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対談「データに基づく政策決定へ」

R-2022-088

新型コロナウイルス感染者の隔離期間短縮をはじめとし、日々、我々の生活に直結しうる政策が示されています。
しかし、どのようなエビデンスを用いて方針が決まるのでしょうか。データに基づく政策決定を行うにあたり、日本が抱える課題は何でしょうか。このたび江島啓介主任研究員と渋谷健司研究主幹が「人と場」と「ガバナンス」の観点から、未来に向け、日本がどう変わっていくべきか、対談を行いました。

1. 研究と政策の間で
2. 人材不足は本当か?
3. データに基づく政策決定へ

1. 研究と政策の間で

渋谷:江島先生は、新型コロナ感染者の隔離ルール(隔離期間の適切な長さや抗原検査の利用方法)を考えるためのシミュレータを開発した[1]。その中で「感染性のある患者の隔離を終了してしまうリスク」と「感染性のない患者を不要に隔離してしまう期間(負担)」を計算した。9月末の時点[2]では、かなりの国民が、免疫をワクチンと自然感染で獲得している。オミクロンの重症度は低い。パンデミックの終焉も視野に入っている。江島先生はどう思う?


江島:今回の論文[1]で計算したリスクを含んだ、感染に関する様々なリスクを0%に抑えるのは相当厳しい。リスクを抑えるだけでなく、社会経済を回すことも考えないといけないから、今回の研究のように、どのくらいのリスクを許容し、社会的・個人的な負担を最小に抑えるためのルールを設定するかが大事になってくる。それは研究者ではなく、社会の合意形成の中で決めることだと思う。


渋谷:ルールでいうと、感染者の隔離ルールについて複雑な条件を組み合わせるより「一律で何日隔離」を打ち出すのも、政策上は合理的と思っている。ただし、今の「一律7日」は長いと思っていて、「迅速抗原検査で何度か陰性確認ができたら隔離終了」などのオプションを示しても良いだろう。どうですか?

江島:感染性の保持期間は人によって大きく異なるので、迅速抗原検査を使用することで、実際は隔離期間を短縮できる。[3]発症から一定日数が経過すれば感染力は落ちるので、マスクを着用するなど適切な感染予防を行えば、もう少し隔離期間を短くできるかもしれない。いずれにしても、最近の政策が必ずしもデータを根拠に決定されていないように見えるし、そうでないにしても議論がオープンでないことは、問題かと思う。


渋谷
:仰る通り。


2. 人材不足は本当か?

渋谷:感染症数理モデルの専門家は沢山いる。それなのにデータや分析結果に基づいた政策決定が行われない。これはどうしてだと思う?アメリカでは2021年の12月に決まった隔離期間短縮が、何故か1年弱遅れたタイミングで日本でも導入されることになった。政策決定サイドが海外の状況を知らないのか、知っていても別の政治的な要因で決まってしまうのか、科学的なエビデンスの蓄積が乏しいのか。


江島:先生が挙げた点はすべて理由としてあると思う。さらに僕が課題と思っているのは、感染症に関する疫学・臨床データを分析できる人が少ないこと。西浦博先生のチームがよく報道に出てくるのは、裏を返せばそのあたりしか、エキスパートがいないということではないかと。


渋谷
:僕は、そこは反論したい。


江島
:はい、どうぞ。

渋谷:数理モデルなどデータ分析の手法自体は技術的に容易な方。物理学や工学、遺伝学をやっている人の方がもっと大きなデータを複雑なやり方で分析している。在野の人でも、ちゃんと数理モデルを使った分析をしている人がいる。つまりデータ分析手法自体は使える人材は潜在的に多くいると思う。問題は、データが共有されないこと、そして、感染症疫学、遺伝学、データサイエンスといった異なる分野が縦割りのままで、横断的かつ科学的な議論によって、多様な意見や解釈からコンセンサスを形成していくプロセスができていない。「人材不足だからこそ育成を」と日本でよく言われるが、違うと思う。実際はスキルがある人はいるのに分野が閉じていて、「関係ない」人を排除したりデータをシェアしなかったり。問題はそういうカルチャーじゃないかと。


