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水インフラ改革のキーワード1「管路更新と有収率」
写真提供:Getty Images

水インフラ改革のキーワード1「管路更新と有収率」

March 8, 2022

R-2021-063

「水道の現在地」[1][2][3]では水道インフラの危機的な状況をヒト、モノ、カネの視点から見てきた。近年いくつかの水道事業者(自治体)が事業改革を行っているが、先行者は何を考え、どう動き、どのような効果を上げたか。全国の事業者、首長、議員、市民と共有すべき水インフラ改革のキーワードは何か。第1回目として、広域統合と施設の統廃合を実施し、約89億円の投資を削減した岩手中部水道企業団の事例を学ぶ。

・中堅、若手中心の「在り方委員会専門部会」が改革を担う
・25施設を削減し約89億円の投資削減
・事務がわかる技術職、技術がわかる事務職を育てる
・有収率を高くして施設を小さくする

中堅、若手中心の「在り方委員会専門部会」が改革を担う

岩手県北上市、花巻市、紫波町は、それぞれ別に水道事業を行なっていた。ここには用水供給の岩手中部広域水道企業団(旧企業団)もあり、4つの水道事業体が存在した。

改革の中心人物の1人だった菊池明敏氏(岩手中部水道企業団前局長、現参与)によると、課題は3つあった。1つ目は人口減少の加速。3市町の給水人口は大幅に減少し、それに伴い収入が減少していく見通しだった。2つ目は老朽化した管路の更新率の低さ。1950年代半ばから60年代半ばに整備された総延長276キロの水道管は、ほとんど更新されていなかった。必要な工事を行うと事業費が数倍になる年度が長期間続く。それは水道料金の大幅な値上げにつながる。3つ目は水不足と水余り。紫波町は水源に乏しく慢性的な水不足に悩まされている一方で、同地の用水供給事業の岩手中部広域水道企業団(旧企業団)の浄水場の稼働率は50%程度だった。この3つは、全国の水道事業者の課題と共通するが、解決するには誰かが動かなくてはならない。

2002年、企業団議会で「企業団と3市町の事業体を統合し、新しい企業団に集約すべき」との提言がなされた。当初は「3市町では予算が違う」、「運営方法が違う」、「水道料金が違う」など、反対の声が大きかった。これは広域化を検討し始めるとどの自治体でも起きる反応だ。しかし、現場は「このままでは早晩破綻」という認識で一致し、憂える職員が本気で広域統合に動いた。

2004年、「広域水道在り方委員会」を設置。検討の主体となった「在り方委員会専門部会」は3市町と旧企業団の4事業体の職員で構成されていた。メンバーは次世代の責任を担う中堅、若手が多かった。ここがポイントである。事業改変の結果が出る前に退職してしまう幹部クラスの会合とは空気が違った。1年半で23回の会議(25回の懇親会)を開き、本音をぶつけ合った。

「開始当初は勢いもあって楽天的だった」と菊池氏は振り返る。だが、それぞれの事業体の施設の老朽化具合、経営の内情がわかるにつれ深刻になっていった。

「真剣に水道の将来を考えて議論した。侃侃諤諤の議論が続き、時には気色ばむ事もあった。1月に2回以上の会議と懇親会で議論を交わし、互いの人となりを知ったことが勝因だった。専門部会がなければ、広域化は実現しなかっただろう。専門部会の打ち上げ(25回目の懇親会)の高揚感は今でも忘れられない。その時のメンバーが現在の企業団の中心メンバーであり、若手数人はあと15年以上在籍し、今後の中心的存在になる」(菊池氏)「在り方委員会専門部会」は「水道広域化推進検討報告書」を作成。3市町が単独で事業を続けた場合と、広域統合を図った場合の料金を長期に渡り算出した。 

図表1 単独で事業を続けた場合、広域統合した場合の1000リットル当たりの水道料金の比較

(出典)「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)[4]より筆者作成 

単独で事業を続けると紫波町では1000リットル当たり200円から360円に上昇。1世帯の1か月の平均的な使用量とされる20立法メートルで比較すると、月額4000円から7200円に上がる。一方、広域統合すると1000リットル当たりの料金は2038年まで230円。このデータを見た3市町の議会は全会一致で広域化に賛成し、2014年、岩手中部水道企業団が動き出した。 

