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スマート社会にむけた地方自治体の情報基盤整備
写真提供:Getty Images

スマート社会にむけた地方自治体の情報基盤整備

September 10, 2019

庄司昌彦
武蔵大学社会学部教授

 

政府は所有者不明土地について、「骨太の方針2018」で「土地の管理や利用に関し所有者が負うべき責務やその担保方策」、「相続登記の義務化等を含めて相続等を登記に反映させるための仕組み」などと並んで、「登記簿と戸籍等の連携等による所有者情報を円滑に把握する仕組み」を挙げている[1]。これは、所有者不明土地問題の背景には情報基盤の問題があることを示している。土地についての基本情報は不動産登記簿のほか、固定資産課税台帳、農地台帳など目的別にさまざまあるが、それらの項目やシステムの標準化は図られておらず、土地の所有・利用に関する情報を一カ所で把握できる仕組みはない。そのため、自治体の固定資産税実務や用地取得、空き家対策などにおいては、時として土地の所有者や相続人を探索することに多大な時間を要し、大きな負担となることがある。

こうした情報基盤の問題は、土地に限ったことではない。政府・地方自治体の情報システムは分散的に開発され個別最適化されている。一般的に情報基盤はサーバー等の物理的な基盤も、ソフトウェアも、その上で流通するデータも、さらにはそれらを活用する業務のあり方も、共有したり連携させたりすることでより効果的・効率的な運用が可能となるが、業務・システムの全体最適化はまだまだ進んでいない。そしてこの情報基盤整備の在り方が、日本の社会課題の少なからぬ要因となっているのである。

そこで、本稿では、所有者不明土地問題を考える一助として、地方自治体の情報基盤の課題と今後のあるべきイノベーションの方向性について議論する。

自治体業務の危機とスマート化

日本の高齢者人口は2040年頃にピークを迎える。1995年に8,726万人だった生産年齢人口(15歳以上65歳未満)は2040年に6,000万人を割り込む。高齢者の増加や生産年齢人口の減少は、地方自治体の予算や業務をさらに逼迫させることになるだろう。

こうした人口予測を背景として総務省が20187月にまとめた「自治体戦略2040構想研究会」第2次報告は、労働力が限られる中で、地方自治体が住民生活に不可欠な行政サービスを提供し続けるためには、職員が企画立案や直接的なサービス提供といった「人間でなければできない」業務に注力できる環境を作る必要性を指摘した。人間でなくてもできる業務は手放していくべき、ということだ。この指摘を踏まえ、総務省では「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会(スマート自治体研究会) [2]」などが、システムやAI等の技術を駆使して効果的・効率的に行政サービスを提供する「スマート自治体」の実現に向けて課題と方策を検討。筆者は現在、この研究会を引き継いだ総務省「自治体システム等標準化検討会」の座長を務めている。

国会では20195月にデジタル手続法(デジタルファースト法)が成立した。この法律は既存の行政手続オンライン化法やマイナンバー法、公的個人認証法、住民基本台帳法などを一括改正し、国の行政手続きが原則インターネットで受け付けられるようにするとともに、地方自治体には努力義務を課している。行政手続やサービスはデジタルを原則とする「デジタルファースト」、一度提出した情報は再提出が不要となる「ワンスオンリー」、引越などに伴う複数の手続きやサービスをワンストップで実現する「コネクテッド・ワンストップ」の3原則が柱だ。また201612月には議員立法で「官民データ活用推進基本法」が成立し、「官民データ活用推進計画」の策定が政府と都道府県の義務、市町村の努力義務となった。政府は「デジタル・ガバメント推進方針」「オープンデータ基本指針」などによってデータ活用が求められる分野、データの種類、形式、提供方法、業務見直しの方向性などを示している。このように、人口減少や高齢化によって迫る危機に対し、データや情報通信技術(IT)を活用して自治体経営を持続可能なものにしていこうという動きは近年急速に進んできた。

