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一筋縄ではいかない、建設工事受注動態統計とGDPの関係
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一筋縄ではいかない、建設工事受注動態統計とGDPの関係

January 7, 2022

R-2021-032

「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラム

本問題について取り上げた、朝日新聞社「国土交通省による基幹統計の不正をめぐる一連のスクープと関連報道」が、2022年度日本新聞協会賞に選ばれました。

▼朝日新聞社・伊藤氏の受賞報告寄稿に、平田主席研究員のコメントが掲載されております。 https://www.pressnet.or.jp/journalism/award/2022/index_7.html (2022年10月11日)

 

GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計
建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か
建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から
2020年4月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された
GDPも基準改定により、2020年12月に遡及改定された
見えにくくなっているGDP統計への影響

「建設工事受注動態統計」(国土交通省)をめぐる問題に関連して、この書き換えがGDPにどれだけ影響を与えるのかについて関心が高まっている。ただし、以下の4つの理由により、影響の大きさについて軽々に語ることはできない。第1に、GDP統計の推計に直接用いられているのは「建設総合統計」(国土交通省)であり、建設総合統計とGDP統計の関係も、速報(いわゆるQE統計)、年次推計時点で異なる。第2に、建設総合統計の推計には建築工事受注動態統計のほかに「建築着工統計調査」(国土交通省)も用いられている。第3に、建設総合統計は2017年と2020年に重要な改定が行われ、これが建設工事受注動態統計のゆがみの一部を解消している可能性がある。第4に、GDP統計は202012月に2015年の産業連関表の情報を反映する基準改定が行われ、過去にさかのぼって改定されている。以下、順に説明していこう。 

GDP統計の推計に用いられているのは建設総合統計

今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに影響を与えるのは、総固定資本形成(いわゆる投資であり、民間住宅投資、民間企業設備、公的固定資本形成の合計額)についてであると考えられる[1]。しかし、それは直接ではなく、建設総合統計を介しての間接的な影響である。

<速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響>

速報段階の総固定資本形成は、供給側と需要側の両方の情報を用いて推計される。GDPの供給側推計では91品目の出荷額を推計し、それぞれについて家計消費、総固定資本形成などに按分する。出荷額のうち、建設総合統計が推計に用いられている「建設」の出荷額は、すべて総固定資本形成に按分されている[2]。総固定資本形成の内訳となる民間住宅投資は建築着工統計を用いて推計され、公的固定資本形成は建設総合統計の公共工事出来高を用いて推計される。民間企業設備は、総固定資本形成の供給側推計値から民間住宅投資、公的固定資本形成を除いたものと、「法人企業統計」(財務省)などを用いる需要側推計値を合成して推計されている[3]。以上より、建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、公的固定資本形成と民間企業設備の推計値に影響が出ると考えられる。公的固定資本形成は建設総合統計そのものを推計に使っている。民間企業設備の供給側推計値は、建設総合統計を用いて推計した総固定資本形成全体から民間住宅投資と公的固定資本形成を差し引いて推計されている。公的固定資本形成を差し引くことでゆがみのすべてが調整されたということでもない限り、民間企業設備の供給側推計値にもゆがみが残る。

<年次推計における建設総合統計のGDP統計への影響>

年次推計では、速報段階で行っている供給側推計を2000品目以上に細分化するが、建設業は「建設総合統計」を用いて推計する点で変わりはない。民間住宅投資も速報段階とほぼ同じと考えて良いが、公的固定資本形成は国や地方公共団体の決算データが反映される。これは、速報で用いられる受注額の情報はあくまで受注額に過ぎず、実際の工事に関する支出を捉えるには、決算データの方が望ましいためである。年次推計では公的固定資本形成の推計に建設総合統計が使われないことから、「速報段階ではともかく、年次推計では建設総合統計にゆがみがあってもGDP統計に影響はない」と考える向きもあるようだが、それは違う。民間企業設備は、年次推計でも供給側推計値と需要側推計値を合成する。建設工事受注動態統計のゆがみにより建設総合統計にゆがみが生じた場合、供給側の総固定資本形成にゆがみが残り、それが民間企業設備の供給側推計値(=総固定資本形成-民間住宅投資-公的固定資本形成)に影響する。年次推計においても引き続き民間企業設備の推計値に影響が出る 