江島:まったくその通りだと思う。僕の言う人材不足は、スキルがあるかどうかだけでなく、分析結果の解釈の仕方やコミュニケーションのような「経験」がある人が少ないという意味。データサイエンティストが公衆衛生や政策形成に関わる機会がなかなか無い。僕はラッキーなことにこうやって渋谷先生と議論させて頂いたり、公衆衛生関係で研究させて頂いていたりするので、実践的な課題に基づいたアイデアがよく出てくる。どんなことが問題か実感しないと、技術がいくらあっても、活かしていけないと思う。「人がいない」ではなく「(うまく公衆衛生とデータサイエンスの研究者をつなぐ)場がない」のかもしれない。 

3. データに基づく政策決定へ

渋谷:コロナをきっかけに、この問題を少しずつでも改善しないといけない。どうすればいいと思う?


江島:僕の今後の目標は、まさにそこです。シンガポールの南洋理工大学医学部で、新しく自分のラボを立ち上げるのは、きちんと臨床・疫学データを見て分析できる人を育てていきたいから。


渋谷
:いいね。僕は二つのガバナンスを変えていく必要があると思う。一つ目はシステムガバナンス。たとえばコロナの全数把握の見直し議論、あれはまったくナンセンスだった。何故全数把握をするのか、その意味を踏まえた議論がほぼ無かった。感染症法にある全数把握は、明治時代につくられた「伝染病予防法」から続くもの。過去は、病名に氏名を付して届出をして、行政が介入して隔離を行うまでしないと感染を防げない、そういう明確な理由があった。でもそれが、今のオミクロンに当てはまるわけがない。120年前の感染症法とそれに規定されたシステムガバナンスを現代に適した形に変えないといけない。

二つ目はデータガバナンス。もっと透明性を担保していかないといけない。たとえば東京オリンピックの時、バブル方式で選手たちを完全に隔離して、定期的にPCR検査を行った。その時のデータを感染研は一切、外に出さなかった。一時期をのぞいてダイヤモンド・プリンセス号の二次感染含めた貴重なデータも外に出なくなった。データをめぐる透明性担保の土台が無いと、誰がデータを扱い、どういうメッセージを出すか次第で、非常に状況がポリティサイズされてしまう。

日本だけではなく、データ重視のイギリスも政策決定では似たような状況だけど、シンガポールは学者と政治が分断されずに、世界の中でも早いうちに、数理モデルを活用して隔離期間短縮やワクチン接種を実施し、ウィズコロナへシフトしていった。


江島:シンガポールのデータを分析している中で印象的だったのは、すべて個票データが公開されていて、オープンだったこと。情報へのアクセスがしやすいと思った。僕が行く南洋理工大学医学部はNCID(シンガポールの国立感染症センター)と連携している。建物もつながっているし、NCIDで集積したデータがすぐに手に入る。ちょうど採用面接に行った時は、シンガポールでサル痘の第一例が確認されたタイミングで、患者さんを診ていた医師と話すチャンスもあった。現場に近いというのは、とても重要だなと。また、シンガポール全体として、研究、医療現場、政策とがすごく近いと感じた。ただ、これは小さい国だからこそ柔軟に対応できるのであって、日本は大きいからこそ、難しいのかもしれない。言い訳っぽく聞こえるかもしれないけれど。


渋谷
:僕は、言い訳だと思っていて(笑)

江島:(笑)

渋谷:データをどう管理するか。日本はデータを中央に集めて一元的に管理しようとするから、結局うまくいかない。大きい国でも、たとえばイギリスではGenomics England社など、遺伝子データを扱っているところで、自律分散型でプライバシーを担保しながら、データ分析している。今後、Web3.0の時代になっていく中で、自律分散型のシステムは非常に重要になってくる。社会・経済的にもデータガバナンスが重要になる。そもそも経済的なガバナンスを利かせる意味でも、データの取り扱いを変えていかないといけない。

もちろん、日本のコロナ対策で褒めているところもある。詳細は過去のReview[4]を読んで頂きたいのだけれど、皆が不満を抱いているデジタル庁の新型コロナワクチン接種証明書アプリ[5]は、中央集権的な「国家の承認」を必要としないSMART Health Cards(SHC)[6]を使っている。アメリカやシンガポール同様、自律分散型。個人個人がお互いにデータの信頼性を担保し、自分自身でデータを管理する仕組みを採用している。これは画期的だと思う。デモクラティックな仕組みは、日本でも生まれつつある。

