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コロナ・ショック下の金融と経済(第8回) 世界に拡がる「日本化」の罠
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コロナ・ショック下の金融と経済(第8回) 世界に拡がる「日本化」の罠

November 4, 2020

世界に拡がる「日本化」
「日本化」をもたらした要因
コロナ禍で深まる「日本化」の罠

世界に拡がる「日本化」

ここ2~3年、内外の金融市場関係者からジャパニフィケーション(日本化、Japanification)という言葉を聞くことが多くなった。恐らく低成長、低インフレ、低金利の常態化といった意味なのだろう。一方、バブル崩壊後の「失われた10年」に日本が悩んでいた時期、同じく「日本化」という意味でよく耳にしたのはジャパナイゼーション(Japanization)という表現だった。両者の違いは明確ではないが、ジャパニフィケーションには①単なる景気の長期低迷だけでなく、低インフレと低金利の常態化が強く意識されていることと、②かつては日本特有の問題と考えられていたことが世界全体に拡がりつつあるとの危機感が加わっているように感じられる。

今世紀に入って20年間の日本経済を振り返ってみると、景気循環という意味では「いざなみ景気」と「アベノミクス景気」の2度にわたって長期の景気回復を経験した[1]。しかし、アベノミクス期の実質成長率はコロナ前の昨年10~12月期まででも、平均は僅か+0.9%と著しい低成長が続いた。また、コア消費者物価指数(CPI)上昇率もアベノミクス期の平均は消費増税の影響を除くと+0.4%程度であり、「デフレではなくなった」とは言え、1998年~2012年のデフレ期の平均-0.3%から顕著に改善した訳ではない。さらに政策金利については、1995年以降0.5%以下というゼロ金利状態が25年以上続いている。つまり、この間一貫して景気が悪かったのではなく、景気が良くても成長率は高まらず物価も上がらなかったのであり、これがまさにジャパニフィケーション=「日本化」の実態である。

そして、世界金融危機(Global Financial Crisis、日本で言うリーマン・ショック)以降、この「日本化」が先進世界全体を覆いつつある。まず、この時期にはっきりと日本の仲間入りをしたのはユーロ圏だ。2010~2012年に欧州債務危機に伴う二番底を経験したこともあり、計算の仕方にもよるが金融危機以降のユーロ圏の実質成長率、CPI上昇率はともに平均で+1%強だった。欧州中央銀行(ECB)は2%をやや下回る程度のインフレ率を目標としているため、2年ほど前に一時期、超金融緩和からの出口を模索する姿勢をみせたこともあったが、結局10年以上にわたってゼロ金利(正確にはマイナス金利)を脱することができなかった。コロナ禍が深刻化する現在、市場が予想するのは金融緩和からの出口ではなく、さらなる追加的金融緩和の可能性である。

一方、米国経済が「日本化」したか否かは微妙である。金融危機以降の米国の実質成長率は+2%前後と日本や欧州よりはマシだったが、市場やエコノミストたちの期待を大きく下回った。またインフレ率も、連邦準備制度理事会(FRB)が重視するコア個人消費支出(PCE)デフレーターでみると+1.5%前後で上下を繰り返す動きであり、2%の目標を下回り続けた。それでもFRBは、失業率の大幅な低下などを背景に、2015年末から2018年末に掛けて計9回の利上げを行ない、政策金利を2%台半ばまで引上げたが、昨年からは再び利下げを迫られる結果となった。結局、十分な利下げ幅を作り出すことができないまま、現在のコロナ禍を迎えたのは周知の通りである。

「日本化」をもたらした要因 

それでは、こうした「日本化」をもたらした原因は何だったのか。わが国では経済問題を議論する際、しばしば海外、とくに米国の経済学者の主張が出発点とされるが、この問題はまさに日本発の問題なのだから、まずは日本の経験と日本国内の議論から出発すべきだ。

そう考えると、最初に注目されたのは30年前のバブル崩壊、とくに不動産バブルの崩壊とそれに伴う金融機関の不良債権問題だった。これらは需要、供給の両面から経済に大きな影響を与える。まず需要面では、バブル崩壊に伴う逆資産効果に加え、金融機関の貸し渋りが設備投資や住宅投資にマイナスに働く。供給面では、バブルは資産価格が資源配分に関して誤ったシグナルを発していたことを意味するから、これに伴って誤った投資などが行なわれ、バブル崩壊とともに資本ストックの経済的価値が失われたと考えられる。バブル期に行なわれたリゾート開発などを思い出せば分かり易いだろう。また、自己資本比率の低下を恐れた金融機関が追い貸しによりゾンビ企業の延命を図れば、これも潜在成長率低下の要因となる[2]

