東京財団政策研究所 Review No.03

公益財団法人東京財団政策研究所のリーフレットです。非営利・独立の民間シンクタンクとして、外交・安全保障、経済・社会保障、環境・社会分野の政策提言・普及活動と、国内外で実施する各種人材育成プログラムを行っています。


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03が繰り広げられた。それは前述の林教授と中国社会科学院の人口学者、蔡昉教授による中国経済のサステナビリティに関する論争である。林教授は中国経済の潜在成長率をもとに、ディマンドサイド(需要側)の景気刺激策を実施すれば、中国経済は景気循環による減速を克服し、再び高成長に戻れると主張する。林教授の主張は、中国の主要産業に大量の過剰設備があり、景気が減速したのは需要不足によるものとのことである。林教授が提案したのは需要を喚起する景気刺激策であり、公共工事などのインフラ投資と人民銀行(中央銀行)による金融緩和策を組み合わせたケインズ型の景気刺激策である。それに対して、中国社会科学院の蔡教授は、中国はとっくに人口ボーナスがオーナス(重荷)になっており、ルイスの転換点を過ぎ、生産年齢人口の減少により現役世代の扶養比率は上昇し、高齢化が予想以上に早く来てしまったと指摘している。そのため、今まで中国経済を支えてきた高貯蓄率と高資本装備率は徐々に低下していくと予想されている。日本や韓国と比べ、中国社会の「未富先老」(先進国になる前に、予想以上に早く高齢化していること)は日増しに深刻化している。要するに、社会保障の負担増は中国経済成長の足を引っ張る可能性が高いということだ。中国経済のリスクは成長がこのまま減速して中所得国の罠にはまってしまうことである。り入れ、それを中国の豊富かつ廉価な労働力とハイブリッドして、安い製品と商品を大量生産し、アメリカを中心とする先進国に輸出している。このプロセスにおいて、中国は資本(外貨)を稼ぐだけでなく、技術も取得した。さらに経済の自由化によって従来の中国社会の主役だった国営企業とは別に無数の民営企業が雨後の竹の子のように成長してきた。これらの民営企業こそ中国経済をけん引するエンジンであり、中国市場の主役になっている。残念ながら、中国の経済政策と制度面のアレンジは常に国有企業を優遇する方向に傾斜している。北京大学の張維迎教授(経済学)は、民営企業が受ける差別のことを「所有制差別」と定義している。中国では、民営企業は政府の買い付けにおいて圧倒的に不利な立場にある。国有銀行の融資も基本的に国有企業を中心に行われている。なぜならば、政府(主に地方政府)は国有銀行の国有企業への融資を強くバックアップするからである。しかし、自明の理屈だが、経営効率の悪い国有企業が政府によって制度面と政策面でバックアップされ、逆に主役の民営企業が所有制差別を受ける現状では、中国経済の質的な向上を実現できない。時間が経つにつれ、中国経済は徐々に停滞していく可能性がある。結論をいえば、中国経済における構造上の最大の問題は資源配分のミスマッチに起因する非効率性である。政府が恣意的に国有企業に傾斜する資源配分を行っているため、結果的に中国経済は規模が拡大しているが、産業構造の高度化が遅れ、質の向上が実現できていないのが実情だ。2016年11月、北京大学の張維迎教授と同大学の林毅夫教授は産業政策の必要性とあり方に関する公開討論会を行った。リベラリストの張教授は産業政策が政府による市場介入の道具であり、資源配分の非効率化をもたらす原因であり、資源配分は市場メカニズムに委ねるべきと主張している。それに対して、林教授は、日本の高度成長において産業政策が重要な役割を果たしたことを理由に産業政策の重要性を力説した。そもそも中国では、このような政策論争自体が珍しいことである。この論争が政策決定にどれほど影響しているかは定かではない。こうしたなかで、2018年に北京では、新たな論争中国の経済政策と制度面のアレンジは常に国有企業を優遇している。中国南京市生まれ。1988年来日。92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。長銀総合研究所を経て富士通総研経済研究所の主任研究員に。2018年より現職。静岡県立大学グローバル地域センター特任教授・広島経済大学特別客員教授兼務。主な著書に『中国の不良債権問題─高成長と非効率のはざまで』(日本経済新聞出版社)『チャイナクライシスへの警鐘』(日本実業出版社)など多数。柯隆東京財団政策研究所主席研究員


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