建設工事受注動態統計は建設総合統計の出来高の半分程度に影響か

建設工事受注動態統計が建設総合統計に与える影響はどれほどなのか。国土交通省のホームページでは、建設総合統計は、毎月集計される建築着工統計調査及び建設工事受注動態統計調査から得られる工事費額を着工相当額として把握し、工事の進捗率を考慮して出来高ベースに変換するとのみ書かれている。さらに、20216月に公表された「令和2年度(2020年度)建設総合統計年度報」をみると、建設総合統計の出来高全体(総合表)は、「公共表、建築表、民間土木表の3表(出来高ベース)を、重複がないように総合的にとらえた総括表である」と書かれている。公共表は建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。建築表では「建築工事(民間発注、公共機関発注)を対象とするもの」で建築着工統計が推計に用いられていることが示されている。民間土木表は、建設工事受注動態統計を基にしていると書かれている。

以上から、建築投資(民間および公共)は建築着工統計、土木投資(民間および公共)は建設工事受注動態統計が推計に用いられていると考えられよう。ただし、後述する2017年度の実績値と参考値の比較を踏まえると、建築投資(公共)にも建設工事受注動態統計の影響がある可能性がある。前述の「令和2年度(2020年度) 建設総合統計年度報」において、2020年度の建設工事出来高(5327194200万円)のうち、民間・建築が45.3%、民間・土木が10.2%、公共・建築が7.9%、公共・土木が36.7%という構成になっている。建設総合統計の出来高の半分程度は、建設工事受注動態統計の影響を受けていると考えられる。 

建設工事受注動態統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられたのは2017年度から

平田(2021)に示されているように、今回の建設工事受注動態統計の書き換えによる二重計上の問題は、2013年度から始まった「13年型推計」が鍵となっている[4]13年型推計では、それ以前の推計で調整されていた抽出率に加え、企業からの調査票の回収率を調整する。要は未回答分を回答分の情報で補う調整をする。未回収分を調整したにも関わらず、未回答分で後になって提出された調査票の情報を提出時点の情報として使ってしまったため、未回答だった月について13年型推計によって推計された数字だけでなく、後に提出された実際の未回答月分の数字がそれぞれカウント(二重計上)されてしまった。一方、この13年型推計に基づく建設工事受注動態統計が建設総合統計に反映されたのは2017年度からである。つまり、二重計上問題の影響は2017年度以降の建設総合統計に表れた可能性がある。

13年型推計の反映がこれだけ遅れた理由は、建設総合統計の推計方法にある。西村・山澤・肥後(2020)によると、建設総合統計における公共投資額は、財政決算データから算出される公共投資額と一致するように、建設工事受注動態統計の受注額から算出される公共投資額の推計値に、補正率を乗じている。民間土木投資についても公共投資額の補正率がそのまま使われている。

補正率は、財政決算データの公共投資額÷建設工事受注動態統計の受注額で基本的に算出されるが、建設総合統計が参照している公共投資額の実績値が公表されるまで時間がかかる。また、推計では単年度の補正率ではなく、3年分の平均値を用いていた[5]2017616日の国土交通省のリリース(「建設総合統計に使用する受注動態統計調査のデータ変更について」)によると、2017年度において201214年度の補正率の実績値が利用できるようになったため、13年型推計に移行したという[6]

なお、20186月に公表された「平成29年度 建設総合統計年度報」では、参考値として建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた2016年度の実績値が公表されている。出来高は、旧推計を用いた実績値が5168967200万円であるのに対し、13年型推計を用いた参考値は5173924800万円と4957600万円増えている。民間・建築は実績値と参考値に変わりがない。公的・建築は22997300万円の増加、土木計が18039700万円の減少であった。建設工事受注動態統計の影響を受けるもののうち、公的・建築が上方修正、土木計が下方修正になっている点は解釈が難しいが、補正率の影響ではないかと考えられる。 

20204月に、2011年度以降の建設総合統計は遡及改定された

その補正率の影響が如実に表れたのが2020年4月の遡及改定であろう。2017年に建設工事受注統計の13年型推計が建設総合統計に取り入れられた際には、過去に遡って建設総合統計の実績値は年度報段階から改定されなかった。他方、2020年4月には、2011年度以降の実績値が遡及改定された。図1は遡及改定前と遡及改定後の建設工事出来高の差と差の内訳をみたものである。下方改定幅は2013年度以降で大きく、毎年2~3兆円となっている。しかも、その主因は民間・土木と公共・土木であり、ともに建設工事受注動態統計が推計に用いられている。

この主因は民間・建築と公共・建築の出来高に影響する着工からの工事の進捗率の見直しと、民間・土木と公共・土木の出来高に影響する補正率の考え方の変更である。進捗率については「建設工事進捗率調査」の予定工期別の進捗率が用いられている。この進捗率をもとに受注統計や着工統計を出来高ベースへと変換して建設総合統計の月ごとの動き(変動)が決定されており、建設総合統計への影響は大きい。しかし、「建設工事進捗率調査」の実施時期は定期的ではない[7]。また,新旧の調査結果の違いによる建設総合統計への影響については分析されていない。

また、補正率は、従来は3年前の後方3年平均(前述の通り、2017年度では201214年度の補正率の平均が使われた)だったのを、2011年度以降は各年度の補正率の実績値(201112年度は建設工事受注動態統計の旧推計ベース、13年度以降は13年型推計ベース)が用いられるようになった。実績値が判明していない年度については、直近の実績値を用いることになった。

20206月に開催された、総務省統計委員会の「第22回国民経済計算体系的整備部会」に国土交通省が提出した資料「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」を見ると、道路の例ではあるが、旧推計ベースの201315年度の各年度の補正率がそれ以前より低下したことが確認できる。これは、調査の回収率が高まり、財政決算データとのギャップが縮まっていたことを意味するだろう。にもかかわらず、遡及改定前は3年前の後方3年平均の補正率を用いていたことが建設総合統計の土木の出来高を過大にしていたと考えられる。

さらに上記資料の4ページ目をみると、201316年度については建設工事受注動態統計の13年型推計を用いた補正率に変更されている。13年型推計ベースの補正率は調査の回収率の調整だけでなく、二重計上の調整も含んでいる可能性がある。この点で、建設工事受注動態統計のゆがみがどこまで調整されているのかいないのか、見えにくくなっている。

一方、実績値の補正率を掛けるということは、財政決算データが判明した時期については、建設工事受注動態統計の推計値を公共投資額の実績値に置き換えていることにほかならない。今後も毎年4月に過去3年分を遡及改定する方針で、すでに2021年4月には20182020年度の実績値が遡及改定されている。2018年度の補正率は実績値であり、19年度以降は18年度の補正率が使われている。少なくとも建設総合統計の公共投資額に関しては、2018年度までは建設工事受注動態統計の二重計上の影響が解消されている可能性があろう。 



GDPも基準改定により、202012月に遡及改定された

さらに、GDP統計は202012月に基準改定が行われ、遡及改定されている。この基準改定では、2015年の産業連関表の情報を取り込んだが、この産業連関表から得られる建設業の産出額の201115年にかけての伸び(建設投資額の伸びとも考えられる)が、基準改定前のGDP統計における建設業の産出額の伸びを大きく下回っていることが判明した。建設業の産出額は、基本的に建設総合統計の出来高の伸びを用いて推計されている。

2020年2月に開催された統計委員会の「第19回国民経済計算体系的整備部会」に内閣府が提出した資料「国民経済計算の次回基準改定について」の7ページ目に両者のギャップの大きさが示されている。そして、基準改定前と改定後で建設業の産出額は最大で4兆円程度下方修正された(図2)。

産業連関表における「建設」の推計では、建設総合統計はメインの基礎統計としては活用されていない。これが図らずも建設総合統計のゆがみを明らかにしたのであろう。上記の内閣府資料によれば、201617年については国土交通省が決算資料などを基に作成している建設投資額の実績値(2016年)、見込み値(17年)を用いたと書いてある。言い換えれば、20112015年の建設投資額の伸びは、基準改定によって建設総合統計のゆがみの影響をある程度除去できた可能性がある。もちろん、4年間の平均伸び率が補正されただけで、各年の変動には建設総合統計の影響は残ってしまうのではあるが。さらに、1617年も建設総合統計の影響がなくなっている可能性がある。  



