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中国の創新と新型挙国体制
写真提供:Getty Images

R-2021-054

1. 中国の改革開放と創新
プラグマティズムとしての創新
創新と体制改革
2. 2000年代以降:政府と市場の役割の再検討
自主創新と国家プロジェクトの強調
習近平による新型挙国体制の提起

1. 中国の改革開放と創新

プラグマティズムとしての創新

近年、中国の政策文書や政治家・官僚の講話、党・政府のスローガンなどにおいて、英語で“innovation”、日本語で「イノベーション」と訳されることの多い「創新」という言葉が頻繁に見られる。例えば、20213月に発表された第145カ年計画は、第2篇が「創新ドリブンの発展を堅持し、発展の新たな優勢を全面的に形成する」と題され、現代化建設における創新の核心的地位を維持するとされている。

中国の公文書における「創新」の歴史は古く、改革開放まで遡る。改革開放初期の「創新」は、科学や技術のイノベーションという意味だけではなく、文化大革命が終結し徐々に市場経済に向かう中国において、政府部門、企業、研究所などの各アクターがとるべき姿勢を含意した。具体的には、過度に壮大な夢を追求した文化大革命期の中国からの脱却、関連してイデオロギーではなく実情に即して行動する態度、及びそのために必要な思想・学問の自由と関連づけて、「創新精神」や「勇敢に創新する」などの文言が多く公文書に登場した。

一例として、1984年に中国共産党中央が公布した「経済体制改革に関する決定」[1]では、改革が極めて複雑かつ創新的な事業であるとされ、更に「全体的に、まだ改革は経験の蓄積段階にあり、多くの幹部は十分に熟練しておらず、党と政府の各級の領導機関は明晰さを失わずに指導すべきである。思想を解放し、事実に基づいて真理を求め、全てを実際から出発させ、党の方針と各地区・各部門・各単位の経験を密接に結合させ、創造的な行動を完徹する」と指摘される。漸進的な市場経済の導入という、過去に依拠する事例のない複雑な改革において、各アクターの経験に基づいて実際から出発すること、思想を開放することが「創新的事業」と表現されていると思われる。

 

創新と体制改革

このプラグマティックな態度としての創新は、主に80年代以降中国が実施した3つの体制改革と結びつく。1つ目の経済体制改革は、生産力の発展に適さない経済体制モデルの改革であり、具体的には政企分離による企業の自主権の拡大や商品経済の確立が目指された。2つ目の科学技術体制改革は、科学技術の発展、及びそれに伴う経済建設を達成するための研究機関の自主性を確保するための改革であり、技術市場の開拓・産学研連携・合理的な人事制度の確立が施策として挙げられる。3つ目の教育体制改革では政府による教育機関への過剰な関与、教育設備やディシプリンの未成熟、経済・社会と教育の分離が問題視され、教育機関の自主権拡大と教育内容・思想の改革が標榜された。この3つの体制改革、及びその「有機的結合」に取り組む各アクターの姿勢として、創新が頻繁に用いられるようになる。

英語やカタカナ語でのイノベーションに近い、科学技術に関連する行為としての創新は、改革開放当初から体制改革と結びつけられた。一例として、80年代・90年代には、中国の科学技術の進歩のための先進国からの技術移転が重視され、特に1981年に国家科学技術委員会が「我が国の科学技術の発展方針に関する報告の概略」[2]を公布して以来、「英国を超えて米国に追いつく」などの方針が文化大革命期のイデオロギーを反映したものとして却下され、より中国の実情に合った技術移転を実施するための「消化・吸収」と「国産化」の間のプロセスとして「創新」が位置づけられるようになった。

技術移転を始めとする行為としての創新は一貫して体制改革によって推進するとされ、科学技術の進歩を目的とした創新のための体制改革の枠組みは徐々に洗練されていく。90年代前半には、技術創新を推進するための企業や研究機関の「創新メカニズム」という言葉が用いられるようになる。また90年代後半からは、イノベーションのエコシステム創出のために各体制改革における施策を組み合わせた創新体系(イノベーション・システム)という概念が生まれる。創新体系には、地域レベルの経済成長を目指す技術創新体系と、国家レベルで基礎研究・応用研究を重視する国家創新体系が存在するが、いずれも各関連アクターの自主性の担保、及びその結果としての実態に合った活動を推進するための政策のセットとしての性格を持つ。

