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米朝関係 停滞する非核化外交

December 27, 2018


写真提供 Getty Images
 

白鴎大学経営学部教授

高畑 昭男

米中間選挙は終わったが、トランプ大統領が最大の外交的成果の一つに掲げる北朝鮮の核問題は、非核化へ向けた打開の手がかりが得られないままに越年する見通しだ。2018年6月に行われた歴史的な米朝首脳会談以降、金正恩朝鮮労働党委員長の政権は米側が求めている①核兵器および関連諸施設等を網羅した一覧表(核リスト)の申告、②核廃棄に向けた工程表の提出ーーといった手順に一切応じようとしないばかりか、国際原子力機関(IAEA)によれば、北朝鮮による核開発作業が最近まで行われていた疑いもある。年をしめくくるにあたって、米朝首脳会談以後の現状と来年以降の見通しを探ってみたい。

あいまいな合意、停滞する協議

米朝首脳会談以後、北朝鮮は核や弾道ミサイル実験を一切控えている。一方、米国もトランプ大統領の指示で大規模な米韓合同軍事演習を停止または中止してきた。形の上では「凍結対凍結(freeze-for-freeze)」というべき相互的な自制措置が維持され、トランプ政権にとって、米本土を直撃可能な戦略核ミサイルを保有する国(北朝鮮)と対峙するという当面の危機的展開は成功裏に回避することができたといってよい。

だが、この相互の自制がいつまで続けられるのか、また自制の内容について米朝の認識や行動基準がどれだけ共有されているのかは必ずしも定かでない。例えば、北朝鮮が発射を控えるミサイルの射程距離はどこまでなのか。また、過去にミサイル発射の口実に使われたように、「衛星を軌道に乗せるための民生用ロケット」といった用途・目的の違いを今後認めるのかどうかといった問題もある。他方、米側においてもこの先、米韓の大規模演習を全て凍結するつもりなのか、凍結をいつまで続けるのか、さらには北朝鮮がどんな危険行動をとった場合に演習を再開するのかーーといった基準は明確に示されていない。どの演習をやめるかについて、米政府内でホワイトハウスと国防総省の方針が食い違いを見せたこともあったほか、演習中止が長期化した場合に米韓両軍の有事即応体制にもたらす影響を懸念する声も上がっている。

米朝合意の「本丸」といえる非核化プロセスについてはさらにあいまいであり、しかもこの分野での首脳会談後の進展は実質的にゼロといわざるを得ない。トランプ政権が描いた非核化のプロセスは、まず北朝鮮が保有する核兵器や核物質、関連施設等を網羅した一覧表(核リスト)を申告させ、このリストに沿って全てを査察・検証した上で廃棄へ向けた工程表を作成し、国際査察の下で完全廃棄を実施するというものだった。このプロセスを完了させることができれば、過去に行われた核開発の足跡が明らかにされるほか、現在保有する核兵器・ミサイルを廃棄・撤去するだけでなく、将来に核・ミサイル開発が再開される可能性も除去されることになるーーと説明されてきた。

しかしながら、そもそもトランプ大統領と金正恩委員長による首脳共同声明では、トランプ大統領が「北朝鮮に対して安全の保証を提供することを約束」し、金正恩委員長が「朝鮮半島の完全な非核化に向けた堅固で揺るぎない決意を再確認した」と記され、非核化の対象を「北朝鮮」と明記したわけでもなければ、北朝鮮が保有する核兵器や核関連施設の廃棄といった具体的言及も一切ない。また非核化の進め方をめぐる工程や期限などについても全く触れていなかった。これらを詰めるための協議について共同声明は「ポンペオ米国務長官および北朝鮮の相応の高官が率いる代表の間で米朝首脳会談の成果を履行するためできるだけ早い日程で後続の交渉を行う」と定めていた[1]

共同声明の「朝鮮半島の完全な非核化」という表現の下敷きとなったのは、約1カ月半前に南北軍事境界線上の板門店で開かれた文在寅・韓国大統領と金正恩委員長による南北首脳会談で採択された「板門店宣言」において「南(韓国)と北(北朝鮮)は完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現するという共同の目標を確認した」という文言だが、ここでも北朝鮮の核には直接触れていなかった。トランプ大統領が共同声明や記者会見などで「北朝鮮に安全の保証を提供する」、「交渉が順調に進んでいる間はウォー・ゲーム(軍事演習)を行わない」などの具体的な約束をしたのに対し、金正恩委員長は自国が保有する核兵器の削減や廃棄には言及しないまま首脳会談は終わった。

問題点の第二は、非核化を進めるために行われる米朝高官協議の北朝鮮側代表が誰になるのか、はっきりしていないことである。トランプ大統領は首脳会談直後の記者団との質疑で「プロセスはすぐに始まる」「北朝鮮に帰国し次第、彼(金正恩氏)は(非核化)プロセスを直ちに開始すると思う」と語っていた。にもかかわらず、ポンペオ長官のカウンターパートとなる北朝鮮高官の氏名は共同声明に明記されず、現段階でも果たして誰が後続交渉の責任者であるのかが不明というのが現状だ。

新聞報道によれば、11月初めにニューヨークで予定された米朝高官協議は、直前に延期されてしまったが、延期の原因はポンペオ国務長官が交渉相手となる北朝鮮側代表について、当初予定された金英哲・朝鮮労働党副委員長ではなく、李容浩外相に交代させるよう求めたことにあったという。ポンペオ長官は2018年春から数回にわたり訪朝を重ね、金正恩委員長や金英哲副委員長らと協議を重ねてきたものの、両者の話の内容に食い違いがあり、金英哲氏が金正恩委員長の意向を正確に代弁していないのではないかとの疑念が募った結果、交渉相手の交代を求めたとされる[2]。本稿執筆時点(12月12日)でもポンペオ長官の相手となる北朝鮮代表は不明のままで、高官協議の日程も決まっていない。 

