保育所における虐待を防ぐ方法はあるか | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

保育所における虐待を防ぐ方法はあるか
画像提供:Getty Images

保育所における虐待を防ぐ方法はあるか

February 22, 2023

R-2022-123

※本Reviewは筆者がnoteに掲載した記事に改変を加え、転載したものです。

静岡県裾野市のさくら保育園で元保育士が園児に虐待をしていたことで、保育士が逮捕されたことは記憶に新しい。これを受けて静岡県と裾野市は、さくら保育園に対し、児童福祉法に基づく「特別監査」を実施した。今回裾野市が行った「特別監査」というのは、児童福祉法第46条に基づいて、普段から都道府県が行っているものだ。普段は「指導監査」と呼ばれ、年に1回の実地検査が義務付けられている。これに加えて、子ども・子育て支援法第38条においても、市区町村による「確認監査」の実施が義務付けられている。さらにそれに加えて、「第三者評価」も行われている。保育所に対しては、これだけ多くの監査や評価の仕組みがあるのに、これらは機能していなかったのか。

 

まず、第三者評価は受審が「努力義務」なこともあり、受審率が極めて低いという問題がある。平成31年に厚労省が実施した調査をもとに計算してみると、受審率はわずか7%という低さである。全国的な受審率は低いのだが、唯一受審率が70%を超えているのが東京都である。これは第三者評価の受審にかかる費用を100%補助しているためだ。私たちのプログラムでは、過去4年間に東京都で行われた認可保育所の第三者評価の結果(N=3,084)を分析している。第三者評価は、7つに分類される評価項目について、「実施あり」「実施なし」「非該当」のいずれかで評価が行われる。その結果を集計したのが表1だが、ほとんどの項目で「実施あり」が95100%という高い割合になっていることがわかる。特に、カテゴリー1(リーダーシップと意思決定)やカテゴリー6(サービス提供のプロセス)は100%の保育施設で「実施あり」となっており、保育所間の差はないという状況になっている。


表1:東京都の保育所の第三者評価の結果(20182021年度、N=3,084

出典:藤澤他(2022)[1]


では、東京都の認可保育所のサービス内容や質には「差がない」と判断してよいのだろうか。このことを検証するため、私たちの研究グループは、東京都下のある自治体で、市内の全認可保育所(14園の5歳児クラス)を対象として、20202022年の3年間にわたって「保育環境評価スケール」を用いた保育の質の評価を行った。「保育環境評価スケール」(Early Childhood Environment Rating Scale, 3rd edition, Harms et al., 2015; 埋橋訳, 2016; 以降 ECERS と略記)とは、幼児教育・保育の質を定量的に評価する尺度である。認知発達理論や愛着理論を基盤に米国で開発されたが、今では北欧やアジア、アフリカなど様々な国での幼児教育・保育の質のモニタリングに用いられている。具体的には2名以上の観察者が保育所を訪問し、3時間半程度の観察を行う。ECERS 6 つのサブスケール(「空間と家具」「養護」「言葉と文字」「活動」「相互関係」 「保育の構造」)にそれぞれ 411 の具体的な項目が計 35 あり、各項目には 15 前後の指標が 計 461 含まれるという構成になっている。これらを集計して、最終的には17点のスコアで質の高低をあらわす。1点であれば「不適切」、3点であれば「最低限」、5点であれば「よい」、7点であれば「非常に良い」という評価になる。この自治体の第三者評価の結果はほとんどすべてで「実施あり」となっており保育所間の評価に差がないのだが、図1ECERSの結果を見てみると、ECERSは、3点が「最低限」で、5点が「よい」と判断されるので、「最低限」から「よい」まで、かなり保育の質には差があるまであるということがわかる。

1:東京都のある自治体の認可保育所における「保育環境評価スケール」の結果

出典:藤澤他(2022[2]

私たちのプログラムでは、複数の自治体の認可保育所でECERSを用いた評価を実施している。その結果、同じ自治体内であったとしても、保育の質のばらつきは大きく、保育所間で差があるだけでなく、同じ保育所内でもクラスによって、あるいは計測した年によってばらつきがあることが分かっている。

 また、私たちのプログラムでは、この東京都内の自治体の全認可保育所に通う子供たちの発達や就学後の学力についてのデータも取得している。これを分析してみると、ECERSと発達や学力の間には統計的に有意な相関がある一方、第三者評価の結果には相関がなかった。