 

2. 2000年代以降:政府と市場の役割の再検討

自主創新と国家プロジェクトの強調

80年代・90年代の中国における、体制改革による企業・大学・研究所などの自主権拡大、及びそれによるイノベーションと経済建設の推進という構図に、2000年代に変化が見られる。それを象徴する文書として、2006年に国務院が発表した「国家中長期科学技術発展計画(2006-2020)」[3]がある。

本文書は2020年までの中国の科学技術進歩の方針を示したものであり、当時の首相である温家宝のイニシアティブで作成された。序文では、建国以来中国は科学技術で多くの成果を残したとしつつ、まだ先進国との差異が大きく、重要な技術の自給率が低く、地域間の格差が大きく、また科学技術への投資が不十分で体制・メカニズムにも欠点が存在するという問題が指摘され、経済大国から経済強国となることが目標として掲げられた。

中長期計画には、それまでの中国の科学技術関連文書と比較して2つの特徴がある。1つ目は、自主創新の強調である。2020年までの科学技術に関する指導方針の1つに「自主創新」が掲げられ、これは「国家の創新能力の増強から出発し、オリジナルな創新、統合創新、導入・消化・吸収・再創新を強化すること」と定義される。その背景として、改革開放後に海外からの技術移転が中国の技術水準の向上と経済発展に貢献した一方で、ただ技術を導入するだけで消化・吸収・創新を軽視すると却って自前の研究開発力が弱まり、世界の先進水準との差異が拡大してしまうという認識が示される。重要技術は購入できず、国際競争で主導権を握るためには自主創新能力が必要であるという指摘は、従来の世界の工場としての輸出志向型の発展モデルから、自前のイノベーションによる発展モデルへと転換しなければならないという中国指導部の認識を示すと考えられる。

2つ目が、国家プロジェクトの重視である。中長期計画は、以下の3つの優先分野の説明に紙幅の大半が割かれている:(1)国民経済・社会発展と国防安全保障における重点領域と、その中で特に重要な技術群を示す優先テーマ (2)主に国家のファンディングで運営されるメガプロジェクト (3)新興産業の発展の基礎となる、ハイテク分野での最先端技術。

上記の特徴は、80年代・90年代の中国のイノベーション政策からの転換として捉えられる。従来の中国の政策は、途上国からの脱却と段階的な市場経済の導入を目的として世界のトップレベルを目指すという壮大なゴールの闇雲な追求が批判され、アクターごとに現状に合った行動をとることが奨励される傾向にあった。それに対して、中長期計画では従来の輸出志向型モデルでの技術移転では企業の創新能力が十分に育成されないと指摘され、自主創新によって世界の先進レベルを目指すという目標が示された。次に、各アクターの自主性確保のための制度面の改革が重視されてきた90年代以前と比べ、中長期計画では政府が決めたプライオリティに基づく重点領域と各種プロジェクトが強調されている。計画の策定過程では、中国国内で政府主導の枠組みの非効率性に関する論争も起こったが[4]、政府の役割の重視はその後の中国の科学技術政策の大きな特徴となる。

 

習近平による新型挙国体制の提起

創新を進めるための政府の役割を強調する議論として、近年「新型挙国体制」という概念が提起されている。元々、この概念は中長期計画のメガプロジェクトを進めるにあたっての枠組みとして、2009年から2012年にかけて当時の国家科学技術領導小組副組長の劉延東や、科学技術部部長の万鋼が言及したものだった。劉延東は、講演で新型挙国体制を「力を集中して大事をなす社会主義の優位性と、市場による資源配置の競争優位性を有機的に結合させる」こととしている[5]2013年以降、新型挙国体制はしばらく公文書や政治家の講話であまり言及されなくなったが、2015年の習近平による第135カ年計画への共産党中央の建議の説明で、科学技術プロジェクトに関して「市場経済の条件の下で新型挙国体制の優位性を発揮し、力を集中し、協同して難関を攻略する」ことが提起された[6]。その後現在に至るまで新型挙国体制は頻繁に公文書で用いられ、2021年に公布された第145カ年計画や科学技術進歩法の改訂版などの重要文書にも盛り込まれた。

