではない経費(家賃・光熱費など)であっても控除できる裁量が働く面も否めない(「従前」の個人事業主に係る所謂「クロヨン問題」)。所得区分に応じての税負担の違いは不公平であるだけではなく、個人の職業形態の選択まで歪めかねない。海外では所得税が個人の「起業活動」の誘因を損なっているとの実証研究もある。そこで、個人住民税・社会保険料及び所得控除の効果を織り込んだ所得税の「実効税率」の被用者と個人事業主の間での相違を試算するとともにその解消に向けた税制改革を提言する。

森信からはこれに関連し、「働き方改革」のもとでテレワーク(ネットワーカー)などが発達することにより、雇用者と個人事業主との区別があいまいになる。そのような状況の中で、所得税法の所得区分も、給与所得と事業所得に分かれるので、負担の公平性に問題が生じる可能性がある。負担の公平性を確保していくためには、給与所得控除の見直し、基礎控除の拡充などが考えられるが、規模の小さいネットワーカーの申告利便を向上させるような少額の概算経費控除が考えられないか、検討をしたい。その際、現行の青色控除・特別控除との整合性、現在では廃止されたが、みなし法人課税における事業主報酬制度や家内労働者の特例などをあわせ議論してみたい。また、申告利便の向上を図る見地からのマイナンバー制度の活用の具体案も探りたい。

田近栄治教授は、正規雇用から非正規、および請負労働などへの雇用の流動化、AIなどのICTの発展による雇用機会の喪失などが引き金となって、これまでの雇用を条件とした「会社を通じた社会保障」に代わる新しい仕組みが求められているという認識に立ち、現在注目されているベーシックインカムに焦点を当てる。ベーシックインカムについての根本的な考察は、個人所得税の控除をできる限り廃止し、税率も一律化を目指しつつ、所得保障を税の言葉で言えば税額控除、社会保障の言葉で言えば定額給付で行うというものである。関連して、ミルトン・フリードマンなどから始まるネガティブインカムタックスもある。そして、現在多くの国で行われている雇用や子育てに係る税額控除もこうした流れが制度として実現したものと考えることができる。

ベーシックインカムに係る上記の背景をわかりやすく説明し、「会社を通じた社会保障」に代わる時代の要請にこたえることのできる税と社会保障の仕組みを考える。提案の水準まで到達するかはこの時点でわからないが、フィンランドにおけるベーシックインカムの実験なども踏まえて、ベーシックインカムについての論点を明らかにする。

土居丈朗教授は、働き方改革に資する税・社会保障の制度改革が行われたときに、家計の可処分所得にどのような影響が及ぶかを、日本家計パネル調査(JHPS)を用いて、マイクロ・シミュレーション分析を行う。マイクロ・シミュレーションを行う際には、本研究の中で提言される諸方策を実行した場合に、どのようなタイプの家計にどの程度の影響が及ぶかについて、所得分布等の状況も含めて分析することを焦点とする。また、2008年以降のデータが利用可能であるため、経年変化も見ることとする。

西沢和彦氏は、現行の社会保険は、働き方の多様化に対応出来ていない、「130万円の壁」に象徴されるように、社会保険が就労を歪めている、という認識に立ち、「働き方改革」において、本来、重要なパーツのはずである社会保険改革に焦点を当てる。今回の研究では、これまであまり論じられることのなかった、社会保険料徴収を中心とした執行面に焦点を充て、具体的な政策を提言する。執行の見直しは、必要ではあっても合意に時間を要する制度そのものの見直し(例えば、年金一元化)を待たず、大きなベネフィットが期待出来る。

提言のポイントは、社会保険料の徴収においても、個人所得税の給与・報酬などと同様、源泉徴収に改めることにあり、提言のフィージビリティーを高めるため、実務的課題を抽出したうえで、実務担当者へのヒアリングなどを想定している。もう1つは効果の試算で、執行の見直しにより、現在、国民年金や国民健康保険への加入を余儀なくされている被用者が厚生年金や協会けんぽに加入できるようになる規模など、効果の試算を試みる。

小黒一正教授は、教育は、人的資本を高める有力な手段であり、このまま格差を放置すれば、将来の潜在的成長力を低下させる可能性があるとの認識に立ち、人口内生モデルの視点から、子ども手当と教育支援のどちらが望ましいかを問う。世代交代や人的資本形成のある人口内生経済において、遺伝メカニズムを考慮した場合、格差是正や経済成長に貢献する政策は何か、についての分析を行う。これら議論の関心は経済格差(所得)と人的資本にあるが、その中心にある所得は通常、(1)生まれた時点に持つ事前的な「遺伝的能力」(「努力」に対する忍耐強さも含む)、(2)事後的な「人的資本(教育、OJT)」、(3)制御不能な「運」によって定まると説明するケースが多い。仮に「遺伝的能力」が「人的資本」にも影響を与えているとすると、所得と人的資本の関係は、みかけ上の関係に過ぎない可能性がある。その場合、親子間での「能力」に関する遺伝メカニズムが、格差や経済成長を主に決定する要因となる。

具体的には、(1)現状維持、(2)所得再分配の強化、(3)子ども手当の拡充、(4)奨学金といった教育支援の強化、といった4つの政策シナリオを想定しつつ、格差や経済成長などが、(1)親子間の「遺伝的能力」相関が高いケースや、(2)親子間の「遺伝的能力」相関が低いケースで、どう変化するか、について分析する。

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