タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/7/26

アメリカ大統領選挙UPDATE 4: クリントンのペンシルヴェニア問題

  

はじめに

  大統領選に関する最新(7月後半)の世論調査においては、ドナルド・トランプが追い上げているものの、ヒラリー・クリントンが依然やや優勢である。7月後半の大手メディア8社の調査において平均約3ポイントのリードを保っているが、6月後半時点の平均7ポイント(大手メディア6社)よりも縮小している。

  アメリカの大統領は、全米の得票数でなく、獲得した選挙人の数により選ばれるので、全米レベルの世論調査はあくまで目安である。大統領選挙の勝敗の予想は、州単位の積み上げを要する。選挙の勝敗予想で定番のS・ロセンバーグやL・サバトは、平年なら拮抗判定となる激戦州の全部または多くを、現時点ではクリントンが僅かに、あるいはやや優勢と判定している。

  しかし、接戦を示す世論調査もある。筆者が注目するのは、激戦州の中でも特に重要なペンシルヴェニア、オハイオおよびフロリダを定期的に調査しているクイニピアック大学のデータである。7月の最新調査によれば、フロリダ州においては42%対39%でクリントンがやや優勢だが、オハイオおよびペンシルヴェニアにおいては拮抗している[1]

   特筆すべきなのは、同調査の集計ベースが、実際に投票に行くと推定されるlikely votersでなく、有権者登録名簿に記載されているregistered votersである点だ。民主党支持層は共和党支持層よりも投票率が低いため、有権者登録での民主党の優位は、投票時には縮小するのが一般的である。このため、今回のような有権者登録ベースの調査結果での拮抗は、実際の投票では共和党にやや有利だと解釈できる。

   毎回大接戦のオハイオについては、共和党がやや優位でも驚かないが、1992年以降民主党が連勝してきたペンシルヴェニアについては少し意外である。以下では、クリントンのペンシルヴェニア・リスクについて考察する。

2012年までのペンシルヴェニア

 1990年代以降の大統領選挙の勝敗は、毎回接戦の大票田であるオハイオ、ペンシルヴェニアおよびフロリダの3州の情勢によって、かなり説明できてしまう面がある。トランプという空前の型破りな人物が大統領候補指名を獲得する番狂わせがあっても、これら激戦三州が勝敗の鍵を握る構造は揺らいでいない。

  しかし、2016年選挙固有のトレンドも存在する。その一つが、ペンシルヴェニアにおける、僅差だが安定した民主党の優位という構図の流動化である。2012年までの約20年間の大統領選挙では得票率の差が1桁という意味では毎回接戦であったが、民主党が連勝してきた。それは、共和党の右傾化により、文化的にリベラルで人口の多いフィラデルフィア地域が、共和党離れを起こしたためである。

  図1は大統領選挙における州内地域別の民主党および共和党の得票率の差の推移である。フィラデルフィア地域と対照的に、文化的に保守で白人ブルーカラーが多いピッツバーグ地域が、’90年代から共和党にシフトしていることが分かる。同地域よりもフィラデルフィア地域の人口が多かったおかげで、民主党は僅差ながらペンシルヴェニアで連勝できた。

図1 大統領選挙における民主党および共和党の得票率の差の推移(ペンシルヴェニア州)

出典:大統領選挙における郡別の得票をフィラデルフィアおよび近郊郡、ピッツバーグおよび近郊郡ならびにその他の郡に分けて、民主党および共和党の得票率の差を筆者が集計した。それぞれの都市の近郊郡は、連邦政府統計局の「大都市統計地域」(MSA)の区分に従った。

トランプ旋風で加速するピッツバーグ地域等の共和党化

  しかし、トランプの登場により、ペンシルヴェニアは一転して最も注目すべき州の一つとなった。白人ブルーカラーが多いピッツバーグ地域の共和党化が、トランプ旋風により加速されると考えられるからである。

  最近『クック・ポリティカル・リポート』が、ペンシルヴェニアの白人ブルーカラーに焦点を当てた論考を掲載している。同誌のデイヴィッド・ワッサーマンによれば、本年において、73,543人が有権者登録を民主党支持から共和党支持に変えているが、中でもこうした支持政党変更が最も高かったFayette郡およびLuzerne郡は白人ブルーカラーが多い郡であり、それらの郡のトランプの得票率は州の平均を大きく上回っていた。支持政党変更の多くは、予備選挙の投票日であった4月29日以前に行われたことから、共和党の予備選挙においてトランプに一票を投じるためだと推察している[2]

  また、同誌のエイミー・ウォルターは、ピッツバーグ地域における白人ブルーカラーのフォーカス・グループ調査を紹介し、クリントンに対する不信の根深さを指摘している[3]

  図2は激戦3州における予備選挙の投票率の推移である。共和党候補の得票を、投票権を有する18歳以上の人口から非市民等を除いたもの(投票権有資格者(VEP))で割った共和党予備選挙投票率は、2016年において軒並み高まっている。特にペンシルヴェニアの増加率が大きい。こうした予備選挙投票率の上昇は、怒れる白人ブルーカラー票を掘り起こすトランプ旋風の動員力を示唆しているといえよう。

図2 激戦3州の予備選挙投票率(共和党)の推移

分母は各州の投票権有資格者数。フロリダ大Michael P. McDonaldによるデータから筆者が作成。

http://www.electproject.org/home/voter-turnout/voter-turnout-data.