新型挙国体制の特徴の1つに、自主創新の推進によるハイエンド産業の強化という中長期計画以降の方針は引き継がれつつ、国家によるニーズの特定と資源の動員を中国の優位性として積極的に認め、それと市場のダイナミズムを結合させる必要性が強調される点がある。プライオリティは中央が示しつつ、実際の資源配置においてはマルチステークホルダー型の柔軟な「協同創新」が強調され、新型挙国体制の範囲は国家プロジェクトから地域のクラスター・プラットフォーム建設などの制度面まで拡大する。

2に、国外の動向が強く意識されている。まず、特に米国との貿易摩擦やコロナ禍による国際経済の停滞を意識した上で、「首を絞める」(卡脖子)問題への対応が必要だとされる。「首を絞める」問題は、国際的なイノベーションチェーンやサプライチェーンにおいて中国が鍵となる重要技術を掌握しておらず、他国による技術封鎖の危険に晒されていることを指す。また、「双循環」という概念も新型挙国体制と共に用いられ、これは生産・分配・流通・消費の国内市場の循環を円滑化させ、それによってグローバルなサプライチェーンの循環を牽引することを意味する。中長期計画以降指摘されてきた、中国の外資依存から国内のイノベーション依存への転換が、国際情勢の変化により更に喫緊の課題として意識されていると考えられる。

3に、党・政府によるゴール設定・資源の動員と、市場のダイナミズムの発揮を両立できる体制が中国の優位性であるとされ、月探査機「嫦娥5号」の打ち上げ成功などが新型挙国体制の成果であると喧伝された。過去への反省を含意した90年代以前の創新とは対照的に、新型挙国体制による自主創新は改革開放以降の中国の改革を肯定的に捉え、党・政府の正統性を担保するものとしても機能していると推測できる。

改革開放以後、中国のイノベーションは、常に体制改革、及び政府-民間関係の変化の中で捉えられてきた。2015年に公布された「中国製造2025」に見られるように、近年サプライチェーンの掌握が中国の創新政策の前面に出ており、それは2019年以降の国際情勢を受けますます緊急性の高いものと認識されていると思われる。これは経済安全保障上の懸念点でもあるが、全米商工会議所の報告書が指摘するように、輸出志向型からイノベーションドリブンへの転換を目指すことそれ自体は、経済発展において自然な流れともいえよう[7]。中国の科学・技術・イノベーションをめぐる様々な焦点を扱うにあたっては、まずは中国の創新の捉え方、及びそのための体制改革の流れを仔細に掴むことが重要であると考える。また、「自主創新」や「新型挙国体制」は極めて曖昧な概念である。中国の科学技術政策は、中央レベルで示された抽象的・一般的な方針が、より下位レベルの部門に落ちるにつれて具体化されると指摘され[8]、政府と市場のバランスが具体的にどのようにとられているかについては、各行政組織や地方政府の活動までを含めた分析が求められる。

 

[1] 中共中央(1984), 中共中央关于经济体制改革的决定:1984.10.20.

[2] 国家科学技术委员会(1981), 国家科学技术委员会关于我国科学技术发展方针的汇报提

纲:1981.2.23.

[3] 国务院(2006), 国务院关于印发《国家中长期科学和技术发展规划纲要(2006-2020)》的通知:2006.2.26.

[4] Cao, Cong, Suttmeier, Richard and Simon, Denis (2006), "China's 15-year science and technology plan", Physics Today, 59(12), pp.38-43.

[5] 人民日报,刘延东在国家科技重大专项组织实施推进会上强调 健全体制机制 加强统筹协调 高质量高效率推进重大专项组织实施工作, 2009.11.26.

[6] 中共中央(2015), 中央政治局关于《中共中央制定国民经济和社会发展第十三个五年规划的建议》的说明:2015.10.29.

[7]Made in China 2025: Global Ambitions Built on Local Protections,” U.S. Chamber of Commerce, 2017.

[8] Ling, Chen and Naughton, Barry (2016), "An institutionalized policy-making mechanism: China's return to techno-industrial policy", Research Policy, 45, pp.2138-2152.

    • 東京財団政策研究所 CSR研究プロジェクト・オフィサー 「科学技術政策システムの再構築」プログラム リサーチアシスタント
    • 大野 元己
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