タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/4/18

米国NAT-GAS Bill(天然ガス自動車促進法案)審議の展望と余波 杉野綾子

2011年4月6日、米国議会下院にて天然ガス自動車の利用促進を目的とするThe New Alternative Transportation to Give Americans Solutions Act(通称NAT GAS Act)が提出された。NAT GAS法案は、2008年、2009年にも提出されたが不成立に終わっている。しかし同法案に賛同する議員数は年々増大しており、今年はオバマ大統領も同法案への支持を表明したことから、法案成立への期待が高まっている。本稿では、NAT GAS Actの提案内容と過去の不成立の要因、現在同法案への支持が強まっている背景、そして成立の場合のエネルギー市場への影響について考察する。

1. 天然ガスへの期待の高まり
従来から天然ガスは、化石燃料の中では最も温室効果ガス排出量の少ない「クリーンな」燃料として、期待が高かった。しかし現オバマ政権は、選挙キャンペーンを通じて、特段積極的な天然ガス利用促進策を掲げることはなかった。オバマ大統領が就任演説で挙げたエネルギーの中期目標は、
・10年間で1,500億ドルをクリーンエネルギーに投資
・2015年までにプラグイン・ハイブリッド自動車の普及100万台を達成
・再生可能エネルギー電力比率を2012年までに10%、2025年までに25%に拡大
・温室効果ガス排出規制・取引制度を通じ、2050年までに2005年比80%の排出量削減
であった。また、クリーンエネルギー投資の財源として、石油・ガス産業増税も提案された。

この方針に沿って、2009年2月に成立した景気刺激策『米国再生・再投資法』では、エネルギー関連の公共投資・補助金と減税に合計910億ドルが配分された。また、ハイブリッド自動車と高効率家電の普及のため、それぞれ買換促進減税が実施された。
排出量取引制度と再生可能電力基準については、2009年5月に議会での法案審議が開始されたが、法案可決に至らないまま2010年11月には中間選挙を迎えた。結果は、与党民主党が下院議席の過半数を失い、選挙後に大統領は、近い将来排出量取引制度が実現する見通しは無い、と表明した。

この間、オバマ大統領はエネルギーについて4度の政策転換を行なった。まず、2010年1月の一般教書演説では、就任時の公約である再生可能エネルギー推進と並んで、原子力発電所の新規建設への政府支援拡大を表明した。2010年3月には沖合石油・天然ガス開発推進を表明した。しかし4月に起きたメキシコ湾石油流出事故を受け、この方針は2010年12月に正式に撤回された。そして2011年1月の一般教書演説では、再生可能エネルギーに原子力とクリーンコール技術併設石炭火力及び天然ガス火力までを含む「クリーン電力」の推進を表明した。
このように、天然ガスは遂に「クリーンエネルギー」の一翼に位置づけられたわけだが、オバマ政権が天然ガス利用推進に一層踏み込む要因となったのが、中東情勢の混乱である。2011年1月のチュニジアに端を発し中東・北アフリカ各国に波及した中東の政治的混乱により、原油価格が続伸し、米国ではガソリン価格高騰に対して政権に戦略石油備蓄の放出などの対応を求める圧力が高まっている。政治的に不安定な(かつ一部米国に敵対的な)中東からの輸入石油依存からの脱却は、ブッシュ前政権とオバマ政権が共通して掲げるエネルギー政策の根幹である。しかし、今日では、原油価格はすべて国際市場で価格が決まるため、米国が直接中東原油を輸入していなくとも、米国産原油ですらも中東情勢の影響を免れない。このことが改めて認識され、2008年選挙キャンペーンの主要メッセージであった「石油消費の抑制」が再び強調されるようになった。

それが現れたのが、オバマ大統領が2011年3月30日にジョージタウン大学で行なった演説である。大統領は米国のエネルギー安全保障計画として、?国内石油・ガス資源開発・生産の促進、?自動車燃費改善、?バイオ燃料利用拡大、?クリーン電力の推進、などを通じて石油輸入量を2025年までに3分の1削減するという目標を発表した。ここで大統領は、天然ガス自動車についても支持を表明し、議会に対し必要な法案の可決を呼びかけた。

“But the potential for natural gas is enormous. And this is an area where there’s actually been some broad bipartisan agreement. Last year, more than 150 members of Congress from both sides of the aisle produced legislation providing incentives to use clean-burning natural gas in our vehicles instead of oil. And that's a big deal. Getting 150 members of Congress to agree on anything is a big deal…
…So I ask members of Congress and all the interested parties involved to keep at it, pass a bill that helps us achieve the goal of extracting natural gas in a safe, environmentally sound way.”

