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バイデン氏の「あいまい力」:困難な状況を打開できるか
国防長官に指名されたロイド・オースティン氏(2020年12月9日、写真提供 GettyImages)

バイデン氏の「あいまい力」:困難な状況を打開できるか

December 21, 2020

上智大学総合グローバル学部教授
前嶋和弘


2021年1月に発足するバイデン新政権については、「史上最弱」「すでにレームダック(死に体)」など批判的な意見が既に数多い。実際、かなりの多難が予想される。バイデン政権の今後を占ってみる。

共和党との闘い
民主党左派をどうするか
バイデン氏の調整力、「あいまいさ」に期待

共和党との戦い

確かに最初から「詰んでいる」ようにみえなくもない。

そもそも、共和党との戦いは間違いなく苛烈だ。

15日のジョージア州での上院決選投票は、そもそも共和党が強い土地柄であり、少なくとも1議席は共和党がとるという見方が優勢である。そうなると、下院は民主党が多数派を維持しているが、新しい大統領としては1989年のGHWブッシュ政権以来の分割政府(ねじれ議会)でのスタートとなる(2001年のGWブッシュ政権発足の際には、上院が共和党50対民主党50だったが、形上は上院議長であるチェイニー副大統領が票を投じることができるため共和党の「統一政府」となった)。

「分極化の時代」の分割政府は、いきおい、「動かない政治」となる。その典型例がオバマ政権だ。統一政府だった2009年初めからの2年間は大型景気刺激策から始まり、ウォール街改革、オバマケアと政権が進めたい政策を議会の中での民主党議員の数の多さにものを言わせて、次々と立法化させていった。しかし、2010年秋の中間選挙で共和党に多数派を奪われてしまった後の6年間のオバマ政権時代は悲惨だった。政権が進めたいと思う政策はほとんど立法化できず、レームダック感が強かった。

大統領の専有事項であるはずの外交政策についても議会が足を引っ張った。2013年夏、国内反体制派に毒ガスをまき「レッドライン」を超えたはずのシリア・アサド政権への報復攻撃は、紛争の長期化に対する共和党側からの懸念から、結局「議会に判断を任す」として、直前で取りやめることになった。2015年にはイラン核合意への参加、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の前提となるTPA(大統領への貿易促進権限)などは何とか議会で通ったが、反対が強く、審議もかなりぎりぎりだった。

バイデン政権が置かれている状況は、このオバマ政権3年目から4年間の段階と同じとみると、いかに新しい政策を実現するのかが難しいことが分かる。 

民主党左派をどうするか

次に民主党左派への配慮もある。左派とのバランスはバイデン氏にとって、大きな課題となっている。

新型コロナウイルス感染症の影響もあり、民主党内予備選では、まだ未獲得の代議員が4割もあった段階でサンダース氏が撤退し、バイデン氏に党指名候補の座を「譲った」経緯がある。「トランプという『史上最悪の大統領』を一緒に倒そう」「党綱領は一緒に作る」というのがサンダース氏からのメッセージだった。実際に左派のオカシオ・コルテス氏らも党綱領の作成に加わったとされる。

その左派への「恩義」はあるが、徹底的な気候変動対策にしろ、GAFA解体、大企業増税、富裕税、国民皆保険、大学授業料無償化など、民主党の穏健派にとっては受け入れがたいものばかりを左派は主張してきた。バイデン氏にとって、民主党内をまとめるのはなかなか難しい。

国防長官人事は陸軍大将だったオースティン氏に落ち着いたが、これだけをみても、中道であるバイデン氏にとって、左派との共存にはかなり気を遣っていることが分かる。

当初有力候補だと誰もが指摘していたミッシェル・フロノイ氏に対して左派は「軍需産業と近い」と難色を示した。左派にとっては、フロノイ氏は「介入主義者」であり、フロノイ氏が運営にかかわるコンサルタント会社が軍事産業から多額の寄付を受けていることも問題視した。

また、オースティン氏が軍事的な介入に積極的でない点を左派は評価しているようだが、国防長官が「介入に積極的でない」というのは中国、ロシア、北朝鮮など潜在的敵国に対して「強く出ないはずだから安心」という誤ったメッセージを与えてしまいかねない。

国内だけを見ても、まさに「内憂外患」である。国内をまとめるだけで大変というのでは、軍拡を続ける中国などの外国勢力についての「本当の外憂」へ対応が出遅れてしまう。

バイデン氏の調整力、「あいまいさ」に期待

ただ、それでもバイデン氏の調整力に期待したい。

バイデン氏については、そもそもワシントン政界に50年近く在籍してきた。政治家としての修羅場を多数経験し、政治的には立場が異なる人物と話しあってきた経験が何といっても、バイデン氏の強みだ。

上院議員としては、当時は存在していた民主党内保守派の「サザン・デモクラット」と話し合い、法案をまとめてきた。また、今はなくなってしまった共和党との法案協力の貸し借りである「ログローリング(logrolling)」も何度も経験した。

政策的な面でも柔軟、あるいは「意図的にあいまい」なのがバイデン氏の特徴だ。

こんなことを書いたら、怒られるかもしれないが、このあいまいなところがバイデンの強みだ。中道でどっちつかずであるため、多くを包括し、様々な変化にも対応できるともいえる。予備選でするっと勝ち抜いた大きな要因は、このあいまいな政策で、左派からラストベルトの白人ブルーカラーまで取り込むことができたことだ。

新政権のスローガンについても、例えば、外交の「中間層のための外交("Making US Foreign Policy Work for the Middle Class")」と極めて分かりにくいが、いろいろな解釈ができる余地がある。内政の「より良い形の立て直し(Build Back Better)」についても全く同じで、製造業支援だけでなく、左派の支持するクリーンエネルギー支援、さらには共和党側からも支持を取り付けることができるインフラ投資まで含んでいる。

そもそも、「どうせうまくいかない」と期待値がとても低い分、少しの成果で非常に高く評価されるかもしれない。

上述のオースティン氏の任命がまさにそうだ。もし、任命承認がうまくいき、軍が担当することになるとみられる、コロナワクチンの配布の陣頭指揮がスムーズに行われたとしたら、どうだろう。アメリカ国民の最大の関心がコロナ対応であるため、オースティン氏だけでなく、任命したバイデン氏の評価も一変する。「初の黒人の国防長官」としてリベラル派からの喝采はさらに大きくなる。

「史上最弱」「すでにレームダック」など批判的な意見が既に多く、バイデン政権の今後が思いやられるものの、そもそも2016年を思い出せばいい。当時は独断的な「アメリカファースト」のトランプ氏の政策に対する批判は今回のバイデン氏以上だった。外交にしろ、コロナ対策にしろ、専門家の意見を積極的に取り入れるなど、外部の多様な人材を登用し、その力を活かしながらバランスを取っていくとみられるバイデン氏のやり方は、少しでも軌道に乗れば高く評価されるかもしれない。

まずは、バイデン氏の経験値に期待したい。

    • 上智大学総合グローバル学部教授
    • 前嶋 和弘
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