 では、都道府県が行う指導監査は機能しているのだろうか。指導監査については、年1回以上の実地検査(行政の担当者が実際に保育所に行って現地視察を行うこと)が義務づけられている。しかし、自治体の人員不足から、実地検査の実施率は低く、都道府県側は、実地検査を廃止し、書面のみの監査とするよう要望してきていた。この結果、政府は「地方からの提案等に関する対応方針」(平成301225日閣議決定)において、「児童福祉施設に対する施設監査(中略)については、地方公共団体の事務負担の軽減を図るため、利用者に対する処遇の質の確保に留意しつつ、監査事務を効率化する方向で検討し、2019 年度中に結論を得る。」としました。つまり都道府県の要望に従って、なし崩し的に保育所の実地検査を廃止しようとしたわけだ。

 そして、厚生労働省は、児童福祉法施行令の一部を改正する政令案で、現行の指導監査を「書面のみの監査でも可能とする」という規制緩和を検討し、20221月にパブリックコメントを受け付けました。280件の意見が寄せられたものの、実地検査を廃止し、書面のみの監査とすることに賛成する声は1件もなかったという。下記は、実地検査の廃止に反対するコメントの1つである。

 (例)保育施設の質の低下が懸念されている昨今、原則としての実地検査をやめてしまうことに強く反対です。特に0歳児などの子どもは、何か問題が起きていても誰かに伝える術を持ちません。そして、親も保育施設内のことは、隠されてしまえばわかりえません。そんな中、実地でなくても良い、としてしまえば、問題を隠蔽しやすくするだけです。

 私たちのプログラムでは、関東の複数の自治体で悉皆的に認可保育所の調査を行っており、1年間に約80クラス以上の観察を行っている。研究者やトレーニングを受けた専門の調査員が1日のうちわずか3時間半という短い時間、保育所を訪問するだけでも、日頃の保育の様子を窺い知ることが出来、多くの情報を得られる。今回の裾野市のような事案を早期発見する意味でも、実地検査は重要だと考えられる。また、子どもに対する虐待は、保育士に大きなストレスがかかった結果として生じることがあるので、実地検査によって、保育士のSOSを早期に検知、発見することも期待される。

 厚生労働省がとりまとめた「保育所の指導監査の効率的・効果的な実施に向けた自治体の取組等に関する研究会報告書」によると、都道府県が行う指導監査は、指摘基準等の斉一化がなされておらず、多くのローカル・ルールが存在したり、監査員個人の主観や私見が含まれたりすることに指導を受ける側の不満が強いことや、子ども・子育て支援法の第38条に基づいて市区町村が行う「確認監査」と重複している、といった無駄も多数指摘されている。

 以上のような実態を踏まえ、いくつかの提案をしたい。

 第一に、背景となる根拠法や通知が異なる指導監査、確認監査、第三者評価の機能を集約化する必要がある。ローカル・ルールを廃し、指導基準を標準化すべきだと考える。保育の質を計測する尺度はECERSのみではなく、多様な側面からの評価は必要だが、少なくとも指導基準はECERSのように、子どもの将来の成果を予測することが確認されているような、妥当性と信頼性の高い指標を用いることが望ましい。また、児童福祉法では、指導監査は「都道府県の職員が実施すべき」と規定されているが、これの見直しも必要である。都道府県の職員の人員不足は短期的に解決することはできない。しかし、指導基準を標準化しておけば、行政の職員でなくても評価を担当することはできるはずだからだ。

 第二に、書面監査についても、紙ベースでの提出や管理が原則となっているところをデジタル化する必要がある。監査事務を自動化、効率化し、行政と保育施設側双方の負担軽減につなげることができるだろう。指導監査や実地検査によって収集された情報やデータをデータベースに蓄積することで、継続的な「モニタリング」を行う体制を整えることもできる。例えば、離職者数、財務状況、保護者からの苦情の件数等に大きな変化が生じている施設があれば、実地検査の対象となる施設としての優先順位を上げるなどして、早期に問題解決を図ることもできるだろう。

 第三に、やや中長期的な課題だが、イギリスにおけるOfsted (Office for Standards in Education)、アメリカにおけるQRISQuality Rating and Improvement System)のような行政機関を作る必要がある。これらの組織は、保育の質を定量的に計測し、モニタリングしている。これらの組織が保育の質のモニタリングに用いているものの1つがECERSである。エビデンスに基づいて、モニタリングの方法を洗練させようとしている点は、わが国も見習うべきところが多くあるように感じる。


[1]藤澤啓子・杉田壮一朗・深井太洋・中室牧子(2022) 福祉サービス第三者評価と保育の質との関連:現状と課題 RIETI Discussion Paper Series, 22-J-042 

[2]新・保育環境評価スケール①<3歳以上> Harms, Clifford & Cryer 著 埋橋玲子訳(2016) 法律文化社

 

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

PROGRAM-RELATED CONTENT

この研究員が所属するプログラムのコンテンツ

DOMAIN-RELATED CONTENT

同じ研究領域のコンテンツ

VIEW MORE

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム