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ブルーカーボン生態系を通じた持続可能な沿岸利用~世界と日本の議論と実践

ブルーカーボン生態系を通じた持続可能な沿岸利用~世界と日本の議論と実践

August 19, 2021

持続可能な社会の構築が求められている中、海洋の持続的な開発と活用を推進するブルーエコノミーに世界的な注目が集まっている。東京財団政策研究所ブルーエコノミーの国際動向との日本の状況分析プロジェクトでは、ブルーエコノミーについて先駆的な取り組みを行っている笹川平和財団(SPF)海洋政策研究所の研究者や海洋温度差発電や資源・エネルギー政策の研究者が研究メンバーとして集まり、世界のブルーエコノミーの動向と日本の施策について研究を行っている。本論考では研究メンバーの渡邉主任研究員(SPF海洋政策研究所主任研究員との兼任)が近年ブルーエコノミーの新たな分野として注目されているブルーカーボンについて世界と日本の議論の動向と実践事例を報告する。

はじめに
① ブルーカーボン生態系の特長と現状
② 世界でのブルーカーボン・クレジット
③ 日本の取り組みと今後への展望

はじめに

海洋の温暖化や酸性化、海洋プラスチック問題は、従前いくらでも人間活動の影響を受け止めてくれると考えられていた海洋が実は「有限」である、という事実を我々に突き付けている。人間活動が地球に与えてきた影響や、地球の環境や資源の有限性は、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)という研究から、近年視覚的に示されている。こうした地球規模課題は、海洋の「受動的」な側面を浮き彫りにしているが、一方で海洋は自浄作用や気候調整力も持ち、「能動的」に課題解決に貢献する一面も併せ持つ。

課題解決に役立つ海洋生態系として、ブルーカーボン生態系に着目が集まっている。沿岸域の植生である海草藻場や塩性湿地、マングローブ林などはブルーカーボン生態系と呼ばれ、二酸化炭素を吸収して長期的かつ効率的に貯留することで、気候変動の緩和に一役買っている。しかし、ブルーカーボン生態系は埋め立てや水質悪化などで面積の減少が著しい。今あるブルーカーボン生態系を「保全」し、無くなったしまった場所はその原因を取り除き、生態系を「再生」「創造」することで二酸化炭素の吸収源を守ることは、今とるべき優先的取り組みと考えられる。実際、世界的にブルーカーボン生態系の保全や再生活動が活発になりつつある。

本論考では、①ブルーカーボン生態系の特長と現状を解説した上で、②世界での保全、再生活動を推進する上で重要となるカーボン・クレジットについて解説する。最後に③日本の取り組みと今度の展望について議論する。

① ブルーカーボン生態系の特長と現状

ブルーカーボンは、国連環境計画(UNEP)の報告書[1]2009年に命名した言葉である。この報告書は、海洋が吸収するCOをブルーカーボンと名付け、それを森林等の陸上生態系が吸収するCOであるグリーンカーボンと対比して紹介している。そこでは、ブルーカーボンの中でも特に、沿岸植生であるマングローブ林、海草藻場、塩性湿地がブルーカーボンの貯留の場として重要であると指摘されている。これらの生態系は主に土壌中にCOを固定しており、固定期間は数千年にも及ぶ。しかも土壌が浸水しているため、土壌中は無酸素状態になりやすく、溜まった有機物は分解されにくく長期間残存する。このことから、ブルーカーボンは大気中からCOを取り除き、地球温暖化を緩和する役割を持つとして注目が集まり始めた。


図.ブルーカーボン生態系とブルーカーボンの関係(筆者作成)

こうした特長を持つブルーカーボンを有する沿岸生態系であるが、これらの生態系は急速に減少しているのが現状である。減少の主な要因は沿岸の開発や水質悪化に伴う光環境の悪化などである。上述の通りブルーカーボンは堆積物中に大量に貯留されているが、開発等で大気に晒されると、蓄えられていた炭素が大気中に放出され、温暖化を加速することになる。実際、世界の約23%のマングローブ林面積を有すると言われるインドネシアでは、マングローブ林の破壊は国の全森林の破壊の6%に過ぎないのに対し、COの排出量は30%に達すると報告されている[2]。このような背景から、ブルーカーボンを有する生態系の保全は吸収源を持続的に維持するとともに大きな排出源になることを回避することに繋がり、また生態系の再生は新たな吸収源の創出に繋がる。

② 世界でのブルーカーボン・クレジット

ブルーカーボン生態系の保全、再生が気候変動緩和の一助となることを、①で概説した。多くの人が保全、再生の重要性を認める一方で、保全、再生が実際には減少傾向を止められない要因として、活動を推進する資金不足が挙げられる。保全、再生が進むよう、持続可能な市場ベースのメカニズムを作る必要がある。

