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【開催報告】第6回東京財団政策懇談会「日本的価値観の発見と発信―『日本文明論』を超えて―」

June 29, 2007

東京財団では政策研究事業として、国内外のさまざまな物事の本質について調査研究し、日本の将来を見据えた提言を行っている。その一環として平成18年度に行われた研究報告「日本の知的・文化的国際協力の総合戦略その2.―日越文化交流の課題と展望を事例として―」(2006年4月~2007年3月)の執筆者である阿曽村智子講師の研究報告を兼ねて、政策懇談会を開催した。

はじめに阿曽村講師より40分程度の報告があったのち、河東哲夫東京財団研究員(司会も兼任)および伊奈久喜日本経済新聞論説副委員長からのコメント、さらに聴衆と講師・コメンテーター間の質疑応答と言う形で進められた。

阿曽村講師の講演では、西欧近代的な価値が相対化しつつある中で日本の国際文化交流・国際文化協力がめざすべき方向について、ソフトパワー論、国家ブランド論、新渡戸稲造の『武士道』、日本人の自然観・世界観など、広範なテーマの考察を踏まえての議論が展開された。

阿曽村講師は、欧米の視点からの「日本特殊論」は修正されつつあるが、日本人自身の中にも、いまだに近代西欧の尺度を「国際的」すなわち普遍的な尺度という思い込みを持つ者が少なくないことが問題である、また、アジアにおいては、特定の国が意識的に外交戦略として日本に不利な情報をメディア、IT等を通じて積極的に発信する場合もある。これに対して日本政府は、時宜を逃さず毅然としてこれに声高に反論を表明するべきである、と主張した。

他方、より長期的な展望としては、日本に対する好感度を上げるために特別の広報・文化交流政策を展開するというよりは、まずは政府の政策や国民の人間力そのものの好感度を上げることが大切であると指摘した。それはとりも直さず、?日本人としてのバックボーンをしっかりと持つと言うことであるとし、その内容については新渡戸稲造の『武士道:日本の魂―日本思想史の解明―』の分析から以下のように説明された。

新渡戸稲造は、個人的にはキリスト教徒として深い信仰体験を持ちながら、同時に日本人としての自然崇拝、祖先信仰の気持ちを持つことに全く矛盾を感じていない。後者の感情は、日本人のこころに根源的・集団的に潜む基層文化的な死生観・自然観であって、両者は別の次元で両立しうるからである。こうした文化的多重性・多元性を可能にする世界観、そこからくる寛容性およびそれと相俟った進取の気性は、日本人に特長的な点である。

また新渡戸が「武士道」として説明している「不文の道徳律」は、実は社会的な立場や学識の別なく当時の日本人に広く共有されてきた倫理観であって、それこそが、今日に至るまで、海外における日本人への信頼感の醸成に大きく影響してきている資質でもある。

しかしながら、明治時代の人々が持ち続けた日本的価値観のバックボーンは、戦後、とりわけ1970年代以降、急速に失われつつある。そしてこのことがまさに現在のさまざまな社会問題をひき起こす要因ともなっているのである。

「日本的価値観」への気づきとその回復は、国内的な問題の処方箋となると同時に、新たな文明の方向性が模索されつつある地球社会にとっても示唆的である。何故ならそれは、人間の尊厳のみならず、自然界の命あるものすべての尊厳を認めるものの見方であり、次なる生命の調和の文明へ向けてのヒントとなり得るとも考えられるからである。

こうした日本的な価値観が、自文化中心主義的な「日本文明論」の展開としてではなく、より普遍性な価値への広がりを持って世界に発信されるとき、その意義は大きい。

21世紀に生きる私たちは、従来のように単に経済援助の枠組みで「もの」を振舞うだけでなく、世界のさまざまな国と、互いに智恵を出し合い相互に対等なパートナーシップでの国際協力を推進しながら、上記のような日本的な価値観、「ものの見方」を実際の行動をもって発信することによって、より良い世界を構築していくことに貢献することができる。

このような形での文化交流の推進には、翻って日本人自らのアイデンティテイへの気付きとその高揚をもたらす効果も期待される。

以上のような概要であった。

講演後、河東研究員からは、日本の知識人は明治以後欧米文明との知的格闘をしてきたが、自分の直感としてはそれも一段落した感じがしている、欧米における「日本特殊論」は貿易摩擦が激しかった頃には目立ったが、現在ではむしろ「クール・ジャパン」として日本現代社会のあり方、ポップ・カルチャーが高く評価されている、我々としては欧米ばかりでなく、中国から寄せられる「アジアは一つの家族」的な価値観にどう取り組むかという問題も扱わなくてはならない、マスコミはいつもネガティブなネタを探している、だから欧米マスコミにおける「日本特殊論」に正面から反論しても先方の術中にはまるようなもので、それよりも彼らに日本市場でもっと利益を上げさせるとかした方が、ネガティブな報道を減らすことに役立つだろう、との指摘があった。

伊奈論説副委員長からは、ソフトパワー論の提唱者であるジョセフ・ナイ教授が最近、話題にしているという「スマートパワー」なる概念も紹介された。「親分肌」・「知的権力」といった表現も使われ、ソフトパワーの本質が権力に関わること、しかしそれは「人々が慕ってくる、頼りにされる」といった精神的な権威に関わることであるように理解された。

阿曽村講師による「ソフトパワーとハードパワーは相互補完的、外交においてソフトパワーがハードパワーに取って代わるわけではない、しかも両者は連続的な関係にある」と言う指摘をも含めて、ソフトパワーを「文化力」として過大評価することにはむしろ否定的な立場で3者の意見が一致した。

軽快なリズムで次々と飛び交う新しい視点や概念、広範なテーマ設定のため、フォローするのがいささか大変なところもあったが、あっという間に90分間が過ぎ、多くの質問者を残して閉会にせざるを得なかった点は残念であった。

当日は、学生・院生、若手企業家から外交・安全保障、文化遺産・国際文化交流の実務家・OB、ビジネスマン、さらには日本精神や宗教に関心の高い活動家など、実に多彩でかつ世代縦断的な参加が見られた。女性の参加者が日頃の政策懇談会よりもずっと多かったのも今回の特徴で、学生から専門家まで、またNPO活動にかかわる家庭婦人もいて、同テーマへの幅広い関心が伺われた。

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