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苦悩する法務省――所有者不明土地・メガ共有地と民法・不動産登記法改正のゆくえ
写真提供:Getty Images

苦悩する法務省――所有者不明土地・メガ共有地と民法・不動産登記法改正のゆくえ

September 17, 2019

神庭豊久・荒井達也
弁護士

1.はじめに――民法・不動産登記法の改正議論動向を考察する

(1) 法務省における現在の議論状況と国民の関心度

現在、法務省では、法制審議会(法相の諮問機関)に設置された民法・不動産登記法部会において、所有者不明土地問題の解決に向けた法改正の議論が急ピッチで進められている。同部会の議事録等は法務省のホームページで公開されており、それらを見ると一筋縄ではいかない重要かつ難しいテーマが多岐にわたって議論され、法務省が苦悩する様子が窺われる[1]。もっとも、相続登記の義務化等の一部の論点を除き、国民的な関心が高いとはいいがたく、マスメディアによる報道等もあまりなされていないように見受けられる。 

(2) 相続登記の義務化だけで問題は解決するのか

確かに、相続登記の義務化は重要な論点であるが、義務化が実現した場合でも、それだけで問題の全てが解決するわけではない。特に、所有者不明土地の中でも解決が困難だとされている、相続登記の未了等により既に共有者が多数となった土地(法務省では「メガ共有地」等と呼ばれているようである。本稿でも以下この用語を用いる)について、相続登記の義務化だけでは十分な解決策にならない可能性もある。

例えば、最近でも、大正時代に共有者202名で登記された京都府の土地建物につき相続登記等が行われず、相続人が不明になっている問題が報じられている(本年712日付「京都新聞」朝刊27面)。子孫の一部によると、相続人が千人単位に上ることが予想されることから、処分するにも「全員から同意を得るのは不可能」と途方に暮れているとのことである。ここでは相続登記が未了という問題だけではなく、多数存在する共有者間での合意形成が困難になっているという問題もあるように思われる。 

(3) 本稿の趣旨

本稿では、以上の問題意識を前提に、2章で法務省において現在どのような法改正が議論され、また論点がどこにあるのかを紹介し、3章で所有者不明土地問題の中でも特に解決が困難なメガ共有地問題に法務省が効果的な解決策を提示できるかを、弁護士実務の視点も加味しながら考察したい。 

2.法改正の議論動向の概要

(1) 法務省が検討している法改正の全体像

法改正の方向性は、大きく、(A)所有者不明土地の発生予防策と(B)発生した所有者不明土地の円滑かつ適正な利用・管理の方策に分かれる。 

(A)発生予防策

空き家問題が「管理の放置」による問題であるとすれば、所有者不明土地問題は「権利の放置」による問題であるという指摘がある[2]

ここで、「権利の放置」の問題を、法的な観点から整理すれば、(A-1)「権利名義」(登記)の放置の問題(相続等があっても名義変更等がなされない問題)と(A-2)「権利自体」の放置の問題(管理放棄地の所有権が適切な受け皿に承継されずに放置される問題、遺産分割が長期間なされずに放置される問題等)に分類できる。

法務省は、(A-1)「権利名義」(登記)の放置予防策として、①相続登記の義務化等や②登記と戸籍のシステム連携等を、(A-2)「権利自体」の放置予防策として、③所有権放棄制度の創設や④遺産分割の期間制限等を検討している(表を参照)。 

(B)円滑かつ適正な利用・管理の方策

所有者不明土地は、所有者等による法的な意思決定(管理方法の決定、第三者による利用への承諾等)が円滑になされない状態であることが少なくない。そこで、このような状態のままでも関係者(共有者、隣地所有者、その他の関係者等)が円滑かつ適正に土地を利用・管理できるように、⑤共有制度、⑥相隣(そうりん)関係規定、⑦財産管理制度の見直しが検討されている。 