長期化の兆し

非核化プロセスに必要な期間については当初、「半年~1年半でも可能」といった楽観的見通しが浮上していたが、これは核開発が本格化するはるか以前の段階で大量破壊兵器の全面廃棄に応じたリビアの事例(2003年12月)に依拠するものだ。既に核兵器を開発しただけでなく、多数の核・ミサイル実験を重ねてきた北朝鮮にはあてはまらないとする見方が多い。2010年に北朝鮮を訪問し、寧辺の核施設などを現地踏査した米国の専門家によれば、非核化の前提となる核リストの申告だけをとってみても、1)ウラニウム、プルトニウムの核物質やその製造・精製施設、2)核爆弾の設計、製造のための研究施設、実験のための施設、3)核運搬手段としてのミサイルの設計、製造、研究、実験施設ーーなど、少なくとも三つの分野においてそれぞれに数十カ所の地域、数百の施設・建物、数千人規模の従事者を特定する必要があり、膨大な作業とデータの処理と検証を伴うという[3]。非核化プロセスを完了させるには数年どころか10年単位の長い期間が必要との指摘も少なくない。 

「トランプ版戦略的忍耐」のリスクはないか

トランプ大統領は年明け早々にも2度目の米朝首脳会談を設定したいと望んでいる。その大きな狙いは、こうした協議の停滞を打開し、非核化プロセスをどうにかして立ち上げることにあるのではないかとみられる。

しかし、北朝鮮側は非核化プロセスを進める前提として「体制の安全保証」などを強く求め、その第一歩として、米国に対して「朝鮮戦争終結宣言」や経済制裁の緩和を要求している。李容浩外相は2018年9月に国連総会で行った一般討論演説で「われわれが一方的に核武装を解くことはあり得ない」と訴え、「段階的かつ行動対行動」の原則に立った見返りを繰り返し強調した。見返りなしに非核化を進めることは、北朝鮮にとって米国と対等にわたりあう武器を捨てて全面降伏することになるという論理だ。

最近では、国営通信の論評などを通じて、膠着状態に陥った米朝協議の打開には「我々が取った措置に対する相応の措置」を米側が講じることが必要と指摘し、具体的に豊渓里の核実験場を爆破したことなどに対する見返りを求めている[4]。こうした見返りを伴う「行動対行動」の原則については中国、ロシアに加えて、韓国の文在寅大統領も同調しはじめており、トランプ政権に揺さぶりをかけ続ける構えだ。

対北制裁に関して、トランプ大統領やポンペオ国務長官を含めてこれまでは「非核化が完了しない限り、制裁は続ける」との方針で一致している。日本政府もこれを支持している。一方、朝鮮戦争終結宣言については「正式な平和条約とは異なる政治的宣言であり、法的拘束力も持たない」などの理由でトランプ大統領自身が前向きな姿勢を示した経過がある。このため、2度目の米朝首脳会談が行われれば、非核化プロセスを促進する誘い水として米国側が朝鮮戦争終結宣言に応じるかどうかが一つの焦点になるのではないか。

北朝鮮が今後、どんな対応に出るかは明らかでないが、みずから膠着状態を作り出して持久戦に持ち込むのは北朝鮮外交のお家芸といえる。その際に懸念されるのは、トランプ政権が2020年大統領選で再選されたとしても、その任期には限りがあるということだ。北朝鮮が高官協議に応じようとせず、経済制裁にも耐えて持久戦に持ち込んだ場合、核問題をめぐる米朝関係の構図は、かつてオバマ政権が「北朝鮮が核廃棄を確約するまでは何も与えず、交渉にも応じない」とした「戦略的忍耐」と似たものになりかねない。

当初は早期解決の見通しを語っていたポンペオ国務長官も、高官協議再開のめどが立たなくなった11月末には「(核問題の)解決には時間がかかるだろう。我々は忍耐する用意ができている」ともらし始めた[5]。前政権の「戦略的忍耐」をあれだけ批判したトランプ政権が忍耐の伴う外交に立ち戻るようでは、笑うに笑えまい。「凍結対凍結」の相互的自制措置をいつまで維持できるかという問題も含めて、トランプ大統領は年明け以降の非核化外交の進め方について慎重に練っておく必要があるのではないか。


[1]米朝首脳共同声明。Joint Statement of President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the Democratic People’s Republic of Korea at the Singapore Summit, White House, June 12, 2018.  https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

[2] 「ポンペオ氏 北交渉役 李外相に 金英哲氏の交代要求」読売新聞朝刊、2018年11月30日付など。

[3] Siegfried S. Hecker, “Why Insisting on a North Korean Nuclear Declaration Up Front is a Big Mistake,” November 28, 2018, 38 North Org. https://www.38north.org/2018/11/shecker112818/

[4] 「北、非核化へ制裁解除主張「対米改善と圧力 並行せず」読売新聞朝刊2018年12月14日付など。北朝鮮国営朝鮮中央通信の13日付論評を報じている。

[5] ポンペオ長官によるカンザス州ラジオ局KFDIとのインタビュー。Secretary Mike Pompeo Interview With George Lawson of KFDI News, November 25, 2018. https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/11/287536.htm

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