25施設を削減し約89億円の投資削減

厚生労働者は、将来にわたり水道サービスを持続可能にするために広域化を求めている。菊池氏は広域化のメリットの1つとして「施設削減の行いやすさ」を挙げる。広域化と施設削減を同時に行う手法とは、どのようなものか。隣り合うA市とB市があり、現在はそれぞれに浄水場があるとしよう。人口減少から稼働率は5割程度になっている。そこで2市を管轄する新しい組織をつくり、1つの浄水場で2市をカバーすれば、施設の維持管理費や人件費が削減でき、水道料金の高騰も抑えられる。岩手中部水道企業団では、事業計画時の2011年の事業計画時から2019年までに計25の施設を削減した。さらに2025年までにさらなる削減を計画している。 

図表2 岩手中部水道企業団の施設数の推移

 (出典)「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)[4]より筆者作成

 取水施設について言えば、3市町の水源の多くが地下水だ。なかには水質、水量に問題を抱える水源があった。ヒ素、鉄、マンガンなどが検出される原水もあり、特別な浄水装置を追加で導入するコストもかかっており、また老朽化もしていた。一方、旧企業団の入畑ダムの水は水不足時のバックアップという位置付けで、稼働率は50%だった。脆弱な取水施設を廃止し、入畑ダムを活用したことで稼働率は80%まで上がった。入畑ダムは水量豊富で、標高が高く自然の水の流れで水を供給できるため、ポンプ施設などの電気代もほとんどかからない。

事務がわかる技術職、技術がわかる事務職を育てる

岩手中部水道企業団の特色は人材育成にある。一般的な一部事務組合の場合、職員は自治体から出向する。約3年で人事異動があり専門性は蓄積されにくい。岩手中部水道企業団は専任職員だけで構成される。事業開始時に3市町の水道職員に移籍希望調査を行った。条件は、身分、待遇は変えず、水道の仕事に専念することだった。すると正職員の定員72人に対し、初年度だけで65人が役所を退職し、水道のプロとして働くために企業団に移籍した。この背景には、前述した専門部会での議論の積み重ねがあったはずだ。

水道の現在地3「AI?ヒト?将来の水道の担い手を考える」[3]で述べたとおり、給水人口5万人未満の上水道事業数には技術職は1名程度だ。神業的な働きで業務を遂行するが、仕事が属人化しすぎているし、技術継承の難しさという問題もある。そうした事態を避けるためにも広域統合して専従職員の育成を図った。目指したのは、事務がわかる技術職、技術がわかる事務職。両者がいてこそ水道持続は可能になる。そのために人事交流を行い、昨日まで帳簿を見ていた職員が施設管理を行なったり、漏水管の修繕をしていた技術者が決算を行ったりする。簿記資格は72人中20人(技術職の取得を含む)の職員が取得した。慣れない業務に最初は苦労するが、経営と技術を理解する職員が増えている。将来の人口減少、供給量の減少を見据えながら、水道事業を企画する。技術力の向上とは、日々の施設運転や維持管理だけではなく、経営の技術も含まれる。30年後、40年後を見通し、バックキャスティングでいまやることを考えられる人材を育成する必要がある。

岩手中部水道企業団のような専門集団をつくることは、一般的な自治体にとってはハードルが高く感じられるだろう。職員が1つの業務の専任者というケースはまれだ。だが、公務員にもスペシャリスト、ゼネラリストの両方が求められる。通常は複数の部署を異動してキャリアを積むが、職種によって高度な専門性や経験の蓄積が必要だ。「現場の神様」と言われるような人材が異動したために部署として業務遂行能力が落ちるケースもある。全員が専門家というのは難しいが、一部署に複数の専門家が常駐する体制をつくる必要がある。

有収率を高くして施設を小さくする

統合以前、菊池氏は「現状と将来の危機感を端的に表す指標値」として管路更新率に注目した。老朽化した管路をどれだけ更新しているか、どれだけ老朽化に対処しているかを測る指標の1つである。

  管路の更新率(%)=更新された管路延長×前年度末における管路延長×100

統合前の3市町の管路の更新率は北上市が0.94%(更新サイクル106年)、花巻市は0.54%(更新サイクル185年)、紫波町は0.3%(更新サイクル333年)だった。実質的な更新サイクルを6080年(更新率1.251.65%)にしようとすると、更新事業費を2〜6倍にしなくてはならなかった。「このままで老朽管だらけになっていく」と首長、議会、市民に訴えた。肌感覚で良くわかる数値として浸透したと感じている。