江島先生がこれから行くシンガポールは、こういう自律分散型のデータ管理で世界の先を行っているので、ぜひ学んでシェアしていってほしいと思う。データに基づく政策決定について、どうするべきか話してきたわけだけど、最後に今後の展望を聞かせて頂けると。

江島:僕はこれまで数理モデルをツールとして使い、社会や政策に役立つ研究を心がけてきた。新型コロナを通して実感したのは、実際の政策決定のプロセスは想像以上に複雑だということ。研究で得られたエビデンスを政策に反映させていくには、研究者、政治家、行政、メディアの間のコミュニケーションがもっと必要だと思っている。僕たち研究者ももっと政策に踏み込み、また向こう側からも歩み寄ってきてほしいと思う。

これから立ち上げるラボでは、人を育てると共に「こういうデータを使うと、こういう政策決定に役立つ」という実績を積み上げて、臨床現場でのデータ取得から政策決定を「まるっと」つなげるシステムを作り上げていきたい。データサイエンティストだからこそ、「データ」をキーワードとすることで、現在、距離があるように見える、「臨床」と「政策」の橋渡しができるのではと思っている。


渋谷
:僕はデジタル化が進んでいないところをフォーカスしたい。リアルタイムでデータを集め、共有するシステムが無い。単に電子カルテ化すれば、それでDX達成、解決という話ではなく、我々はデジタルのトランスフォーメーション(A complete change)を為さねばならない。そして同時に、どういうデータを集めるかの規定について、120年前の感染症法の法律のフレームワークを引きずるのではなく、自律分散型、Web3.0的なデータガバナンスになるよう、日本を変えていかないといけない。引き続きその研究と、提言を重ねていきたい。

 

(編集・構成:東京財団政策研究所 研究部門 益田)


江島 啓介 主任研究員 プロフィール
広く公衆衛生の中での数理的アプローチの応用を研究している。近年はウイルス量データの数理モデルによる分析を通じたCOVID-19の疫学、臨床科学、制度設計における問題解決など。202211月より、シンガポール南洋理工大学医学部助教授に着任。数学×感染症に興味のある学生、ポスドクを募集中。

渋谷 健司 研究主幹 プロフィール
元キングズ・カレッジ・ロンドン教授および元東京大学大学院医学系研究科教授。東京財団政策研究所で「ポスト・コロナ時代における持続可能かつレジリエントな医療・看護・介護システムの構築に関する研究」研究プログラムの総括をつとめると共に、相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター・センター長として、新型コロナワクチン接種の支援も行なっている。

参考文献

[1] 新型コロナ感染症患者の適切な隔離期間や抗原検査の利用方法を考えるためのシミュレータ。Jeong, Y.D., Ejima, K., Kim, K.S. et al. Designing isolation guidelines for COVID-19 patients with rapid antigen tests. Nature Communnications 13, 4910 (2022). https://doi.org/10.1038/s41467-022-32663-9

[2]COVID-19の集団免疫レベルの低下と再流行時期の予測」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4094

[3] 202297日、厚生労働省は有症患者に対する隔離期間を発症後10日間から7日間に短縮した。10日間隔離ルールの場合、感染性のあるまま隔離を終了してしまうリスクは1%ととても少ない。一方で、我々の研究によると、4日間隔で抗原検査を実施し、2回連続で陰性を確認次第、隔離を終了するようにルールを仮定した場合、同様にリスクは1%と計算された。ただし、実際の隔離期間は平均して8日、つまり2日短縮できることがわかった。

[4] 「デジタル証明書:科学的なコロナ対策の要」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3868

[5] デジタル庁「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」https://www.digital.go.jp/policies/vaccinecert/ (20221213日閲覧)

[6] “ワクチン接種履歴や検査結果などの医療情報をデジタル記録するための、オープンで相互運用可能な国際標準です。ユーザーが自身の医療データをスマートフォンで管理し、その内容へのアクセスをコントロールするという原則に基づいているため、個人情報の保護に最大限配慮した仕組みとなっています。......”20211217日 コモンズ・プロジェクト日本委員会 プレスリリース資料)https://www.i-house.or.jp/programs/wp-content/uploads/2021/12/SHC_adoption_PR_Final20211217.pdf

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