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トランプ政権の2020会計年度予算要求
2019年3月5日、一般教書演説をするトランプ米大統領 (写真提供:共同通信イメージズ)

トランプ政権の2020会計年度予算要求

March 29, 2019

早稲田大学社会科学総合学術院教授

中林美恵子

 

今年は年初から政府機関が一部閉鎖していた影響もあり、通常より1カ月以上遅れて大統領の予算教書(2020会計年度)が連邦議会に提出された。トランプ政権にとっては、昨年2018年の中間選挙で下院の多数を民主党に奪われてから初めての、議会を舞台にした予算編成作業に入る。2017年にトランプ大統領が就任してから最初の2年間は、共和党が上下両院を制していたため大統領にとって不自由することは比較的にない期間であったが、これからは違う。過去のほとんどの大統領が経験してきたストレスフルなプロセスを、トランプ大統領も味わうことになるだろう。

既に、ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)やチャック・シューマー上院院内総務(民主党)は、大統領の予算要求には従わないと発言している。特に、メキシコとの間の壁建設費用が今回も計上されている件については、昨年から今年にかけ35日間も政府機関が一部閉鎖する原因となったこともあって民主党の徹底抗戦は必至だ。

大統領による予算教書の提出を皮切りに、良くも悪くも2020会計年度のアメリカ財政をめぐる政治プロセスが開始されたわけである。

今年の予算教書

3月11日に提出された予算教書[1]は、今年10月から来年9月までの2020会計年度予算である。歳出の総額は47,400億ドル、歳入は36,400億ドルの規模を想定している。今年度予算の特徴として幾つかのポイントが挙げられよう。

第一に、好況下での財政赤字拡大という点である。財政均衡を目指すことは明記されているものの、そのゴールは2034年つまり15年先のことであり、トランプ政権が2期続いたとしても更にずっと先の話となる。2020年度の財政赤字は11,000億ドルに上る見込みであり、財政赤字は2019年度から4年連続して、1兆ドルを超える見通しだ。

第二の特徴は、好む政策とそうでない政策に、予算の増減について極めて大きな落差をつけた点である。メキシコとの間の壁には86億ドルを要求し、今年議会が拒否した57億ドルをさらに上回った。一方で国防費は、2019年度の7,160億ドルから積み増して7,500億ドルを要求している。インフラ投資についても、向こう10年間で2,000億ドルを要望した。一方で、行政府機関にはそれぞれ5%の削減を求め、社会保障費など国防以外の予算は削減対象になっている。例えば、EPA(環境保護局)の予算は30%の削減、国務省の予算も23%の削減、対外支援についても130億ドルの削減が要求されている。このように大胆な削減策を示したため、非国防費については2011年予算管理法(Budget Control Act of 2011)によって規定された上限を超えない。非国防費への歳出カット圧力が益々大きくなるわけだが、これはある意味、非国防費の増額を求める傾向が強い民主党へのあてつけでもある。当然ながら、議会が合議を重ねる中でこれを受け入れるとは想像できない。

第三の特徴は、楽観的な経済成長見通しである。予算教書では、経済成長が平均で年3%近くに達することを見込んでおり、自ずと税収も十分に確保できることになっている。向こう15年間で財政均衡を実現し、財政赤字も2029年までにGDP比で0.6%まで縮小する上に、公的債務のGDP比は71%まで低下する理由の一つがここにある。直近の2018年の経済成長率は、確かに2.9%を誇った。これは、201712月に議会を通過した1.5兆ドル規模の大型減税の効果が加味された結果だと考えられている。しかし減税効果が薄れた後にもそのまま成長が持続できる保証はない。例えばIMF(国際通貨基金)の1月発行のレポート[2]によれば、アメリカの2019年の経済成長は 2.5%まで低下し、2020年には1.8%へと更に低下すると予測している。

これまでも大統領府の付属機関であるOMB(行政管理予算局)は、大統領の意向を反映しがちなので甘めの経済成長見通しになる場合が多かった。財政赤字に関しても、二大政党の双方に説明責任をもっているCBO(議会予算局)による1月の試算[3]では、財政赤字は10年後にGDP比で4.4%(図1)となり、公的債務のGDP比は93%に上昇するとの見通しを発表している。このように、行政府と立法府の見立てには大きな差が存在する。

 

1  年度毎の財政赤字額(%GDP)

 

  出典:“The Budget and Economic Outlook: 2019 to 2029.” CBO, January 28, 2019.