見えにくくなっているGDP統計への影響

以上検討してきたように、2020年4月の建設総合統計の遡及改定とGDP統計における基準改定によって、今回の建設工事受注動態統計の問題がGDPに与える影響が見えにくくなっている[8]。補正率が実績値になった2018年までについては、すでにゆがみが解消された可能性もあろうが、それも確信が持てず、一筋縄ではとらえられない。

さらに、本論では細かく検討しなかったが、年(年度)単位の総固定資本形成や公的固定資本形成を四半期に按分するための情報は建設総合統計による。建設総合統計の年(年度)単位の実績値は補正率で調整されるとしても、四半期、月次の動きは基礎統計である建設工事受注動態統計の影響が残る。この点で、建設工事受注動態統計の二重計上の影響は2013年度以降のGDP統計に残っているといえよう。この部分は建設工事受注動態統計そのもののゆがみが解消しない限り、解消しえない。

現状の建設総合統計の推計方法を前提とし、GDP統計への影響を最小化するには、建設工事受注動態統計そのものの改善とともに、補正率の実績値の算出に用いる財政決算データの実績値が早期に判明することが求められよう。国土交通省の資料に基づけば、2022年度において入手できるのは2019年度の補正率の実績値のようである。しかし、現時点で2020年の財政の決算値は入手でき、GDP統計の公的固定資本形成の2020年の年次推計に用いられている。この差がなぜ生じるのか、どうすれば早期化できるのか検討すべきではないだろうか。

 

参考文献

内閣府 国民経済計算(GDP統計)統計の作成方法ウェブサイト
国土交通省 建設工事統計調査ウェブサイト
国土交通省 建設総合統計ウェブサイト
国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1)

 

西村淸彦・山澤成康・肥後雅博(2020)『統計 危機と改革-システム劣化からの復活』日本経済新聞出版
平田英明(2021)「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く(上)(下)(アップデート)緊急記者懇談会」東京財団政策研究所 REVIEW R-2021-021-1および2R-2021-024R-2021-027


[1] GDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総固定資本形成+在庫変動+輸出-輸入

[2] ただし、維持・修理のための建設補修は中間投入として扱われるので按分されない。また、メディア等で最も注目度が高い1次速報では四半期の最終月(例えば、7~9月期であれば9月)の建設総合統計の公表が間に合わないため、補間推計されている。

[3] ソフトウエア投資、研究・開発投資など供給側推計値と需要側推計値を合成せずに推計されるものもある。また、法人企業統計が間に合わない1次速報段階では別途推計方法があるが、ここでは省略する。

[4] 推計方式は建設工事受注動態統計公表から2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した方法(平田(2021)ではVer .1と呼称)2013年度から2020年度末にかけて採用された抽出率と回収率を考慮した方法(Ver .2)、そして2021年度から採用された最新の方法(Ver .3)がある。国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)は、2012年度末までの方法を旧推計、2013年度から2020年度末の方法を新推計と呼んでいるが、本稿では混乱を避けるため、それぞれ旧推計、13年型推計と呼ぶ。

[5] 後述するように、現在は単年度の補正率が用いられている。

[6] 建設工事受注動態統計の13年型推計への移行は2013年度からであったが、前年比算出のために、参考として2012年度分についても13年型推計の数値が公表されていた。なお、2013年度以降は2012年度末まで採用された抽出率のみを考慮した推計方法(旧推計)による受注動態統計は公表されておらず、建設総合統計では国交省内部で独自に計算された数字を2016年度末まで用いていたものと考えられる。

[7] 建設工事進捗率調査は1972年から、68年の周期で調査が実施されている。直近は2018年度で20204月分からの着工相当額を月別出来高で展開している。

[8] 本稿は、2013年頃から20213月までの建設工事受注動態統計の二重計上問題に伴う統計の歪みが、現在利用可能なGDP統計にどのような影響を与えているかを主に論じた。一方、平田(2021)でも指摘されているとおり、過去の各時点で政策当局やエコノミストが見ていた直近の統計(各時点の最新の速報値)は8年以上に亘ってゆがめ続けられてきた。そのゆがみは、「速報段階における建設総合統計のGDP統計への影響」のセクションで論じたものに相当する。

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