ブルーカーボンが関連する気候変動緩和に関する経済メカニズムとしては、国連のクリーン開発メカニズム(CDM)、日本政府の二国間クレジット制度(JCM)やJ-クレジット制度といった政府等主導の規制市場(コンプライアンス市場)と、民間主導の自主的市場(ボランタリー市場)が存在する。規制市場のカーボン・クレジットを購入して、排出量の埋め合わせ(オフセット)をする民間事業者は、多くの場合クレジットの由来は問わず、低価格のオフセットを求める傾向がある[3]。この場合、ブルーカーボンは他の低価格な排出削減対策由来のオフセットと価格競争する必要があり、保全に必要な資金を創出することができない。一方、自主的市場の場合、民間のオフセット購入者は企業の社会的責任(CSR)やSDGs(持続可能な開発目標)への貢献など、より広範な戦略的優先事項を支援するためにオフセットを購入する。故にクレジットが創出された出自や背景にある物語が重要になり、購入金額にも影響を与える。こうした背景から、ブルーカーボンに関するクレジットは主に自主的市場で取引されてきた。

自主的市場でのクレジット制度は、Verra(米国)、Gold Standard(スイス)、Plan Vivo(英国)など欧米が中心にルールを作成して、運用、管理されている。例えばPlan Vivoはケニアのガジ地区を対象に、マングローブ林の保全、再生を対象とした世界初となるコミュニティ・ベースのブルーカーボン・クレジットを創出した。このプロジェクトはMikoko Pamojaと呼ばれ、ケニア国立海洋水産研究所(KMFRI)や英米の組織も活動主体や助成機関として参加している。117ヘクタールのマングローブ林を対象に創出されたクレジットの売上は、マングローブを活用したエコツーリズムや子供の教材購入費、綺麗な水の供給などに利用され、雇用の機会も創出している。Plan Vivoの方法論では、炭素の主要な貯留場である堆積物は含められていないという課題は残るが、ケニアの別地域や近隣のタンザニア、マダガスカル、モザンビークでも同様のプロジェクトを開始しようという機運があり、地域のロールモデルになっている。

Verraは、ブルーカーボン生態系に関する方法論の策定を精力的に進めている。2015年には海草藻場や塩性湿地の再生に適応可能な方法論(VM0033)を公表し、20209月には湿地の保全にも方法論を拡張した(改訂版VM0007)。コロンビアのモロスキヨ湾にあるシスパタ(Cispatá)では、VM0007を利用して、世界初となる堆積物まで含むマングローブ生態系の保全に関するプロジェクトを登録し、コンサベーション・インターナショナルとアップルが支援をしている。約11,000ヘクタールのマングローブ林を対象に、年間33,000tCO2e[4]程のクレジットを創出しており、2021525日にはアップルが17,000tCO2eを購入し、同社の2020年会計年度の包括的カーボンフットプリント(comprehensive carbon footprint)のオフセットに利用した。パキスタンのシンド(Sindh)州では、35万ヘクタールという広大なマングローブ林を対象とした今後60年にわたる保全、再生プロジェクトが申請され、現在Verraで検証が進められている。このプロジェクトが登録されると、年間200tCO2eの規模になる見込みで、2021年には100万クレジット(1クレジット=1tCO2e)を目指している。このようにマングローブ林を対象としたプロジェクトは規模が拡大して来ており、今後もメキシコやセネガルなどに広がる見込みである。一方、VM0033を利用した海草藻場や塩性湿地を対象としたプロジェクトは、今日まで登録されていない。

 

表.自主的市場における主なブルーカーボン・クレジット

③ 日本の取り組みと今後への展望

欧米がブルーカーボンに関するクレジット化のルール作りを進め、それをアフリカやアジア、中南米でのマングローブ林の保全、再生活動に適用してきている事例を説明した。最後に日本における当該分野での取り組みを紹介し、今後の展望を述べることとする。

日本の沿岸生態系はアマモに代表される海草藻場や、コンブやワカメに代表される海藻藻場が主で、亜熱帯の沖縄県、鹿児島県にマングローブ林が分布する。面積としては、海草藻場が620㎢、塩性湿地が470㎢、マングローブ林が30㎢、海藻藻場[5]1,720㎢と報告されている[6]。日本では20172月に研究者が中心になり、国がオブザーバとして参加する形でブルーカーボン研究会が設立され、日本のブルーカーボン吸収ポテンシャルやそのモニタリング手法につき研究が進められた。その成果を受け、20196月には国土交通省が「地球温暖化防止に貢献するブルーカーボンの役割に関する検討会」を設置し、ブルーカーボンを利用した地球温暖化緩和策について検討を進めている。

