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【シンポジウムレポート】東京財団政策研究所の新しい構想―政策研究と実践のイノベーションに向けて

【シンポジウムレポート】東京財団政策研究所の新しい構想―政策研究と実践のイノベーションに向けて

October 21, 2022

2022年722日に開催した東京財団政策研究所「政策提言シンポジウム-政策研究と実践のイノベーションに向けて-」では、当財団の再出発にあたり、新たな理念と研究内容をご紹介し、意見交換をさせていただくことを目的として、市民生活の土台を成す、経済・財政、環境・資源・エネルギー、健康・医療、科学技術とイノベーション、デジタル化と社会構造転換などのテーマによる発表が行われました。
本レポートでは安西祐一郎所長による講演を紹介します。

講演資料はこちら

これまでの時代のシンクタンク
政策立案の過程-新型コロナウイルス対策、国家安全保障と科学技術政策、AI戦略、教育政策
政策立案・実施過程の特徴とシンクタンクの方向
シンクタンクの思考力
東京財団政策研究所の新しい構想

これまでの時代のシンクタンク

世界の激変の中で、多くの日本のシンクタンクが、政治外交や経済、財政、その他の分野で活躍しています。その中で、東京財団政策研究所は何をすればいいのか、どうすればいいのか。その「新しい構想」をお話しできればと思います。

東京財団政策研究所の起源は1997年7月に創設された「国際研究奨学財団」に遡ります。その後1999年に「東京財団」に名称変更、さらに2018年2月、「東京財団政策研究所」と名称が変更されました。同年の6月に門野理事長が就任し、私は2020年12月に所長となり、約1年半が経ちます。特にこの1年半の間、財団は、これからの時代に向け、組織の在り方の全面的な変更を含めて、いろいろな準備をしてまいりました。

私自身はこれまで、慶應義塾大学の理工学部長、慶應義塾長、さらに日本学術振興会の理事長などを務めてきました。その私が東京財団政策研究所というシンクタンクに来て、一体何をするのかと。正直申し上げて、当初私もそれほど深く考えてはおりませんでした。

一流の政治学者、経済学者、またエコノミストの方々が日本全国に多くいらっしゃる中で、私には一体何ができるのかを考えてみて、財団の方向自体もなかなか先が見えないように思われました。

そんなとき、ふと自分の恩師を思い出しました。ハーバート・サイモンという方です。1976年に私は彼のポスドクになり、その2年後、サイモン先生はノーベル経済学賞を受賞されました。受賞理由は『経済組織における意思決定プロセスに関する先駆的研究』でした。シカゴ大学の政治学科出身で、地方自治体の意思決定の実証研究によって研究者になった彼は、その経験をもとに、博士論文で“限定された合理性”の概念を提唱しました。

さらに、この概念を理論的、実証的に確立するために、意思決定過程のモデル化の方法論として、今でいうAIの研究をカーネギーメロン大学で始めました。東京財団政策研究所で行う政策研究、あるいは政策決定の過程とは、そういえば自分の恩師がやっていたことなのだ、ということを思い出したのです。

サイモン先生は日本で知られるような経済学や政治学の流れを歩んだ人ではないので、日本ではあまり知られていないかもしれません。『学者人生のモデル』という自伝がありますので、この機会にご紹介しておきます。

 

シンクタンクにもいろいろなものがあります。政府内の機関、独立行政法人、政府からの出資が予算の大半を占める政府系の組織、あるいは国際系のシンクタンク。1960年代には非営利のシンクタンクや調査研究会社、コンサルティング・ファームが出てきました。1980年代には銀行系等の企業系シンクタンクが、90年代には特に大学が、2010年代にはさらに別の政策提言のルートができてきました。例えばNPOやNGO、またマスメディアの情報番組、あるいはYouTube等での個人による政策提言などです。時代が大きく変わっていくとともに、シンクタンクの在り方も問われるようになってきています。

