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老後の安心をどう築くか
―必要なのは、思い切った私的年金の拡充だ―
画像提供:Getty Images

老後の安心をどう築くか ―必要なのは、思い切った私的年金の拡充だ―

October 18, 2023

R-2023-062

少子・高齢化の進行にともない公的年金への不安が高まっている。それは、公的年金の給付を現役世代が負担していることによっている。2055年には、高齢者1人に対して、現役世代は1.2人と予測されている。この時の年金給付額が平均報酬額の50%であれば、現役世代の保険料は42%となる。これから明らかなように、現役世代への過大な負担のしわ寄せを避けるためには、年金給付の引下げは避けることができない。

そこで重要になるのは、老後の生活は自分で守ること、すなわち、貯蓄や私的年金によって老後に備えることである。なかでも重要なのは、一般的な貯蓄ではなく、老後の備えを目的とした、若年期から長期間に及ぶ私的年金である。そのためには年金保険料の非課税枠を設定し、それによって老後にどれだけ備えることができるかについて、国民の理解を深める必要がある。

ここでは、私的年金による所得代替率、すなわち私的年金によって現役時代の収入のどれほどを受取ることができかを設定し、そのために必要な保険料率を求める。私的年金の所得代替率を50%に設定すれば、必要保険料は18.5%で、厚生年金の保険料とほぼ等しい掛金が必要となることを示す。

以下ではまず、現在の制度のもとで、公的年金による所得代替率は50%を大きく下回っていることを示す。第2に、公的年金給付を補うために必要な私的年金の所得代替率を設定して、必要な保険料率を求める。私的年金の非課税積立が適用される収入上限額を設定することによって、非課税拠出枠を定める。第3に日本、アメリカとイギリスの私的年金の拠出上限額を比較し、日本の非課税枠が極めて小さいことを示す。そして、老後の所得保障のために、私的年金枠の思い切った引上げが必要なことを主張する。

 

150%を下回る公的年金の所得代替率

給与所得者の受取る公的年金は、基礎年金と厚生年金とからなっている。ここでは、平均標準報酬額(年収527万円)と年収1000万円の給与所得者について、それぞれの年金支給額と所得代替率(年金の収入に占める割合)を示す。いずれも所得代替率が50%を大きく下回っていることを指摘する。

1は平均標準報酬額の場合である。年金の加入期間は20年、30年、40年の3つのケースを取り上げている。加入期間が20年の場合、基礎年金支給額は38.9万円である。これは、加入期間40年の満額支給額(77.8万円)の半分であり、給付額は年金加入期間で決まる仕組み(定額年金)となっている。これに対して、厚生年金の支給額は報酬比例であり、平均標準報酬額の場合、57.7万円となる。基礎年金と厚生年金の支給額合計額は、96.6万円であり、その所得代替率は18.3%である。

年金支給額は加入期間が長くなるほど大きくなる。30年、40年加入の場合、給付額合計は、それぞれ144.9万円、193万円であり、所得代替率は27.5,36.7%である。このように平均標準報酬額の場合、給付の所得代替率は最大となる40年加入の場合においても、36.7%と50%を大きく下回っている。

1の下段は、年収が1000万円の場合である。ここでも加入期間は、20年、30年および40年のケースを取り上げている。すでに述べたように基礎年金支給額は、年金加入年数によって決まり、報酬額の影響を受けない。それと報酬比例の厚生年金支給額を合わせた給付額合計は、加入期間が20年の場合148.5万円、30年の場合222.7万円、40年の場合 297.0万円となる。以上より、加入期間20年、30年および40年のそれぞれの給付の所得代替率を求めると、それぞれ14.8%、22.3%、 29.7%となる。

加入期間が等しくても、年収が上がると給付の所得代替率が下がるのは、基礎年金が報酬比例ではなく、(加入年数で決まる)定額となっているので、年収が上がれば、基礎年金支給額の所得代替率が下がるためである。その結果、年収1000万円の場合、年金加入期間が40年間の場合であっても、給付の所得代替率は29.7%と30%に達しない状態となっている。

 

表1 報酬別にみた「公的年金額」と「給付の所得代替率」

平均標準報酬額(年収527万円)で就業した場合

加入期間

基礎年金

支給額

万円

厚生年金

支給額

万円

給付額

合計

万円

給付の

所得代替率

 

20年

38.9

57.7

96.6

18.3%

30年

58.3

86.6

144.9

27.5%

40年

77.8

115.5

193.3

36.7%

 

年収1000万円で就業した場合

加入期間

基礎年金

支給額

万円

厚生年金

支給額

万円

給付額

合計

万円

給付の

所得代替率

 

20年

38.9

109.6

148.5

14.8%

30年

58.3

164.4

222.7

22.3%

40年

77.8

219.2

297.0

29.7%

(注)厚生年金の給付乗数を5.481/1000として、厚生年金の制度に基づき筆者計算

(出所)田近・山田(2023a)、図表1および2をもとに作成.

