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第4回 「喜ぶ人の顔が見たい!」分散型水処理で水に困らないコミュニティをめざす 未知みちる水のインタビュー
画像提供:笹川氏作成

第4回 小熊久美子(東京大学)「喜ぶ人の顔が見たい!」分散型水処理で水に困らないコミュニティをめざす 未知みちる水のインタビュー

May 25, 2023

R-2023-013

未来の水を担う次世代、とりわけ高校生のみなさんに、知っているようで知らない水にまつわるお話を、研究者の視点からお届けします。水に関わる研究者は、どんなきっかけで水分野に出会い、今の研究に取り組むようになったのでしょうか?そこには、身近な疑問や10代の頃の経験、学びの過程で出会った本などが大きな影響を与えているかもしれません。ご自身の著作をベースに今の研究に携わるきっかけや次世代に伝えたいメッセージを伺います。

環境全体から、「人が使う水」が関心の中心に
一概に新しい技術を持ち込むことでは解決しない
「失敗」も共有することで、始めから分散化も選択肢に加わってくる
工学に大切なのは、人間に興味を持つこと
「クミコ村」で水への意識を変えていく?!

もっと知りたいあなたに!小熊さんのお薦め本
訪ねてみよう!小熊さんお薦め水名所:福島県裏磐梯・五色沼湖沼群

4回 「喜ぶ人の顔が見たい!」分散型水処理で水に困らないコミュニティをめざす

お話:小熊久美子さん(東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー/東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻 准教授)

4回は、東京大学准教授の小熊久美子さんに、『アジアの環境研究入門』(東京大学出版会、20147月)、第IV部 展開される知「アジアの水は安全か?-都市環境工学から考える」を入り口にお話を伺いました。水に関わる研究を志した背景や消毒技術を実践する上での意外な葛藤、「技術で喜ぶ人の顔が見たい」という研究モットーから広がる今後の展望についてお話していただきました。



東京財団政策研究所「未来の水ビジョン懇話会」メンバー。大学院工学系研究科修了、博士(工学)。2019年4月より現職。水質と人の健康の観点から、水の微生物汚染と水系感染症、また紫外線処理を始めとした消毒技術について研究を行う。東南アジア諸国および国内の中山間地域での分散型水供給の実証実験にも取り組んでいる。

 

環境全体から、「人が使う水」が関心の中心に

なぜ水に関わる研究を始めたのでしょうか?

高校生の頃に、何か環境問題に関わる勉強がしたいと思ったのが最初のきっかけです。森林、海洋、食料、気候変動など、興味のある課題を調べていった時に、これらのキーワードを全て水がつないでいるのではと気がつきました。東京大学では学部2年生で学部・学科を選択しますが、当時から環境と名がつく学科がいくつかあり、迷った末に水の専門家が多い工学部都市工学科に進みました。そこからいよいよ水にフォーカスして、研究が面白いと思うままに博士課程まで行ってしまったという感じです。

具体的にはどんな研究をされていますか?

研究の中心は水の「質」です。研究の入口は環境問題だったのですが、進めていくうちに人の健康と水、人が使う水の質に絞り込まれて来ました。狭く言えば消毒が専門で、特に微生物の制御が一番の関心事です。実は健康被害の原因となる水汚染のほとんどは微生物が原因なので、その制御が研究テーマです。Water and Health(水と健康)を掘り下げると、水に関わる感染症で多くの人、特に子どもたちが命を落とす途上国の状況に目が向きます。大学院生の時に初めて東南アジアの現地調査に参加し、メコン川をボートで流下しながら現地住民の生活を目の当たりにした際の衝撃は今も鮮明に覚えています。

一概に新しい技術を持ち込むことでは解決しない

途上国の水環境を目の当たりにしたことで、変わったことはありますか?