一方で、時代や世界の大きな変化の中で、日本が直面する4つの圧力があります。国内での少子化と高齢化、国際社会の政治的経済的変化-ウクライナの問題や中国の台頭などもこの変化の中にあります。グローバル世界ではデジタル革命の影響、そして地球温暖化のような自然環境の問題。

1990年代半ばが日本の分岐路だったように思っています。18歳人口の激減、中国の改革開放路線の進展、生産性の低迷やデジタル革命。そして1995年の阪神・淡路大震災の頃から若い世代の生活スタイルが変わり始めました。このように、大きな時代の転換は90年代半ばには始まっており、それからもう20年以上が経っています。その時代の変わり目に、シンクタンクは、何かの役に立ってきたのでしょうか。

日本においても、構造転換は大きな勢いで起こっています。安全保障、経済・財政構造、我々にとって身近な社会の構造、産業構造、雇用・就業構造、さらには日本の足腰、根幹である教育の構造。これらの構造が連動して転換していかなければならない、今はそういう時代です。

ここからは、私の経験してきたいくつかの政策課題について私の経験を交えてお話しし、一体日本のシンクタンクは今後どういう方向を辿っていけばいいのかということを、皆様と共に考えていくきっかけにさせていただきたいと思います。

政策立案の過程-新型コロナウイルス対策、国家安全保障と科学技術政策、AI戦略、教育政策

第一に新型コロナウイルス対策です。私自身は、内閣府の新型コロナウイルス感染症対策推進室のAI・データサイエンスアドバイザリーボードで、情報分野の専門家としてアドバイザーをやっておりました。

内閣府にあるその対策推進室のほか、政府全体で見ると、ワクチン接種の担当があり、それから厚労省があり、都道府県、あるいは政令指定都市、基礎自治体の保健所など、それらがいろいろな形で並行して関わっていました。“想定外”の問題に対して政策担当者はどういう対応の手を打つのかという課題が、新型コロナウイルスの問題で浮上しました。

担当者の頑張りや、国民、市民の協力は素晴らしかったと思います。ただし、やはりデータの縦割りの弊害や、“想定外”の事態に科学的知見を反映することの難しさがありました。医療体制には医師会、国立大学病院、あるいは厚労省などのさまざまな問題がありました。多くの現場は一生懸命やっているのに、システムとしては動かない。元々そういったシステムを作っていないのですから当たり前のことですが、平時からの備えが大事だというのが大きな教訓です。

 

第二に、安全保障と科学技術政策です。科学技術政策にもいろいろ関わってきましたので、その経験も交えて申し上げます。

安全保障の問題は今いろいろと出ておりますけれど、一つは防衛関係費を倍増するのかという点です。現在の防衛関係費はGDPの約1%、およそ5兆円ですが、これを10兆円に上げるのか。岸田内閣の骨太の方針等において、原資をどうするかという問題もあるので、2倍にするとはなかなか言えない。同時に、もちろん防衛力の強化はする。原資と強化の微妙なところをどうするのかが大きな課題ですが、時間がないです。今年中に国家安全保障戦略と防衛大綱、中期防衛力整備計画を出していくことになっています。

では、これからの安全保障の基本になる次期の国家安全保障戦略はどんなことと関係しているのか。大きな関連があるのは経済安保です。経済安保は、特定重要技術とされると考えられる、AI、半導体、医療・公衆衛生、宇宙、海洋、バイオ、製造、ロボット、ネットワーク、エネルギー、サイバーセキュリティ、その他、いろいろな科学技術に関係しています。

そこで科学技術政策について考えると、政策予算の半分近くは文部科学省の予算になっています。文科省は、科学技術については主に国立・私立を含めた大学、また研究機関の研究をサポートしていて、特に基礎研究の予算の多くは文科省予算から出ています。文科省の科学技術政策は、少なくともこれまでは、軍事や防衛とは離れています。

ところが、今申し上げましたように、国家安保、経済安保は科学技術政策と関連せざるを得ません。そう考えると、国家安全保障という問題と大学の基礎研究はどのように関係していけばいいのか、という課題が浮上します。