表 法務省が検討している法改正の全体像

問題解決の方向性

検討中の改正項目

(A)発生予防策

(A-1)「権利名義」(登記)の放置予防策

①相続登記の義務化等

②登記と戸籍のシステム連携等

(A-2)「権利自体」の放置予防策

③所有権放棄制度の創設

④遺産分割の期間制限等

(B)円滑・適正な利用・管理の方策

(B-1)「共有者」による利用・管理の方策

⑤共有制度の見直し

(B-2)「隣地所有者」による利用・管理の方策

⑥相隣関係規定の見直し

(B-3)「その他の関係者」による利用・管理の方策

⑦財産管理制度の見直し

(2) 検討中の改正項目の概要

以下では、各改正項目の概要と主な論点を紹介する。 

(A) 所有者不明土地の発生予防策

①相続登記等の義務化――アメとムチで実効性を確保できるか

相続登記が速やかに行われるように、相続登記の義務化等が検討されている。問題は実効性をどう確保するかである。刑事罰等の重い制裁は国民に受け入れられない反面、制裁が軽すぎると実効性を欠く可能性がある。また、相続登記の負担軽減策として登録免許税の減免等が検討されているが、登録免許税以外にも戸籍の取得費用等が必要になることから、結局、相続登記をしない方が得ということになれば、実効性が確保できない可能性もある。 

②登記と戸籍のシステム連携――技術的課題・プライバシー保護等の問題

登記所が最新の戸籍情報(登記名義人の生存状況等)を不動産登記に反映できるように登記と戸籍のシステム連携が検討されている。連携が進めば、死亡届け一つで相続登記ができる仕組みも理論的には考えられ、大きな効果が期待できる可能性もあるが、連携には外字等の技術的な課題[3]やプライバシーの保護等の問題がある。 

③所有権放棄制度――モラルハザードをどう防ぐか

所有者が不明化する前に、管理能力のある組織に土地の所有権が引き継がれれば、所有者不明土地の発生予防策になる。そこで、所有権放棄制度の創設が検討されている。

放棄の要件として、放棄希望者が一定の管理費用を負担すること等が検討されているが、要件が厳しいと効果的な発生予防策とならず、逆に緩やかすぎると課税逃れのための放棄等、いわゆるモラルハザードを招くおそれもある。また、放棄された土地の受け皿(国、地方自治体、ランドバンク等)も重要な論点である。 

④遺産分割の期間制限――公平な遺産分割が妨げられないか

相続登記が行われない原因の一つに遺産分割が速やかに行われないことが挙げられている。そこで、遺産分割を行える期間を制限することが検討されている。

3年、5年、10年の期限が検討されているが、長すぎると実効性を欠く反面、短すぎると公平な遺産分割が阻害される可能性が考えられる。例えば、生前に介護等で被相続人(亡くなった方)の生活に寄与した相続人は、その寄与度に応じて遺産を多く受け取ることができるが(寄与分制度)、遺産分割の期間経過後はその制度が利用できなくなる可能性がある。 

(B) 所有者不明土地の円滑・適正な利用・管理の方策

⑤共有制度の見直し

この点についてはメガ共有地問題との関係で3章において検討する。 

⑥相隣関係規定の見直し――利便性の向上は負担増加の裏返し

相隣とは、互いに隣り合うという意味である。民法は、隣り合う土地の所有者同士が互いにどのような権利義務を負うかについて、一定のルール等を定めている(例えば、境界線を越えた木の根は自由に切除できる等)。

法務省は、所有者不明土地の隣接地の利便性を高めることを念頭に、隣接する他人の土地にガス管・電線等のライフラインを設置できる制度等を検討している。もっとも、これらの利便性向上策を設けるということは、自らも隣接地所有者等から同様の請求を受ける可能性を生じさせるということになることから、過度な負担とならないようにバランスの取れた制度設計が求められる。なお、この制度は、所有者不明土地以外の土地でも利用が可能な建付けで検討されているようである。 

⑦財産管理制度の見直し――手続の合理化と権利者保護のバランス

現行法上、行方不明者の財産や相続人がいない財産等を裁判所が選任した管理人が管理する財産管理という制度がある。2011年の東日本大震災以降、この制度の使い勝手の悪さが広く認識されるようになった(100万円近い費用がかかる場合がある点等)。そこで、法務省は、財産管理手続の合理化等を検討しているが、現行制度の使い勝手の悪さは行方不明者等の権利を慎重に取扱うという制度理念が反映された結果でもあり、権利者保護とのバランスに配慮する必要がある。 

