東京財団政策研究所 Review No.03

公益財団法人東京財団政策研究所のリーフレットです。非営利・独立の民間シンクタンクとして、外交・安全保障、経済・社会保障、環境・社会分野の政策提言・普及活動と、国内外で実施する各種人材育成プログラムを行っています。


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09らく税務署でさえ、共産党幹部を中心とする富裕層の個人所得の実状を把握できていない。なぜならば、税務署は共産党幹部の税務調査をきちんと行っていないからである。そのうえ、中国では、日本の確定申告のような制度が用意されていない。ある調査によると、中国では、個人所得税の課税最低額をもとに計算すれば、個人所得税を納税する義務のある個人は1億数千万に上るのに対して、実際に個人所得税を納税しているのは2800万人程度(2014年現在)といわれている。しかも、脱税しても罪悪感がない人が多いはずである。なぜならば、納税者にとって納税が義務であるといわれているが、自分が納めた税金がどのように使われているかについて知る権利が保障されていないからである。要するに、納税者の権利が保障されない社会では、国民の納税意識が向上しない。これこそ中国のいわゆる社会主義市場経済の最大の欠陥である。その結果、富は人数的にはわずかな富裕層に一極集中し、財源の配分と使われ方が不透明であるため、低所得層の生活を保障する社会保障制度も十分に整備されていない。社会保障は社会不安の防波堤とよくいわれている。しかし、上で述べたように、中国人口の高齢化は予想よりも早く訪れた。中国人口の高齢化を早めた一番の原因は40年間にわたる一人っ子政策による出産制限である。半面、毛沢東時代の計画経済から市場経済への制度移行において、共産党幹部を中心とする特権階級の権利を保障するため、労働者や農民の社会保障制度とは一本化されていない。現状においては、共産党幹部と政府公務員などの社会保障制度がもっとも充実している。都市労働者の場合は、それぞれの所属する企業の所有制と業績規模によって、保障の内容が大きく異なってくる。もっとも悲惨なのは農家である。長年、農家は何の社会保障もなかった。温家宝元首相の時代、農業税の廃止が決断された。現在、農家の社会保障はかつての皆無のときに比べれば、いくらか改善されているが、大きな病院にかかる場合、保障はまったく不十分である。このような論点整理からも分かるように、既存の社会保障制度はいくつものプールに分かれ、共産党幹部のプールの保障が一番充実している。これも中国社会の不平等性の一つといえる。問題は経済の自由化により、中国社会では富を作るインセンティブを付与する制度的枠組みが用意されたが、富を公平に分配する仕組みが用意されていないことにある。本来ならば、社会主義体制を堅持する中国では、所得格差が拡大しないはずだった。しかし、国家統計局が公表しているジニ係数でも、社会不安が増幅する警戒レベルの0.3を遥かに上回り0.475に達しているといわれている(2018年)。中国国内のリベラルの研究者の試算によると、ジニ係数はすでに0.6に達している。ジニ係数の高騰は社会不安を裏付けるエビデンスとなる。なぜ所得格差が拡大したのだろうか。日本などの先進国の事例を考察すれば、政府は経済成長を維持するための政策を工夫すると同時に、格差が拡大しないように、富裕層により多く課税すると同時に、低所得層に対する社会保障機能を充実させるために、より多くの財源を充てている。日本などの先進国は決して平等な社会とはいえないが、公平性が基本的に担保されている。その公平性を担保しているのは一人一票の権利が保障される民主主義の選挙制度である。政治家や行政機関は権力を握っているが、それに対するガバナンスの制度的枠組みも用意されている。それに対して、中国では、富裕層を中心に脱税が横行している。中国では、富の分配は共産党権力の中心との距離を軸にして行われている。権力の中心に近い特権階級がより多くの富を手に入れている。その多くは正当な所得ではない。2019年5月、反腐敗キャンペーンで逮捕された数多くの共産党幹部において新記録が作られた。海南省の高級人民法院(日本の高等裁判所に相当)副院長の個人の財産が200億元(3200億円相当)に達すると内部告発で明らかになったのである。中国の一人当たりGDPである9000ドル前後をもとに計算すれば、実に30万倍以上になる。一人の裁判官がどのようにこれほどの資産を手に入れたのだろうか。要するに、現状において富の分配そのものはきわめて不透明だからこそ、賄賂や着服などが日常茶飯事のように横行している。中国の有識者によって何回か「国家幹部による個人財産の公示申告」が提案されているが、一度も実施されたことがない。おそ納税者の権利が保障されず個人所得税の脱税が横行している。


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