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科学技術をめぐる国際協力 ―OECDにおけるバイオテクノロジー分野への取り組み事例と日本への示唆
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科学技術をめぐる国際協力 ―OECDにおけるバイオテクノロジー分野への取り組み事例と日本への示唆

April 6, 2023

R-2023-002

はじめに
バイオテクノロジーの分野におけるOECDの活動
OECDの活動が持つ意義
最後に:日本への示唆

はじめに

現在、世界が直面している、気候変動をはじめとする地球環境問題や、世界的なパンデミックへの対応には、国境を越えたグローバルな協力・連携が求められる。そして、その解決における科学技術の役割は疑う余地がない。各国のリソースが限られる中、科学技術やその政策における国際協力の必要性はかつてなく高まっている。一方で、科学技術は国家の経済的な産業競争力や安全保障にも大きな含意を持つことから、戦略的自立性(strategic autonomy)等がうたわれ、昨今の地政学的な緊張の高まりにより、科学技術の分野の安全保障化(セキュリタイゼーション)が加速している[1]。このように環境要因が大きく変化する中、科学技術イノベーションをめぐる国際協力や国際的なコミュニティ形成に、日本はどのようにかかわっていくべきか。

経済協力開発機構(OECD)は設立以来、環境、エネルギー等、様々な分野での情報共有に基づく協議・協力を行っており、科学技術イノベーションも主要な政策領域として、科学技術政策委員会(Committee for Science and Technology PolicyCSTP)等を中心に取り組んできた[2]CSTPでは、グローバルな科学技術イノベーション(STI)の現状と展望について整理した「STI Outlook」という報告書を2年に一度公表している[3]。また、現在、「科学技術政策2025ST Policy 2025)」という科学技術イノベーション政策の包括的なツールや枠組み構築に関する取り組みも展開している。こうした科学技術イノベーション全般のガバナンスに関する活動とともに、具体的な技術の検討も行っている。例えば、昨今はニューロテクノロジー(neurotechnology)を取り上げ、「ニューロテクノロジーの責任あるイノベーションに関する理事会勧告」[4]を出した。こうしたOECDの活動はバイオテクノロジー分野でも長く実施されてきた。そこで、本稿は、OECDにおけるバイオテクノロジー分野におけるこれまでの活動をふりかえることで、その役割や意義を検討し、科学技術分野の国際協力における日本への示唆について論じる。

バイオテクノロジーの分野におけるOECDの活動

1980年代~90年代、遺伝子組換えプロダクトの市場導入が目されると、各国の検討に先立ち、OECDCSTPがその安全性評価の検討について中核的な役割を果たした。理事会勧告を含む文書である『組換えDNAの安全上の留意点(「ブルーブック」)』[5]、および、その後作成された『現代のバイオテクノロジー由来食品の安全性評価:概念と原則(「グリーンブック」)』[6]による安全評価の手法や概念の提言が、その後のバイオテクノロジーのルール形成に大きな影響を持った。例えば、現在、ほぼすべての国の遺伝子組換えプロダクトの安全性評価の基本となっている、「ケースバイケース」、「安全に利用された過去の経験(history of safe use)」、食品の安全性評価に関する考え方[7]などはいずれもこれらの報告書で提唱された。

ここでの議論やコンセプトは、その後、より加盟国数が多く、法的拘束力が強い、議論の場―環境放出の安全性を議論する生物多様性条約(CBD)や、国際食品安全規格を策定する国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)による政府間組織のコーデックス(食品規格)委員会(以下、コーデックス)といったフォーラム―に伝搬し、ルール化された。さらにこの動きに並行して、安全性評価に関する考え方が各国の遺伝子組換え技術の安全性評価のルールに落とし込まれていったという経緯がある。OECDを舞台にコンセンサスを形成した行政官や専門家が国際・国内的にも伝搬させた側面もあるだろう。日本からも当時、旧通産省などがこのプロセスに活発に貢献した[8]

こうした初期の調和に向けた活動があったものの、結果的には、予防原則が強い欧州と、プロダクトごとに既存の法規制体系の中で管理する米国のように、遺伝子組換えプロダクトのリスク管理の仕方は国ごとに非常に異なることとなった。しかし一方で、科学的な安全性を考える基本的なコンセプトやアプローチは一致しており、その点で初期のOECDの役割は非常に重要であった。その意味でOECDは将来的課題の初期段階において先駆的なレポートを作成するシンクタンク的な役割を持っていたと評価できる[9]。実際、「先進国間で科学的なコンセンサス形成をするOECDでの議論抜きには、コーデックスの組換え食品の安全性の議論はなしえなかった」とコーデックスのバイオ特別部会の元議長は当時を振り返る[10]