特に国立大学は軍事研究に敏感ですから、大学がこぞって国家安保のための科学技術研究に協力するかどうか定かではありません。国民、市民の方々は、今申し上げたような背景をご存じない方が多いと思います。

これからのシンクタンクの一つの方向は、市民の方々に情報が行き渡っていないけれどもこれからの日本、各地域にとって重要な問題について、フェアに情報を発信し、市民の方々が自分で考えることのできる素地を提供するとともに、政策を提言していくことでしょう。今申し上げた安全保障と科学技術と大学の問題は、シンクタンクをこのような方向に向けていく、大きな、しかも典型的な事例なのではないでしょうか。

第三に、AI戦略、人工知能戦略ですね。2016年4月、安倍元総理のもとで人工知能技術戦略会議が発足しました。私はその議長を仰せつかって以来、途中でAI戦略実行会議という名称になりましたが、その座長としてずっと関係しております。

2016年4月の日本で総理大臣がAI推進を宣言し、政府レベルでAI戦略の会議体が創設されたというのは、世界の中でも早かったのです。その後次々と主要国、地域の首脳がAIの推進を宣言するようになりました。

なぜ、世界の首脳がこぞってAI推進を宣言したのでしょうか。一つは産業への効果を期待してのことです。アメリカの調査会社のデータでは、2012年に世界のAI関連市場の規模は40〜50兆円です。今はAIのソフトウェアなどに比べるとAIサービス市場の規模が小さいのですが、これから拡大していくと予測されています。

それだけではありません。今はデータの時代になっています。よく「近代の産業資本主義から現代のデータ資本主義へ」と言われますが、データを制する者が世界を制する、経済を制する、政治を制する、そういう時代だということです。

また防衛面、国家安全保障への影響も見逃すことができません。これまでの時代の紛争、戦争とはまったく違う局面が世界各国、地域の安全保障戦略には出てきており、その中心的な技術の一つがAIになっています。例えばアゼルバイジャンとアルメニアの紛争、ナゴルノ・カラバフ紛争の時に、トルコ製のドローンがAI搭載で使われたと言われています。

一方で、AIには半導体の技術が決定的に重要です。半導体技術については、経済安全保障のための政策がとられようとしていますけれども、「日の丸半導体」が以前に比べて見る影もなくなってしまったことは、よく知られているとおりです。特に、ロジック半導体については、日本は壊滅状態です。生産の大半は台湾で、これが中国・台湾の問題にも影響を与えていると思われます。IC、集積回路の販売額も、日本は右肩下がりになっている状況です。

AIの開発や運用を国として広く支援していくには、1つだけでなく多数の高速コンピュータ環境を整備することが不可欠ですが、国家安保にも触れる可能性のあるAIのための半導体技術をまったく外国に頼ってしまってよいのか、という深刻な問題があります。経産省にはAI専用のスパコンがありますが、こういった設備があるからこそ、他国に伍してAI戦略を進めることが可能になるのです。

ただし、AI戦略における最大のネックは人材不足です。AI人材の育成政策は、主要国、特に中国に比べて大きく遅れています。

AIだけではありません。例えばサイバーセキュリティ戦略にしても、やはり結局は人材なのです。サイバーセキュリティの人材は決定的に不足しています。民間でも役所でも、大学でももちろん足りません。

さらに、政府関連だけでなく、民間企業においても情報系の人材が不足しています。不足しているだけでなく、偏在しているという問題があります。情報系の大学を出た人材の多くはITベンダーやメーカーに就職し、ユーザーサイドには行かないのです。AIシステムにしても、サイバーセキュリティ対応にしても、IT関連の仕事はユーザーとメーカー・ベンダーで相談しながら一緒に作っていかないと良いものはできないのですが、それがほとんどできていません。政府関係もそうですが、民間企業のIT関連事業でさえ、メーカー・ベンダーへの丸投げが多いのが現状です。

