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医療逼迫の予防には医療従事者不足を解決せよ
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医療逼迫の予防には医療従事者不足を解決せよ

October 14, 2022

R-2022-057

1.日本の医療崩壊の主要原因は医療逼迫
2.医療逼迫の主要原因は医療従事者不足
3.研修医が多い病院はコロナ患者入院が多い
4.医療逼迫予防には病院医療従事者を増やすことも
5.現場へのペナルティよりマンパワーを与えよ

1.日本の医療崩壊の主要原因は医療逼迫

2020年以降、 COVID-19(以下、コロナ)のパンデミック時では、国内の多くの病院が救急車搬送による多数の患者受け入れ要請に直面した。頻繁に医療崩壊が起き、死亡リスクの高いコロナ患者が入院できないケースが多数見られた。デルタ株の流行が拡大した月には、入院を待つ間に自宅で死亡したコロナ患者が200人以上いた[1]。通常医療でも、緊急性の高い病気の患者が多数入院できない事態も起こり、2022年前半には超過死亡者数の増加も記録された。

日本の医療崩壊の主要原因は医療逼迫といわれている。しかし、医療逼迫の実態は病床不足ではない。これはよく知られているが、人口1,000人あたりの急性期病床数で、日本は先進国中で圧倒的に一位である[2]。コロナが最も多く発生した東京都でも、入院ピーク時にコロナ専用病床の70%が使用されていた程度だった[3]。パンデミック開始から2年間で、全国の急性期病床(897,356床)のうち、コロナ病床として利用されたのは約5%(38,997床)のみであった[4]

大学病院や国公立病院などの特定機能病院での、急性期病床数中のコロナ入院受け入れ割合は多くても10%程度だった。ちなみに、米マサチューセッツ総合病院などの米国主要病院は、急性期病床の25%以上もコロナ患者の入院を受け入れることができていた。

病院医療のレジリエンスを規定するのは、医療の質を維持したサージキャパシティの大きさである。サージキャパシティとは、感染拡大のピーク時にどの程度のケースの入院を受け入れられるかを指す。サージキャパシティの小さい医療システムは、容易に逼迫し崩壊する。では、病床数の多い日本で医療逼迫が起こるのはなぜか?

2.医療逼迫の主要原因は医療従事者不足

入院患者の受け入れを増やせない大きな要因は、病院医療従事者不足である。特に、日本の病院常勤医師数は、先進国中で極めて少ない。100床あたりの医師数は、イギリス108.1人、アメリカ93.5人、ドイツ51.9人、フランス51.8人に対し、日本では18.5人である[5]。多くの識者も、医師不足の解消を推奨している[6][7][8]

コロナ患者は内科系患者であり、感染拡大では内科系診療科が逼迫した。そこで、我々は教育病院における内科系医師の配置数と内科患者受入数の関連を検討した。詳しくはコロナ患者発生件数の多い3都府県(東京、大阪、沖縄)の内科専門医制度認定教育病院を対象に、20204月から20213月までの常勤医師数(内科系スタッフ医師と研修医)と救急車搬送による内科系患者の受け入れの関連の検討である。データソースは、日本内科学会雑誌202112月号にある、内科専門医制度認定教育病院データ一覧表である。

病院分類では、民間病院と公立および準公立病院を合わせて市中病院とした。公立病院は国立や自治体の経営する病院であり、準公立病院は日本赤十字社や済生会が経営する病院だ。3都府県合計117の教育病院のうち、108の病院(市中病院83、大学病院25)のデータを分析した結果、この1年間に、合計102,400人の内科患者が入院していた。平均年間入院患者数は、民間病院が最も多く(100床あたり290人)、次いで公立病院(227人)、準公立病院(201人)、大学病院(94人)であった。内科系医師の配置数と内科患者受入数の関連を検討した結果、大学病院以外の病院では、病院の研修医数が多いほど患者受け入れ数が多かった。具体的には、100床あたりの研修医数が一人多い毎に、100床あたりの患者の平均受け入れ数が11.6人増加していた。

3.研修医が多い病院はコロナ患者入院が多い

研修医が多い病院では入院受け入れ数が増えるということは、入院受け入れ数が少ない病院では研修医不足があることを意味する。もともと日本の勤務医や看護師不足は深刻であった[9][10][11]。今回の分析結果で、少なくともパンデミックにおいては、研修医も不足していることがわかった。

日本の医療従事者を増やすことが、サージキャパシティを大きくして、レジリエンスを高めることで、より多くの命を救えることになるといえる。近年、医師数は増加傾向にあるが[12]、内科系医師は減少している[13]。死亡リスクの高いコロナ患者を含む内科系入院患者の需要に応えるために、内科系医師の数を増やす必要がある。

長期的には、医療システムのパンデミックレジリエンスだけでなく、超高齢化社会のニーズの高まりや医療サービスの拡充に対応できるよう、医学部定員数を増加させるべきである。最近、医学部進学の人気は高まっているが、総定員数が少ないため入学が困難な状況である[14]。このように、日本の高校生にとって将来の医師を目指す需要は依然として高く、優秀な志願者を確保することは難しくない。国民の人口当たりで比較すると、先進国平均定員の約半分しかないのが現状だ。

4.医療逼迫予防には病院医療従事者を増やすことも

日本の救急車搬送は自治体によって運営され、患者負担は無料である。コロナ流行時には、感染症法に基づき、都道府県や自治体がコロナの確定患者や疑いのある患者を対象に患者入院のコントロールを試みていた。基本的には酸素療法が必要な患者を入院の対象としていたが、死亡リスクの高い患者も対象となる。

