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授業準備は削減すべき時間か
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授業準備は削減すべき時間か

July 18, 2023

R-2023-028

1 教員の6割以上が「削減すべき」と回答 
2 一気呵成に「負担軽減が可能な業務」として認定 
3 授業準備の現実
4 中核の周縁化

文部科学省(以下、文科省)の2022年度「教員勤務実態調査」の速報値が発表された。「授業時間」は増えた一方で「授業準備」は減少し、6割以上の教員がさらに「削減すべき」と回答している。一見、現場を挙げて授業準備の負担軽減を訴えているととれるが、内容を仔細に読むと、文科省自らが「削減すべき」に誘導しているように見える。授業準備についての回答欄に「削減すべきで削減可能」か「削減すべきだが削減は難しい」の二つしか用意されていないのは、その証だ。人材確保が難しい教員採用の現状などから、「働き方改革」によって労働時間短縮・残業時間ゼロを目指すことに異論はない。だが、授業準備は教職の中核である授業の質の担保と不可分のもので、その不足が子どもたちの学びに悪影響を与えるのは必至だ。中核部分を削るのは本末転倒。勤務時間内に確保できるよう全体設計を練り直す発想が求められる。

1 教員の6割以上が「削減すべき」と回答 

文科省の「教員勤務実態調査」は2022年の8、10、11月に実施された。教員の働き方改革の推進を求めた中央教育審議会答申(働き方改革答申[1])や給特法案に対する附帯決議(いずれも2019年)が実態を調べたうえで対応策をとるよう要請しており、それに沿った調査だった。回答したのは小中学校各1200校、高校300校に勤務する常勤教員42178人。

まず労働時間全体の動向を見ると、小中学校とも「在校等時間」は減り、「持ち帰り時間」が増えていた。「在校等時間」の中身では、小中学校とも「授業準備」が減少し、1966年に比べると約3時間も短くなっていた(表1)。逆に「授業時間」は増えていた。

調査の定義によると、授業準備とは「指導案作成、教材研究・教材作成、授業打ち合わせ、総合的な学習の時間・体験学習の準備など」とされ、授業の質を維持、向上させるのに不可欠な時間であることがわかる。では、その時間をどう扱うべきか。今回の調査で、具体的な勤務時間の記入とは別に、授業準備など学校内の仕事14項目について教員自身の考えが問われた。この部分だけで、2016年調査の13から76へと約6倍増になった。

その結果、小学校67.9%、中学校の62.7%が授業準備を「削減すべきで削減可能」「削減すべきだが削減は難しい」と答えていた(グラフ1[2])。

しかし、回答の選択肢は「削減すべきで削減可能」「削減すべきだが削減は難しい」のみで、「削減すべき」が前提にされていた。「削減すべきではない」という選択肢がない以上、額面通り大多数の教員が授業準備を「削減すべき」と考えていると断じるのは難しい。文科省財務課では「調査項目が多いため、可能な限り簡素化した」と説明するが、この種の調査では異例の「無回答」が3割前後も占めたのをどう見るのか。 調査では、回答した教員の年齢や教職歴なども尋ねている。しかし、「削減すべき」と回答した比率はベテランと若手でどう違うかといった「クロス集計」を行なっていない。「キリがないから」(財務課)で、ローデータの公表も現時点では考えていないという。

2 一気呵成に「負担軽減が可能な業務」として認定 

授業準備が「削減すべき」時間と打ち出されたのは、2017年12月だ。中央教育審議会(以下、中教審)が「学校における働き方改革に関する総合的な方策について」の中間まとめに明記し、その4日後の12月26日、文部科学大臣が「緊急対策」[3]として決定した。双方とも、学校内の仕事を<基本的には学校以外(地方公共団体、教育委員会,保護者,地域ボランティア等)が担うべき業務><学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務><教師の業務だが、負担軽減が可能な業務>の3分類14項目に腑分けし、授業準備を<教師の業務だが、負担軽減が可能な業務>に位置付けた(表2)。

そうした年末の慌ただしい動きは、半年前の6月9日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」[4](骨太の方針)を受けたものだ。長時間労働の是正に向けた緊急対策を年末までにまとめるよう時間的制約を設けたのだ。文科省は早速、翌7月に「学校における働き方改革特別部会」を設けて議論を開始し、半年足らずで結論を出した。

