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連載コラム「税の交差点」第47回:「冷静な頭脳と熱き心」の財政学者 ―石弘光先生の思い出―

September 3, 2018

わが国の税制改革に大きな功績を残された財政学者で元一橋大学学長の石弘光先生が癌のため亡くなられた。言葉のそのままの意味で、「冷静な頭脳と熱き心」(cool heads , but warm hearts)の双方を兼ね備えておられた学者であった。

最後にお会いしたのは昨年の暮れ、大田ひろ子さんの呼びかけで、闘病生活を続けておられる石先生を励まそうという趣旨での会合だった。ステージ4という病気の進行にもかかわらず食欲も旺盛で、いつもの変わらぬ大きな声で、「最近の税制の議論がめっきり少なくなった。議論しない政府税制調査会など意味がない。」と嘆かれていたのが印象的であった。

先生とご一緒に仕事をしたのは、1993年から筆者が主税局の課長を務めた時からである。当時の税制調査会の課題は、1987年の抜本的税制改革・消費税の導入から数年経過したわが国の税制をさらに改革しようというものであった。「所得・消費・資産のバランス」というスローガンのもとで、加藤寛会長、石会長代理というぴったり息のあった両巨頭が、世の中への発信や理論の構築をされ、税制改革に向けて議論が進められた。そのおかげで、1994年の村山内閣で税制改革法が成立し、所得税減税と、それから3年遅れて1997年に消費税率が5%に引き上げられ、税制改革は一段落した。

その後2000年に政府税調の会長になられたが、石会長には我が国の所得税を根本から議論したいという熱い思いがあった。政府税調での議論を経て2005年6月に、「個人所得課税に関する論点整理」(税制調査会 基礎問題小委員会報告書)
を公表した。ところが、記者会見で給与所得控除の見直しに関して石会長の「サラリーマンに頑張ってもらいたい」という発言が、思わぬ波紋を呼んだ。

東京都議会選挙の前ということでタイミングが悪かったのだが、ご本人は「あれ(政治・マスコミ・国民の反応)には驚いた。正論が通じない世の中になった。」と近年まで語っておられた。世論の反発から給与所得控除の見直しは遅れ、2013年まで手が付けられなかった。またこの報告書は葬られ、所得税改革が大きく遅れる原因となった。

個人的に思い出深いのは、1997年の夏、総務課長をしていた私のところに来られて、「欧州では新しい税理論が出ているぞ。これを勉強しなければだめだ!」と、英語の論文を手渡されたことだ。それは、ソレンセンのDual Income Taxという論文で、さっそく若い連中に翻訳させ、みんなで読んだ。おりしも金融ビッグバンで、金融税制を見直す小委員会が開かれており、小委員長であった本間正明先生にご相談したところ、「最適課税という観点からもこの税制は優れている」というお墨付きをいただいた。そこで1998年の 「金融課税小委員会中間報告書」 で初めて世の中に「二元的所得税」なる言葉が登場したわけである。その後この税制は、今日までわが国税制の柱の一つとなっている。

石先生の指導がなければ、金融所得の一体課税は間違いなく遅れていたであろう。総合課税を金科玉条としていたこれまでの税制理論に、金融所得は分離課税でいいんだ、という論理的な裏打ちをしていただいたわけである。この面でも、石先生は、プラクティカルな現実主義者という面を持ち合わせておられた。

ご恩に感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

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