メコン流域に何度か通ううちに、汚れた水を自然に受け入れるカルチャーに気づきました。例えば、上流部で排せつ物を含む生活排水が川にそのまま流されていることを知りながら、下流域の住民は川で泳いだり、衣類を洗濯したり、料理や飲み水に使ったりしている。研究者の視点では、言いたいことがたくさんあるのですが、実はこれが「川と共にくらす」ということかもしれない、と感じるようになりました。

消毒することで感染症が減るなどの健康上のメリットがあるのは明らかなので、水処理を推奨することはもちろん悪いことではありません。しかし、それは一方的に先進国の価値観を押し付けているだけではないか、よその国の人間がわざわざ乗り込んでいって現地の習慣にあれこれ口を出すのはお節介ではないか、とも感じたわけです。

水質データだけを見れば、この水をそのまま使ってはいけない、早々に消毒技術を導入しようという結論になりますが、現地に行って初めてわかるその社会ならではの水の捉え方があると感じるからこそ、葛藤が生まれます。現場に行って現地の空気を吸うことの意義は、そのような「気づき」にあるのかもしれません。 

慣習などに関して、良し悪しをいうのは余計なお世話かなと思いますが、水質や衛生のように命や健康に関わることには、明確に「正しい」事実があるのかと思っていました。

基本はそうだと思うのですが、どこまでやるかという問題はあると思います。いかなる場合でも、塩素を入れなさい、紫外線を当てなさいと言うべきかはわかりません。むしろ今の先進国では、除菌や消毒などの衛生観念が行き過ぎていると思うこともあります。メコン川流域では雨季に洪水があるのですが、日本と違ってゆっくりと水位が上がり、しかも何週間も続くこともあってか、現地では洪水を忌避せず、むしろ利用していました。例えば、乾期には畑でコメや野菜を作り、洪水で畑が水浸しになったらその時期はエビの養殖をする、という具合に、洪水と共存しています。それに対して、護岸改修や浸水域からの移転など洪水対策を行うべきだと介入するのは、明らかにおしいですよね。それと似たような状況を、飲み水にも感じることがあります。こちらの論理を押し付けていないか、余計なおせっかいをしていないか、常に気にしています。

「失敗」も共有することで、始めから分散化も選択肢に加わってくる

いわゆる先進国の「豊かで便利」な部分が誇張されることで、共存のバランスが崩れることはないでしょうか?

便利な技術や機械に頼って楽に生活したい欲望は、人類共通の感情だと思います。でも今の先進国には、水を含む資源の使い方、環境への影響など、決して見習うべきでない点もあるので、先進国の「失敗」をもっと発信して同じ轍を踏まないような流れを作らなくてはいけないと思います。

 ―分散型の水供給についての話題提供[1]の際にも話が出ましたが、途上国が先進国の後を追うのではなく、よりよいモデルを始めから取り入れ、先進国がそこから学ぶ構図も考えられますね。

そうですね。先進国は大規模なインフラを作って都市化を進めてきましたが、そこから取り残される過疎地域が生じる、老朽化したインフラの維持や更新が困難になる、といった状況では、地域や家庭ごとに自立した小規模な水供給、つまり分散型水供給の技術をもっと活用してもいいのではないかと考えています。また、これからインフラ整備を本格化する途上国では、むしろ最初から大規模集約型インフラと小規模分散型の技術を上手く組み合わせて水供給を考えることが合理的だと思います。

工学に大切なのは、人間に興味を持つこと

研究をされてきた中で、若い世代に伝えたいメッセージは何でしょうか?

私が携わる工学は、技術で社会課題を解決することが大きな目的です。そのためには、社会を、つまり人間をしっかり見て、人間に関心を持つことが大切だと思います。ただ実験室にこもって機械を相手にしているだけでは駄目だと思います。私は、自分の仕事が誰の何にどう役に立つのか常に気になりますし、できることならその技術で喜ぶ人の顔を直接見たいです。

 普段の生活の中にも研究のヒントはありますか?

水は普段の生活に欠かせないものなので、生活の中であれこれと気づきはありますね。この装置はここを改良したらもっといいのに、とか。あとは、実は泳ぐのが趣味なのですが、今日は水温が高いから水が軟らかいなとか、今日は透明度が高いな、今日は塩素濃度高めだな、などと考えながら泳いでいます(笑)。やっぱりどこに行っても水は気になってしまいます。

「クミコ村」で水への意識を変えていく?!