中教審の審議過程を振り返ると、立ち止まって考える機会はいくつかあった。委員から「授業準備や研修に関わる時間を勤務時間の中でどれほど確保できるか、復元できるかという視点が大切」(9月22日、天笠茂委員)との指摘が出されたり、同様の点からの資料が文科省から提出されたりしていた。

それは「教員の負担感率」をまとめた調査資料で、授業準備にかける時間は、長くても負担と感じるのは小中学校の教員ともに2割程度に過ぎない反面、「通知表作成・指導要録作成」は実際にかかる時間は授業準備よりも短いのに、6割以上もが負担と感じていることなどを明らかにした。つまり、時間の長短と負担感は必ずしも相関していないという訳だ[5]

これに対してその後、教員勤務実態調査のクロス集計が示された。委員からの要請で行われた集計で、1週間60時間以上勤務の教員の方が、60時間未満の教員よりも授業準備にかける時間が長いというものだ[6]。それ以前の部会段階でも、「長く時間をかけても効率化のインセンティブが働かない」といった発言があったりして、仕事の内容はともあれ、教員の働き方自体に問題があるという方向に次第に議論は収斂されていった。

そんな流れが「教員は非効率な働き方をしている」というシンプルな受け止め方を定着させたと推測される。そして、ICTやサポートスタッフの活用によって授業準備の時間を「削減すべき」といった安直な方向に対応案は傾いていった。

3 授業準備の現実

果たして、授業準備はICTやサポートスタッフの活用で代替できるものなのだろうか。教員たちが実際にどのように授業準備に取り組んでいるのか、聞き取り調査の結果を紹介したい。

東京都内の小学校で4年生を受け持つ教員(60代)は毎晩、自宅で授業準備をしている。学校にいると、学年や学校全体の仕事を優先しなければならないためだ。準備は教科書の精読から始まる。国語であれば、教科書を音読し、読者として引っかかるところはどこか、ノートに書き出すことから始まる。ここには好奇心や教科に関する知識と理解が必要だ。子どもの顔や反応を思い浮かべながら「板書計画」を練る。一人ひとりの子どもを知っていること、それぞれの興味関心を引き出す言葉かけや演出も考えているうちに、あっという間に約40分が過ぎている。

「教員の仕事は、子どもを伸ばすこと。まずは子どもたちに学ぶことが『楽しい』と言わせたい」。若い頃から授業準備には時間をかけてきたが、「(準備は)楽しい時間。(やり出すと)止まらない」と言う。

同じく都内の小学校で5年生を受け持つ教員(50代)は毎朝、始業時間より1時間以上早く出勤して準備に取り組んでいる。勤務時間内は支援員や同僚教員、地域支援コーディネーターらとの打ち合わせも多く、この時間しかないという。準備は教材づくりが中心だ。子どもによって理解度が異なるため、字の大きさにも配慮している。「一人ひとりの子どもがわかっていないと、教材は作れない」という。作った教材はコピーし、教室で配布する。

中学校の社会科担当教員(40代)は、野球部とバスケット部の練習が終わる午後6時から授業準備を始める。新聞やテレビのニュースをチェック。その知識を織り込み、1年生の地理、2年生の歴史に使う教材づくりに取り組む。現実世界と教科の内容をつなげるのは教養。「教材をアップデートしないと、授業をするのがつらい。前に使ったものは使いたくない」と話す。

付言すると、同中学校では部活を外部支援員に任せる方針。校長からは何度も、部活の日数を減らして早く帰宅するよう言われている。だが教員は、部活が外部委託となっても支援員としても登録し、このまま続けていきたいと考えている。

4 中核の周縁化

教員への聞き取りなどから、授業準備として行なっていることを分解して再構築すると図1のようになる。

根底にあるのは教養と、教養を更新するための新聞や本を読む習慣。そのうえに教科に関する知識や理解があり、それを板書として見せる工夫や魅力的な教材へと昇華させていく。子どもたちに伝わるものにするには、日頃の対話の積み重ねがものをいう。ここまでは目に見えない部分で、コンセプトワークが中心。目に見えるのは作業の部分だ。跳び箱など授業で使う道具の用意や、教材の印刷・配布などがある。文科省が代替できるとするのは、どの部分なのだろうか。

