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インターネットとアメリカ政治「インターネットが推し進めるアメリカの政治的分極化」(前嶋和弘)

インターネットとアメリカ政治「インターネットが推し進めるアメリカの政治的分極化」(前嶋和弘)

March 11, 2014

インターネットはアメリカの政策過程を大きく変貌させてきた。ここで言いたいのは、別の論考で論じた選挙におけるインターネットの利用や、政府サービスのオンライン化といった電子政府を意味するのではない。さらに根本となる政治に対する情報の流れをインターネットが大きく変え、インターネットがアメリカの政治や社会の「政治的分極化(political polarization)」を支える基盤となっているという事実である。

いや、なってしまっている、といった方が正確な言い方かもしれない。

インターネットが「政治的分極化」をどのように推し進めているのか。少し長くなるがその構造を説明してみる。

(1)政治的分極化とインターネット

そもそも政治的分極化とは、アメリカ国内の(1)「保守」と「リベラル」層のイデオロギー的立ち位置の乖離と、(2)「保守」と「リベラル」層内でのイデオロギー的な凝集性が強まるという2つの状況を意味している。

保守系とリベラル系との「2つのアメリカ」に国民世論が分断しつつあるという議論が高まったのは2004年大統領選挙のころからであり、その後、各種データをみると、分極化はさらに進んでいる。分極化は国民世論だけでなく、民主党と共和党という2大政党間の政党内の対立も激化させる要因となっている。

さらに、政治的分極化は政治情報のあり方も大きく変えつつある。アメリカの政治情報は、3大ネットワークテレビの夕方のニュースに代表されるように、かつては客観性の追求で世界のジャーナリズムのお手本的な存在だった。しかし、1980年代からの衛星・ケーブルテレビの普及をきっかけとしたテレビの多チャンネル化や、1990年代半ばからのインターネットの爆発的普及がこの状況を大きく変えた。政治報道も「ニッチ市場」の開拓を目指し、政治情報の内容を「消費者」向けにマーケティングして、提供するようになった。一方で、3大ネットワークテレビの夕方のニュースの視聴者数は激減した。

特に「保守」と「リベラル」との二つの世論の極を意識した情報がここ10年の間、かなり目立つようになっている。左右のイデオロギーを鮮明にした政治情報は、政治トークラジオ(聴取者参加型の政治トークラジオ番組)や、ケーブルテレビの24時間ニュースチャンネル内の番組が真っ先に浮かぶ。例えば、前者なら保守の「ラッシュ・リンボウ・ショー(The Rush Limbaugh Show)」、後者なら、保守の「オライリー・ファクター(The O’Reilly Factor)」(Foxnews)、リベラルの「レイチェル・マドウ・ショー(The Rachel Maddow Show)」(MSNBC)などが代表格であろう。

ただ、左右のイデオロギーを鮮明にした政治情報はラジオやケーブルテレビだけで全く完結しない。なぜなら、インターネットという広大な空間が、政治情報をエコー室のように何倍も何十倍も拡散させるためである。

まず、ソーシャルメディアの影響力は大きい。「ラッシュ・リンボウ・ショー」の熱心なリスナーなら、2010年に成立した医療保険改革「オバマケア」がいかに社会主義的なものであるのか熱っぽく語るリンボウの言葉をリツイートするであろう。逆に同じ「オバマケア」が公正な社会を作り出すことに貢献していると主張するマドウのフェースブックの熱心なフォロワーになる。

さらに、既に情報サイトとしての位置を確保した有力政治ブログも自分たちのイデオロギーに沿うことで、左右いずれかの色を帯びた政治情報がさらにサイバースペース上に広がっていく。保守派の「ホットエアー(Hot Air)」や「ブライトバート(Breitbart)」「ミッシェル・マルキン(Michelle Malkin)」は、「オバマケア」を蛇蝎のように忌み嫌い、リベラル派の「トーキング・ポインツ・メモ(Talking Points Memo)」や「シンク・プログレス(Think Progress)」「デイリー・コス(Daily Kos)」は、オバマケアはアメリカ社会の救世主であると説く。日本版が登場した「ハフィントン・ポスト(The Huffington Post)」も本家アメリカではリベラル側のオンラインメディアとして知られている。他のリベラル政治ブログに比べれば、かなり幅広い意見も掲載されているが、総じて「オバマケア」には肯定的だ。