 

  ペンシルヴェニア州予備選挙におけるトランプの得票数を、2012年のロムニーと比較したのが表1である。トランプは3地域とも得票数を大きく伸ばしているが、ピッツバーグ地域の伸び率がフィラデルフィア地域よりも高いことが分かる。

表1  共和党予備選挙首位候補の地域別得票数の伸び

出典:郡別得票データを地域別に筆者が集計。

当面の展望

クリントンにとって幸いなのは、ペンシルヴェニア州は大学卒の割合が中位であり、ブルーカラー有権者の割合が特に高い州ではないことだ。たとえトランプ旋風によりピッツバーグ地域の白人ブルーカラー層の民主党離れが加速したとしても、フィラデルフィア市郊外等の高学歴層(特に女性)の民主党シフトにより相殺できる可能性がある。

   オハイオのような期日前・不在者投票の縮減といった投票率を下げることを狙った新規の制度改変(民主党に不利)が無いことも、クリントンを利する2016年固有の変数といえる。

   それでも、上述のクイニピアック大学の世論調査や、上述のピッツバーグ地域等の共和党シフトの長期トレンドは、ペンシルヴェニアにおける僅かだが安定した民主党優位が、危うくなっていることを示唆するものと考える。

   もっとも、最近の世論調査には、ペンシルヴェニアにおいてクリントンが優勢だとするものもあり(NBC/WSJ/Marist)、二大政党の主要支持基盤の推定投票率といった調査機関ごとの有権者モデルの特性も、吟味していく必要がありそうだ。

   上述のワッサーマンによれば、6月の時点でクリントン陣営は選挙広告費をペンシルヴェニアに割り当てておらず、今のところ同州を問題視していない節もある。精度が高い選対本部内世論調査データの裏付けがあっての余裕なのかもしれない。中核支持基盤を動員する激戦州内の拠点の整備(「地上戦」)や資金力においてクリントンは優位に立つ。クリントンが、激戦の中西部における得票に寄与しない、南部のヴァージニア出身で自由貿易派のティム・ケーンを副大統領に指名したのは、勝てる自信の現れだといえよう。

    「アメリカ・ファースト」をうたったトランプの共和党大統領候補指名受諾演説を、メディア各社はダークだと酷評した。『ワシントン・ポスト』紙の社説は、トランプを「アメリカの民主主義へのユニークな脅威」とまで述べている。

   しかし、「オハイオおよびペンシルヴェニアおよびニューヨークおよびミシガンの雇用を取り戻す」と絶叫したトランプ演説は、これらの地域のブルーカラー有権者に怒りの一票を大挙して投じさせる破壊力を秘めていた。

    トランプのダークなアジテーションは、ブルーカラー票を掘り起こす力は絶大であるが、高学歴層の離反という代償を伴うのも事実である。ペンシルヴェニア固有の問題は、高学歴なフィラデルフィア地域の民主党の優位が、既に30ポイント前後(2008-12)という著しく高いレベルにあり、これ以上伸びる余地が未知数だという点である。対照的にピッツバーグ地域の二大政党の得票差は拮抗しており、共和党に伸びしろが認められる。

    トランプのような型破りな候補の出現により、従来の投票パターンが変わるかもしれない状況では、日々の世論調査の数字を追うよりも、州ごとの長期トレンドや投票構造のモデルにトランプ旋風がどう作用するかを考察するのが賢明である。

 

[1]  “Clinton Losing On Honesty In Florida, Ohio, Pennsylvania, Quinnipiac University

Swing State Poll Finds”, July 13, 2016

http://www.qu.edu/news-and-events/quinnipiac-university-poll/2016-presidential-swing-state-polls/release-detail?ReleaseID=2365

ただし、第三政党候補を加えた場合は、フロリダにおいてトランプがリードし、ペンシルヴェニアにおいてはクリントンが優勢になる。

 [2] David Wasserman, “Team Clinton's Puzzling Pennsylvania Bypass”, The Cook Political Report, June 24, 2016,

http://cookpolitical.com/story/9717

 [3] Amy Walter, “When Conventional Wisdom Gets Ahead of the Voters”, The Cook Political Report, June 22, 2016,

http://cookpolitical.com/story/9713

 

細野豊樹   共立女子大学国際学部教授