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「未来の水ビジョン」懇話会12「水をゆっくり流すことをネイチャーポジティブのスタンダードに」
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「未来の水ビジョン」懇話会12「水をゆっくり流すことをネイチャーポジティブのスタンダードに」

August 25, 2023

R-2023-037

「未来の水ビジョン」懇話会では、西廣淳氏が千葉県北部で実践する「里山グリーンインフラ」の取組みから見えてきたことを題材に議論を行う。(2023217日 東京財団政策研究所にて)

Keynote Speech(概要)
提言1.「1次谷」を大切に
 重要な生態系機能を数多く担っている耕作放棄地が多い。
 明確な「利活用」をしていなくても顕在的・潜在的機能は高い。
 機能は公益、所有は民間。支える仕組みが必要。

提言2.「水をゆっくり流す」ことをネイチャーポジティブのスタンダードに
 ビジネス分野は「ネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること)」を重視する動向。
 「1次谷の機能向上」、雨水浸透・貯留能力の「回復」など、水循環のネイチャーポジティブの普及・標準化が重要。

提言3.水循環の「指標生物」に注目する
 ホトケドジョウなどの湧水選好種やカエル類は「水循環の健全性」を反映。
 浸透・貯留能の回復は生物多様性保全にも寄与。

提言4.脱炭素とのシナジーを考える
 カーボンニュートラルの取組みと、水循環の維持や生物多様性保全の両立は重要な研究課題。
さらなる議論

Keynote Speech(概要)

西廣淳 東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム懇話会メンバー/国立環境研究所 気候変動適応センター

1「1次谷」を大切に

最上流の谷、源流部に当たる谷を1次谷と呼ぶ。1次谷の呼び方は地域によって異なるが、私がフィールドにしている千葉県では谷津と呼ぶことが多い。1次谷には以下の重要な役割がある。

①治水

地表面が舗装されコンクリートの水路で排水されている都市型の谷津と、樹林と湿地が残る自然型の谷津で雨の流出を比較した。都市型は雨が降った直後に水が流出し、雨が止むとすぐに止まる。一方、自然型はしばらくしてから流出が始まり、止んでもしばらく流出が続く。自然型は都市型に比べ流出が約10倍遅れる。

また、都市型ではほぼ100%の降雨が川に流れ込むが、自然型では流出量が7割程度減少し、小さなダムの役割を果たす。まだ暫定的な結果だが、約500カ所の谷津がある印旛沼流域で、谷津がすべて都市化されると、印旛沼への総流入量が820%増加し、ピーク時の流入量は312%増加すると推定される。

②水質浄化

印旛沼流域には農業排水によって水中の窒素濃度が高くなるという問題があるが、谷津が自然の浄水装置として機能する可能性がある。実験的に休耕田を湿地に変え、水質浄化を試みた。湿地を経由することで窒素濃度が半分以下に減少した。湿地によって脱窒素が促進され、窒素がガスとして大気に戻されることで、下流への負荷が軽減される。

 

③生物多様性

耕作放棄地では24種類の植物が生育していたが、湧き水を引き込むと60種類に増加した。なかには絶滅が危惧されている水草も多く含まれていた。過去の田んぼと共存していた雑草の種子や胞子が生き残っており、湿地化によって水が供給されたことで再び生育するようになったと考えられる。

④文化

谷津は古くから神聖な場所とされてきた。『常陸国風土記』には、夜刀神について記されている。箭括氏麻多智(やはずうじの またち)という英雄が田んぼを作ろうとした際、夜刀神が現れて妨害した。麻多智は神の怒りを鎮め、山の入口に大きな杖を立て「ここから上は神の土地、下は人々が田んぼを開く」と宣言した。谷津は最上流部であり水害はほとんどなく、日照りの年でも湧き水が枯れることがなかった。種もみ用の稲は谷津で栽培され、谷津ごとに水神様が祀られていた。『常陸国風土記』の物語も谷津の湧き水の周辺や水源の森を荒らすと罰が当たるという教訓を含んでいるのだろう。印旛沼流域では、天神様のお祭りの際、湧き水に固有に生息するホトケドジョウという魚を供える祭りが行われていたそうだ。

こうした1次谷の価値はなかなか共有されておらず、埋め立てが進み、住宅やゴミ処分場などが建設される。印旛沼流域では終戦直後に約1000カ所の谷津が存在し、ほぼ水田だった。しかしながら現在は埋め立てられ570カ所になった(43.7%)。そのうちの77%が耕作放棄水田だ。


谷津は個人所有であり、固定資産税や農業用水代の負担もあるため、売却し埋め立て、新たな活用方法が模索される。しかし、人の手を入れることで上記の価値が引き出せる可能性が高く、公益性をもつインフラとして支援が必要だ。

2「水をゆっくり流す」ことをネイチャーポジティブのスタンダードに

近代化や都市化に伴う農地排水の整備や河川改修は、水の流れを速くした。かつて地下水を経由していた雨水が、排水管路を通して下流に直接排水されるようになった。農業用排水も浅い土水路から深いコンクリート排水路に変わった。

国立環境研究所の研究チームは、印旛沼流域の湧き水が何年前の降雨なのかを推定する研究をはじめた。暫定的な結果では、平均11年前の雨水が現在の湧き水だとわかっている。降水時は押し出された地下水と表流水の両方が谷に集まる。谷に集まった水は現在の排水方法では数時間から数日で雨水が流れるため、排水速度は非常に速くなった。

山梨大学の大槻順朗助教らは、水路の変化と水害リスクの関係を分析している。印旛沼の支流である高崎川で、戦後直後から現在までの土地利用の変化と水害リスクの変動を調査したところ、都市化が進んだ下流部で水害リスクが上昇していることがわかった。近代化や都市化によって水が素早く下流部に集まるようになり、上流部での滞留時間や量が減少して一気に下流に集まるため、水害リスクが上昇する傾向がある。特に影響が大きいのは水路の形態だ。整備された直線的な排水路によって水の流れが速くなった。

こうしたなかでネイチャーポジティブ(自然のプラスの影響を増やす取り組み)が国際的に注目され、ビジネス分野での取り組みも始まった。清水建設株式会社は「グリーンインフラ+(PLUS)」という取り組みの一環として、耕作放棄地だった場所を1年かけて手作業で湿地に再生した。上流部にある耕作放棄地を水がたまる湿地にすることで下流域のリスクを低減できる可能性がある。自治体の「ネイチャーポジティブ宣言」に企業が協力するケースもある。群馬県水上町では、三菱地所がふるさと納税として6億円を寄付し、日本自然保護協会と連携しながら活動を行なっていく。効果的なネイチャーポジティブの取組みが模索されるなかで、「水をゆっくり流す」取り組みをネイチャーポジティブの標準的な取り組みにするべきだ。

3.水循環の「指標生物」に注目する

谷津はさまざまな生物の生息場所だが、丁寧に見ると、集水域の土地利用が分布に影響している。たとえば、サワガニは砂っぽい底質を好み、流速の速い小川に生息する。オニヤンマの場合は水温の低さが重要で、湧き水の量が多い地域に見られる。生物の分布は集水域の浸透面と密接に関連しており、生物と土地利用の関係性が顕著に現れている。

最近では、水中の環境DNAを解析することで、上流に生息する生物の情報を得ることができる。浸透面の割合や涼しい環境が重要であることも明らかになってきた。印旛沼流域内で生活しやすい場所を特定することが可能になり、良好な湧水の地図化も進んでいる。

また、水のたまり具合は生物にとって重要であり、特にカエルは非常に敏感だ。ニホンアカガエルは他のカエルより早く産卵するため、1月から3月に水が必要だ。田んぼに水が張られる前なので、耕作放棄地にたまった水、排水の悪い場所が利用される。また、トウキョウダルマガエルやトノサマガエルはおたまじゃくしの期間が長く、水田の中干し時に問題が発生する。都市化による水の減少や乾燥化もカエルにとって重要な要素だ。カエルの分布を地図化する取り組みが行われているが、カエルが賑やかな社会は水リスクが低い社会と言えるかもしれない。

4 脱炭素とのシナジーを考える

脱炭素施策が水循環に影響を及ぼすことがある。たとえば谷津が埋め立てられてメガソーラーに置き換わる。これらの施設は雨水の浸透を抑制し、地下水減少につながる可能性がある。

湿地は、炭素循環において重要な役割を果たす。泥炭土壌の湿地に蓄積された炭素量は地上の植物より多い。現在は地上の植物の炭素吸収能力が重視され、経済的なインセンティブも与えられているが、土壌や生態系の炭素蓄積に関する考慮が不足している。湿地が乾燥すると炭素が放出され、土壌の生態系が損なわれると炭素蓄積が減少する。土壌の微生物と植物は密接な関係にあり、私の新しいプロジェクトでは、生態系管理と土壌を含めた炭素動態の解析を行っている。

https://www.visualcapitalist.com/sp/visualizing-carbon-storage-in-earths-ecosystems/)(IPCCNASAに基づく作図)
現在、脱炭素と樹林の手入れの両立に取り組んでいる。印旛沼流域には放棄された竹林が多い。かつて竹林は生活に有用で、家の周りに孟宗竹が植えられていた。しかし、これらが利用されなくなり、孟宗竹が山を覆うようになった。下草が生えず土壌の流出が増え、生物多様性にも悪影響を及ぼし、雨水の浸透効果も低下する可能性がある。そこで竹林を適切に伐採し、林相を変えることで生物多様性や土砂流出、雨水浸透を改善できる可能性がある。竹は成長する際にCO2を吸収するが、放置すると再び分解されて大気中に戻る。そこで竹を焼いてバイオ炭を作る。バイオ炭はほとんど分解されず、炭素をほぼ永久的に隔離できる。

現在、バイオ炭を有機肥料といっしょに土壌にすきこむ農法が実践されている。この取り組みによって、無償で森の手入れを行ってきた市民団体も炭を活用し、野菜を販売し、同時に炭素クレジットの収益を得られる。

メタンの発生も重要なテーマだ。湿地は炭素を貯留する一方でメタンの発生源となる。しかし、水の滞留時間、水深、植生の管理によって、メタンの発生を抑制することができる可能性がある。湿地の管理において、水害リスクの軽減、富栄養化対策、生物多様性保全、脱炭素などを組み合わせた緩和策を両立させることが重要な課題となる。

これらを実現することで、1次谷が大切にされ、健全な水循環が促進され、魅力的な社会が実現することが期待される。また、希望のある未来像を取り入れることで明るい社会の実現に寄与する。ネイチャーベースドソリューションの考え方も重要で、健全な水循環を通じた社会の転換を目指す。

さらなる議論

耕作放棄水田の管理



湿地の機能のすばらしさとルール化

ネイチャーポジティブと自治体、企業の動き

地元の人々の意識

 

流域全体、他地域での応用

「未来の水ビジョン」懇話会について

我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。

水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。

そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「水の未来ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。

※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)2023年7月現在
沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科)
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科)
黒川純一良(公益社団法人日本河川協会専務理事)
坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会)
武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科)
徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科)
西廣淳 (国立環境研究所 気候変動適応センター)
橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト)
村上道夫(東京財団政策研究所研究主幹/大阪大学感染症総合教育研究拠点)

 

 

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