2. NAT GAS法案の目的
今回提出されたNAT GAS法案の目的は、大きく
? 天然ガス自動車の製造工場と充填インフラ整備に対して、10~15年という長期に亘る優遇税制を整備することで投資環境の安定を図る
? 天然ガス車と自動車用天然ガス燃料の購入に対する税控除を、同じく10~15年という長期に亘って保証することで、需要の安定を図る
? 結果として天然ガス自動車、特に大型車両を普及させ、石油需要の抑制を図る
の3点にある。

大型車燃料としての天然ガス利用促進は、投資家ブーン・ピケンズ(T. Boone Pickens)氏が提唱した政策であった。オバマ大統領の選挙キャンペーンを支援したリベラル系シンクタンク『アメリカ進歩センター(CAP)』もこれを支持し、2010年4月に"Developing Natural Gas for Heavy Vehicles"と題する報告を発表している。同報告書は、トラックやバス等の大型車両の燃料を天然ガスに転換することで日量120万バレルの石油輸入の削減が期待でき、これはOPEC諸国からの原油輸入の25%に相当する、と述べている。

これら提言の前提としては、次のような米国の石油・天然ガス需給の状況と認識がある。

図表1 米国の石油・天然ガス需給
データ出所:Energy Information Administration

図表2 石油と天然ガスの熱量あたりの価格推移
データ出所:Energy Information Administration

3. NAT GAS法案の内容
以上の目的のもとでNAT GAS法案は提案されたが、冒頭に述べたとおり、NAT GAS法案と題する法案は2008年、2009年にも提出されている。2008年以降、4度提案された各法案の主な内容は次のとおりで、最大の特徴は、天然ガス車普及促進策の期間と、スタンドへの税控除上限額にある。

1)2008年NAT GAS法案(下院、2008年7月22日提出*1
• 2018年末までに、米国内新車販売台数に占める天然ガス自動車比率が10%に達することを目標として、
• 代替燃料充填インフラに対する税控除の比率・上限額を引上げ(6万ドル/箇所又は費用の50%)
• 新たに、自動車用天然ガス燃料充填施設の設置と、天然ガス車生産のための投資に対する低利融資制度を導入
• 天然ガス車の生産に対する新たな税控除制度の導入
• 天然ガス車の購入に対する税控除額の引上げ
• 代替燃料充填施設の設置と、適格代替燃料車購入に対する税控除制度の、2017年末までの延長
• 公用車としての天然ガス車の調達拡大と、石油企業に対しガソリンスタンドへの天然ガス充填設備の義務付け

2)2009年NAT GAS法案(下院、2009年4月1日提出*2
• 天然ガスを含む代替燃料の販売に対する消費税控除を2027年末まで延長
• 天然ガス車購入に対する所得税控除の比率・上限額引上げ及び2027年末まで延長
• 天然ガス車生産に対する新たな税控除制度の導入
• 天然ガスを含む代替燃料充填インフラへの税控除の比率・上限額の引上げ(10万ドル/箇所又は費用の50%)及び制度の2027年末までの延長
• 公用車の50%を天然ガス車とすることを義務化(2014年末まで)
• エネルギー省による、天然ガスエンジンの開発に対する助成