こうした中、日本の沿岸自治体では、ブルーカーボンを利用した自主的市場でのクレジット化が先進的に進められている。横浜市では、市内にある海の公園の公園管理区域内に生息するアマモを対象に、20199月にクレジットを認証し、同年12月には同クレジットを用いた日本初となるオフセットも実施された。福岡市でも、2020年に博多湾ブルーカーボン・オフセット制度を創設し、博多湾で保全、創造されたアマモ場等を対象にクレジットが認証され、同年度内に販売、オフセットが実施された。

自治体の取り組みと並行して、沿岸域・海洋における気候変動緩和と気候変動適応へ向けた取組みを加速すべく、20207月に国土交通大臣認可のジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が設立[7]された。JBEでは2020年度内にJブルークレジット制度を作り、クレジットの審査認証・発行を、経済的方法論としての資金メカニズム構築に関する実証試験の一環として実施した。20211月末にはJBEの外部に設置された第三者認証委員会による認証を受け、22日に、日本初となるJブルークレジットが横浜市ベイサイドマリーナに創出された海草藻場、海藻藻場を対象に発行された。自主的炭素市場でのクレジットの取引も行われ、購入者によるオフセットが同年3月に実施された。

このように、日本では世界に先駆け、海草藻場や海藻藻場を対象としたブルーカーボン・クレジット制度の運用が開始されている。日本の事例の特徴は、NPO法人や漁業者等によって藻場の保全、再生活動が実施されている点である。対象となる藻場の規模が小さいという問題はあるが、一方で実施者の顔や取り組みが分かり、市民も参加しやすく、購入者の共感を生みやすいというのが強みである。今後、クレジット創出者や購入者が利用しやすくなるよう、ガイドラインの整備を進め、国内で多くの事例を作ることが期待される。またブルーカーボン生態系を多く持つ地方公共団体では、市や県レベルでの温室効果ガスの排出抑制等の政策の一環にブルーカーボンを位置づけ、推進することも期待される。

今後、制度面でも科学面でも、ブルーカーボンの検討が国際的に益々進展すると考えられる。20209月には、民間セクター主導による自主的炭素市場拡大タスクフォース(TSVCM)が設立され、その中で自然、生態系を活用した貯留も検討されている。TSVCMでは生態系を活用する場合のポテンシャルを評価する一方で、リスクや、初期投資からクレジット化までのタイムラグの問題による実現面での課題も指摘している。日本国内で実施されているブルーカーボン・クレジットは、国内制度としては拡大していくことが期待されるが、例えば日本企業が海外で実施したブルーカーボン・クレジットを扱う場合などには、国際制度との整合性を問われることになろう。故に国際的な自主的炭素市場の議論も把握していく必要がある。また科学面では、日本の大型海藻研究は世界をリードしていると考えられることから、積極的にその成果をブルーカーボンの観点から海外に発信し、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)での方法論・ガイダンス策定などに中心的に貢献していくことが求められる。

 


[1] Nellemann, C., Corcoran, E., Duarte, C. M., Valdés, L., De Young, C., Fonseca, L., Grimsditch, G. (Eds). 2009. Blue Carbon. A Rapid Response Assessment. United Nations Environment Programme, GRID-Arendal, www.grida.no

[2] Murdiyarso, D., Purbopuspito, J., Kauffman, J. et al. The potential of Indonesian mangrove forests for global climate change mitigation. Nature Climate Change 5, 1089–1092 (2015). https://doi.org/10.1038/nclimate2734

[3] Vanderklift, M.A. et al., Constraints and opportunities for market-based finance for the restoration and protection of blue carbon ecosystems. Marine Policy, Volume 107(2019). https://doi.org/10.1016/j.marpol.2019.02.001

[4] CO2eとは、CO2 equivalentのことを示し、二酸化炭素換算の数値を意味する。

[5] 上述のUNEP2009)によるブルーカーボン報告書では、海藻藻場はブルーカーボン生態系の定義に含まれていない。これは海草藻場、塩性湿地、マングローブ林の様に堆積物中にブルーカーボンを貯留するのに対し、海藻は堆積物を持たず、その場に炭素を貯留しないため、ブルーカーボンの定量評価が困難なためである。ただし、海藻養殖まで含めると、その規模(面積)や炭素貯留ポテンシャルは非常に大きいため、国際的にブルーカーボンの候補として注目が高まっている。

[6] 桑江 朝比呂, 吉田 吾郎, 堀 正和, 渡辺 謙太, 棚谷 灯子, 岡田 知也, 梅澤 有, 佐々木 淳(2019)浅海生態系における年間二酸化炭素吸収量の全国推計.土木学会論文集B2(海岸工学)/75 巻1号

[7] 筆者の所属する笹川平和財団が組合員として、筆者が理事として参加している。

    • 渡邉 敦/Atsushi Watanabe
    • 元 主席研究員
    • 渡邉 敦
    • 渡邉 敦
    研究分野・主な関心領域
    • 海洋環境
    • ブルーエコノミー

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