AIやデータサイエンス、サイバーセキュリティなど、ひと昔まえにはあまり顧みられていなかった科学技術への関心が急浮上しています。ただ、政府から地方自治体、企業、地域社会に至るまで、船に乗り遅れるなという掛け声が多く、人材育成や基礎研究の充実など、長期にわたって着実に進めるべき政策に、少なくともこれまでは目が向いていませんでした。

新型コロナウイルス対策のような想定外の緊急の政策対応、国家安保と科学技術や大学の関係のような広範にわたる、しかも短期間に政策立案をすべき政策課題への対応などに加え、これからのシンクタンクの役割として、AI戦略のように人材育成や研究開発環境の整備などの長中期的な政策課題への対応も十分あり得ると考えています。

第四に、教育の問題です。教育政策にも長年関わってきましたが、教育こそ超長期の政策課題で、2040年頃の教育の問題は今から考えないと間に合いません。

日本の教育予算が非常に少ないのはよく知られている通りですが、予算だけでなく多くの深刻な問題があります。例えば、教員の採用について、採用試験倍率が非常に低い、なりたいという若い世代が少ないという事実があります。この事実は、放置しておくと教員の資質や能力の問題に深刻な影響を及ぼします。中学校教員のデータを見ると、異業種で働いた就労年数が日本では非常に低いのです。つまり、中学校の先生の多くは学校の先生しかやったことがない。生徒がこれから広い世界に出ていこうというのに、教員のほうは学校という閉じた世界のなかでずうっと暮らしてきた人たちが多い、ということです。

教育の世界で起こっている深刻な問題は他にもたくさんありますが、教育の質が低下することは日本の足腰を弱らせることになります。

教育の世界はきわめて複雑で、教育政策を専門とする民間シンクタンクはそれほど多くないと思いますが、これからのシンクタンクの方向を考えると、教育のように、市民に直接関わる問題としても、国や自治体の問題としても、きわめて重要であるにもかかわらず、超長期の課題であって政府当局でさえ持続的に考えにくい政策課題について、粘り強く取り組み、分析と提言を重ねていくことも、有意義な方向だと思っています。

なお、教育や教育政策にかかわる話題は多岐にわたりますが、8月に『教育の未来-変革の世紀を生き抜くために』と題する本を出版する予定ですので、参考にしていただければ幸いです。

政策立案・実施過程の特徴とシンクタンクの方向

では、今まで例を使って説明したことを政策立案・実施過程の面からまとめて考えると、どういう特徴があるのでしょうか。

大きい特徴は、時間とプロセスですね。想定外の事態に対してごく短い間に政策を立案して実施しなければならないこともあるし、教育政策のように、長い時間をかけて、場合によっては20年かけて積み上げなければならないものもあります。

これまでのシンクタンクは、政策立案と実施の過程が短くても超長期でも、もちろん例外もありますが、総じて言えば、同じような方法で提言をしてきたのではないでしょうか。これまでと同じようなやり方で政策提言をしていくことがこれからも成り立つとは限りません。

テレビの情報番組があり、新聞の調査報道があり、週刊の情報誌が溢れ、SNSで「いいね!」を集める情報発信が氾濫し、子どもが将来なりたい職業の一番がユーチューバーという時代に、シンクタンクはどういうやり方で政策提言をしていけばいいのでしょうか。それにはやはり、政策の立案と実施にかかる時間とプロセスの違いに対応することを念頭に、種々の情報発信チャネルを並行して活性化させていくべきだと思います。

さきほど述べたいくつかの事例を政策立案・実施過程の面からまとめると、時間やプロセスの違いの問題だけでなく、他にもシンクタンクとして再検討すべき点がたくさんあります。

例えば、所管府省庁の違い、あるいは自治体でも担当局の違いによって、政策の立案・実施過程が大きく異なります。府省庁同士のつば競り合いもあります。また、政策予算の財源と予算編成過程の複雑さや日程の微妙さ、政治との関係なども、政策立案・実施の過程においては重要な要因になります。