3)2009年NAT GAS法案(上院、2009年7月8日提出*3
• 天然ガスを含む代替燃料の販売に対する消費税控除を2019年末まで延長
• 天然ガス車購入に対する所得税控除制度を2019年末まで延長
• 代替燃料車購入及び充填施設の設置費用の、代替ミニマム税からの控除を認める
• 2019年末を期限とする、天然ガス車生産に対する投資税控除
• 天然ガス車の生産設備に対する州政府の減税措置を認める(期限:2019年末)
• 天然ガスを含む代替燃料充填インフラへの税控除の比率・上限額引上げ(10万ドル/箇所又は費用の50%)及び制度の2019年末までの延長
• エネルギー省による、天然ガスエンジンの開発に対する助成
• 公用車としての天然ガス車の調達拡大

4)2011年NAT GAS法案(下院、2011年4月6日提出*4
• 天然ガス車(ガスと石油の混合燃料車を含む)の購入による追加的費用に対する最大80%の税控除制度の新設(重量別に上限額設定)
• 自動車用天然ガス燃料に対する消費税減税措置の、2016年末までの延長
• 天然ガスを含む代替燃料充填インフラへの税控除の比率・上限額引上げ(10万ドル/箇所又は費用の50%)、自家用充填装置に対しても税控除を認める
• 天然ガス車生産に対する税控除

4. NAT GAS法案に関する今後の注目点
(1)法案の実効性:成立した場合の石油消費抑制効果はどの程度か?
米国エネルギー省の付置機関であるエネルギー情報局(EIA)は毎年、Annual Energy Outlook(AEO)と題する米国の長期エネルギー需給見通しを作成・発表している。米国のエネルギー需給について「基準ケース」を予測するとともに、前提条件を変えた複数のケースについて感度分析を行なうのが通例である。

2010年4月に発表されたAEO2010では、2010年末に失効予定の大型車の天然ガス利用促進策(燃料税及び天然ガス車生産者減税、充填インフラ1箇所あたり10万ドルの税控除)が、2019年末および2027年末まで延長された場合の効果について、試算を行なっている。

それによると、天然ガス車は燃料充填1回毎の走行距離が石油と比較して短いため、充填設備の整備が、天然ガス車普及の鍵を握る。試算の前提とした10万ドルの税控除は、充填設備1箇所あたりの資本費100万~400万ドルと比較すると、ごく小額である。それでも、制度が2027年までの17年間継続した場合には、2025年時点で23万台の大型天然ガス車の普及が見込まれるが、制度が2019年までの9年間で失効する場合には、2025年時点で2.3万台に留まる見通しである。また、石油消費削減効果は、2019年のケースで1.5万バレル/日、2027年のケースで29万バレル/日と見込んでいる(2025年時点)。

前節で対比したとおり、2009年に提出された上院と下院のNAT GAS法案は、それぞれ2027年と2019年までの制度延長を提案している。これに対し、2011年NAT GAS法案は2016年末までと5ヵ年の制度延長であり、EIAの分析を踏まえれば、ディーゼルから天然ガスへの燃料転換の効果を挙げるには不充分な内容である、少なくともアメリカ進歩センターが見込んだ120万バレル/日には遥かに及ばない可能性が高い。

図表3 大型天然ガス車の販売台数     図表4 石油消費削減効果(基準ケース比)


データ出所:Energy Information Administration、”Annual Energy Outlook 2010”


(2)国内天然ガス生産の見通し:シェールガス・ブームは続くか?
自動車用燃料としての天然ガス利用促進が提案される背景には、既述のとおり、天然ガスが、石油と比較して環境負荷が低く、国内で需要の約9割を自給可能なことがある。特に2006年以降の国内ガス生産量は「シェールガス*5」の開発・生産拡大に伴い堅調に拡大し、このために国内ガス需給緩和、天然ガス価格の低位安定状況にある。今後もシェールガスを中心とした国内天然ガス生産の拡大と、天然ガス価格の低位安定が継続することが、NAT GAS法案の前提となっている。

しかし、シェールガス開発を巡っては、開発に伴う環境負荷、特に地下水に化学物質が混入する水質汚染の問題が指摘されており、連邦政府(環境保護庁:EPA)が調査に乗り出すとともに、一部の州政府・州議会や自治体が、水圧破砕法の規制を決定している。