(2)選択的接触:交わらない二つのオンライン世論

このように、「保守」と「リベラル」との二つの世論の極を意識した情報がインターネットで一気に広がっていく。同じ「オバマケア」でも、左右で全く見方が違うという“羅生門現象”がサイバースペースで顕著になっている。保守派の「ネット右翼(ネトウヨ)」が日本では話題になっているが、アメリカでは「保守」と「リベラル」の双方のイデオロギーを代表する意見がインターネットにあふれている。「保守」「リベラル」双方の世論が拮抗しているのも、近年の「二つのアメリカ」現象の特徴の一つであることを考えると、二つのオンライン世論が拮抗するのも感覚的に理解できる。

ここで注意しなければならないのが、インターネット上での情報取得には、「自分にとって好ましい情報を優先的に得ようとする」という選択的接触が顕著である点だ。「選択的接触」は古典的なメディア理論であり、テレビ番組、新聞、雑誌、ラジオ番組など既存のメディアでも明らかになっている。各種研究によると、ソーシャルメディアの利用についても「選択的接触」の傾向が顕著であることが明らかになっている。

「選択的接触」とは自分にとって都合のよい意見は採用し、自分と異なる意見に対しては徹底的に遠ざけることである。自分のイデオロギーに近いオンラインサイトは積極的に参照し、リツイートなどの形でさらに他の人に伝えていくが、自分の考えとは相いれないものについては、全くアクセスしようと思わない。「オバマケア」嫌いは徹底して保守の政治情報に固執するし、リベラル派は保守の情報を敵視するというわけである。

「選択的接触」の傾向がサイバースペースでは特に目立っており、「保守」と「リベラル」との二つの世論は決して交わらず、それぞれが別個に加速度に増殖している。つまり、インターネットが「政治的分極化」を推し進めてしまっている。

オンライン世論の分極化は、保守派のティーパーティ運動とリベラル派の(ウォール街)占拠運動という、ここ数年の政治運動をみれば、さらに明らかである。いずれの運動も「取り残された人々」の声を代弁する運動である。占拠運動の方は「99%」というスローガンが日本で比較的知られているように、富める少数の人々が作りだした社会システムに対する反発が運動の根底にある。ティーパーティ運動の方は、ワシントンという政治家やテクノクラートの巣窟が生み出した「オバマケア」という中央からの改革においておかれた人々の反乱である。

ティーパーティ運動と占拠運動のいずれの運動もソーシャルメディアを通じて大きくなったという共通点がある。それだけではない。両運動の基底にあるのは「怒り」である。「自分の意見に近いものしか見ない」というオンライン情報の選択で「怒り」はさらに深い憤りに代わり、オンライン上の無数の同士とつながっていったのが両運動を支えたメカニズムの一つであるといっても過言ではなかろう。

(3)おわりに

政治過程全般が保守とリベラルに分かれる「政治的分極化」現象が一気に進む中、二つのオンライン世論が拮抗している。大統領や連邦議会、官僚は効果的なガバナンスを希求する一環として、少しでも自らにとって有利な報道をするメディアを厳選する傾向にある。各種利益団体や一部のシンクタンクも、「味方のメディア」と「敵のメディア」を峻別し、提供する情報を大きく変えている。いずれもインターネットでの拡散を念頭にあるのはいうまでもない。

一方で、「政治的分極化」現象は「動かない政治」「決まらない政治」が固定化させてしまっている点で、民主的な政治システムそのものを大きく揺るがしている。インターネットが左右の世論がそれぞれ交わらない閉じた正解となっているとするなら、自由闊達な議論の空間を夢みたインターネットを構想した人々の理想とは大きくかけ離れてしまっているのかもしれない。

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■前嶋和弘:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、上智大学総合グローバル学部教授

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