新たな資本主義経済の構築に向けたESG経営 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

新たな資本主義経済の構築に向けたESG経営

C-2023-013

  •  CSRワーキンググループメンバー
    牛島慶一

1.はじめに
2.資本市場へのサステナビリティの統合
3.貿易政策へのサステナビリティの統合
4.リスクから企業価値としてのESGへ

5.最後に

1.はじめに

東京財団政策研究所のCSR研究プロジェクトが開始して、10年あまりが経過する。過去、CSRが社会貢献の一環として見られていた頃からすれば、ここ数年は用語こそ変われど、経済界でも市民権を得て、経営アジェンダとして語られるようになった。
過去、CSRにまつわるトレンドは約510年おきに変化してきた。2005年頃のエコマジネーション(GE)スマータープラネット(IBM)は、環境をコストからビジネスに変えた。2017年に公表されたTCFD (Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)[1]の最終報告書は、環境を財務問題として位置付けた。
同様の流れは開示の分野でも顕著になり始めている。IIRC (国際統合報告評議会)2013年に、財務・会計とは別枠で開示していた環境等の非財務情報を、財務資本提供者向けに企業価値と関連付けて開示するよう促した[2]2020年以降、この動きは加速し、2021年にIFRS財団が国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)を設け、サステナビリティ関連情報の国際基準化に関する議論を開始。その背後でEUは、2023年にサステナビリティ情報開示の新たな指令としてのCSRD (Corporate Sustainability Reporting Directive)[3]を発効した。任意開示であった非財務情報は、財務情報同様に標準化・規制化の方向へ舵を切った。
さらには人権の分野でも、2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則」[4]を皮切りに、20216月までに、日本を含む世界25カ国が国別行動計画(NAP)を発表した。こうした背景もあってか、ここ数年は日本でも、伝統や商慣習の中で守られていた業界で人権問題が明るみになり、課題のある業界との取引を見直す動きも出ている。時代とともに価値観は変化している。経営がこのような社会の変化に適応できるか、経営の想像力と共感力が問われる。
これらの動向を俯瞰して見ると、CSRやサステナビリティが資本市場や消費市場の意思決定に統合し始めていることが分かる。もはやCSRやサステナビリティは、倫理観や社会貢献の問題ではなく、経営戦略の課題となった。

2.資本市場へのサステナビリティの統合

向こう5年程度は、資本市場に向けたサステナビリティ情報開示のルール化が主流になると思われる。この流れを牽引しているのが、EUの推進するCSRDIFRS財団が主導するISSBだ。中でもCSRDは、2024年よりEU域内の年平均従業員500名超の大企業等を対象に適応を開始し、その後も徐々に対象企業を拡大させ、2028年にはEU域内で一定の売上がある子会社を持つEU域外の親会社にも域外適応することになっている。CSRDの影響力は侮れず、ISSBがどこまでこれに追随するかが注目される。
開示は、新たな判断基準を投資家に与えることになる。B/SP/Sの構造が類似していても、無理して儲けているのか、サステナビリティから市場機会を見出す経営能力を有しているのか、ESGの経営への統合度合いが、競争力や経営能力を判断する一要素になる。
今は開示されたサステナビリティ情報を収集するフェーズにあるが、しばらくすれば社会的に蓄積されたサステナビリティ情報を、データとして活用するフェーズに移行する。そうすると、これまで解明が難しかった非財務と企業価値の関係性や、セクターごとのESG経営の特徴や個社の持つ無形資産が、長期的な企業価値にどのように関係しているかが明らかになる可能性がある。同時に、これまでB/S上には載らなかった自然資本なども、測定方法が洗練され始めれば、一定程度、社会全体で管理できる可能性もある。開示規制は経営の透明性を促し、ステークホルダーの衆人環視の中、市場メカニズムを活かして、持続可能な社会に促すスマートな規制と言えよう。

