タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/10/11

アメリカ大統領選挙UPDATE 5:副大統領候補討論会から見えたもの

 
 

    第一回大統領候補討論会に続いて、さる10月4日にバージニア州のロングウッド大学で副大統領候補討論会が開催された。討論会直後のCNN/ORCによる世論調査ではマイク・ペンスがより優れたパフォーマンスを見せたと感じたものが48%、対してティム・ケインは42%であった。

   大統領候補討論会に比べれば地味な印象のある副大統領候補討論会であるが、1976年に初めて副大統領候補討論会が開催されて以降、何度か大統領選挙の趨勢に影響を与えるような「見せ場」があった。

   1992年10月13日、ジョージア工科大学で開催された副大統領候補討論会はそのような「記憶に残る副大統領候補討論会」に数えられている。その年の討論会では、アル・ゴア、ダン・クウェール両副大統領候補による激しい議論の後、形勢不利であったG.H.W.ブッシュの支持率は回復に向かう一方、優勢だったクリントンの支持率は50%を切り、大統領選挙は接戦の様相を呈していった。

   2016年の副大統領候補討論会は1992年のような記憶に残る討論会だったといえるのだろうか。今回の副大統領候補討論会から、いったい何がみえてくるだろうか。

 

        「怒号と発言妨害に満ちあふれた討論会だった」

                                                            ――エマ・グリーン

 

        「副大統領候補討論会としては意外なほど議論の応酬が見られたが、

            司会者が気弱で討論者が相手の発言を遮ったり、論点がずれるのを

            制止したりできなかったこともあって、不満の残る出来だった」

                                                                    ――ジェニファー・ルービン

 

   このような皮肉交じりの感想を述べた有識者が多かったことからもわかるように、今回の副大統領候補討論会では1992年の討論会を彷彿とさせるような激しい議論の応酬が見られた。冷静に語るマイク・ペンスの発言に割って入り、舌鋒鋭く突っ込みを入れるティム・ケインというのが、今回の討論会の構図である。

   ケインの答弁は内政・外交ともに論題ごとに内容のよく練られた明確なもので具体例も豊富、さらにペンスの下院議員時代の投票記録を細かく調べるなど、入念に事前準備を進めてきたことをうかがわせるものだった。また、ケインは司会者エレイン・キアノの質問にも概ね正面から応答しており、この点でもペンスに優っていた。

   しかし、地元バージニア州での討論会開催ということで気負いもあったのか、ケインは討論会冒頭から「トランプが合衆国軍の最高司令官になると考えただけで、恐怖で死んでしまいそうだ」など積極的に攻勢をかけたが、これは裏目に出たように思われる。

   ペンスはトランプの納税問題、自身の社会保障民営化に関する過去の投票記録、共和党の黒人議員であるティム・スコットが職質を受けたこと、不法移民対策などの論題には、正面からの回答を避けた。だが、ケインは攻勢に出ながらもそれらの論題を言葉巧みに深く追及する機会を逃すなど、せっかくの積極的姿勢も不完全燃焼に終わった感は否めない。

   2016年9月26日に行われた第一回大統領候補討論会において、トランプとヒラリー・クリントンはともに司会者であるレスター・ホルトの制止を振り切って発言を重ねる場面が目立った。結果的に、強引な発言を重ねたトランプではなく、比較的自制的に振る舞ったヒラリー・クリントンに軍配が上がった。副大統領討論会では攻勢に転じたケインがトランプと同じ轍を踏んでしまったのは皮肉な結果というほかない。

   他方、ケインの攻撃を受けて立つ形になったペンスであるが、ケインの攻勢に落ち着いて対応している様子を見せ、「そっけなくも、安定している(dry, but stable)」印象を視聴者に与えたのではなかろうか。

 だが、ペンスのパフォーマンスが「トランプの追い風」になり得たかどうかについては慎重な判断が必要である。すでに多くの論者が指摘していることであるが、ケインの攻撃を冷静に受け流すペンスのパフォーマンスは、かえってトランプの気性の激しさを浮き彫りにしてしまった感もある。

   さらに、シリア問題、対ロ外交、不法移民の送還、難民対策、核戦略、同盟政策などに関するペンスの主張のいくつかは、トランプの政策的主張と齟齬をきたしているという指摘もある。

   くわえて、ペンスは冒頭で「ロングウッド大学」を「ノーウッド大学」と言い間違え、あるいはトランプの資質や彼の納税問題、社会保障の民営化、不法移民対策など、答えにくい質問に対しては人を煙に巻くような応答が目立ち、総合的に見れば決して優れたパフォーマンスであったとはいえないであろう。

   今回の副大統領候補討論会が歴史に名を残すような名討論会であったかどうかについては確証が得られない。だが、両候補の資質の一端が明るみになったという意味において、収穫のある討論会だったといえるのではないだろうか。

   すなわち、ケインは政策イシューに精通した経験豊富な政治家であることをあらためて印象づけた。だが、状況に応じた当意即妙のディベートが出来ていたとはいいがたく、この点で大きな課題を残したといわざるを得ない。他方、ペンスは厄介な問題に直面しつつも言を左右して確答を避けることで、危機回避能力の高さを示した。しかし、内政・外交上の重要なイシューについて、彼がどの程度奥深い知識を持った人物であるのか、トランプとペンスの政策にはどの程度の統一性が存在するのか、今回の討論会から明証は得られなかった。

 

西川  賢  津田塾大学学芸学部教授