3.法務省は「メガ共有地問題」に効果的な解決策を提案できるか

所有者不明土地は、法的に見ると、複数の相続人による「共有」(共同所有)の土地であることが少なくない。その中でも、メガ共有地は、共有者間の合意形成が難しく、土地の適正な管理・処分に大きな支障が生じており、現行法制度でも対応が難しい側面がある[4]

以下では、法務省が「共有制度の見直し」の中で検討し、実務サイドからのニーズも強いと思われる、(1)共有関係の解消のための制度と(2)共有物の管理者制度を例に、これらがメガ共有地問題の効果的な解決策になるか、また論点はどこにあるかを検討したい。 

(1) 共有関係の解消のための制度――円滑かつ適正に共有関係を解消する制度の必要性

法務省は、共有関係を解消する制度として、一部の共有者が所在不明の共有者等の共有持分を取得することができる制度を検討している。

もっとも、実務的には、戸籍等の調査ができれば、共有者の所在等がわかる場合も少なくないため、取得対象となる共有持分もごく一部に限られ、特にメガ共有地については問題の抜本的な解決にはならない可能性がある。

他方で、現行法上、共有関係を抜本的に解消する制度として共有物分割請求訴訟という裁判手続が存在する。実例として、共有者が約1,200名存在するメガ共有地の共有解消にこの手続を用いようという試みもある[5]。もっとも、共有物分割請求訴訟は、訴訟中に共有者が1人でも死亡すれば手続がそこで中断する等、使い勝手がよいわけではないという側面がある。この点を踏まえ、法制審議会でも、部会幹事の弁護士から通常の裁判手続より簡易化された特別の裁判手続(非訟手続という)について検討を求める意見が出ており、法務省も問題意識を持っているようだが、現状、具体的な方策は打ち出せてはいないように見受けられる。

弁護士実務の視点から見ると、冒頭の京都府の件のように、所在がわかる者を含めて、共有関係を抜本的に解消したいというニーズは少なからずあるように思われる。今後は、上記の特別の裁判手続をはじめ共有者の権利保障に配慮しつつ、円滑かつ適正に共有関係を解消する方策について議論が深まることを期待したい[6]。 

(2) 共有物の管理者制度――私的自治原則との抵触をどう解決するか

法務省は、共有物に裁判所が選任した管理人を置くという制度を検討している。仮に、メガ共有地に管理人が選任され、それ以降、隣接地所有者等の関係者としては、その管理人と交渉等を行えばよいということになれば、メガ共有地問題の解決に大きな前進となる可能性がある。

実際、法制審議会でも、実務家からの賛成意見が多く見受けられる。しかし、その一方で、複数の民法学者からは強い懸念が示されている。

確かに、この制度は、「土地を取得したい」「適正な管理を求めたい」と考える第三者から見れば使い勝手のよい制度かもしれない。しかし、これを内部の共有者から見ると、ある日、裁判所から選任された管理人が現れ、「これからの土地の管理・処分は私が行います。」といわれることになる。言い換えれば、この制度は、民法の私的自治原則(「自分の財産のことは自分で決める」という民法の大原則)と抵触するという意味で慎重な検討が必要な制度であるといえる。

弁護士実務の視点から見ると、メガ共有地問題は、所有者不明土地問題の中でも特に解決が困難な問題の一つである。その一方で、メガ共有地問題の効果的な解決策が現時点で他に考えにくい状況にあると思われることから、この制度は、制度創設の方向で引き続き検討するべきであると考える。そのうえで、今後は、反対意見も踏まえながら、管理人の選任を認めてよい場面、言い換えれば、私的自治が制限されてもやむをえない例外的な場面を精査することを前提に、制度創設の方向で議論が深まることを期待したい[7]。 

4.おわりに

今回の法改正は、以上のとおり、難しい論点を多数含む法改正である。しかも、先立って行われた民法改正(いわゆる債権法改正)に10年近い歳月を要したことを考えると、今回の検討期間(約2年弱)は非常に限られたものである。そのような中で法務省が今後「所有者不明土地問題」「メガ共有地問題」に効果的な解決策を提示できるかについて、引き続き議論動向を注視したいと考える。 

 

 