さらに、NAT GAS法案提出直後の2011年4月10日には、水圧破砕法によるシェールガスの回収工程では多量の温室効果ガスを排出するため、在来型天然ガスと同様にクリーンな燃料とは看做せない、との趣旨の報告が発表された*6。報告を受けて上院環境・公共事業委員会では直ちに公聴会実施を決めており、今後、地下水汚染と温室効果ガス排出の両面からシェールガス開発に規制がかかる可能性がある。

加えて、2010年秋以降、天然ガス価格が低位安定する一方で原油価格が高値を維持している状況を受けて、石油開発会社が、掘削活動のターゲットをガス田から油田へと変更する動きも見られる。

(3)法案審議の見通し
冒頭述べたように、2011年NAT GAS法案は原油・ガソリン価格の高騰とオバマ大統領の支持という追い風を受けて提出され、共同提案者数が示すとおり、議会における同法案への支持も年々高まっている。

しかし、2008年、2009年のNAT GAS法案が、それぞれ選挙と金融危機対応や、医療保険改革、包括エネルギー・気候変動法案審議などの重要政治課題に劣後したように、現在の議会は予算法案・財政赤字問題が最重要課題であり、さらに下院エネルギー・商業委員長は委員会の最重要課題として、医療保険改革法案の廃止とEPAによる環境規制の阻止を挙げている。この状況下で、NAT GAS法案が議事日程に乗るまでのハードルは高いといえよう。

石油消費削減策としての実効性の問題、天然ガス開発の環境負荷の問題は、既に述べたとおりである。

さらに、NAT GAS法案に対しては例えばプロパンガス業界から、天然ガスだけをクリーンな石油代替燃料として補助することは不適切、との反対が起きており、実際に審議が開始された場合には、NAT GAS法案の適用をプロパンガスやバイオ燃料等の石油代替燃料全般に拡張しようという動きが予想される。その場合、必要予算額が増大し、財政支出削減圧力の強い今議会ではいっそう可決の可能性が低下すると考えられる。

3月30日のオバマ大統領のエネルギー安全保障計画は、2025年までに石油輸入を3分の1削減することを謳っており、これは2010年実績を前提とすると370万バレル/日となる。大統領の石油消費抑制策の中心はあくまで電気自動車と燃費改善だが、野心的な目標の達成に向けて、天然ガス自動車とバイオ燃料も重要な施策であり、今後の展開が注目される。


*1: Rahm Emanuel議員(イリノイ州、民主党)が提出し、共同提案は24名。エネルギー・商業委員会をはじめとする委員会に付託されたが、審議は行なわれなかった:背景として、大統領選挙年であり、かつ9月上旬にはハリケーン襲来、中旬には金融危機が発生したことが影響した。
*2:Dan Boren議員(オクラホマ州、民主党)が提出し、共同提案は146名。エネルギー・商業委員会、科学・技術委員会に付託されたが、審議は行なわれなかった:背景として、エネルギー・気候変動法案(いわゆるWaxman-Markey法案)と医療保険改革法案という重要議題を抱えていたことが影響した。
*3:Robert Menendez議員(ニュージャージー州、民主党)が提出し、共同提案は7名(民-3、共-4)。財政委員会に付託されたが、審議は行なわれなかった:背景として、医療保険改革法案の審議が最優先課題として扱われた可能性。
*4:John Sullivan(オクラホマ州、共和党)、John Larson(コネチカット州、民主党)が提案し、共同提案は156名(4月14日時点)。エネルギー・商業委員会、科学・技術委員会に付託された。
*5:シェール(頁岩)層に含有される天然ガス。従来は開発・生産コストが高いことから経済性を備えなかったが、1990年代の技術革新や2000年代のガス価格高騰により経済性が飛躍的に向上し、開発が進んできた。回収にあたって、水平掘削(地下を水平に掘る)や水圧破砕(水圧で岩に人工的な割れ目を作る)等の技術を用いる。
*6:“Methane and the Greenhouse-Gas Footprint of Natural Gas from Shale Formations” Robert W. Howarth, Renee Santoro, and Anthony Ingraffea (Cornell university)

■杉野綾子:東京財団「現代アメリカ」プロジェクトメンバー、日本エネルギー経済研究所研究員