3.貿易政策へのサステナビリティの統合

貿易政策にもCSRやサステナビリティ課題は統合し始めている。人権については、前述の国別行動計画(NAP)のほかに、英国や豪州など欧米諸国を中心に施行された現代奴隷法や、TPP(環太平洋パートナーシップ)の締結では労働者の権利保護の条項に反映されたことが話題になった。また、2021年のG7サミットでは、サプライチェーン上の人権課題に、先進7カ国が取り組みを強化する旨の首脳宣言が出された。民主主義国家が共有する共通の価値観が、貿易ルールに反映される。逆に、その価値観を共有できない国や地域、企業にとっては、排他的なルールとなる。
安いには理由がある。労働搾取による不当に安い製品の市場流入は、人権に厳しいルールを設ける国の国内産業にとって脅威になる。公正な競争ルールを盾に、国内産業保護という狙いも垣間見える。
こうした大義を盾に産業を保護する政策は、気候変動分野にもある。202310月からEUで始まった炭素国境調整メカニズム(CBAM)[5]だ。EUよりも環境規制の緩い国や地域からの指定輸入品に対して炭素価格を賦課するもので、世界的な温室効果ガス削減はもちろん、カーボンリーケージ[6]を防ぐことも目的だ。同様の措置は、米国でも検討されている。仮にこの動きが拡大するとすれば、新たな気候変動経済圏ができる可能性もある。
このように、CSRやサステナビリティは、既に競争戦略上の参入障壁になり始めている。ここまで述べると、あたかも国内産業保護を目的に、CSRやサステナビリティを政策統合したのだろうと思われがちだが、筆者は必ずしもそうだとは思っていない。こうした問題を経済と二律背反のものとして扱うのではなく、トーレード・オンにする戦略は、私たちが学ぶべきものであろう。CSRやサステナビリティ分野において、日本は国際的にどういったリーダーシップを発揮できるだろうか。戦略的かつ長期的視座に立った対応が望まれる。

4.リスクから企業価値としてのESG

戦略とは、持続的競争優位を構築する仕組みを意味する。マイケル・ポーター教授の提唱したCSVCreating Shared Value[7]では、社会的価値と経済的価値を創出するCSRテーマは、内発的動機に基づくとされている。すなわち、受動的に規制対応に取り組んでいる限りは、必ずしも自社の競争優位にはならない。では、いかにすればCSRやサステナビリティへの取り組みを、自社の持続的競争優位に結び付けられるだろうか。
ユニリーバは、サステナビリティを戦略的競争優位に結び付けた企業の一つだ。同社は2010年にユニリーバ・サステナブル・リビング・プランを掲げ、環境負荷を半分に軽減しながら社会に貢献し、なおかつビジネスも成長させるといった目標を目指した。2016年に同社は、この戦略は「成長を加速」「信頼の強化」「リスクの低減」「コストの削減」をもたらしたと述べている[8]。中でもサステナブル・リビング・ブランドは、他のブランドに比べ50%速く成長したとしている。例えば、パーム油の取り扱いについて、ユニリーバはRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)[9]の立ち上げメンバーでもあり、率先して認証サプライヤーを育成し、いち早く認証ラベル付きの商品を市場に提供した。その結果、サステナビリティ志向の消費者を惹きつけ、新たな市場ドメインを築いた。また、認証サプライヤーの多くをユニリーバが育成したことで、他社の参入を容易に許さないサプライチェーンを築くなど、一定の参入障壁を築くことに成功した。これは、サステナビリティへの投資が、新たな市場創生およびブランド価値向上に寄与した好例である。
この他、社会的価値を可視化する試みも始まっている。インパクト加重会計[10]である。ヤマハ発動機は、BOPビジネス(Base of the Pyramid)の一環として実施している途上国における水質改善の取り組みについて、その社会的価値を貨幣換算して開示している[11]。インパクト加重会計そのものは、将来のキャッシュフローに反映されるものではなく、あくまで外部経済を金銭換算したもので、潜在的な社会的費用や便益を投資判断に組み入れる際に用いられる。
一方、企業が創造する価値は、必ずしも直接的に経済的価値に結び付くものばかりではない。例えば、不動産開発などは、ビル建設等に投資し、テナントフィーで回収するモデルだが、ビルを中心とした新たなコミュニティを生み出す。そのコミュニティが街を活気づかせ、新たな雇用を創出し、地域の治安を安定させ、ひいては街全体の価値を上げ、結果としてテナントフィーの維持・向上につながる。そう考えると、不動産開発会社はビルそのものを提供しているのではなく、ビルを通じて生み出される社会的価値が、同社の将来キャッシュフローに影響している可能性がある。インパクト加重会計も開示が進み、データが蓄積されれば、長期的な企業価値とインパクトの関係が明らかになり、インパクト加重会計が企業価値の先行指標として活用される日が来るかもしれない。