1990年代後半以降は、主としてOECDの環境局が、バイオテクノロジーの環境安全と食品飼料の規制当局による情報を収集し[11]、遺伝子組換えプロダクトごとの技術的なコンセンサスドキュメント[12]の作成や、バイオトラック(Bio Track)というデータベース[13]の管理を行っている。上述の通り、遺伝子組換えに関する各国の規制はモザイク化したが、ゲノム編集をはじめとする新たな育種技術(NBT)が登場すると、その規制上の取扱いをめぐる差異はさらに拡大した[14]OECDでは2018年に農業分野への適用に関するゲノム編集の会議を開催してその結果を報告書にまとめ[15]、複雑化する各国の規制の情報共有を行い、相互学習に寄与した。なお、農林水産省は以前よりOECDの環境局に人材を派遣していたが、この会議の開催にあたり追加的に人材を派遣し、その後も同局に継続的して派遣している。

OECDでは、2009年に「バイオエコノミー」の概念を提唱し、2030年にバイオ産業の市場が大きく拡大することを予測した[16]。この文書は政策のエビデンスとして大きな影響力を持ち、多くの国でバイオエコノミーに関する政策が講じられていった。日本のバイオ戦略もその例外ではない。

そして今、更なる新たな技術として、エンジニアリング・バイオロジー(Engineering Biology:合成生物学をはじめとする新たなバイオテクノロジーの利用)をめぐる議論に関心が寄せられている。STI Outlook(2021)でも、合成生物学・バイオファウンドリー[17]が取り上げられ、技術ガバナンス上の課題や非競争領域での協創的なプラットフォームの必要性が論じられた。研究者や様々な主体も議論の場の必要性を論じている[18]

OECDの活動が持つ意義

上述のバイオテクノロジーの分野における活動から、加盟国における技術のガバナンスや科学技術政策の形成におけるOECDの機能として、以下の点が挙げられる。

  • 加盟国間での問題認識の醸成、ガイダンス等の策定による一定の方向性・調和・コンセンサス形成:上述の初期のバイオテクノロジーの安全性評価に関するルール形成の経験のように、OECDの勧告や文書が、実際にその後の国際・国内のルールに大きな影響を持つこともある。OECDは一定の効力を持つが、それに至らないレポートやガイダンスであっても、そこから逸脱した対応をとることは公開非難(naming and shaming)にさらされることとなる。また、OECDのバイオエコノミーに関する報告書のように、概念を提唱することで多くの国の政策のエビデンスを提供するという機能も持つ。
  • エビデンスの蓄積、経験や教訓の共有:環境局が取りまとめをしている規制動向やデータベース、ゲノム編集に関するシンポジウムなどは、様々な事例(ベストプラクティス)の蓄積、学習の場となりうる。OECDは各国の経験を直接把握するうえで極めて重要なルートとなり、また、日本の活動の発信やプレゼンスの向上においても有効である。OECDではAI Observatoryのように、関連する各国の動向を集約したシステムの構築も行っている。バイオテクノロジーの分野やゲノム編集についてもそうしたObservatory[19]を設置することも考えられる。
  • 科学技術ガバナンスに関する考え方や手法の共有:前述のとおり、OECDではバイオテクノロジー等の個別の技術的な取り組みに加えて、一般的な科学技術ガバナンスについての枠組み構築にも取り組んでいる。日本では技術が個別セクターで具体的な形になってから対応が開始されがちだが、OECDで繰り返し論じられてきた将来を見据えた技術の社会影響評価(forward looking Technology Assessment)や、先見的ガバナンス(anticipatory governance[20]を、日本の科学政策の中にきちんと位置付ける必要がある。
  • その他、多様なキーとなる主体を集めて議論できるOECDの会議主催力(convening power)とネットワーク構築力も重要である。

最後に:日本への示唆

以上、OECDの活動が持つ機能についてメリットを中心に論じたが、もちろん限界もある。OECDの文書は、基本的にはいわゆるソフトローであり、実効を強制するものではない。その意味でソフトロー・ハードローのメリット・デメリットを踏まえて活用していくことが必要となる。また、OECDは、非加盟国への影響力拡大も進めているが、参加主体は基本的に加盟国に限定されており、国連のように途上国を含む多様な主体がいるわけではない。そういう意味で包括性には欠けるかもしれない。しかし、国際社会が様々な要因で分断する中、基本的価値観に一定の共通性があり(like minded)、技術的な能力が相対的に近い主体のフォーラムでの議論が、今まで以上に重要性を増していることも事実である。

国際協力を議論するルートはOECDのほかにも、国連や地域における政府間組織、バイ・マルチの外交ルート、産官学のプラットフォーム、学会など様々なものがあるので、多方面で重層的に展開することがますます大事になることも忘れてはならない。また、国の研究開発プロジェクトの多くが、グローバル化を提唱しているにもかかわらず、そうした分野への投資がほとんどなされていない。様々な国際フォーラムとの連携・つなぎができるネットワーク力のある人材(行政官のみならず、自然科学系・人文社会学系の研究者も含めて)の育成への予算措置や、研究開発・コミュニティ形成・国際的なルールメイキングについての研究体制も、改めて問い直す必要がある。