しかし、日本社会の変化は遅い。たとえば、市町村の努力義務である官民データ活用推進計画の策定が進めば、政府が2020年に「提供自治体100%達成」を目指しているオープンデータの提供はとっくに進んでいるはずだ。しかし、福井県や静岡県が県内市町村のオープンデータ取組率100%を達成する一方で、「0%」の高知県を筆頭に、10%未満にとどまっている県が16も存在している[3]。このように変革が遅れ、自由に使えるデータの提供という、住民や企業の自助努力の支援もできない地域があるのが現状だ。オープンデータを提供していない自治体がスマート自治体になることはないだろう。つまり、スマート化の第一歩の時点で既に大きな差がつき始めている。

さらに、市町村が真に「スマート自治体」となって財政や業務の逼迫を乗り越え持続していくためには、自治会・町内会やPTA組織など、地域運営に必要なさまざまな団体を巻き込んだ地域全体のデジタル化を進める必要もあるだろう。また、こうした諸団体のIT利用が進まないのは、連携している行政の側が「アナログファースト」であるから、という面もある。市役所・町村役場の業務のスマート化は、地域社会の将来の存続にも関わると表現しても過言ではない。

時間がない中で仕事のやり方を変えられるか

自治体業務のイノベーションの目標は、財政や業務の逼迫を乗り越え地方自治体の経営が持続していくことであり、それによって住民のウェルビーイング(精神的・身体的・社会的に良好であること)が実現することだろう。ではその目標の達成にはどれほどの時間がかかるだろうか。ITは急速に発展するが、情報システムを活用した自治体業務の改革には、非常に時間がかかる。情報システムの構築や更新には数年単位の時間がかかるし、システム間の連携を進めるための標準化や共同化にも時間がかかる。さらに、業務の見直しやそれにともなう条例の改正などにも時間がかかる。これらを部分的に行うのではなく、地方自治体の業務全般で進めるとなると、10年は簡単に過ぎてしまう。「ペーパーレス」というテーマひとつとってみても、10年で全ての業務の原則ペーパーレス化を実現できる自治体はほとんどないのではないか。業務のイノベーションになかなか取り掛からない自治体では、20年後の2040年になっても、住民に手書きで名前や住所を何枚も書かせ、何度も印鑑を押させ、郵送やFAXで文書をやりとりする非効率を続けているかもしれない。文書のデジタル化も進まず場所にとらわれた業務を続け、データ分析による付加価値も提供できていないだろう。そして職員が業務負荷で疲弊しているかもしれない。これこそまさに、避けるべき2040年の自治体の姿だ。

つまり、時間的な余裕はあまりないのだ。高齢者人口のピークである2040年に向けて少しでも悪いシナリオを避けるためには、自治体業務のイノベーションに今から着手していかなければならない。

自治体業務のイノベーションは、最新の技術だけでは進まず、業務プロセスの改革を進めていく必要がある。各地で導入が進んでいるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション、業務の自動化)も、重要なのはテクノロジーの新しさではなく、導入を通じてデジタル化の効果を理解し、業務のデジタル化に向けた課題を見つけ、組織や仕事のやり方を変えていくことだ。部分最適で終わらせず、得られた知見を組織内に共有し、帳票の形式や語彙の標準化、システムの連携、デザイン思考による「ワンスオンリー」化などの全体最適化につなげることが求められる。

総務省の調査[4]では自治体におけるAI導入ではチャットボットの活用と音声認識による会議録作成の事例が多いことがわかっている。音声認識による会議録作成がほとんど人手を必要としなくなれば、担当職員の負荷や時間・コストの削減に大きく貢献するという個別的な改善だけではなく、会議参加者や傍聴者への情報提供なども迅速に行えるようになる。さらに、議事録作成のスピードアップを踏まえ、会議の進め方や位置づけ、情報管理、情報公開のあり方まで見直すと、従来の業務とは不連続な「イノベーション」と呼ぶにふさわしい改革となるだろう。