これらの要因については、政府管轄あるいはそうでなくても政府系のシンクタンクであれば、自分のところに関係した府省庁の政策立案・実施過程を熟知しているでしょう。しかし、シンクタンクが独立系たらんとすればするほど、今述べた諸々の要因を詳細に知ることが難しくなります。この難しさを乗り越えるには、結局のところ、国や地域の将来に志を持つ政策研究人材を擁することが重要になります。

残念ながら、このような人材が今の日本に多くいるとは思えませんので、若手研究者の育成を含め、政策研究の人材育成にシンクタンク自身が尽力していくことが重要と考えます。

なお、日本の将来は中央政府によって決まるものではなく、地方自治体の政策立案と実施がきわめて大切です。しかし、全国の自治体に政策人材が多数いるかといえば、そうではありません。むしろ中央政府よりも自治体のほうがずっと人材難だと考えられます。したがって、これからの日本のシンクタンクの方向として、地方自治体の政策立案や実施を支援する方向もきわめて重要になると思います。

シンクタンクの思考力

では、今述べたようなこれからのシンクタンクの在り方を実現し、牽引していく人材に求められる能力は、どのような能力なのでしょうか。深掘りするときわめて興味深い問いなのですが、今日は時間の関係で一つに絞り、シンクタンクの研究者の「思考力」について手短かにお話しします。

「シンクタンクの思考力」を構成する要因は、少なくとも10あります。

その第一は、「政策を動的システムとして認識する」力です。政策は一般に、誰かが構想し、誰かがプランを立て、誰かが承認し、誰かが実施する、という直線的なステップではありません。多くの人がいろいろな役割をもってかかわり、他の多くの政策と錯綜しながら関連し、状況によって内容が変化していく、動的なシステムです。政策というのは、あるポイントだけを見て、そこに対して提言をしたからといって、その政策がうまくいくとは限りません。さまざまな要素をダイナミックに、連動させて考えていかなければ政策を成就することはできません。このことを十分理解して政策研究を進め、政策提言を打ち込んでいく思考力や実践力が必要です。

あとの9つの要因は言葉だけにしますが、第二は「分析だけでなく将来の変化を合理的に予測する」です。責任をもって予測することで、初めて活きた政策提言をすることが可能になります。

第三は「データを重視するがデータに頼らない」力です。エビデンスベースの政策とよく言われますが、エビデンスを重視するのは当然として、意味のあるデータを集めて使うことが肝心であって、手に入るデータを集めて分析すればそれでよし、という態度はもってのほかです。

第四は「解決すべき課題と解決戦略を的確に見つける」力です。政策課題はいくらでもありますが、国や地域の将来のために真に尽力すべき課題を定めることが重要です。

第五は「平時において有事に備える」力です。

第六は「分析や予測の方法と政策現場の複雑さの両方を熟知している二刀流」の力です。

第七は「当該政策について過去の経緯と現状を熟知している」ことです。

第八は、第六と重なりますが「政策立案・実施の過程の知識と経験を持っている」ことです。政策担当者としての経験が必要と思われるかもしれませんが、官僚の経験があればよいというわけではありません。総合職官僚の場合はむしろ短期間での人事異動が多く、専門職は逆に狭い分野の知識や経験に限定される場合が多い。この第八の点は個々人の能力、経験、志に大きく依存します。

第九は「利害関係者とのネットワークを持つこととそのネットワークを特定の方向に牽引するリーダーシップ」です。

最後の十番目は「社会への共感を持ち他者を説得する」コミュニケーション力です。シンクタンクの研究者が持つべき思考力として、社会に生きる市民への共感力は不可欠です。また、猪突猛進ではなく、自分の研究に閉じ籠る人間でもなく、多くの人々と語り合い、志を持って説得に当たることのできる力が重要です。

 

今述べてきた「シンクタンクの思考力」と思考力を成す10の要因は、シンクタンク、官公庁、自治体などをよく知る人にとっては当たり前のことに感じられるかもしれません。また、不遜な言い方に聞こえるかもしれません。しかし、シンクタンクの政策研究者の在るべき姿はこれまでにも語られていますが、政策研究に携わる人の思考のしかたについての論考は、これまで見聞したことがありません。

