タイプ
論考
日付
2014/2/27

農政転換のラストチャンス


東京財団研究員
坂野 裕子

シンガポールで開かれていた環太平洋経済連携協定(TPP)の閣僚会合が終了した。さまざまな論点はあろうが、各国の内政の事情もあり、交渉妥結までにはさらに紆余曲折がありそうだ。

「日本は交渉下手だ」と長年言われてきた。東京財団で発表した報告書「ウルグアイラウンドと農業政策~過去の経験から学ぶ~」からもそのことは見えてくる。ガット・ウルグアイラウンド(UR)交渉当時の日本は、「コメの関税化阻止」にこだわるあまり、結果として不利な代償を受け入れる判断をした。代償とは、関税化を拒否したコメの最低輸入量の拡大である。これは「名をとるかわりに、実を捨てた」判断とも言えよう。繰り返すまでもなく、国際交渉では、国益とは何かを踏まえた上で、いかに「実をとる」かが重要である。日本では、しばしば、通商貿易政策を進めるには、国内農業への悪影響は避けられないという「トレードオフ」の関係で論じられてきた。しかし、本来は国益に照らして通商貿易政策を進めると同時に、国内の必要な食料供給基盤を維持するという冷静で合理的な「実をとる」判断が求められる。

一方、同じUR交渉当時の欧州は、交渉と域内改革を並行して行い、合意内容を満たす改革を合意前に完成させることで、交渉では主導権を握った。欧州は、この時に「農業者への直接支払い」というその後の農業政策に大きな影響を及ぼす画期的な政策手法を導入した。これに対し日本は、関税化阻止に固執し守りの姿勢に徹するほかなかった。さらに日本は、その後行われた国内農業対策(いわゆるUR対策事業)でも、UR合意の影響について明らかにしないまま、事業総額ばかりの議論を行った。そして対策の中身は、従来事業の化粧直しにすぎないという有様だった。UR交渉でも国内対策でも必要な「実をとる」ことができなかったのである。


農政の転換を感じさせるキーパーソンの反応


我々が、このタイミングでURの交渉及び国内対策に関する政策研究に取り組み、公表したのは、足下のTPP交渉と関連する農業政策に示唆が大きいと考えたからだ。現在、この政策研究を、マスメディアはもとより、多くの政策関係者に対し、問題提起を続けている。こうした中、この数週間で、現在の農政を司る政権与党のキーパーソンと意見交換する機会を得ることができた。一連のUR交渉と国内対策の経緯から今何を学ぶのか、そして現在の政策を進める上でどのようなことを念頭におくべきなのか…。

遅きに失しているとの指摘もあろうが、彼らの発言や反応からは、従来型の対症療法的な農政の転換点に日本はいるのかもしれないという実感を得ることができた。また、その一方、まだまだ従来型農政をあたりまえのこととして考える関係者の存在が、その転換のハードルとなりうることも見えてきた。本稿では、これまでの対症療法型農政がどう転換しようとしているのか、また、そのために何が必要なのか、TPP交渉と並行してやるべき国内改革について論点提起をしてみたい。

まず、TPP交渉においてかつてと転換しつつあると感じられるのが、「聖域」に対する考え方だ。最近の報道等を見ると、自民党の公約に書き込まれていた「重要5項目」の「聖域」に縛られているとの印象がある。しかし、関係者のコメントをよくみると必ずしも「聖域」に縛られていないと見ることもできる。いくつか事例を挙げてみよう。

西川公也自民党TPP対策委員長は「(重要5項目の一部を)関税撤廃できるか検討する」1、「(タリフラインについて)私の立場としては守っていきたい。しかし、守れるかどうかは交渉ごとだから、ありとあらゆる検討は農水省はやると思います」2、甘利明担当相「一つ残らず微動だにしないということでは交渉にはならない」3など、自民党や政府は、「中身の精査」、「交渉次第」、というメッセージをたびたび出している。文脈を間違えればそれまでだが、聖域に縛られているといった報道とは少し違う印象が見られる。実際、シンガポールの会合においても、重要5項目内の品目の関税率を引き下げる譲歩案を示したとの報道もある。

このように、必ずしもUR交渉における「コメの関税化絶対阻止」という態度とは異なり、あの時のような思考停止には陥っていない。そもそも、UR交渉当時においては細川連立政権の下で国内政治が安定していないという側面があったのに対し、現在の安倍政権はこれと比較すれば安定していると見ることはできるのは大きな違いだ。最近の一連の流れの中で政権のやり方が巧みなのは、農業団体への対応を上述の西川委員長をはじめとする農林族に任せたことにある。過去の通商貿易交渉において、農林族が何がなんでも反対という立場を貫き通したことから考えてみれば、隔世の感すらあるかもしれない。

また、TPP交渉妥結後の国内対策について考えた場合、UR対策事業で行われたような、目的さえも曖昧な事業ではなく、農業生産に直結するものにしか予算をつけない、事業規模ばかりを論点とするのではなく、生産を改善し、農家所得を積み上げることができる政策の中身をきちんと論じる、といった発言も聞くこともできた。


ぶれる農業者像~農政の中心に据えるべき対象とは誰か?