5.最後に

「お金は経済の血液」と言われる通り、経済の受け皿となる社会や環境が病んでは、人間生活はおろか、地球社会全体が持続可能ではなくなる。今、まさに社会の病んだ部分に血液(お金)を流す改革が進んでいる。
何のために自社は存在するのか。どうすれば価値を向上できるのか。経営陣は、この問いを受動的に捉え、他社を真似るだけではなく、自社ならではの本質をえぐり出して、自らの内発的動機で、CSRやサステナビリティを新たな競争軸にしてもらいたい。戦後、物資に乏しい時代に、先人が創業の理念をもって築き上げたのが今の日本経済につながっている。創業の原体験を持つ経営者が少なくなった今、これからの社会に自らパーパスをもって新たな時代を築けるかは、経営者の主体性と想像力(創造力)にかかっている。

 

執筆者:牛島 慶一(うしじま・けいいち)
CSRワーキンググループメンバー

EY Climate Change and Sustainability Services (CCaSS) Japan Regional Leader, 
APAC ESG & Sustainability Strategy Solution Leader
EY新日本有限責任監査法人プリンシパル

 

CSR研究プロジェクト10周年記念特設ページはこちら


[1] TCFDウェブサイト https://www.fsb-tcfd.org
[2] IFRS Integrated Reportingウェブサイト https://www.integratedreporting.org/resource/international-ir-framework/
[3] European Commissionウェブサイト 「Corporate sustainability reporting
https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en
[4] UNITED NATIONS HUMAN RIGHTS OFFICE OF THE COMMISSIONER , GUIDING PRINCIPLES ON BUSINESS AND HUMAN RIGHTS https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/publications/guidingprinciplesbusinesshr_en.pdf
[5] European Commissionウェブサイト「Carbon Border Adjustment Mechanism
https://taxation-customs.ec.europa.eu/carbon-border-adjustment-mechanism_en
[6] 企業がCO₂の排出削減に取り組んだ結果、環境負荷や性能の低い輸入品に市場を奪われ、国内生産が減少することや、環境規制の緩い海外に生産拠点を移転してしまい、地球全体でのCO₂の排出量が減少しないこと。
[7]Michael E. Porter and Mark R. Kramer (2011) “THE BIG IDEA: Creating Shared Value “How to reinvent capitalism—and unleash a wave of innovation and growth” Harvard Business Review, JANUARY–FEBRUARY 2011, REPRINT R1101C
https://moodle.luniversitenumerique.fr/pluginfile.php/6274/mod_folder/content/0/8.%20La%20valeur%20partage%CC%81e%20-%20Micheal%20Porter.pdf
[8] ユニリーバ・ジャパンウェブサイト「サステナブル・リビング・ブランドがひきつづき高成長を牽引」
https://www.unilever.co.jp/news/press-releases/2017/uslp-yr6-driving-growth/
[9] WWFジャパンウェブサイト「RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)認証について」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3520.html
[10] Harvard Business Schoolウェブサイト「IMPACT-WEIGHTED ACCOUNTS
https://www.hbs.edu/impact-weighted-accounts/Pages/default.aspx
[11] ヤマハ発動機株式会社ウェブサイト「クリーンウォーターシステムの展開」
https://global.yamaha-motor.com/jp/profile/csr/impact-assessment/03/

    • CSR 研究プロジェクト
    • CSR 研究プロジェクト

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム