新型コロナ危機の教訓 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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新型コロナ危機の教訓
写真提供:GettyImages

新型コロナ危機は人類がこれまで経験した感染症の危機をはるかに超える、第3次世界大戦とまで表現されている。ただ実際の世界大戦と違って、人類はウイルスという目にみえない敵との闘いに挑んでいる。一部の歴史学者によると、人類の歴史はウイルスとの闘いの歴史だったといわれている。この結論の論拠は定かではないが、人口の増加、交通インフラの整備と科学技術の進化によって、人類の生活空間は地球だけでなく、宇宙にまで延伸していこうとしている。科学者によると、人類が認識しているウイルスの数はごくわずかしかなく、大半のウイルスは人類にとり未知のものであるといわれている。新型コロナウイルスの起源は野生動物であるとの説がある。この説が正しければ、人類がウイルスに感染したのは野生動物を犯したからといえる。中国をはじめ一部の国では、いまだに野生動物を食用する習慣がある。差し当たってなんでも食べる習慣を改めないといけないと思われる。

今回の新型コロナウイルスの起源はまだ明らかになっていない。しかし、最初に感染症例が報告されたのは中国の武漢市だった。そこから1か月半以上経って、中国全土、さらに全世界に感染が広がってしまった。なぜ新型コロナウイルスの感染を武漢市に封じ込めることができなかったのだろうか。中国外交部(外務省)スポークスマンは「中国(の科学者)はその特性を十分に認識できなかったから」と弁解している。新型コロナウイルスに関する認識不足という発言は間違っていないが、2003SARS(重症急性呼吸器症候群)の禍を経験した中国はもっと迅速に対応できたはずだった。油断はリスク管理において禁物である。

2003年のSARS時の中国のGDPは世界経済の4%程度だったのに対して、2019年の中国のGDPは同18%にまで拡大した。2003年のとき、海外旅行に出かけていた中国人はわずかだった。しかもほとんど香港とマカオへの旅行だった。中国政府の発表によると、2019年に海外旅行(含む香港とマカオ)に出発した中国人の人数は3億人にのぼるといわれている。そのうち、約1千万人は日本に旅行に来たといわれている。

ウイルスは勝手に移動することはなく、人によって運ばれることで感染が広がる。アメリカ人ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏が著した『フラット化する世界』でいわれたように、グローバル化する世界はますます一体化してフラット化していく。かつてに比べれば、確かにグローバル社会はフラット化している。その結果、ウイルスも世界的に感染しやすくなった。問題は人類がそれに対処する制度的かつ組織的準備ができていないことにある。また人々の生活様式も抗ウイルスのものになっていない。

本来ならば、グローバル社会においてウイルスの感染拡大を防ぐ防波堤の役割を果たすのは世界保健機関(WHO)である。しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大したあと、武漢市が都市閉鎖されたのが2020123日であったにもかかわらず、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEICPublic Health Emergency of International Concern)」を宣言したのは同131日だった。しかもWHOは、中国からの外国人旅客の入国を禁止するアメリカの措置が発表されたことについて、過剰反応であり、やるべきではないと否定的な見解を示した。その後、新型コロナウイルスの感染は韓国、イタリア、フランス、スペイン、ドイツ、アメリカへと広がっていった。WHOが爆発的な感染拡大(パンデミック)を宣言したのは同312日だった。なぜWHOの対応が後手後手に回っているのかは定かではないが、ウイルス感染を防ぐ防波堤の役割を果たせなかったのは明白である。

ここで、問題の本質は、グローバル化した国際社会の共通利益を守る国際組織が十分に機能していないことである。そのうえ、感染が拡大した多くの国では、医療用マスクやガウンや人工呼吸器などの医療用物資と設備が極端に不足し、医療崩壊がもたらされた。本来ならば、こういった緊急時の医療用物資などを効率よく配分し、関連の情報を提供するのはWHOの仕事ではなかろうか。

むろん、新型コロナウイルス感染による肺炎のような感染症に対処するには、WHOの働きだけでは不十分であり、国際社会の連携が不可欠である。今回の新型コロナ危機ときわめてよく似たような状況が、1997年に起きたアジア通貨危機でも生じている。アジア通貨危機はタイバーツの暴落を発端に、アジア全体に危機がコンテ―ジョン(伝播)してしまった。その後、東アジア諸国が連携し、日本が提案した通貨スワップ協定が結ばれ、それによって局所的な外貨不足に起因する通貨危機が起きにくくなった。新型コロナウイルスの感染を完全に封じ込めるには、ワクチンと特効薬の開発が待たれることになる。それに向けて、グローバル社会のいっそうの連携が求められている。

ここで、各国における新型コロナウイルス感染者の治療体制に焦点を当ててみることにしよう。感染が拡大したほぼすべての国が、医療崩壊、あるいはそれに近い状況に陥ってしまった。これまでの数十年間、世界主要国は経済成長の促進を急ぐあまり、医療施設の増設を怠ってきた。とくに、イタリアのような財政難の国では、公営医療施設の一部が削減されてしまった。そのうえ、世界主要国では、高齢化が急速に進んでいる。新型コロナウイルスのような感染症にもっとも弱いのは高齢者のグループである。医療施設が不足し、病床も足りない。このような状況が医療崩壊をもたらし、院内感染の急増と死者数の増加につながった。

中国についていえば、これまでの40年間、鉄道や道路などの交通インフラを急ピッチで整備してきたが、医療体制の合理化改革と医療施設の整備が大幅に遅れている。とくに、中国には小規模なクリニックと診療所が極端に不足しているため、人々は風邪などの軽い病気でも大病院に集まってしまう。

東南アジアの国々では、所得格差の拡大を背景に、金持ち専用の高級病院は比較的整備されているが、人口的に多い低所得層に医療サービスを提供するクリニックと診療所が不足している。新型コロナウイルスのような感染症が爆発的に広がった場合、低所得層が置き去りにされてしまいがちである。

人類が新型コロナウイルスのような世界全体が見舞われる感染症に直面するのははじめてかもしれない。その対応をみると、各国はバラバラにやっているようにみえる。しかし、個別の国で新型コロナウイルスの感染を抑えたとしても、危機が終わるわけではない。多くの科学者は、新型コロナウイルスとの闘いは持久戦の準備が必要だと警鐘を鳴らしている。きわめて正しい見解といえる。

新型コロナウイルスの感染を抑えるために、各国政府は四苦八苦して、自国の実情にあわせて対策を取っているが、政治指導者の多くに、新型コロナウイルスの感染を抑制することと経済活動を維持することを天秤にかける傾向がみられる。二兎を追う者は一兎をも得ずと俗にいわれるが、ウイルスは人によって運ばれることで感染が広がるため、人の流れを断ち切らないとウイルスの感染を抑制することができない。それに対して、経済活動は人の流れによって維持されるものである。ここで、重要なのは、ウイルスの感染抑制を優先にすることである。すなわち、経済活動を短期的に犠牲にしていても、ウイルスの感染抑制を優先にしなければならない。ここで、ウイルス対策に躊躇した場合、ウイルスとの闘いはもっと長期化してしまうことになる。この点はグローバル社会が肝に銘じておくべきことであろう。

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