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2019年度から2060年度で医療の社会保険料率が5割増の可能性も
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2019年度から2060年度で医療の社会保険料率が5割増の可能性も

May 10, 2024

R-2024-007

マクロ経済や財政の将来的な姿を示すため、政府(内閣府)は定期的に年2回、一定の前提に基づき、「中長期の経済財政に関する試算」(以下「中長期試算」という)を公表しているが、基本的に試算期間は10年程度で短いとの批判も多い。最近、内閣府が公表した中長期試算の最新版(2024122日版)も試算期間が2024年度から2033年度までしかなく、財政や経済などを専門とする学者やエコノミスト等の間では、それ以降の2050年度や2060年度までの長期試算も示すべきとの意見がやはり多かった。

このような状況のなか、先般、内閣府は、経済財政諮問会議(202442日開催)において、財政・社会保障の長期試算を公表した。この長期推計は、「中⻑期的に持続可能な経済社会の検討に向けて②」という文書(以下「長期試算」という)で示されたもので、中長期試算以降(2034年度から2060年度まで)のマクロ経済・財政・社会保障の姿を推計したものである。

個々の計数の妥当性については一定の前提を置き、機械的に試算したものであるから、それなりの留意や精査が必要であることは明らかだが、長期試算を示したことは一定の評価ができるのは確かで、「現状投影シナリオ」「長期安定シナリオ」「成長実現シナリオ」という3つのシナリオに基づき、財政・社会保障の姿を試算している。

このうち、「現状投影シナリオ」とは、低成長シナリオで、2030年度から2060年度における名目GDP成長率が0.5%~0.7%程度のものをいう。また、「長期安定シナリオ」とは、中成長シナリオで、2030年度から2060年度における名目GDP成長率が2.8%~2.9%程度のものをいい、「成長実現シナリオ」とは、高成長シナリオで、2030年度から2060年度における名目GDP成長率が3.7%~3.9%程度のものをいう。

名目GDP成長率の高低を決める最も重要な変数がTFP(全要素生産性)の伸びだが、直近の景気循環(2012年Ⅳ期~2020年Ⅱ期)のTFP上昇率の平均は0.5%であり、内閣府の推計では、このTFP上昇率などを前提とするものが「現状投影シナリオ」となっている。

内閣府は、財政・社会保障の姿として、医療・介護の給付と負担を取り上げている。この理由は、少子高齢化が進むなか、医療・介護を社会保障制度改革の本丸に位置付けているためだ。公的年金については、2004年の年金改革により、年金の給付水準を自動的に調整する「マクロ経済スライド」が既に導入されており、年金給付費(総額)の伸びは基本的に中長期的な経済成長率の範囲内に留まることから、年金給付費(対GDP)は長期的に安定化するメカニズムが存在する。

このため、財政の持続可能性を確保する観点から、医療・介護給付費の伸びに関心が高まっている。医療・介護給付費の伸びは、①人口構成の変化や、③診療報酬・介護報酬などの単価の伸びのほか、③その他要因として、医療の高度化などの影響を受ける。このため、内閣府の長期試算では、③の「その他要因(医療の高度化等)」が「0%のケース」「1%のケース」「2%のケース」を推計している。このうち、その他要因(医療の高度化等)が0%のケースとは、医療の⾼度化等による医療・介護給付費の増加分が医療・介護改革で完全に相殺される場合をいい、これを「改革効果」と呼んでいる。

このような前提の下、内閣府の長期試算では、経済成長に関する3つのシナリオ(「現状投影シナリオ」「長期安定シナリオ」「成長実現シナリオ」)と、医療・介護給付費の伸びの「その他要因(医療の高度化等)」が3つのケース(「0%のケース(改革効果)」「1%のケース」「2%のケース」)の組み合わせ(3×3)により、合計9つのシナリオを推計している。この9つのシナリオのうち、ベンチマークに位置付けられるのは、直近の景気循環(2012期~2020期)に沿った「現状投影シナリオ」で、かつ、「その他要因(医療の高度化等)」がこれまでの実績を考慮した1%のシナリオ(以下「ベンチマーク・シナリオ」という)であろう。

人口構成の変化や診療報酬などの単価の伸びを除き、医療費などの伸びが本当に1%もあるか否か、その推計の妥当性は精査が必要だが、医療の高度化等といった「その他要因」が1%のとき、内閣府の長期試算(ベンチマーク・シナリオ)では、2019年度に8.2%であった医療・介護給付費(対GDP)は、2033年度に9.2%、2040年度に10.2%、2050年度に11.7%、2060年度に13.3%に上昇する試算結果になっている。