文科省が提示する授業準備時間削減に向けた支援例から考えていこう。

〈 授業で使用する教材等の印刷や物品等の準備のような補助的業務や理科の授業における実験や観察等について,授業中の支援に加え,実験の準備・片付けや教材開発の支援は,教師との連携の上で,サホートスタッフや理科の観察実験補助員の積極的な参画を促進する。小学校中学年での外国語活動の導入や高学年での教科化に向けて,教室用デジタル教材や,教師用指導書,学習指導案例,ワークシートなど授業準備に役立つ資料を含め,新学習指導要領に対応した教材を開発し,希望する小学校に配布する〉

サポートスタッフが手伝うのは、授業中の支援や教材の印刷、物品の準備など「目に見える部分」のようだ。後段の教材は汎用的なもので、教員が志向する「一人ひとりの子どもをわかっていないとつくれない」ものとは性質を異にするものだろう。

そもそも、教職の中核が授業である限り、教員は準備を不可分の時間として取り組むことになる。このまま「働き方改革」だけが推進されれば、ますますその時間は周縁、勤務時間外に押しやられることになるだろう。実際、今回の調査でも、仕事の持ち帰り時間は増えていた。教員たちがどんな仕事を持ち帰っているかのデータはないが、先述の紹介例から考えれば、授業準備に充てている可能性は大だ。

今なすべきは、教職の中核たる授業の準備は勤務時間内にできるようにする制度と運用の見直しだろう。その実現のための調査のはずだから、徹底したデータ分析が不可欠だ。「削減ありき」の設問でクロス分析すら「キリがない」と開き直る姿勢は、やることはやっているという文科省のアリバイ工作のためのお座なり調査とのそしりを免れないだろう。

今回の勤務実態調査で最も「削減すべき」が高く、無回答が少なかったのは皮肉にも「調査・統計等への回答」だったことを重く受け止めてほしい。文科省で分析しきれないのであれば、個人情報を削除したうえでローデータを公表し、在野の研究者の知恵も借り、教員の労働時間短縮、残業時間ゼロに向けて仕切り直すべきではないか。

紹介した教員は特殊な例だろうか。歴史を辿ると、そうではないと言い切れる。

大正から昭和初期にかけては、現場の教員を読者とした学年別教育雑誌が計17種類も創刊されていた[7]。雑誌の目玉は各教科の日々の授業日案(授業案)であり、子どもたちを習熟度別にクラス編成した先進的な授業案も紹介されるなど、教員同士の活発なやりとりが誌上で交わされていた。戦時下では、物価が高騰して教員の給与不払いの自治体も出るなど、教員の生活は困窮を極めていた[8]。そんな中でも、教員たちは教育雑誌を買い、授業準備に情熱を傾けていた。

教員にとって授業とは、その準備に充てる時間とは何なのか。どうすれば、現状をより良い方向に変えていけるのか。考察を続けていきたい。

[1] 新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985.html

[2]14項目のうち「学校行事の準備・運営」に関しては割愛した。

[3]「学校における働き方改革に関する緊急対策」https://www.mext.go.jp/content/20200210-mxt_zaimu-000004400_1.pdf

[4]「教員の厳しい勤務実態を踏まえ、適正な勤務時間管理の実施や業務の効率化・精選を進めるとともに、学校の指導・事務体制の効果的な強化・充実や勤務状況を踏まえた処遇の見直しの検討を通じ、長時間勤務の状況を早急に是正することとし、年末までに緊急対策を取りまとめる」(骨太の方針2017より抜粋)

[5]「業務の役割分担・適正化に関する具体的な論点」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/10/17/1396573_02.pdf

[6]学校における働き方改革特別部会(2017年10月20日 資料1) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/11/08/1397673_1.pdf

[7]「授業づくりをめぐる教職意識」(樫下達也)=「近現代日本教員史研究」(船寄俊雄、近現代日本教員史研究会編著、風間書房刊、2021年)所収

[8]「日本教員史研究」石戸谷哲夫著、野間教育研究所紀要

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