日本においてとくに問題だったのは、バブル崩壊から不良債権問題の解決までに10年以上の年月を要したことだろう。このため、景気停滞が長期化するとともに潜在成長率も大きく低下したが、結果的に1997~98年の金融危機を防ぐことはできず、その後に本格的なデフレ時代を迎えることとなった。しかし、さらなる驚きは小泉政権下での不良債権問題の最終処理以降も、株価は上昇し景気も回復したものの、経済成長率が明確に高まらなかったことだ。そしてこの頃から、国内では人口の減少や日本企業の国際競争力劣化といった実物経済面の問題が注目されるようになる。今から考えれば、後の長期停滞論の前触れと捉えることができよう。2013年の春に日銀が「異次元緩和」を開始した際、金融市場や海外、とくに米国の経済学者からは高い評価が与えられたが、(いわゆる「リフレ派」を別にして)国内の主流派経済学者の間では懐疑的な見方が多かったのは、既にこうした長期停滞論的な見方が拡がっていたためではないか[3]

もう一つ、徐々に明らかになって行ったのがフィリップス曲線のフラット化、つまり労働需給がタイト化しても賃金が上がらない、景気が良くても物価が上がらないという問題であった。筆者自身は当時日銀で調査統計局長を務めていたこともあり、2006~07年頃から「これは深刻な問題ではないか」と感じていたが、広く認識されるようになったのはやはりアベノミクス期であろう。失業率は2%台前半まで低下し、有効求人倍率に至ってはバブル期を上回る人手不足となったのに、賃金はさっぱり上がらなかったからだ。この問題に関しては、注目を集めた玄田有史(編著)『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(2017年、慶應義塾大学出版会)に数多くの仮説が示されているが、まだ結論が出るには至っていない[4]

これに対し海外での議論は、当初の「日本に特異な問題」という見方から、徐々に「先進世界全体を覆う問題」という見方へと変化していった。まず1990年代には不良債権処理の遅れが問題視され、1997~98年の金融危機後には強力な金融緩和によるデフレ脱却が重要とされた[5]。世界金融危機後も、とくに米国では(日本の経験からの学習効果もあって)公的資金の早期投入による不良債権処理に成功したことも手伝って、日本に対して金融緩和を求める議論が続いた。こうした議論が黒田日銀総裁の下での「異次元緩和」という実験に繋がっていったことは言うまでもない。

しかし皮肉なことに、早期に不良債権処理を終え、大胆な金融緩和を行なった米国でも、金融危機後の回復は予想以上に緩慢だった。このため、問題は金融政策ではなく実物経済の方にあるのではないかとの疑いが高まって行く。サマーズ元財務長官に代表される「長期停滞(Secular Stagnation)論」の登場である。長期停滞の原因には需要面・供給面双方の要因が挙げられており、国によって問題の重要度も異なるため複雑だが[6]、供給要因としては人口成長率の鈍化(日本でとくに顕著)やイノベーションの停滞(代表的な論者は米国ノースウェスタン大学のゴードン教授だが、日欧でより重要か)などが指摘される。需要要因としては、GAFA等のデジタル企業はあまり実物投資を必要としない一方、所得が富裕層に集中するトレンドの中で貯蓄率が上昇するため、貯蓄過剰になり易くなった点などが挙げられる(こちらは米国でより重要か)。これらは、自然利子率の低下を通じて、金融政策の効力を損なうことになる。

さらに最近では欧米、とくに半世紀振りの水準まで失業率が低下しても物価がなかなか上がらなかった米国で、フィリップス曲線のフラット化が強く意識されるようになった。労働代替的な技術進歩が賃金上昇を抑制していること[7]や、デジタル化で物価が上がり難くなっていること(所謂アマゾン効果)など、様々な可能性が指摘されているが、結論が出るにはまだ時間が掛かりそうだ[8]。後述するFRBの新たな金融政策の枠組みでも、フィリップス曲線のフラット化は明確に説明されることなく、経験的な事実として扱われている。