厚生労働省によると、全国の管路更新率は、2018年度は0.68%で、現在のペースでは全てを交換するのに約140年かかるとされる。[5]

だが、広域統合から8年経った現在、菊池氏は「管路更新率だけではいけない。有収率との相関で考えるべき」と強調する。岩手中部水道企業団では、管路の更新率を上げようと統合当初に更新事業を増やしたが、有収率は上がらなかった。有収率とは、給水する水量と料金として収入のあった水量との比率だ。
有収率(%)=年間総有収水量/年間総配水量×100

有収率が低い場合、主として漏水が原因だ。そのほかに水道メーターの不調、公共用水、消防用水の利用量の多さなどが考えられるが、昨今では老朽化管から漏水し、浄水場でつくった水が家庭まで届かないケースが主な要因だ。水をつくるまでにかかるあらゆるコストが無駄になっている。 

図表3 岩手中部水道企業団の有収率の推移

(出典)「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)[4] より筆者作成

 調査すると驚くべき事実がわかった。更新されていたのは、①耐用年数を過ぎてはいるが、過去に漏水履歴のない水道管、②痛みにくい環境にある水道管だった。水道管は布設場所の環境によって劣化速度が変わる。地質、地盤、管路の上の道路の交通量、工事のやり方などの影響を受ける。有収率が上がらない原因は、工事のしやすい管路が更新される一方、他機関との協議、交通遮断などが必要な中心市街地の漏水多発管は手付かずだったことにあると考えられた。この点をあらためると、更新投資額が下がったにもかかわらず、2015年から2018年の3年間で有収率は6.2%も上がった。管路更新率と有収率の関係は次のようにまとめることができる。 

図表4 管路更新率と有収率の関係

 管路更新率を上げても有収率に反映されないのなら無駄な投資である。有収率を上げるためには、どこから更新するべきかという優先順位付けが重要になる。たとえば、耐用年数を過ぎても漏水履歴のない管路は、重要路線は別として、長く使用すべきだ。一概に古くなっているから壊れやすいというわけでもない。水道管の布設された土質などの環境によって漏水確率は変わる。同じ自治体内でも、漏水確率の高い区域、そうでない区域に差異があり、確率の高い区域が、全体の確率を上げている。近年では、AI(人工知能)/機械学習を使って水道・ガスなど各種インフラの劣化状況を予測するソフトウェアサービスもある。

有収率が上がると、それまで漏水していた水が有効に使用される。岩手中部水道企業団では有収率が上がった結果、配水量が日量7000トン減った。その結果、6000トンを供給する新浄水場建設を30億円かけて建設する計画が白紙に戻った。将来投資が大幅に削減され、ダウンサイジングが図れた。漏水工事のための職員の残業も減り、突発的な工事にともなう心的負担も減った。

有収率上昇は将来投資を減らす強力な武器となるが、原水の水質が良く、塩素殺菌のみで水道水が供給できている小規模事業者は有収率に無頓着なことがある。コストがかかっていないから有収率が低くても問題ないという考え方だが、非常に近視眼的だ。将来的には小さな施設であっても更新する必要がある。有収率が低い状態での更新は、漏水分まで含めたサイズで更新しなければならない。水道事業の課題は過剰な設備をいかに減らすかであり、有収率を上げることでダウンサイジングは進む。そして実際に管理更新率と有収率の関係を見極めながら事業の優先順位を決めていくには「事務がわかる技術職」「技術がわかる事務職」が必要になる。右手にレンチ、左手に算盤で、技術力と経営力を融合させる必要がある。 



<資料>

[1] 「水道の現在地」1「進まない耐震化・老朽化対策」

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3841

[2] 「水道の現在地」2「水道料金はどのように決まるのか。なぜ水道料金は上がるのか」

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3875

[3] 「水道の現在地」3「AI?ヒト?将来の水道の担い手を考える」

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3900

[4]「水道事業を取り巻く環境と広域連携による基盤強化」(菊池明敏)

https://www.jfm.go.jp/support/pdf/seminar/R2/ondemand/202102_chukenkanbu_01.pdf

(2022228日最終閲覧) 

[5] 「水道行政の最近の動向等について」(令和3年1215日/厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000866664.pdf

(2022228日最終閲覧)

 

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