農業政策全体の流れを顧みれば、昨年から自公政権下での農政改革がスタートし、今年から本格的に実施される。具体的には、いわゆる稲作のコスト削減を念頭に入れたいわゆる「減反廃止」や農地集積を進める「農地中間管理機構」の創設などである。こちらも国内改革の議論を先送りしたUR当時の日本の対応とは異なる。

しかし、見方を変えれば、日本農業の衰退が著しく、農政改革待ったなしの状況であると見ることもできよう。農業就業者の平均年齢は65歳を超え、耕作放棄地面積も39.6万ヘクタールと滋賀県と同じ面積にまで広がっている。また、担い手のいない水田集落が半数以上という統計もある。まさに日本農業は瀬戸際に追い詰められている。

UR交渉や対策を行った当時とは、異なる状況であることを踏まえた上で、今議論すべき農業政策の課題は何であろう。現場の農業者の話を聞くと、くるくると変わる「猫の目農政」に対する不信と、今後の農政の行く末に対する不安を抱いていることを実感する。農業政策のぶれが、農業経営のリスクになりうるのだ。

近年の農業政策は、誰を政策の中心に据えるのかについて見えにくい。
そもそも、自民党政権下では長年、公共事業を通じて農業政策と農村政策を重ねて行ってきた。それが農村地域の集票組織の形成を促す役割を果たしてきたからであり、自民党農政族は、自らの選挙区の農業者、とくに農業団体の利益の代弁者としての役割を担ってきた。また、当時の政策手段は公共事業を中心としたサプライサイド型だったこともあり、農業地域を対象とした公共事業の積み増しによって、その政策を実行してきたという経緯もあろう。

2009年、民主党に政権が代わると、民主党は公共事業費を大幅に削減すると同時に、農業者に耕作面積に応じて直接補助金を支払う戸別所得補償を実施した。民主党は、選挙戦で戸別所得補償や6次産業化によって小規模農家でも農業を継続できることを強調しており、農業政策の中心に「小規模農家を含めるすべての農業者」を位置付けた。しかし、同じ民主党政権下で、TPP交渉参加議論が始まると、方向を180度転換させ、農業の競争力の向上や「担い手」や「政策集中」という言葉が踊った。

農業政策で「担い手」という言葉を使うとき、農業従事者全体を意味しない。「担い手」という農政用語は、1999年の食料・農業・農村基本法の中の「効率的かつ安定的な農業経営」とそのような経営に到達する見込みの農業経営のことを指す。「効率的かつ安定的な農業経営」とは他産業並みの労働時間で他産業並みの生涯所得を稼得できる農業経営を意味している。

自民党は、水田・畑作経営所得安定対策の導入(2007年度~)で、将来にわたって安定的な農業経営を展開できるよう、その対象者には他産業並みの所得を目指すため、一定の経営規模要件を設け、土地利用型農業の体質を強化しようとしていたが、その後の民主党の政権交代を経て、育成すべき農業者像、支援対象となる農業者像が大きくぶれたのだ。

2012年12月、再び政権についた自民党は、民主党の戸別所得補償を1年間継続した上で、2014年産米から経営所得安定対策(戸別所得補償)の補助金を半額にして2018年度には廃止をする計画を発表した。いわゆる「減反廃止」である。加えて農地中間管理機構で農地の集約を進めようとしている。

当然、農業政策としての支援対象者は「担い手」に集中させていくものと考えられる。しかし、まだその方向性は明らかになっていない。これまでの「猫の目」の経緯を見てきた関係者からすれば「まだまだ見えてこない」という意見が出てくるのもやむをえないところだろう。加えて、誰が支援されるべき農業者なのかを明らかにしていくことは、農業者自身はもとより、農業団体、ひいては自らの支援者ともなりうることからして政治家にとっても、苦しい決断になることは容易に想像できる。

しかし、国の財政状況が深刻な中でバラマキをする余裕はない。国民から集めた税金を振り向ける相手は誰なのか、さらには食料基盤の安定や環境の保全といった多面的機能を担う人は誰なのか、必要な議論を十分に尽くし、これまで以上に説明責任が求められる。この点をはっきりさせなくては、日本農業を確固たるものに変えていく農政を現実できない。


今こそ「実」をとる農政の実現を


来年3月に向けて、食料・農業・農村基本計画の見直しが始まった。10年程度を見通した中長期に取り組むべき方針を示すもので、この場でも「担い手」に関する議論が行われるだろう。TPPをはじめとするメガFTAといった外部環境もあろうが、日本農業は瀬戸際に追い詰められている。

農政は確かに変わりつつあるが、油断はできない。利害調整を行い、決断の責任をとるのは政治家の役割だが、政治家だけの責任に押し付けて済む問題ではない。一度下野した自民党は、世代交代もあって変わってきている。農林族も農業者の利益を代弁するだけでなく、納税者への説明責任を自覚し始めている。しかし、政治家を動かすのは世論であり地域の声である。UR交渉と同様、「聖域」を守るか守らないかの議論で縛り付ければ、政治家は身動きをとれないし本質的な議論は進まない。国内対策として「金額」ばかりを求めれば、分捕り合戦の二の舞に陥るだけだ。そういう意味ではメディアや農業団体の役割は極めて大きい。

この転機を活かして、政策の中心に据える農業者像を特定する流れを確かなものとし、日本農業のあるべき姿に転換していけるか、「実」をとることができるかどうかは、あらゆる関係者の手にかかっている。農政転換のラストチャンスである。




1 インドネシアにて記者団に対するコメント2013年10月6日
2 農政ジャーナリストの会での講演2013年12月20日
3 記者会見2014年2月18日