政府の政策科学振興のための政策立案にも関わったことがありますが、「シンクタンク思考力」を考えることは、若手シンクタンク人材の育成のためにたいへん重要と考えられます。シンクタンク人材の不足を感じるなかで、「シンクタンク思考力」を身につけている、あるいはこれから身につけようと思っている有為の人材がシンクタンクでの研究を志向してくれることを願っています。

東京財団政策研究所の新しい構想

日本には、多くの素晴らしいシンクタンクがすでに存在します。特に経済系、政治外交系には世界に冠たるシンクタンクがいくつかあります。東京財団政策研究所がそうしたシンクタンクの内容と重なるのは如何なものだろうか、と思うところがあります。

そういった中で、東京財団政策研究所の新しい構想として、5つの点を申し上げておきたいと思います。

第一の点は、民間の力を必要とするような、国民、市民、あるいは生活者の視点に立った観点が重要になるいくつかの領域、それらを開発していくこと、それらに特化していくことです。これまでは手薄だったけれども日本の足腰を成すと考えられる領域がいくつかあり、東京財団としてはそれらの領域に光を当てるべきではないかと考えています。

第二は、どういう方法論でそれをやっていけばよいかという点です。この点については、日本の現状とシンクタンク人材の確保に尽きます。特に、霞が関を中心とした官僚、大企業、大学の護送船団体制がオーバーフローしてしまって、時代を掴めていない状況があること、また、その状況をよく理解していて「シンクタンクの思考力」を持ち合わせている、独立心のある研究者を結集していく必要があることです。それには、若手研究者人材の育成も重要と考えられます。

第三の点は、政策研究と実践自体がイノベーティブ(革新的)でありたいということです。特に、どんな領域に焦点を当て、どんな観点で活動していくのかについて、日本の将来を見据えたイノベーティブな政策研究と実践を心がけていきたいと考えています。特化していく領域として、経済・財政の問題は基幹的なものです。また、国際情勢、歴史認識を基底に据えることも大切です。そのうえで、個別の領域として、環境・資源・エネルギー、健康・医療・看護・介護、教育・人材育成・雇用・社会保障、科学技術・イノベーション、デジタルトランスフォーメーションやデジタル革命と社会構造転換の5つの領域を想定します。また、市民の目線での政策研究と提言を進めていきたいと思っています。

第四に、これは当然のことですが、研究のクオリティを確保することです。議論の論理やデータの扱いの質が高いだけでなく、高い品格を保ち、マスメディアやSNSに比べて内容に厚みがあり、しかも実社会に受け入れられる政策提言に繋がるような研究を推進することが大切であると考えています。

最後の第五は、中央官庁だけでなく政策立案・実施主体としての地方自治体の政策支援を心がけていくことです。日本の未来が東京一極だけでなく各地域の活性化に大きく依存しているからですが、市民目線のシンクタンクという考え方とも重なります。

 

現在、東京財団政策研究所では、28の研究プログラム、および別建てのCSR研究プロジェクトが並行して進んでいます。今日のシンポジウムで行われる4つの講演の講演者はすべてこれらのプログラムのどれかの研究代表者です。28の研究プログラムは去年の10月から始まったばかりで、まだ出発点に過ぎませんが、これらの研究プログラムが、研究の質を確保しつつ、東京財団の新しい構想の実現をリードしていくことを期待しております。

以上、東京財団政策研究所の新しい構想について、かいつまんで申し上げました。1997年7月に国際研究奨学財団として出発してからちょうど25年目にあたる今月、このようなシンポジウムの開催が叶いました背景には、ご参加いただいております皆様をはじめ、多くの心ある方々のご尽力があります。皆様、関係者の方々にあらためて深く感謝申し上げますとともに、これからのご指導ご鞭撻ご支援を心よりお願い申し上げます。

まことに有難うございました。

※本Reviewの英語版はこちら

    • 安西 裕一郎/Yuichiro Anzai
    • 東京財団政策研究所 所長
    • 安西 祐一郎
    • 安西 祐一郎

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