一般に、日本の病院は、救急隊員からの電話連絡で受け入れ要請があった際、受け入れることも拒否することもできる。拒否の主な理由は、急性期病床が満床であることや、医療従事者(医師や看護師)が不足しているために診療対応できないことだが、東京都の入院ピーク時においても70%が使用された程度だったことから、医療従事者(医師や看護師)が不足していることが主要な理由である。コロナ流行時では、多数の医療従事者が濃厚接触者や感染者となり、自宅隔離となったことを受け、現場の医療従事者不足は加速した。

パンデミック時には、感染症法により、地域医療支援病院や特定機能病院などは患者の急増に備えて多くの病床を確保するよう求められる。都道府県との交渉はあるものの、基本的に各病院のコロナ専用病床数は病院が自主的に確保できる数である。感染ピーク時に受け入れることができるかはそのときの医療従事者のマンパワー体制による。医療従事者不足ではサージキャパシティを増やすことはできない。実際、多くのコロナ患者が自宅やホテル、臨時医療施設でケアを受けることになり、またコロナ以外の病気の重症患者も入院治療を受けることができない事態になった。

5.現場へのペナルティよりマンパワーを与えよ

本稿を執筆している1010日の時点で、政府は、都道府県と地域医療支援病院や特定機能病院などの間で事前に取り決めた受け入れ数を満たないのに受け入れ拒否をした病院には、特定機能病院や地域支援病院の認定を取り消すとする法律を成立させる予定という。しかし、人手不足で逼迫している現場を罰則で追い詰めることは避けた方がよい。病院から医療従事者が立ち去るだろう。認定取り消しも重なると、民間であれば病院が経営破綻する可能性もある。ペナルティよりマンパワーを与えることだ。

もちろん、医療レジリエンスを高めるためには、医療従事者を増やすこと以外にもやるべきことはある。まず、地域に「かかりつけ医」機能を強化し、地域医療構想にDXを導入することだ。かかりつけ医にアカウンタビリティーを求め、ケアの中心と位置付ける。先進的なDXで患者フローに対しアジャイルで効率的なコントロールを行う。病院医師には、ジェネラルに診療できるスキルを身につけるインセンティブ(日本版ホスピタリスト医師認証制度等)を与え、多くの病院診療科医師でパンデミック対応ができるようにする。

日本の医療従事者不足が改善されれば、少なくとも地域の病院では内科系患者受入が拡大できるだろう。長期的な政策提言として、医学部の枠を増やすことも検討すべきである。他の先進国平均並み程度に増やすことを推奨する。


参考文献

[1]250 people who died outside medical facilities in Aug. had COVID, new high: Japan police,” The Mainichi, September 14, 2021. https://mainichi.jp/english/articles/20210914/p2a/00m/0na/002000c

[2] OECD Statistics. Available at:
https://stats.oecd.org/Index.aspx?ThemeTreeId%20=%209
(ページのメニューから、Health > Healthcare Resources > Hospital beds by function of health care > Curative somatic care beds (per 1000 population)で閲覧すると、2020年の1位が日本で7.12位がドイツで4.953位がオーストリアで4.64であることがわかる。)

[3] 厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症患者の療養状況、病床数等に関する調査結果(20218250時時点)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000872222.pdf

[4]  Ministry of Health, Labour and Welfare. Coronavirus (COVID-19).
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00079.html

[5] OECD Health Statistics. 2016. https://www.oecd-ilibrary.org/social-issues-migration-health/data/oecd-health-statistics/oecd-health-data-health-care-resources_data-00541-en

[6]  “It’s time to face the real risks posed by COVID-19” The Japan times, May 24, 2020:
https://www.japantimes.co.jp/opinion/2020/05/24/commentary/japan-commentary/time-face-real-risks-posed-covid-19/ 

[7]  “Physician-turned-politician works to bring doctors to rural Japan,” The Japan times, April 13, 2016:
https://www.japantimes.co.jp/news/2016/04/13/national/social-issues/physician-turned-politician-works-bring-doctors-rural-japan/

[8] 東京保険医協会【要望書】医師数を増やし、労基法遵守の「医師の働き方改革」を要望します. 20180314日)https://www.hokeni.org/docs/2018031600036/

[9] Drive to boost medical workforce numbers continues to stall. BMJ 2022;376:o26
https://www.bmj.com/content/376/bmj.o26?utm_source=etoc&utm_medium=email&utm_campaign=tbmj&utm_content=weekly&utm_term=20220114

[10] Dall TM, Gallo PD, Chakrabarti R, West T, Semilla AP, Storm MV. An aging population and growing disease burden will require a large and specialized health care workforce by 2025. Health Affairs (Millwood). 2013 Nov;32(11):2013-20.

[11] Ahmed, Harris, and J Bryan Carmody. “On the Looming Physician Shortage and Strategic Expansion of Graduate Medical Education.” Cureus vol. 12,7 e9216. 15 Jul. 2020, doi:10.7759/cureus.9216

[12] Japan Medical Association, Number of Physicians in Japan and Proportion of JMA membership (1982- 2018): https://www.med.or.jp/english/about_JMA/physicians.html

[13] Statista, Number of general hospitals with internal medicine departments in Japan from 2014 to 2019:
https://www.statista.com/statistics/1077031/japan-number-of-internal-medicine-departments/

[14] 文部科学省. 学校基本調査 http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm

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