科学技術の国際的なコミュニティ形成を考える上でも、国際ルール形成を考える上でも、日本のプレゼンス向上のためにも、こうしたことを踏まえて、国際社会との付き合い方・活用の仕方を検討していくことが求められる。


[1] 鈴木一人 東京財団 Review 「新しい科学技術政策と経済安全保障」.https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3910

[2] 城山英明 東京財団 Review OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策の検討-社会技術システムの移行に向けて」.https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4165

[3] 最新版の「STI Outlook 2023」が20233月に出版され、当財団の研究プログラム「科学技術政策システムの再構築」が2023317日に開催した国際シンポジウム「社会技術システムの移行に向けて-OECDにおける新たな科学技術イノベーション政策を踏まえて-」でも紹介された。
https://www.tkfd.or.jp/events/detail.php?event_id=2180

[4] OECDウェブサイト OECD Recommendation on Responsible Innovation in Neurotechnology
https://www.oecd.org/science/recommendation-on-responsible-innovation-in-neurotechnology.htm

[5] OECD (1986) Recombinant DNA Safety Considerations: Safety Considerations for Industrial, Agricultural and Environmental Applications of Organisms Derived by Recombinant DNA Techniques.

[6] OECD (1993) Safety Evaluation of Foods Derived by Modern Biotechnology: Concepts and Principles.

[7] 遺伝子組換え食品は丸ごと評価できないことから、組換え体とその比較対象物との相対的な安全性に注目して評価する。

[8] バイオインダストリー協会(1997)『OECDと日本のバイオテクノロジー政策:科学的方法論が先導する安全論議』.

[9] 具体的な経緯は、松尾真紀子(2008)「食品の安全性をめぐる国際合意のダイナミズム-遺伝子組換え食品の事例」城山英明編『科学技術のポリティクス』東京大学出版を参照。

[10] 松尾真紀子, 豊福肇, 野田 博之, 渡邉 敬浩 (2023) 開催報告 「シンポジウム:コーデックス60周年記念プレイベント コーデックスの60年を振り返る」『食品衛生研究』, pp.3140

[11] バイオテクノロジー規制監督調和作業部会(WPHROB)と新規食品・飼料安全性作業部会(WPSNFF)が各国の規制状況の報告書を毎年作成している。
OECDウェブサイト Biosafety – BioTrackRecent developments in delegationsを参照。
https://www.oecd.org/chemicalsafety/biotrack/

[12] OECDウェブサイト Consensus documents: work on harmonisation of regulatory oversight in biotechnology
https://www.oecd.org/chemicalsafety/biotrack/consensusdocumentsfortheworkonharmonisationofregulatoryoversightinbiotechnology.htm
OECDウェブサイト Consensus documents: work on the safety of novel foods and feedshttps://www.oecd.org/chemicalsafety/biotrack/consensus-documents-safety-of-novel-foods-and-feeds.htm

[13] OECDウェブサイト BioTrack Product Database
https://biotrackproductdatabase.oecd.org/default.aspx

[14] Tachikawa, M., & Matsuo, M. (2023). Divergence and convergence in international regulatory policies regarding genome-edited food: How to find a middle ground. Frontiers in Plant Science, 14.
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2023.1105426/full

[15] The OECD genome editing hubに会議の報告書等が掲載されている。
https://www.oecd.org/environment/genome-editing-agriculture/
また、各講演者によるペーパーも、Transgenic Research, Volume 28, Issue 2 Supplementの特集号に掲載されている。https://link.springer.com/journal/11248/volumes-and-issues/28-2/supplement

[16] OECD (2009) The Bioeconomy to 2030: designing a policy agenda
https://www.oecd.org/futures/long-termtechnologicalsocietalchallenges/thebioeconomyto2030designingapolicyagenda.htm

[17] バイオファウンドリーとは、合成生物学等の技術開発に必要な装置群を集積・オートメーション化した技術パッケージとされる。
経済産業省 近畿経済産業局「バイオものづくりを加速させる - 関西のバイオファウンドリ」
https://www.kansai.meti.go.jp/2-4bio/biomonodukuri/kansai_biofoundry_vol2.pdf

[18] 例えば、合成生物学に関する政策担当者と開発者等のグローバルなフォーラムが必要として、OECDや合成生物学に関するEBRCEngineering Biology Research Consortium)等の8つのコミュニティによる産官学の1.5トラック的なグローバルなフォーラムの提案がなされている。
Dixon et al. (2022) Comment - A global forum on synthetic biology: the need for international engagement, Nature Communications volume 13, Article number: 3516.

[19] こうした考えは、下記文献でも述べられている。Jasanoff, S., & Hurlbut, J. B. (2018). A global observatory for gene editing. Nature, 555(7697), 435-437.

[20] STI Outlook 2023の第6章でも取り上げられている。
https://www.oecd.org/sti/oecd-science-technology-and-innovation-outlook-25186167.htm

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