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革新的な製品・サービスに対する新たな規制の導入プロセスに関するケーススタディ
―AI医療機器を事例に(上)
写真提供:Getty Images

革新的な製品・サービスに対する新たな規制の導入プロセスに関するケーススタディ ―AI医療機器を事例に(上)

February 28, 2022

R-2021-060-1

革新的な技術や製品・サービスの登場は、社会生活における様々な営みの利便性を飛躍的に向上させることはもちろん、新たな価値の提供を通じたビジネス上の成功、さらにはこれまで解決できなかった社会的な課題の解決など多くの恩恵を人々にもたらす。そうであるがゆえに、人々は「イノベーション」に大きな期待を寄せる。

一方で、こうした革新的な製品やサービスが登場したときにしばしば直面することになるのが、規制の「遅れ」(Regulatory Lag、規制のラグ)という現象である。その革新性ゆえに、規制主体(レギュレーター)が運用する既存のルールでは新たに登場した技術や製品・サービスの性能や効果、安全性や有効性といった固有の特性を的確に評価することができず、結果として新たなルールの整備や既存ルールの変更等の対応に時間を要することになる。そのため製品・サービスの登場から実際の上市や運用までに多くの時間を要してしまうのである。

本稿では、近年みられたこうした規制のラグの代表的事例として、AI(人工知能)を活用した医療機器(以下、「AI医療機器」)に関する規制導入を取り上げ、規制のラグがいかなる構造的な要因のもとに発生するのか、規制ラグを解消するために求められる方策とはなにかについて検討してみたい。

1.AI医療機器の特性
2.規制のラグ

3.日本におけるAI医療機器をめぐる規制導入のプロセス

1.AI医療機器の特性

2010年代にみられた第3AIブームは、当然のように医療機器の分野にも浸透することとなり、特に画像診断機器の分野で市販後に継続的に性能が変化する製品の登場が予想されるようになった。既存の「プログラム医療機器」(SaMD: Software as a Medical Device[1]が想定していたのは、多くのコンピュータ製品がそうであるように、プログラムそのものは開発者の側で設計したとおりに動作し、プログラムの変更や更新が必要になった場合に開発者あるいは利用者が判断と操作を行うというものであった。しかしながら、AI医療機器の場合には、市販後に人の判断と操作とを介在することなく性能が変化しうるものであり、開発者はもちろん、規制主体さえも変化後の性能の保障が困難であるという大きな相違点を有するものであった(性能が向上する場合もあれば、悪化あるいは意図とは異なる形で変化する可能性もある)。

実際に、薬事審査を担う医薬品医療機器総合機構(PMDA)では、審査上の課題として①エラー発生条件等の特性把握が困難であること、②臨床現場で変化する機能・性能の評価・規定が困難であることが課題として認識されていた。また、学習に用いられるデータ(個人情報等)の取扱い(同意の要否等)の整理、市販後学習による性能低下による不利益の責任論等もAI医療機器固有の課題とされた[2]

このように、AI医療機器は従来の「医療機器」の定義には収まらない要素を伴うものであり、既存のルールでは審査上もその性能を的確に評価することができない、文字通り新たな製品・サービスの類型であったといえる。しかしながら、AI医療機器については、同様に革新的な技術であった再生医療等製品とは異なり、新たな製品群として別のカテゴリを整備する対象とはならず、2020(令和2)年9月に薬機法が改正されることで継続的な性能変化というAI医療機器の特性を踏まえた審査が可能となった。

2.規制のラグ

では、薬機法が改正されるまでの間はどのような取り扱いがなされたのか。結論からいえば、AI医療機器の特性に則した評価方法が存在していなかった以上、既存のルールが適用されることになった。具体的には、性能が変化しないという前提で想定されていた(あるいは性能が変化することが想定されていない)プログラム医療機器に関するルールが適応されたのである。性能が変化するものに対して、変化しないことを前提に設計されたルールで評価しようというのだから、当然のことながら大きな矛盾に直面することになる。すなわち、(少なくとも事実上は)機能が少しでも変化したプログラム医療機器は、別の製品として新たに承認を取得する必要があるという、およそ現実的には対応不可能な状況が現出することになったのである。これが、AI医療機器が直面した規制のラグの問題である。

 なぜこうした規制のラグに直面することになったのか。それはひとえに、AIという新たな技術開発の動向や医療機器分野における応用可能性、さらにはコマーシャライズのタイミングを見据えつつ、タイムリーに規制の組成が進められなかったことに起因している。

そもそも、萌芽的な新興技術がいついかなるタイミングで製品化されるか、そのタイミングを規制主体の側が正確に予見することは困難である。もちろん、萌芽的な技術のすべてに対して新たなルール作りが必要なわけではないが、ルール作りが必要となるものとそうでないものの選別すら実は容易ではない。実際に具体的な製品・サービスが登場しておらず、その特性も定かではないという不確実な状況にあって、それを規制するための新たなルール組成の必要性を的確に検知し、ルールづくりのための資源投入を行うことは、行政組織にとっては非常にハードルの高い意思決定といえるだろう[3]

一方で、萌芽的な技術が成熟し、実際に審査対象の候補となりうるような具体的な製品・サービスの登場が予見される段階に至って、そこからあらためてどのように評価するべきかを含めた対応方策を検討するようでは、「時すでに遅し」ということになってしまう[4]