[1] 法務省法制審議会民法・不動産登記法部会 部会資料および議事録(順次更新中。http://www.moj.go.jp/shingi1/housei02_00302.html)。なお、本稿では、できるだけ平易に説明するため、これら資料の内容を適宜簡略化等して述べている。より正確な内容については上記資料等を参照されたい。 

[2] 吉原祥子『人口減少時代の土地問題』(中央公論新社、2017年)。 

[3] 日本人の氏名には外字といわれる特殊な文字が102万文字ほど使われており、しかも市町村ごとに外字のプログラムコードが異なるため、全国の戸籍と登記を連携させることが技術的に難しいといわれている(法務省法制審議会戸籍法部会 第1回会議参考資料4[http://www.moj.go.jp/content/001238561.pdf]を参照)。 

[4] この点については、メガ共有地問題の概要や共有関係を解消するための現行の法制度とその問題点を解説する神庭豊久・荒井達也「民間による所有者不明土地の利用拡大に向けて――弁護士実務の現場から」本シリーズ20181210日付論考(https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2962)を参照。

[5] 共有者が約1,200名存在するメガ共有地を信託および共有物分割請求訴訟を使って共有者が設立した法人へ集約する取り組みについては、神庭豊久・荒井達也「所有者不明土地問題への民事信託の活用可能性」『金融法務事情』第2098号(20189月)で紹介している。 

[6] なお、円滑かつ適正に共有関係を解消する制度に関しては、破産法の手続を参考に特別の裁判手続を創設する方向も考えられるのではないだろうか。すなわち、破産法には、破産者の残余財産を多数の債権者に円滑かつ適正に分配するための手続制度がある。具体的には、手続の初期段階で債権者に簡易の届出を行わせ、届出の内容に異論が出なければ、そこで権利関係を確定し、配当に移る一方で、異論が出れば、その範囲でより厳格な裁判手続に移行するという制度がある。共有関係の解消においても、持分を他の共有者に取得させることに同意している共有者には簡易の届出等で早期に手続を終結させ、他方で異論がある共有者については、別途、その者達だけで厳格な裁判手続を行うというメリハリのある制度を創設することも考えられる。 

[7] なお、共有物の管理者制度と私的自治原則のバランスに関しては、信託法の信託監督人の議論も参考になる。わが国には、信託という私人による財産管理の仕組みがあり、その中で裁判所が選任した信託監督人という第三者機関が財産管理の適正化を図るために信託に介入するという制度がある。ここでも私的自治原則との関係で裁判所による信託監督人の選任要件が論点になっている。この点について、信託法の立法担当者によると、裁判所による信託監督人の選任は、信託の当事者が信託開始時には想定できなかった特別の事情が発生した場合に限られるとし、そのうえで、単に当事者が多いだけでは特別の事情は認められないとしている(寺本昌広『逐条解説 新しい信託法〔補訂版〕』(商事法務、2008年)317頁を参照)。以上を踏まえ、共有物の管理者制度を考えると、確かに、山村地域に行けば、現在でも百名規模の共有者がいる山林等があり、その中には共有者の自治により適切に管理がなされているものもあるように見受けられる。このような場合にまで裁判所が介入することは相当ではないように思われる。他方で、京都府の件のように家督相続という長子単独相続が前提の時代に形成された共有関係につき、戦後の共同相続制度により権利が分散し、共有者の自治が機能せず、管理不全に陥っている場合には、当初想定されていた私的自治が機能しない特別の事情があるとして裁判所による介入を認めてよいのではないかと考える。

 

神庭豊久(かみにわ とよひさ)
稲葉総合法律事務所パートナー弁護士。外資系法律事務所勤務および米国ロースクール留学を経て2016年同事務所参画。第二東京弁護士会の国際委員会副委員長およびLAWASIA(アジア太平洋法律家協会)Young Lawyers CommitteeCo-chairを務める。知的財産権、訴訟、再生可能エネルギーなど国内外企業を代理した国際案件を幅広く取り扱う。

荒井達也(あらい たつや)
稲葉総合法律事務所アソシエイト弁護士。日本弁護士連合会所有者不明土地問題等に関するワーキンググループ幹事。第一東京弁護士会環境保全対策委員会委員。不動産取引、訴訟、信託、金融法務、再生可能エネルギー法務その他の企業法務全般を幅広く取り扱う。

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