2060年度の医療・介護給付費(対GDP)が2019年度の1.44倍となっているが、これは、約40年間で、名目GDPの増加分よりも医療・介護給付費の増加分が44%も上回る可能性があることを意味する。

なお、詳しい説明は省くが、筆者は、内閣府の長期試算に記載がある数値データから、ベンチマーク・シナリオにおける医療・介護給付費の推計値などの計算方法の解明や再現などを試みた。この再現した医療・介護給付費は、かなり精度が高いものとなっている。また、内閣府の長期試算における医療・介護給付費は、国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」の医療・介護給付費と範囲がやや異なるために数値の乖離があるが、一定期間(過去から現在まで)のデータが互いに整合的になるように調整を行い、「社会保障費用統計」に沿った医療給付費や介護給付費を計算すると、以下の図表のようになる。

 

図表:医療・介護給付費の推移と予測(単位:兆円)

(出所)内閣府の長期試算および国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」等から筆者推計

 

また、内閣府の長期試算は、医療・介護の社会保険料負担や公費負担の推計も示している。例えば、ベンチマーク・シナリオでは、2019年度に4.8%であった医療・介護の社会保険料負担(対GDP)は、2033年度に5.2%、2040年度に5.7%、2050年度に6.4%、2060年度に7.2%に上昇している。この試算結果は、2060年度の医療・介護の社会保険料負担(対GDP)が2019年度の1.5倍となっているが、これは、約40年間で、名目GDPの増加分よりも医療・介護の社会保険料負担の増加分が50%も上回る可能性があることを意味する。

これが示唆することは何か。結論を先に述べるなら、医療介護制度改革を行わない限り、2019年度との比較で、2060年度までに、医療の社会保険料率などを約5割も引き上げなければいけない可能性を示唆する。この可能性は、次のステップで理解できよう。

まず、医療・介護のマクロ的な社会保険料率は、医療・介護の社会保険料負担を雇用者報酬の総額で割ったものに等しい。つまり、

医療・介護のマクロ的な社会保険料率

= 医療・介護の社会保険料負担÷雇用者報酬の総額   ⑴式 

という関係が成り立つ。 

また、内閣府のSNA(国民経済計算)データから、名目GDPや雇用者報酬の総額の推移をみると、1994年度から2022年度において、若干の変動はあるものの、名目GDPに占める雇用者報酬総額の割合は52%前後で概ね安定した推移を示している。このため、「雇用者報酬の総額≒名目GDP×52%」の関係が成り立つ。この関係式を⑴式に代入すると、以下の関係式が成り立つ。

医療・介護のマクロ的な社会保険料率

1.923×医療・介護の社会保険料負担÷名目GDP   ⑵式

この⑵式の左辺の「医療・介護の社会保険料負担÷名目GDP」は、医療・介護の社会保険料負担(対GDP)を表すので、この値が2019年度から2060年度にかけて1.5倍になるということは、医療・介護のマクロ的な社会保険料率が50%増になることを意味する。この推計の妥当性は精査が必要だが、内閣府の長期試算が示すことは、医療・介護費の伸びを中長期的な経済成長の範囲内に制御しない限り、今後、社会保険料率が大幅に上昇する可能性である。

この関係では、202311月の財政制度等審議会の建議でも、「報酬改定や医療・介護の制度改革に着実に取り組み、全体として、雇用者報酬の伸びの範囲に医療・介護の給付の伸びを収めていく必要がある」と記載しており、202312月に閣議決定した「こども未来戦略」の脚注でも、「高齢化等に伴い、医療・介護の給付の伸びが保険料の賦課ベースとなる雇用者報酬の伸びを上回っており、このギャップにより、保険料率は上昇している。若者・子育て世帯の手取り所得を増やすためにも、歳出改革と賃上げによりこのギャップを縮小し、保険料率の上昇を最大限抑制する」との記載がある。

「最大限抑制する」の「最大限」の意味が何かという問題もあるが、この脚注も閣議決定の一部で立派な「政府の方針」である。小泉政権期では、少子高齢化が進むなか、現役世代の負担増を抑制するため、2004年の年金改革を行い、厚生年金の保険料率の上限を18.3%に定めたが、医療や介護の保険料率には上限がない。

筆者は従来から、医療版マクロ経済スライドを提唱しているが、上記「こども未来方針」(脚注)の方針に従い、政府としても、雇用者報酬の伸びと医療・介護の給付の伸びとの関係につき、さらに踏み込み、具体的な検討を行っていくべきではないか。

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