 

2.老後のために必要な私的年金

以上からわかることは、公的年金だけで老後の生活を支えることは困難だということである。平均標準報酬額の場合、最長の40年間保険に加入していても、給付合計額が193.3万円、給付の所得代替率は36.7%である。より現実的と思われる加入期間30年の場合では、給付の所得代替率は30%を下回る。老後の生活の不安が募るばかりである。年収が増えれば、給付の所得代替率はさらに低下する。

そこで重要となるのは、現役時代に老後を見据えて私的年金に加入し、公的年金と合わせた年金の所得代替率を高めることである。表2は、こうした観点から、必要な私的年金を示したものである。

さまざまな場合を想定することができるが、表2では、私的年金の保険料拠出年数を40年、年金の受給期間を20年、この間の運用利回りを1%とした。ここで、私的年金によって33%の所得代替率を実現できれば、平均標準報酬を得ていた場合、公的年金の所得代替率(36.7%)と合わせて、年金によって現役時代の年収のほぼ70%を得ることができる。この場合に必要となる私的年金の保険料率は12.2%である。

より安心な老後生活のために、私的年金の所得代替率を50%、70%へと引上げれば、必要な保険料率は、それぞれ18.5%および25.8%となる。このなかで、所得代替率を50%に設定して、私的年金で老後、現役時代の半分の収入を目指すというのは、わかりやすいゴール設定である。またこの場合の必要保険料率18.5%は、厚生年金の保険料率(18.3%)とほぼ等しくなる。

実際に私的年金の非課税拠出枠を設定するためには、非課税枠の適用される年収の上限を設ける必要がある。それを厚生年金が適用される最高収入(1,230万円)とすれば、非課税保険料上限額は、私的年金の所得代替率33,50,70%に対して、それぞれ149万円、227万円および317万円となる。

 

2 必要な私的年金

保険料拠出年数=40年、年金受給年数=20年、運用利回り=1%の場合

 

私的年金の所得代替率

 

33%

50%

70%

保険料率

12.2%

18.5%

25.8%

保険料上限額

(年収上限:1,230万円)

149万円

227万円

317万円

(出所) 田近・山田(2023a)、図表5をもとに作成

 

3.日本、アメリカとイギリスの私的年金の非課税拠出額

以上を念頭において、日本、アメリカとイギリスの私的年金の非課税拠出上限額を示したのが表3である。この表に基づき2点指摘したい。第1に、日本において私的年金による所得代替率を50%に設定した場合との比較である。この場合、必要保険料率は18.5%で、保険料上限額は227万円であった。これと比べると日本の私的年金の拠出上限額は66万円で、きわめて低い。また、私的年金の拠出上限額を66万円に設定することによって、老後の所得保障をどれくらい高めることができるのかも明らかではない。

表3から指摘すべき第2の点は、アメリカとイギリスと比べて、日本の私的年金の非課税拠出上限額は比較にならないほど小さいということである。アメリカの非課税拠出上限額は6.6万ドル(924万円)であり、イギリスでは20234月以降、これまでの4万ポンド(720万円)から6万ポンド(1,080万円)に引上げられている。またイギリスでは、これまで非課税拠出の生涯累積限度額が107.31万ポンド(1931万円)に設定されていたが、20234月以降、生涯累積限度額は廃止された。

以上より、日本の私的年金の非課税拠出上限額の思い切った引上げが必要である。また、これによって個人の自助努力を通じた老後の所得の充実を図るべきである。

なお、表3では参考として、非課税貯蓄口座への拠出上限額も記した。ここからただちに明らかなように、貯蓄に関しては、日本はアメリカよりはるかに大きな、そしてイギリスとはほぼ同等の非課税枠を設けていることである。言い換えれば、日本では、私的年金を通じて個人に資産形成を促し、老後の所得を高めることより、貯蓄から投資への資産運用の転換をより重要視しているということである。

投資への資金供給を促進する観点から、このこと自身は重要である。しかし、少子高齢化のなかで公的年金の給付が縮小している現状を踏まえれば、多くの個人にとって真に必要なのは、資産運用に勤しむことではなく、老後に備えた長期にわたる安定的な資産形成を図ることではないだろうか。

 

3 私的年金の非課税拠出上限額の比較(年間)

 

日本

アメリカ

イギリス

私的年金

66万円

6.6万ドル

924万円)

2023年4月以前

4万ポンド(720万円)

2023年4月以降

6万ポンド(1,080万円)

参考

非課税貯蓄口座の

拠出上限額(年間)

 

NISA

360万円

非課税保有限度額(1,800万円)

Roth IRA

6,500ドル

91万円)

ISA

2万ポンド

360万円)

(注)1.イギリスの私的年金の生涯累積限度額は、107.31万ポンド(1931万円)であったが、2023年度以降、生涯累積限度額は廃止された。

   21ドル=140円、1ポンド=180円として計算。

(出所)田近・山田(2023b)、図表14をもとに作成。

 

 以上、少子高齢化の進行に伴い先細る公的年金給付を前にして、私的年金を通じて老後所得を高めることの重要性とそのための非課税拠出枠のあり方について考えた。大切なことは、国民に長期にわたる私的年金への拠出が重要であることを訴え、理解してもらうことである。そのためには、「現役時代の収入の50%の確保」などの明確なゴールを定め、その実現のための仕組みをできるだけわかりやすく示すことが重要である。

 

参考文献

証券経済研究会編、2023、『日本の家計の資産形成―私的年金の役割と税制のあり方―』、中央経済社 

田近栄治・山田直夫、2023a、「日本における私的年金の役割と設計-老後所得の充実を目指して」、証券経済研究会編(2023) 第1章所収

田近栄治・山田直夫、2023b、「日本のDC年金(iDeCo)NISAをどう設計するか-アメリカとイギリスとの比較から考える」、『証券経済研究』、6月号、pp. 25-40

    • 一橋大学名誉教授
    • 田近 栄治
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