コロナ禍で深まる「日本化」の罠

このように「日本化」は徐々に先進世界全体へと拡がっていったが、今回のコロナ禍により「日本化」はさらに深まる可能性が高い。そもそもコロナ禍によって主要国の今年の成長率は大幅なマイナスになったとみられる。10月時点の国際通貨基金(IMF)世界経済見通し(WEO)によると、米国の実質成長率は-4.3%、ユーロ圏は-8.3%、日本は-5.3%である。来年については、それぞれ+3.1%、+5.2%、+2.3%が予想されているが、いずれも今年の落込みを取り戻すには至らない(最近の感染拡大を考えると、欧州経済はさらに下振れる可能性がある)。日米欧ともに既に大幅な需給ギャップを抱えてしまった上に[9]、今後景気が回復してもジョブレス・リカバリー(雇用なき景気回復)となる可能性が高いことを踏まえると、インフレ率が早期に目標とされる2%に近づくとは思えない。現にFRBは3年後の2023年末までゼロ金利が続くとの見通しを示しており、各国の長期金利をみても市場は当分現在のゼロ金利が続くことを予想している。

つまり、先進世界全体で低成長、低インフレ、低金利という「日本化」が今後少なくとも数年は続くとみられているのだ。さらに、本コラムの3回「コロナ・ショックと潜在成長率」で論じたように、ソーシャル・ディスタンシング、グローバル・サプライチェーンの見直しなどは、負の生産性ショックとして潜在成長率を押し下げる可能性がある。そうなれば「日本化」はさらに長期化して、「失われた20年、30年」と言われた日本のような姿が世界に拡がってしまう恐れがある。

それでは、現在各国が行っている政策は「日本化」を防ぐ力を持っているのだろうか。残念ながら筆者の見方は懐疑的である。まず金融政策に関しては、FRBが2020年8月に金融政策の新しい枠組みを公表したが、そのポイントは2つある。まず第1は、「平均的インフレ目標」の考えを打ち出したことだ。インフレ率を平均で2%にするなら、これまでが2%を下回っていたのだから、今後は一時的に2%を上回っても容認するということを意味する。第2は、フィリップス曲線のフラット化という事実を受け容れて、失業率が低下してもインフレ率が簡単には高まらない以上、自然失業率ではなく、できるだけ低い失業率を目指すとしたことである。

確かに、これらは金融緩和姿勢の明確化と言うことができるが、そこには2つ大きな問題がある。一つ目は、既に政策金利はゼロであり、かつ国債や社債など様々な資産を大量に買い入れている現状、FRBにはインフレ率を押し上げる追加的な手段がないことである。インフレ目標に明確にコミットするだけで物価が上がる訳でないことは、日銀の「異次元緩和」が明確に示してしまった[10]。「日銀には無理でもFRBならできる」との見方もあるかも知れないが、FRBが戦略変更を示しても長期金利が上昇することはなかった。市場はインフレ率が高まるとは信じていないということだ。最近パウエル議長は財政出動を促す発言を繰り返しているが、それは金融政策の限界を自覚しているからだろう。もう一つの問題は、超低金利が長期化することが金融的不均衡を生み出すリスクである。本コラムの1回「景気と株価の乖離をどう考えるか」でも論じたように、中央銀行による「何でもあり」の金融緩和は現在既に資産バブルを発生させてしまった可能性がある(前述の通り、30年前のバブル崩壊こそが「日本化」の出発点だった)。

現在、コロナ禍にあえぐ世界経済を支えているのは巨額の財政出動である。自然利子率の低下で金融政策が限界に直面しても、財政政策は少なくとも短期的には有効であり、企業倒産や失業増加の抑制に寄与していることは間違いない。だが、財政政策が「日本化」から抜け出す上で有効かどうかには大いに疑問がある。確かに、サマーズ氏は1980年代の論文[11]で「失業の長期化は人的資本の棄損を通じて潜在成長率を低下させる」と主張し、現在も長期停滞≒「日本化」を解消する上での財政政策の有効性を強調している。しかし、ゾンビ企業を存続させるような財政支援は潜在成長率を低下させる面もある。やはり、ここは日本の経験に学ぶべきではないか。

1990年代の日本では、毎年のように公共事業を中心とした財政出動が繰り返され、短期的には景気浮揚効果を持ったが、この間に潜在成長率は4%台から1%前後へと大幅に低下した。殆ど使われないような道路や市民ホールの建設が多かったからだ(「農道空港」などという冗談のような話もあった)。もちろん、日本でも米国でも老朽化したインフラの補修などは潜在成長率を高めるwise spending(賢明な支出)であり得る。しかし、政治プロセスを経た財政支出がwise spendingたり得るかには大いに疑問が残る(インフラの「補修」より「新設」の方が選挙民受けするだろう)。なお、最近の欧米ではグリーン・リカバリー、グリーン・ニューディールへの期待が高まっており、地球温暖化対策が強化されれば、官民の投資は大きく増加する可能性がある。しかし、それが生産性の向上、潜在成長率の上昇に繋がるのか、むしろその逆なのかは未だ定かではない。