 

また民間NPO団体のCommittee for a Responsible Federal Budget(責任ある連邦予算委員会)も、トランプ大統領の予算教書を履行するとしたら10年間でアメリカの債務が105,000億ドル近くまで増加する計算[4]となり、さらに経済規模も3%の成長を遂げるのは難しいと指摘している。 

国民の財政赤字問題への関心低下

220日にピュー・リサーチセンター[5]が発表した調査(図2201919日~14日にアンケートにアンケート実施)によると、オバマ政権時代に比べトランプ政権になってからは財政規律への国民の関心が低下していると指摘されている。

 

2  財政赤字問題が大統領と議会にとって最も大事な政策課題であると考える国民の割合(%)

(年)

  出典:ピュー・リサーチセンター(2019年1月9日~14日調査)

 

この調査は財政赤字問題について訊いたものであり、「財政赤字は大統領および議会にとって最重要、どちらかといえば重要、それほど重要でない、財政均衡はすべきでない、分からない」というものから選択をする。その中で最重要と回答した人は48%にまで落ち込んできた。オバマ政権2期目の2013年から比較してみると、24%ポイントという大きな低下である。因みにそれ以前の同センターの調査では、財政赤字が最重要の政策課題だと回答した国民は、1994年に65%、1997年に60%と、高い関心が示された年もあった。2002年は同時多発テロの翌年だったため、財政赤字が最重要と考える国民が減ったのは理解できるところである。

調査を行ったピュー・リサーチセンターの指摘によれば、2002年以降に財政赤字への国民の関心が高まったのは、2009年から2012年にかけて単年度の財政赤字が1兆ドルを超えたタイミングと一致しているという(図3)。

  

3  財政赤字額(単位:10億ドル)

 (年)

  出典:OMBのデータを基にピュー・リサーチセンター作成。

 

しかしながらその後の財政赤字は、2015会計年度に4,380億ドルへと減少し、国民の関心も低くなった。ところがそれから現在にかけて財政赤字の額は倍以上になっている。そうした事実にもかかわらず、近頃は国民の関心が財政赤字に向かわなくなっていることが、ピュー・リサーチセンターの調査によって示されている[6]

また同センターによると、現在の国民の関心は、もっぱら経済成長(70%の国民が経済成長を最重要課題として挙げた)および健康保険のコスト削減(同69%)、そして教育システムの改善(同68%)となっている。また、支持政党別に見た調査でも、両党で財政赤字問題に対する関心が低くなっていることがうかがえた(図4)。

 

4  政党別:財政赤字問題が大統領と議会にとって最も大事であると考える国民の割合(%)

(年)

  出典:ピュー・リサーチセンター (2019年1月9日~14日調査)

 

こうした傾向は、2020年の大統領選挙を控える大統領予算教書にも反映された可能性がありそうだ。国民の関心の低さが、大統領の財政規律へのこだわりの低下および予算編成内容の緻密さ低下に影響したのかもしれない。

このような状況に陥った原因の一端として考えられるのは、トランプ大統領がそもそも伝統的な共和党の政治家でないことだろう。共和党は元来、保守の立場から財政規律を重んじた。しかしアウトサイダーを売り物にして大統領の座を射止めたトランプ氏には、伝統を重んじる動機は稀薄である。共和党議員も昨年の中間選挙の戦略上、発信力が絶大である大統領に引きずられてしまった者が多い。

また一方の民主党にしても、かつてはブルードッグという議員グループに象徴されるような財政規律派の存在もあったが、最近はバーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員のように大きい政府を目指す声が民主党内で大きくなっている。2020年大統領選挙に向けて名乗りを上げている民主党候補者たちも、左派が好む大きな政府と財政赤字容認の政策志向に引っ張られる傾向が強まっている。

2020会計年度の予算編成は始まったばかり

アメリカ政治の変化と共に、現時点ではどちらの政党も財政規律を訴える環境にない様子が、今年は顕著なようだ。そうした状況の中で、2020会計年度予算がどのような政治的駆け引きを展開するかは、来年の大統領選挙に向けても重要な意味合いを持つ。綱引きが綱引きのままこう着し、予算編成は前に進むことができないという予測も成り立つ。それでも今後、連邦債務上限引き上げの問題など緊張を伴う問題も残っており、予算編成プロセスはその内部で熾烈な闘いの連続となりそうである。

 

 

[1] “A Budget for a Better America – President’s Budget FY 2020.” Office of Management and Budget, March 11, 2019.

[2] “World Economic Outlook Update.” International Monetary Fund, January 2019.

[3] “The Budget and Economic Outlook: 2019 to 2029.” Congressional Budget Office, January 28, 2019.

[4] “President’s Budget Would Add More than $10 Trillion to the Debt.” Committee for a Responsible Federal Budget, March 11, 2019.  

[5] “Fewer Americans view deficit reduction as a top priority as the nation’s red ink increases.” Pew Research Center, February 20, 2019.

[6] ただし、CBO1月に示した財政赤字のGDP比で見てみると、赤字の増加は同様だが曲線は多少緩やかではある。

    • 早稲田大学社会科学総合学術院教授
    • 中林 美恵子
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