塩素を入れておけば大丈夫など、水についての社会通念で研究者としての視点と食い違いを感じることはありますか?

気になることはたくさんあります。塩素は消毒に極めて有効で、それにより水系感染症が激減したことは間違いないのですが、ヨーロッパでは塩素を使わずに、あるいは極力減らして、うまく水質をコントロールしている国もあります。複数の消毒方法の組み合わせも、もっと取り入れるべきだと思います。

同時に、やたらと塩素を嫌う風潮も問題です。浄水器で塩素を取り除いてから時間が経った水を口にするのはリスクがありますし、塩素を除去するシャワーヘッドでは中でレジオネラ菌などが繁殖するリスクも心配です。塩素が悪者ということは決してないので、その消毒効果の恩恵を受けつつ、うまく付き合うのが大切です。 

水質を伝える際に課題に感じていることはありますか?

水質は水を見てもわからないことが多いですし、主観を伴う「味」以外になかなか感知できる要素がありません。微生物は目で見えないため、見えないものを伝える難しさは強く感じています。水中の微生物の存在を示すには、培養という時間が必要になるので、私の実証実験の現場でも「紫外線消毒装置をつけて水質がよくなった」というビフォーアフターをその場ですぐ見てもらうことができず、持ち帰って培養して翌日また見せても、効果の実感は薄れてしまいます。

今見えている課題や研究と社会との関わり方を踏まえて、今後取り組みたいことを教えてください。

大きなビジョンがあるわけではないのですが、ある方から「クミコ村ができたらいいね。」と言われました。今研究している紫外線技術などを地域のニーズと組み合わせて、このコミュニティはもう二度と水に困らない、というモデルケースが作れたらすごくいいなと思っています。途上国だけの話ではなく、日本の中山間地域にも孤立したコミュニティがあるので、たとえ数軒の規模でも、そんな「村」を実現できたらいいですね。

もうひとつ、心理学やリスクコミュニケーションなど、人の行動や意識の変化が分析できる専門性を持った方とコラボレーションしたいです。生活に欠かせないものだけに、水に関する技術が社会に定着するには人の意識や行動が変わることが重要なのですが、水質のような伝わりにくいものをどのように住民の皆さんに伝えればよいか、専門家とチームを組んで実証してみたいです。

もっと知りたいあなたに!小熊さんのお薦め本

  
高校生ぐらいの時に初めて読んで、何度も読み返している本です。遠藤周作さんの作品に共通することですが、「神とは」「信仰とは」といった宗教に関わる問いが根底にある中で、この作品ではそこに常に川があり、川と生きているという感覚が流れているのがすごく好きです。描写を通して川とともに生きる文化へのリスペクトを感じますし、どこにでも神がいるという宗教観の懐の深さに救われる思いがします。

今回久しぶりに読み返して、精神性だけではなく、切ないほどに人間の生臭さを描いた作品だなと感じました。読み返すたびに読後感が違うのですが、それはその時々の私の精神状態を反映しているのかもしれません。読むたびに、やはり好きだなと、改めて思います。

訪ねてみよう!小熊さんお薦め水名所:福島県裏磐梯・五色沼湖沼群

私は福島県の出身で、子どもの頃の原風景には川があります。渓流釣りが好きな父につれられて川へ行き、一人で川辺で遊んでいるのが好きでした。父に担がれて川を渡った時の感覚、水面の輝き、河原の草いきれなど、今でもはっきりと覚えています。会津の山間にある名もない渓流は、私にとって「水名所」の一つです。一方、裏磐梯の五色沼に初めて行ったのは小学生ぐらいだったと思いますが、水の色のインパクトが強烈でした。沼の数は実は5つでなくもっとたくさんあり、様々な色彩が見られるのですが、中でも「瑠璃沼」が印象的でした。実家から相当遠いので何度も通ったというわけではないのですが、もし泊まりがけで会津に来る機会があるなら、ぜひお勧めしたい場所です。


[1]Review 水の未来ビジョン懇話会4「分散型水供給が鍵を握る未来」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4100

 

 

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