自治体業務のイノベーションの効果は自治体内にとどまらない。紙ベースで時間がかかる行政とのやりとりが企業のデジタル化の妨げとなっている。無駄な押印や対面での手続を減らし、対面手続でも手書きではなくデータ入力の機会を増やす、打合せも簡単なものはオンラインにする、など「官民のつなぎ目」のデジタル化は、地域社会の生産性向上や新たなビジネスや市民活動の促進にもつながるだろう。このように、大きな視野で地域全体のデータ流通や業務プロセスの改革を進めることが求められる。 

スマートな自治体に向けて

前述の官民データ活用推進基本法が目指しているのは、価値あるサービスを作るために必要な官民データを企業が適切な場所から使いやすい形式や低コストで調達し、自社データと掛け合わせて有効活用できるようなデータ「活用」力の強化である。グローバルな巨大ネット企業によるデータの寡占化が問題化されているが、そうした企業がまだ保有していないデータは多種多様にある。たとえばこれまで遅れていた医療や教育、福祉などの分野でもデジタル化や標準化が進み、地域社会の隅々にまでIoT環境が整備されていくようになっていくと、法律が目指すところに近づいていくことが可能となるだろう。

こうした官民データ活用を進めるうえで基盤となるのが、オープンデータ政策である。「誰もが、いかなる目的でも、自由に使用・編集・共有できるデータ」と定義されるオープンデータを行政機関が積極的に提供しその民間利用を進める取組みは、東日本大震災(2011年)の教訓を踏まえた「電子行政オープンデータ戦略」(2012年)から始まり着実に進展してきた。全ての府省のオープンデータを入手できるデータカタログサイト「DATA.GO.JP」には、24,000件以上が登録されているほか、政府CIOのウェブサイトでは活用事例集「オープンデータ100」やオープンデータに取組んでいる地方自治体の一覧表なども提供されている。また、すべての府省のウェブサイトが準拠している「政府標準利用規約(2.0版)」という利用規約では、掲載情報は原則としてすべて出典を適切に表記すれば自由に改変したり営利利用したりすることができるウィキペディアと同等のオープンデータとしている。

地域には、目には見えないが「データ」として把握できるものが多く存在する。そのデータとは、温度、湿度、大気成分、音などの環境データをはじめ、そこにいる人々の経済社会活動に関するデータ、交通機関やビルなどモノの稼働状況に関するデータ、それらの履歴や歴史に関するデータなどである。所有者不明土地問題も、どこからどこまでの土地が誰のものであるかというデータの作成・管理の問題であると捉えることもできるだろう。こうしたさまざまな分野や種類のデータを整備してオープン化したり、取引したりする環境を作り、活用のための基盤を整備していくことで、企業などはその上にさまざまなサービスを構築し、データを社会資源として活用できるようになる。そしてデータを元にさまざまな社会現象を予測したり、課題を発見したり、効率的な資源活用を可能にするのが、データ分析技術や機械学習等のAIの技術である。

スマート社会というと、雲を突き抜けるような高層ビルが立ち並び、ロボットが歩き回り、自動運転車が走ったりするようなハード面が整備された社会が描かれることが少なくないが、多種多様なデータを整備し、それらを活用して地域を運営し、社会課題を解決していくことこそがスマート社会であるといえよう。

 

[1] 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針20186263

[2] 研究会ウェブサイトは以下。http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/process_ai_robo/

[3] 内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室「地方のオープンデータの取組状況について」2019315日(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/data_ryutsuseibi/opendata_wg_dai7/odwg_siryou2-1.pdf

[4] 総務省自治行政局行政経営支援室「地方自治体におけるAIRPAの実証実験・導入状況等調査」2019年5月(http://www.soumu.go.jp/main_content/000624150.pdf

 

庄司昌彦(しょうじ まさひこ)
1976年生まれ。2002年中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了、修士(総合政策)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員・准教授などを経て、2019年より武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー、総務省情報通信白書アドバイザリーボードメンバー、一般社団法人オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン代表理事なども務める。

 

  

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