3.日本におけるAI医療機器をめぐる規制導入のプロセス

日本におけるAI医療機器をめぐる規制導入は、主に下表のような経緯を辿った。

大きな転機となったのは、審査機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に設置された科学委員会AI専門部会が201712月に「AIを活用した医療診断システム・医療機器等に関する課題と提言2017」(PMDAレポート)[5]をとりまとめたことに求められる[6]PMDAレポートは、AIの特性に則した評価手法および評価体制の必要性、さらにはAI技術を活用した画像診断機器の評価指標を検討する必要性など、レギュラトリーサイエンスの観点から AI を医療機器へ適用する際の課題を整理したものである。その概要が国際ジャーナル『Advanced Biomedical Engineering』に掲載されるなど、初期のルール組成に向けた取り組みは、むしろ世界に先がけて進められていたといってよい。このレポートを起点に、20193月には厚生労働省「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標作成事業 人口知能分野審査ワーキンググループ」が「人工知能(AI)技術を利用した医用画像診断支援システムに関する評価指標案」をとりまとめた。このワーキンググループの整理に基づき、医療機器審査管理課長通知「次世代医療器評価指標の公表について」(薬生機審発05232号)が出されるなど、画像診断支援に関するAI医療機器をめぐる実質的なルール整備が進められた。

そして、最終的には前述のとおり20209月の薬機法改正に至った。

 

表 AI医療機器に関する規制導入をめぐる主なイベント[7]

2015年10月 

ロボット技術、ICT等の技術革新を踏まえ、PMDAの医療機器に係る相談・審査体制を再編

2016年3月 

厚生労働省が診断の支援等を行う医療機器プログラムの審査上の論点(臨床意義を踏まえた評価、実試験との相関等)をまとめたガイダンスを公表

2016年12月 

画像診断機器メーカー等とAIの活用に関する意見交換会を実施

2017 年6

保健医療分野におけるAI活用推進懇談会(全4回)が報告書発表

2017年12月 

科学委員会AI専門部会「AIを活用した医療診断システム・医療機器等に関する課題と提言2017」(公表は20185月)

2018年5

科学委員会AI専門部会報告書が英文学術誌にも掲載

2018年12月 

厚生労働省「人工知能(AI)を用いた診断、治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第 17 条の規定との関係について」通知

2019年3

人工知能技術を利用した医用画像診断支援システムに関する次世代評価指標についての報告書を公表

2020年9

AI技術を用いた医療機器の特性に応じ、医薬品医療機器等法の改正で新たな制度(変更計画確認手続制度)を導入(改正薬機法成立:201911月)



「革新的な製品・サービスに対する新たな規制の導入プロセスに関するケーススタディ―AI医療機器を事例に(下)」に続く)


[1] 医薬品医療機器等法(薬機法)における「プログラム医療機器」は「医療機器としての目的性を有しており、かつ、意図したとおりに機能しない場合に患者(又は使用者)の生命及び健康に影響を与えるおそれがあるプログラム(ソフトウェア機能)(人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないもの(一般医療機器に相当するもの)を除く。)」と定義されている。また、その基本的な考え方等は、厚生労働省「プログラムの医療機器該当性に関するガイドラインについて」(薬生機審発0331第1号・薬生監麻発033115号)において提示されている。

[2] 医薬品医療機器総合機構医療機器審査第一部「医療機器プログラムの審査について」https://www.pmda.go.jp/files/000218153.pdf

[3] AI医療機器をめぐるガイドライン作成の難しさについては、中井(2019)参照。中井は医療機器審査管理課長として「一般的に、行政側がガイドラインを用意できるものはすでに当該技術が浸透した後のものであり、むしろ、最新の技術であればあるほど、ガイドラインの作成は困難といえる。AI などの技術もこの範疇に当てはまる」としている。中井清人「AIを活用した医療機器のレギュレーション」『レギュラトリーサイエンス学会誌』2019, 9 , 1 , p. 17-24, 2019.

[4] 近年は、PMDAもホライズン・スキャニングの取り組みを推進している。20199月にはホライズン・スキャニングの実施要領が定められ、技術動向を踏まえつつ、対応が必要な技術領域を抽出しようとする試みが機能として組み込まれつつある。PMDA科学委員会事務局「MDAにおける科学委員会およびホライゾン・スキャニングの取組との関わりについて」https://www.pmda.go.jp/files/000236584.pdf

[5] 本提言の内容は、国際ジャーナルにも掲載されている。See Chinzei K, Shimizu A, Mori K, Harada K, Takeda H, Hashizume M et al. Regulatory Science on AI-based Medical Devices and Systems. Adv Biomed Eng. 2018; 7: 118—123. available at https://www.jstage.jst.go.jp/article/abe/7/0/7_7_118/_pdf/-char/en

[6] なお、PMDAレポートに先駆ける形で、AMED研究費(平成27年度日本医療研究開発機構研究費(医薬品等規制調和・評価研究事業)「医療機器に関する単体プログラムの薬事規制のあり方に関する研究」(研究開発代表者:中野壮陛 公益財団法人医療機器センター専務理事)による研究成果として、AI医療機器をめぐる将来的な論点が整理されている。ここでは、将来的に性能やアルゴリズムが継続的に変化する医療機器プログラムが登場すること、またそうした医療機器については当該変更の際に変更承認申請などの変更手続きを行うか、もしくは承認審査の際にあらかじめそのような変更機能を含めて評価を行う必要性が示唆されている。これらは、20163月に厚生労働省医薬・生活衛生局医療機器・再生医療等製品担当参事官室名で事務連絡として示された「医療機器プログラムの承認申請に関するガイダンスの公表について」として示されている。

[7] PMDA「令和2年度のこれまでの事業実績と今後の取組みについて<審査・安全対策等業務>」202012月をもとに加筆 https://www.pmda.go.jp/files/000238726.pdf

※本Reviewの英語版はこちら

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