むしろ、世界的に財政出動が増加しているのは「日本化」の結果ではないのか。実際、経済学界ではコロナ禍以前から財政支出を前向きに評価する議論が高まっていたが、それは当面低インフレ、低金利が続くから、財政赤字が拡大しても国債残高/名目国内総生産(GDP)比率は発散しないという見方に基づくものだった[12]。つまり、「日本化」した世界では財政赤字を心配する必要はないというのだ。こうして財政赤字への懸念が薄れたことで、コロナ禍での財政出動は日本の一律10万円給付や、米国での就労時の賃金を大きく上回る失業給付といった姿となっている。これらが潜在成長率を高め、「日本化」からの脱却に資するとは到底思えない。

 


[1] いざなぎ景気の拡張期は2002年2月から2008年2月までの73ヶ月、アベノミクスは2012年12月から2018年10月までの71ヶ月であり、それぞれ戦後最長と2番目の長さの景気回復期間となる。

[2] バブル崩壊と不良債権問題に関する研究は多数あるが、需要面を扱った研究の代表として小川一夫[2009]:『「失われた10年」の真実』(東洋経済新報社)、ゾンビ企業問題に関してCaballero-Hoshi-Kashyap[2008]:“Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan”, American Economic Reviewを挙げておこう。

[3] 人口減少の影響を強調したものとしては、白川方明日銀総裁(当時)が2012年の国際コンファレンスで行なった講演「人口動態の変化とマクロ経済パフォーマンス」(日本銀行ホームページ)がある。また、「異次元緩和」開始に対する懐疑的な見方の代表には、吉川洋[2013]:『デフレーション』(日本経済新聞出版社)、池尾和人[2013]:『連続講義:デフレと経済政策』(日経BP社)などが挙げられる。

[4] 同書で示された仮説に対する筆者の見方については、当時書いた書評https://www.fujitsu.com/jp/group/fri/column/opinion/2017/2017-6-1.htmlを参照。

[5] こうした主張の代表が有名なKrugman[1998]“ It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap”, Brookings Paper on Economic Activityである。ただし、クルーグマン氏自身は後に長期停滞論的な見方を受け入れて、金融政策によるデフレ脱却の限界を認めている。Krugman[2015]“Rethinking Japan”, NewYork Times Oct 20.

[6] サマーズ氏による長期停滞論の提示は、Summers[2014]“U.S. Economic Prospects : Secular Stagnation, Hysteresis, and the Zero Lower Bound”, Business Economics。ゴードン教授の議論はGordon[2012]“Is U.S. Economic Growth Over?”, NBER Working Paper No.18315で注目を集め、後に大著[2018]『アメリカ経済 成長の終焉(上・下)』(日経BP社)にまとめられた。なお、長期停滞論に関する初期の見解がTeuligs-Baldwin[2014], Secular Stagnation: Facts, Causes and Cures, VoxEU,org Book, CEPR Pressに多数集められている。

[7] 労働代替的技術進歩については、Acemoglu-Restpero[2016]“The Race between Machine and Man : Implications of Technology for Growth, Factor Shares and Employment.” NBER Working Paper No. 22252を参照。

[8] さらに、デジタル化を背景にした非線形価格やダイナミック・プライシングの拡がりを踏まえると、物価の計測そのものが困難になっているとも考えられる。この点に関しては、拙稿「デジタル化で変わる価格の意味」(週刊東洋経済、2020年2月29日号所収)を参照。

[9] 内閣府が推計する4~6月の日本のGDPギャップは10.2%の需要不足である。これに対し、日銀推計の需給ギャップは4.83%に止まっているが、それでも大幅な需要不足に変わりはない。

[10] さらに言えば、中央銀行が2%インフレを目指す大きな理由の一つは、景気後退時に十分な利下げ余地を作り出すことにある。しかし、高めのインフレ目標を目指せば、いつまでもゼロ金利を続ける結果、景気後退への対応余地がなくなってしまう(現にコロナ・ショックに対して日米欧の中央銀行は利下げ余地を殆ど持っていなかった)点に根本的な矛盾がある。この問題については、門間一夫「門間一夫の経済深読み:離れたい『ゼロ』との長いつきあい~米国金融政策の不都合な真実~」(みずほ総合研究所、2020年9月)が明快である。

[11] Blanchard-Summers[1986]“Hysteresis and the European Unemployment Problem”, in NEER Macroeconomic Annual 1986 Vol.1

[12] こうした見方の代表がブランシャール氏(元IMFチーフエコノミスト)の全米経済学界会長講演、Blanchard[2019]“Public Debt and Low Interest Rates”, American Economic Reviewである。

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